思わぬ奇病
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4部分:第四章
第四章
「この前あれじゃないか。痛風の検査してもらったばかりで」
「そうだけれどね」
それは何もなかったのだった。確かに乳酸値やコレステロール値は結構なものだったが危険水準には至っていなかった。クリスティの早いうちの対策が功を奏したのである。
「それでも。やっぱり」
「今度は伝染病のか」
「そうよ。何かあってからじゃ遅いから」
「とはいってもな」
ここで彼は言うのだった。
「まだ何もわかっていないじゃないか」
「何もって?」
「だから。伝染病だったらウィルスがいるだろ」
「ええ」
「それが何もわかっていないんだぞ」
彼が今言うのはこのことだった。
「何もな。わかっていないんだぞ」
「わかっていないって?」
「だから。どんなウィルスが引き起こしているかな」
「わかっていないの」
「ニュース見てみろって」
いささかうんざりとした様子を入れて妻に告げた。
「原因不明の急病って言ってるじゃないか」
「そういえばそうね」
「そういえばじゃなくて。本当に何もわかっていないから、まだ」
「どうしようもないの」
「ああ、どうしようもない」
これははっきりと言えた。
「今のところはな。とりあえずお役所が何て言うかだ」
この星系はアメリカ政府管轄だ。州扱いであり知事が政務にあたっている。この辺りは地球にあった頃とあまり変わってはいない。
「問題がわかればすぐに動くだろうし深刻なら」
「閉鎖とか隔離ね」
「そうなる。まあ様子を見ておこうな」
「けれど本当に」
ジョンにこう言われてもどうにも不安を隠せないといった感じのクリスティであった。
「何かあってからじゃよ」
「だから。まだ何もわかっていないじゃないか」
心配性の妻に思わず苦笑いになった。
「何も。どうしようもないんだって」
「せめて会社を当分休んで」
「そんなこと言ったらもう家にだってウィルスが入ってるかもな」
「もう・・・・・・」
「空気感染だって考えられるだろ」
「空気感染・・・・・・」
伝染病で最も恐ろしいケースである。このシリウスではないがある星系では狂犬病が空気感染する惑星があり大変な騒ぎになったこともあるのだ。伝染病も星によって様々なのだ。
「嘘でしょ、それは」
「可能性としてはあるさ」
青くなった顔でそれを否定しようとする妻に対して述べた。
「ありとあらゆる可能性がな。だからあれこれ悩んでも」
「仕方がないって言いたいの?」
「その通りだよ。まあわかってからな」
「それだともう」
「もう話題変えよう」
ラチが明かないのでこうすることにした。
「いいかい?それで」
「話題を変えるって」
「ほら、これでも見て」
ここでジョンは一枚のDVDを取り出してきた。それは。
「去年のドラマのやつだ。観るかい?」
「ドラマ?」
「そうさ。ほら、あの魔女が奥さんになったってやつだよ」
「地球にあった頃のをリメイクしたあれね」
「面白いだろ、あれ」
「そうね。確かに」
「それでも観ていよう」
こう提案するのであった。
「それでいいな」
「ええ、あのドラマなら」
「よし、じゃあ決まりだ」
妻が乗ってきたのでまずは一安心だった。内心胸を撫で下ろしながらDVDをかけるのだった。早速箒で乗った魔女の服の美女がホノグラフで出て来た。
二人でそれを観て気を晴らす。そうして今はこの話題から離れた。その間にこの奇病はシリウス中で次々と発生していった。やがて皆あることに気付いたのだった。
「面白いことがわかってきたな」
「今度は何なの?」
二人は今は一緒に外に出ていた。見れば格好はそれぞれジャージだ。お揃いの青いジャージである。二人でランニングをしている。家が立ち並ぶ中を夫婦揃ってである。
「あの病気だけれどな」
「ええ」
クリスティは走りながら夫の言葉に応える。夫もしっかりと妻の横についてきている。
「あまり健康でない人間がかかってるな」
「あまり健康でない人間に?」
「健康な人間は全くかかっていない」
こう妻に述べるのだった。走りながら。
「全くな」
「全くなの」
「かかるのは痛風か糖尿病持ちかそれの予備軍」
「確かに限られてるわね」
「そうだろ?おかしな話だよな」
「いえ、そうは思わないわ」
だがクリスティはここまで聞いても至って平気な顔で答えたのだった。顔は進行方向である正面をじっと見たままだ。額の汗が爽やかである。
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