俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
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45.吾闘争す、故に吾在り
前書き
血反吐ぶちまけるのって楽しいですね。
5/22 微修正
『まさか、まだ信じてたのか?馬鹿だな……そんなんだから食い物にされるんだよ』
知ってるよ。
『きみより先に、天国にいくね。きみはまだ、来ないで……』
余計なお世話だ。
『こんなに愛しているのに……どうして私の手元を離れてゆくの?』
結果が全てだろうが。
『ああ、あのガキか。役に立たないんでヤク漬けにして放り出しておいた。で、それが?』
『だからさ、本気でお前みたいな得体の知れないクソガキのために命を賭ける人間がこの世界に何人いると思う?ゼロだよ、ぜ~ろ』
『クソがぁ!!クソがクソが、お前ぇ!!お前の方が死ねよ!!何にも護るものがないくせにさぁ!!何で俺だよ、おかしいだろ!!お前が死ねよぉぉぉぉーーー!!』
『こんな子供を痛めつけてまで仕事するのが大人のやることかぁ!?』
『人間は神の被造物!!それを神が好き勝手して何が悪いというか!!下劣な猿が、我を見下すなぁぁぁぁぁ………ッ!!』
『おかしいね。再会したら抱きしめようと思ってたのに、手が無くなっちゃった――』
『ええと、君はダレでしたっけ?あはは、意味の分からない事を言う子供ですねぇ。出会ってなければ約束など存在しないのと同じことでしょう。分かります?君なんて知らない――そういうコトです』
『命の価値を教えてやる。2千ヴァリスだ、お前のはな』
『ああ、悍ましい!!生きていることが恥ずかしくないのですか!?僅かでも恥じるのならば今直ぐ死にませい!!死んで夫に詫び、血の海に溺れて苦しみながら煉獄に堕ちませい!!』
『これだから……てめぇみたいな死にたがりの餓鬼は………反吐が出る程嫌いだよ――!』
『お前はなぁ!!そうやって目的もないくせにいつも生き延びて、周りの命を啜ってるんだよ!!お前がいるから俺みたいな関係ない奴が割を食って!!死ね!!俺と一緒に死んで、お前だけ地獄に堕ちろぉぉッ!!』
知ってるんだよ、俺は。俺の存在が俺の周りを最も傷つけるなんてことは、当の昔に知ってたんだ。だから、馴れ馴れしく近付いてくる奴を遠ざけたかった。
迷惑で、鬱陶しくて、その癖して巻き添えを食った時だけ自分は悪くないと言い訳する奴は嫌いだ。
非力で、一方的で、何も出来ない癖に光に近づこうとして傷付く軟弱な奴も嫌いだ。
どいつもこいつも勝手に俺を巻き込んで、俺に巻き込まれて不幸になる。
だから――嫌いだ。
『俺達のことも、本当に嫌いか?』
不意に、友達を名乗る男から投げかけられた問いが脳裏をよぎった。
『ああ、大っ嫌いだ』
俺はその時、あいつの目を見て言葉が言えなかった。
= =
人類は本質的に争う生物である、という思想が霊長類学者の間では存在する。
最終的にこの説は不完全な説であり、人類は争う性質と助け合う性質の両面性を持っているという安直な結果が真実だということが後に判明した。
だが人類の作りだした文明や文化というのは厄介なもので、文化の多様性を認めるが故に別の文化形態で過ごす存在を「同族」と認め切れないことも多い。それが普通なら同種持つはずの道徳意識を薄め、敵と同類の境を極めて曖昧なものにしていく。故に人は争う、と学者は言う。
肥溜めの蛆虫にも劣る下らない理論だ。
理論は生きていない。しかし蛆虫は生きている。生きるのに必死になりながら汚らしい糞尿の海で蠢き続ける。醜く汚らわしい物だとしても、そこには生存というたった一つの目的に邁進する生物の輝きがある。つまり、理論や説などというのは現在を生きる全ての生物にとっては何の価値もない、文字通り机上の存在でしかない。
俺は、人間だから戦っているのか。……違う。
俺は、―――の子だからから戦うのか。……違う。
俺は、―――に捨てられたから戦うのか。……それも違う。
俺が、俺という存在であり続けるために、俺は戦うのだ。
「お前は何のために戦う」
その問いに対して返ってきたのは、惚れ惚れするほどに狙い済まされた斬撃。敵は手首を器用に操って剣の軌道を変化させ、弾こうとしたが一瞬捉え損ねる。直後、時間差でもう一撃。ボッ、と頭の真横の空間を破滅的な威力が通り抜ける。槍だ。突撃槍が俺の顔面を抉ろうとした。
顔面への攻撃で視界を奪い、それを回避することで発生した隙を縫って敵は跳ねるように離脱。再び間合いを取った。待つときはまるで石像のように微動だにせず、しかし突然何の前触れもなくトップスピードでこちらを錯乱する。
「………ギギギッ、キキッ!」
