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満願成呪の奇夜

作者:海戦型
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第8夜 途絶

 散発的な呪獣の襲撃も、最初は恐ろしくとも数を重ねると慣れてくる。
 数体の呪獣の襲撃を退けて確実に前進しながらも、トレックの心中は少しずつ冷静さを取り戻していった。

 まず、拳銃の残弾には余裕がある。
 ギルティーネの圧倒的な接近戦能力を活かして最低限の自衛と援護にしか使用していないからだ。そもそも拳銃は強い攻撃力が必要な際や咄嗟の迎撃に力を発揮する武器。ペトロ・カンテラの火で戦う事も出来るのだ。
 ただ、カンテラは周囲に影の道を作らないために高い場所に掲げられている。つまり、触媒として利用するには少々遠いのだ。拳銃ならば指一本でいつでも使えるが、カンテラの火を触媒にするには銃に比べて5秒ほどのタイムラグが生じる。人によってはペトロ・カンテラと自前のカンテラの2重装備でこの欠点を補う人もいるが、これは『熱』の属性に特化した人間でなければバトルメイクが難しい。

 すなわち、今の拳銃一丁のスタイルが最もトレックの身の丈に合った戦い方だ。
 そして今のところは戦闘続行に何の問題もないため、このまま順調に進めば問題なく砦に辿り着けるだろう。

 また、ギルティーネの戦い方や武器に関しても考える余裕が出来た。
 彼女のサーベルの柄に装着されている歯車のようなパーツは、どうやら『鉄の都』で造られた最新型の『火打石』のようだ。構造までは分からないが、歯車型の火打石をワイヤーで引くことによって火花という『熱』の触媒を確保しているという構造だろう。

 彼女はこの『熱』とサーベルの『錬』を触媒に、炎を剣に纏わせている。
 トレックの記憶が正しければ、確か『疑似憑依(エンカンター)』と呼ばれる高度な呪法だ。記録によればこの『疑似憑依(エンカンター)』は『錬』とそれ以外の一つの属性を組み合わせる形式で行われるもの。そもそもは接近戦を得意とする呪法師によって開発されたもので、接近型呪法師の一つの到達点であるそうだ。

 呪法師には様々な術があるが、中でも『熱』と『錬』の二重属性は最強の威力を誇るとされている。その中でも炎を武器に纏わせる『炎熱疑似憑依(リャーマエンカンター)』は、禁呪として伝承制限を受けていないものの中では最強の威力を誇るらしい。

 その威力を疑う余地はない。『炎の矢』では完全消滅までに10秒程度を要した呪獣は、この炎の剣の前には秒殺だった。死の間際に捨て身の攻撃を仕掛けてくることもある中で、この呪法は間違いなく『一撃必殺』の攻撃だ。
 それほどの高みに辿り着き、人間離れした太刀筋で呪獣を斬り倒すギルティーネの戦闘能力は、下手をすれば自分より位が二つは上の中法師クラス。口がきけないことを除けばパートナーとして破格の存在だ。

(でも、頼りきりになる訳にもいかないか……呪獣の上位種が現れれば話は全然変わってくる。今は出てきていないみたいだけど、もし出てきたら……) 

 ちらりと後ろを見ると、こちらを見つめていたギルティーネと目が合う。
 戦力としては申し分ない彼女だが、果たして上位種にも同じだけの成果を出せるかは分からない。

 呪獣の中には、一撃で死ぬほどの攻撃を数度凌げる上位個体が存在する。
 先人が大地奪還を一旦縦断せざるを得なかったほどの被害を齎した上位個体。当時この個体の犠牲者になった呪法師の数は数百万にも及び、結界の完成が遅れていれば大陸の民が全滅していたかもしれないとさえ言われている。
 通常個体に比べて能力だけでなく知能も高いらしいこの個体に関しては、戦闘経験のある呪法師が圧倒的に少ないために戦闘ノウハウは殆ど伝わっていない。耐久力の高い個体、武器を使う個体、噂では呪法師とは異なる独自の呪法を扱うという話もある。

 先に待つのは不安要素のみ。毎年実地試験で死人が出る事を考えれば、出くわす可能性は十分にある。その際に自分は冷静に指示を飛ばし、確実に迎撃することが出来るだろうか。初めて出くわした呪獣にもあれほど心を揺さぶられた、自分が。

