宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました
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第三部
名誉と誇り
にじゅうなな
取り合えずのところ、大渦災がなんなのかは理解できた。
直近で6年前に発生しており、少なくとも傭兵のガルドはこれに参加し、ヴァルクムントもこれに参戦していたとエリステインから確認も取れた。
私は船に戻るのを中断し、大男2人の会話に耳を傾ける。
「今回は大渦災よりも規模は少ないとはいえ、中々壮観じゃねぇか。なぁおやっさん」
「混沌獣の討伐とくれば、まぁこんなもんだ。奥に行けば行くほど、厄介な魔物も増えるしなぁ」
そう言って、ヴァルクムントは鋭い目でもってガルドを見下ろす。
「んで、クソ坊主。お前ぇ、どこまで知ってやがる」
「おいおいおやっさん。俺達ゃただの傭兵だぜ? お上の考えてることなんか知りゃあしねぇよ」
ヴァルクムントはふんっ、と鼻で笑いながらも、それ以上の追求はしなかった。
私もガルドの言い方には違和感を覚える。そもそも、『お上の考えてる』なんて言い方、「私は国絡みのなんらかの情報を入手してますよ」と、言っているものだ。
ヴァルクムントもそれが分かっているからこそ、それ以上突っ込んだ聞き方をしなかったのだろう。それに恐らく、ヴァルクムントもその情報を知っているとみていい。
つまるところ、あの短い会話で2人の情報は共有され、共通する認識になったということだ。
混沌獣の討伐だけではない、何か秘匿された任務があるということか?
そもそもだ。この討伐対象の混沌獣は私、もしくはゴキブリである。
いや、私は混沌獣などではないのだが、ゴキブリの討伐が既に終わってしまっている現状、騎士団を壊滅させたのは私ではないが、スタインの取り巻きを殺害したのは間違いなく私だ。
一度村へ戻ったエリステインから上がった報告と、冒険者達からの報告を合わせて、同一の存在と紐付けるのはまず有り得ない。
もし、同一の存在であると断言する人物がいれば、はっきりって無能以外の何者でもない。
だがしかし、情報が少なすぎる。
これは一度、その情報を知っている者に接触する必要がある。その際は私ではなく、エリステインに出てもらうことになるが、致し方ない。
私の目的はここに布陣している討伐隊ではなく、同族の存在だ。そいつが出てきた際に、フォローできるようにしておけば取り合えずは安心できる。
「……にしてもよぉ、おやっさん」
「おう。見られてるな」
「かっかっかっ! やっぱそうだよなぁ!」
おいおいおい。
ここから討伐隊のいる陣まで500メートルは離れてるのだが、これはちょっと……。
戦いを生業とする者の勘はやはり侮れない。と、いうよりも、あの2人が別次元すぎる。
やってやれないことはないが、ああいった手合いは非常に手強いということを、私はいままでの短くない狩猟人生で嫌というほど痛感してきた。しかも、いかにもバトルジャンキーっぽいところが私の頭を悩ませる。
私の種族と同じなのだ。
肉体言語でコミュニケーションを図ろうとするところが。
その頭は飾りかと言いたくなる。
ともかく、このまま長居したところで、これ以上有益な情報を入手することは不可能だろう。
何よりも、ガルドとヴァルクムントの2人に睨まれたままこの場に止まっているメリットもない。
監視装置も設置したので、今度こそ私は船へと踵を返した。
―
船へと戻った私は、真っ直ぐにエリステインの待つブリッジへと向かう。
途中、視界に入った、半ば惰性とパフォーマンスのために飾ってあるトロフィーの1つを手にとって、なんとなしに眺めていると、ブリッジへと繋がる扉が開き、エリステインが顔を覗かせる。
「どうしんたんですか?」
「……いや」
何を考える訳でもなく、自然と手を伸ばして眺めていた頭骨を元のディスプレイへと戻す。
「……結構悪趣味ですよね」
エリステインは曖昧な笑みを浮かべて、ディスプレイされているトロフィーに視線を送る。
正直、その意見に私は深く同意せざるを得ない。できることなら私だって、こんなカルト教団染みた真似などしたくないのが本音だ。
「いま持っていたのって……」