 そしてもしこの状況下で司令塔がミスを犯した時、最初に被害を負うのは前衛。

「………………ッ」

 トレックの脳裏に、鮮血を吐き出して崩れ去るギルティーネの姿が過った。

 もしも『人喰い』さえも喰らうような相手が出現した時は、トレックは――。

「考えるな……そうだ、死人は出ているが生き残りもたくさんいる。この試験は、冷静に動けば生き延びられる試験なんだ」

 地に足をつけろ、呼吸を整えて頭の中をクリアに洗え。自分に言い聞かせるように基本的な心構えを一通りなぞったトレックは、前を見つめた。そして、思った。

(今の独り言でギルティーネさんに呆れられてたらどうしよう……今日の俺って何もかも恰好付かないなぁ)

 ちらっと後ろを見たが、ギルティーネは相変わらず無表情でこちらを見つめている。
 つくづく、彼女の『欠落』は厄介だ。こんなしょうもない事でさえ、彼女には確認が取れない。
 


 = =



 やっと折り返しだな、と青年は思った。
 試験が始まってから早い段階で出発した彼らは、既に仮設砦で折り返しの証である書を受け取っていた。前半に幾度か呪獣の襲撃を受けてひやりとしたが、いざ戦いになればまるで迷いなど無く行動に移ることが出来た。計三名、『地』の呪法を得意とした親友と『錬』が得意な槍使い、そして『熱』を司る自分が組んだチームは、今も順調に歩を進めている。

 呪法師が呪獣の接近を察知するのは難しい。呪獣はその殆どが「臭い」という物を持たないし、獣と同じく接近するときは鳴き声などを一切上げない場合が多い。そうなると相手の気配最も捉えやすいのは『音』ということになる。
 だから、このチームでは3人が完全に同じ歩幅、同じタイミングの足音で移動する。このリズムから逸れた足音がしたら、それは敵だと言う訳だ。

「思ったより順調だったな。この調子なら無事に帰りつきそうだ」
「油断はしてくれるなよ。お前の油断の巻き添えを喰らって死にたくはない」
「カッ、そりゃこっちの台詞だぜ!やっと下っ端準法師から上に這いあがるチャンスなんだ。最低でも出世するまでは死ねないね!」

 光源杖を指で弄びながら親友が笑う。金と地位に執着心の強い彼は、どうにも呪法師としての『使命感』のようなものが『欠落』してる気がする。だがそれゆえに彼は計算高いし、決して自分だけが高く上ることを優先している訳ではない。
 だからこそ自分も槍使いも彼と共にこうして試験に臨んでいる。僅かでも信用できないのならばこの3人は絶対に並んで戦ってなどいない。呪法師のタッグやチームとは得てしてそういうものだ。信用できない相手同士でつるむなどという「普通の人間がやるようなこと」を、『欠落』ある者は好まない。

「もしもの時はぼくの自慢の槍でフォローするので、きっちり全員で試験に合格しましょう」
「お、頼もしいな。これで心置きなくへマ出来るって訳だ!」
「……助けきれなかったら見捨てますからね。ぼかぁ出来ないことは諦める主義ですから」
「薄情だねぇ。ま、いいか。要は負けなきゃいいだけだろ、負けなきゃ」
「そう言う事だ」

 青年は、気の緩みを除けば行きより帰りの方が安全だと考える。その理由は、帰り道が舗装された道路だからだ。
 砦に辿り着いて初めて気が付いたが、仮設砦から『境の砦』までにはほぼ直通の運搬ルートが存在した。恐らく仮設砦を築く際に使われたもので、直線ルートの近くにある崖の上にあったせいか行きの際は気が付かなかった。また、途中までは平野であるため道路は半ばで途切れているので砦からはその存在が確認できなかったようだ。

 当然ながら、舗装された道は呪獣対策に遮蔽物が減らされ、通常に比べて移動しやすいよう整備されている。片側が崖であるのは注意点だが、逆を言えば崖側からの襲撃はない。

「無事合格したら都のいい店にでも行くか。『潮の都』から生魚の店が出店したって聞いたぜ」
「生魚ぁ?そんなものを食べたら腹を壊すだろ?」
「内陸と違って『潮の都』は生で食べるための知識が豊富らしいから大丈夫だろ。それに噂じゃ海の魚を生きたまま運ぶ呪法具が開発されたらしいしな」
「アコデセワ商会の新商品ですね。文明の発展は有り難いですが、また富が『潮の都』に傾きそうだ……」