「同族だ。……いや、正確には種族は違うが」
いま私が持っていた頭骨はバーサーカー種の物だ。
私たちクラシック種と大きな差異はないが、違いを言えば、通常のクラシック種よりも額の張りが大きく、下顎が前に突き出している程度だ。
「同族ですか……。まだ信じられないのですが、宇宙……でしたっけ。この空のもっと上の場所に、あなたと同じ人が沢山いるんですよね?」
「人ではないが……。そうだな、宇宙を駆け回ってどこぞの星で狩りでもしてるんじゃないか」
まず間違いない。
もしくはどこかの星に墜落してるかだな。
「なんだか、凄い人達ですね」
「脳みそが筋肉でできているだけじゃないか?」
「あなたがそれを言いますか」
エリステインは呆れ顔で私を見上げ、溜息を漏らす。
失礼な。私は流石にそこまでではないと思っているし、もっと理性的な人物であると自負している。
私は彼女に向けて、抗議の視線を送る。
「なんですか?」
「なにもございません」
そうです。何もありませんでした。
ふと、いままで軽口を叩き合っていたのが嘘のように、彼女の顔に影が射す。
「スタイン総隊長が最後に飲んだ物って……」
「間違いなく、我々種族が利用しているものだ」
「そうですか。いったい、何のためにそんなことをしているのでしょうか」
「……さて、な」
思い浮かぶことならいくつかある。
まず、成人の儀式を執り行う環境を整えるための下準備によるものだ。
その協力を取り付けるために、この地の個人もしくは国や部族などの集団に対して、我々の技術を取引の材料として用いている可能性が一つ。
もしくは、私と同じように不測の事態により、現地民の協力が不可欠となっている場合であり、同じく取引材料、あるいは私のように友好な関係を築けたことによって譲渡した可能性が二つ目。
三つ目として上げるのは、既に同族は存在せず、技術か道具が持ち去られたパターンであり、これが一番厄介である。
最悪、ある程度の複製が可能になっているとすれば、目も当てられない。
この星の科学技術力を考えると、段階を一つ二つ抜かしたような爆発的な向上は望めないとは思う。が、何分魔法などという摩訶不思議な技術体型が存在している現状、それを考えると何が起こるか分からない、という漠然的ではあるが不気味なのは確かだ。
まだ私たちの技術を模範し、上手くいってその延長線上、もしくは完成形の過程の物であれば気持ち的には楽だが、そこから副次的に新しいものが発生してしまったとなると、これは色々と問題を抱えることになる。
私に責任はないので、すぱっと割り切れれば楽なのであるが、現実問題、この星を離れるのがいつになるかも分からない。どころか目処すら立っていない。
そうすると私の精神衛生上、無視を決め込むということは少々難しい。
というか、罪悪感が半端ない。
国家間の戦争、宗教戦争、クーデター、テロと、起こりうる事態を挙げればそれこそキリがない。
どれだけ我々種族の科学技術が、兵器にそのモチベーションを割いているのかが分かるというものだ。
兎に角、いまエリステインを必要以上に不安がらせることもないだろう。
私の考えていることが杞憂であって欲しいとの想いも含め、まだ黙っていることにする。
「なんにせよ、同族の相手は私がする。貴様が心配するようなことはない」
「やっぱり、戦われるんですか?」
「その必要があれば、そうなる。元々そういった気質のある種族だ。貴様が気にする必要はない」
愕然としながらも、彼女は納得するしかない。
私がそうさせるのだが。
「それに、まだ同族がいるとも限らない。鈍器は鈍器らしくしていろ」
「鈍器じゃないです!」
本当、鈍器としての自覚が足りないと思う。
―
討伐隊に動きがあったのは翌日のことであった。
先遣隊として派兵されたのは、昨日、声高々に吠えていたガルド含む傭兵部隊である。
エリステインに聞いたところ、彼ら傭兵団は『餓狼傭兵団――通称、餓狼団――』と言い、200名という大規模を誇る国内外でも有名な腕利きの傭兵団とのことだ。
もちろん団長はあのガルドで、“鉄槌”のガルドと、まんまの字を持っている。
規律を重んじ、仁義に厚い男であり腕も確か。なので王国は彼ら傭兵団を重宝し、王国に属する傭兵団の中でも例外的に待遇が良いらしい。
今回は50名ほどの派遣ではあるが、彼ら『餓狼団』のほぼ本隊とのことだ。
ヴァルクムントとの由縁を聞いてみれば、エリステインもそれはよく知らないらしい。だが、ヴァルクムントについては、色々と聞けた。
ヴァルクムントの遠い祖先に巨人がおり、彼自身かなり色濃く先祖の血を引いているとのことだ。所謂、先祖還りというやつで、もう200歳を超えていると言われたときには、何故か妙に納得してしまった。
更に、ヴァルクムントは国家間の戦争を経験している、数少ない歴史の証人でもある。その際の逸話はいまも伝説となっており、今後も語り継がれて行くことになるだろう。とは、目を輝かせて自分のことのように語りだしたエリステインの言だ。
「まさに生ける伝説です!」と、声高らかに宣う、恋煩いの少女のような顔で言う嫁ぎ遅れの言葉に、私は何故かシーラカンスを思い浮かべてしまった。
違う。あれは生きた化石だ。
また、先々代国王の頃からこの国に仕えているということもあり、その発言力は決して無視することはできず、国の中核に食い込んでいることから、かなりの立場以上の権力を有してもいた。
とは言っても、彼が国政に口出しをするようなことはほとんどなく、基本は己の鍛練や、受け持っている騎士隊の教導に当たっていることが多いと言われた。
そのヴァルクムントだが、当然先遣隊には含まれておらず、本陣から少々離れた場所で第2騎士隊が陣を構えており、そこにいるようだ。
まあ、あの巨大な地竜がいるのだから、内側に陣を張るのは物理的に無理があるだろう。
さて、早々に出発した先遣隊はガルド率いる『餓狼団』と、少数の王国兵で構成された混戦部隊の約70名は、数日前に訪れた冒険者達の足取りを追って進んでいる。
ああも武装した人間が大量に闊歩しているのだから、獣や魔物は警戒し、襲われることもなくズンズンと奥へと進んでいく。
その様子を、私とエリステインはブリッジの立体映像から観察していた。
ただ森の中を歩き続ける、厳めしくむさ苦しい男達をずっと見続けるのは、正直何かの拷問かと思ってしまう。
「よぉし、てめぇら! ここいらで一息つこうじゃねぇか!」
歩き続けて2時間強。ガルドの号令で先遣隊の足が止まる。
大事ないのは喜ぶべきことだが、人の集中力にも限界がある。
彼らもその道のプロであるから、多少の無理は効くだろうし承知の上だろうが、余力のあるときに休むのは決して悪いことではない。
思い思いに地面に腰を下ろして休息を取る彼らを立体映像で確認し、私は森の外の陣を映す映像を確認する。
そこに映ったのは第2騎士隊を中心として、他の傭兵と王国兵との混線部隊が、先遣隊とは異なる方角からアプローチを掛けようとしているところであった。
当然、ヴァルクムントもその場におり、むしろ先陣を切る勢い、というよりもそのつもりなのだろう。肩に担いだ偃月刀を弾ませている姿に、私はヘルメット内で苦笑いする。
「いいかクソ餓鬼共! 俺達は先遣隊とは別方面から調査に出る。目ぇかっぽじって周囲を見渡せ!」
ヴァルクムントの号令に、威勢のいい声が森を突き抜けていく。
流石、生きた化石。もとい、生ける伝説。
こんな乱雑な部隊を纏め上げるそのカリスマ性に、私は舌を巻く。
別に彼らの目の前でヴァルクムントが何かをしたわけでもない。張り上げた声一つで、立場の異なる人間を纏め上げたのだ。
そう考えてみると、後ろでふんぞり返って、全然言葉を発しなくてもその多くが黙って付き従う存在に私は気付き、「エルダーってすごいんだなぁ~」と、思ってしまった。
THE 他人事。
そんな馬鹿らしいことをぼんやりと考えていた私は、ヴァルクムントの発した声に現実に引き戻された。
「それと新兵共!」
ヴァルクムントが一層声を張り上げた途端、混在する部隊の一角がビクリと震えたのが確認できた。
「びびってちびんじゃあねぇぞ」
「はっ、はい!!」
ほぼ中央。
守られるように周囲を固められた一角が、吃りながらも大声でそれに応える。
その様子に、ヴァルクムントは満足そうにニヤリと男臭い笑みを浮かべると、森へと視線を向けた。
「んじゃあ、いっちょ行くかぁ」
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