 こつ、こつ、こつ。歩幅を変えないまま会話が続く。
 決して気を抜いている訳ではないが、微かな慢心はあったのかもしれない。
 だから。

「それで、店の場所はどこなんだ?せっかちなお前の事だからもう予約まで取ってるんじゃないのか………、……おい?」

 返答がないことを不審に思い、二人の顔が同じ場所へと向いた。

「……どうしたんです、急に黙りこん――」

 3人の足音が、いつの間にか『2人』の足音に替わっている事に、彼等は少しの間気付けなかった。
 カンテラの照らす数mの範囲に、先ほどまでいた筈の親友がいない。ふざけて後ろにでも回り込んだのかと思って周囲を改めて見回すが、やはりその姿がどこにもない。
 まさか、気を緩めすぎて灯りの外に出たのか――そんな不安が脳裏をよぎる。

「おい、カンテラの範囲から勝手に出るな」
「………返事がありませんね。それに、足並みを崩すような音もありませんでした」
「……どういうことだ?」

 不可解――としか言いようのない状況だった。しかし、もし呪獣に襲われたのならば音もなくいなくなることは考えにくい。しばし考えた後、青年は「何らかの理由で親友が立ち止った」と考えた。だとしたら、少し引き返せば見つかるはずだ。踵を返し、槍使いにアイコンタクトをする。
 まさか大切なパートナーを放置する訳にも行かないし、まさか崖に落ちたという事もあるまい。会話は途中まで続いていたのですぐ近くにいる筈だ。そう考えていた。

 十数歩程度後ろに引き返すが、道路に親友の姿は見えてこない。
 不審が段々と不安に移り変わり、背筋にぞわぞわとした感覚が奔る。

 人間は突然消失したりはしない。しかし、呪獣に襲われたのならば悲鳴の一つ、物音の一つは挙げる筈だ。何より親友は光源杖を持っていたのだから、非常時ならば対処していた筈である。だから、すぐ近くにいる筈なのだ。
 焦るように足が速くなり、槍使いの足音も慌ててそれに合わせていく。
 僅かに照らされた光の範囲に目を凝らし続けた青年は、やがて見たくないものを発見した。
 
 それは、道路を真紅に染める、生乾きの液体。

 心臓の鼓動が加速し、冷や汗が噴出するのを感じながら、青年はその液体を拭った。
 どろりとした粘性と、鼻を突く鉄臭さ。それは疑いようもなく、生物の命の源――血だった。

「―――ッ!!」

 その瞬間、青年は腰を落として拳銃を何もない虚空に構えた。
 いなくなった親友と残っている新しい血痕。それが表すのはすなわち、『敵』の存在。この空間のどこかに、呪法師を音もなく仕留めるような存在が潜んでいる。しかも、カンテラの照らす空間に侵入出来るような「上位種」の可能性が高い。
 こうなった以上、あの親友の生存は絶望的だろう。この試験は自分と槍使いの二人で至急『境の砦』に撤退するしかない。何より敵の正体が掴めないのでは下手をすれば全滅だ。槍使いに声をかけ、青年はその場からゆっくりと遠ざかる。

「……このまま撤退する!俺が後ろを、お前は前を護れ!」
「…………―――」
「復唱はどうした!?ボヤボヤしている場合では………」

 青年が後ろを振り向いた時、そこには誰もいなかった。
 呆然とする青年はしばらくその場に立ちつくし――やや遅れて、上から彼の顔に生暖かい液体がびちゃりと垂れた。青年は反射的にそれを手で拭った。


 どろりとした粘性と鼻を突く鉄臭さを感じる、真紅。


 ペトロ・カンテラでも照らせない遙か上から滴る血液と共に、彼の目の前にからん、と何かが落ちる。青年が震える手でそれを拾い上げる。カンテラの明かりを反射するそれは、見覚えのある仲間の槍だった。

 呪法師が戦場で武器を手放すとき。その意味を、青年は知っていた。

 呪法師が武器を手放すのは、永遠に戦えなくなった時のみ。

「あ…………ああああ………!!ああ、うわあぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!ハァッ、ハァッ……あああああああああああああああーーーーーーッ!!!」

 闇が支配する空間に、ペトロ・カンテラのちっぽけな灯と半狂乱な青年の悲鳴が響き渡った。
   
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