「唯の魔物にしては出来るが……成程、人語を解さないのなら『異端児』ではないな」
トリッキーかつ繊細、突発的ながら技巧派。まるで熟練の冒険者を相手にしているようだが、実際には真逆だ。メタリックグリーンの鱗に全身を覆われた亜人の黄色い瞳が、俺という獲物を捉えて離さない。
蜥蜴の獣人とでも形容すべき姿をした魔物は、舌をちろちろと動かしながら両手の武器で巧みに攻撃してくる。驚くべきことに眼球の僅かな隙である『盲点』の位置まで完全に把握した不意打ちまで撃ってくる。これほどの剣術、人間でさえも習得するには年単位の修行が必要だろう。
決してこちらに付け入る隙を見せようとしない。破格の速度もさることながら、ココと同じで圧倒的な先読み能力を駆使しているために思うように主導権を握れない。刃を強引に叩き込むと片手の剣でいなされ、その隙にもう片方の手に握られた突撃槍がこちらの胴体を掠める。
「キキキキッ!!」
「面倒な――がふッ!?」
視界がブレたと錯覚するほどの瞬間速度を捉えようとした刹那、今度は脇腹を鈍器で殴りつけられたような衝撃。反射的に空気の動く気配をした方向に手刀を繰り出すと、硬度と軟度を併せ持った肉質的な何かに命中する。
それを掴みとると、正体は千切れとんだ尻尾だった。人体には存在しないパーツである尻尾を利用して殴りつけてきたのだ。そして俺の反撃で自動的にちぎれた尻尾を囮に本体はまんまと離脱に成功している。文字通りトカゲのしっぽ切りだと思っていると、尻尾が蛇のようにうねり、俺の喉に一直線に飛来する。
「尻尾の先端だけ異様に硬い……成程、叩くだけでなく刺すことも出来るのか」
命中する前に握力で強引に圧潰。よく見れば先端は銛のように一度刺さると外れにくい構造になっている。ある程度自立行動し、突き刺さり、残る力を振り絞って暴れまわる。ここまで来ると単なる蜥蜴の尻尾ではなく別種の魔物とさえ形容できる。
風を切る音。瞬間移動のように残像を残して迫る蜥蜴の騎士の斬撃が再びこちらの盲点を突こうとするが、流石に俺も『目が慣れた』。先手を打つように剣に力を籠め、斧を振り下ろすように真っ向に振り抜くと、両手の武器を交差させた蜥蜴に命中した。岩を砕き周辺の空気を押し飛ばす衝撃に、蜥蜴は5Mほど後方まで吹き飛ばされた。
目を見る。驚くほど静かな意志を湛えた目だ。理性を感じさせない粗暴な魔物のそれではなく、忠誠を誓う騎士を彷彿とさせる。だが、俺にはこいつが誰に仕え、どうやってその技能を手に入れたのかなど至極どうでもいいことだ。
忠誠を誓う騎士は、自分の剣の向かう先を主に決めてもらう。
つまり、自分で自分の行動を決めきれず、一方的に信頼した赤の他人に行動を委ねている。
それは、『狗』だ。
そして俺は『狗』ではない。
「俺は、俺の力を、俺が存在するためだけに使う。自分が自分である根拠を欠片でも他者に依拠する存在には俺を殺す事は不可能だ」
蜥蜴が走る。人間では決してありえない脚力と俊敏性は瞬間移動のように錯覚されるほど速く、煌めいた刃はその軌道を自在に変えながら俺の身体へと迫る。俺はそれを――何もせずにぼうっと見た。
刃が俺の腹部を貫く。突撃槍だ、今の一撃で食道器官は致命的なダメージを受けただろう。下腹部が内側からこじ開けられるような凄まじい衝撃が奔り、灼熱のように熱い血液が零れ落ちる。蜥蜴はその槍を手放しながらさらに連撃を繰り広げようとして――
蜥蜴の剣が、きぃん、と音を立てて根元から折れる。止めを刺そうとして動きが一瞬大雑把になった瞬間に、俺の剣で叩き折ったからだ。普通なら腹を貫かれた時点で人間はまともに行動できなくなるのだろうが、俺はこの程度の傷では止まれない。
蜥蜴が槍を引き抜こうとする。しかし、ずたずたになって尚機能する腹筋に槍が締め上げられて抜けない。失血死を狙った行動だったのだろうが、致命的な隙だった。咄嗟に身を引いた蜥蜴の身体に袈裟切りの傷がつつ、と走り、次の瞬間に鮮血が噴き出た。
「俺は、俺がお前に殺されることを許容しない。だからお前に俺は殺せない。そう、全ては俺が考えて俺が決める事だ。そこに他の誰かなど介在しない」
まったくナンセンスだ。破綻した理論だ。そんな都合のいい世界の解釈など道理が通らない。
すなわち、通らない道理を通すことが出来ないのがお前の限界だ。
お前は俺を殺すという絶対目的を達成できないが、俺は出来る。
この瞬間、俺にとってこの戦いは何の価値もない『勝ち戦』に成り果てた。
「俺を殺しきれなかった貴様に目は必要ない!!」
剣を振るう。蜥蜴の眼球が肉片となって抉り飛ばされた。
「耳も、鼻も腕も足も首もッ!!」
剣を振るう。頬の近くにある耳が、鼻が、手が、足が、蜥蜴の身体から切り離されていく。この魔物は鱗の強度の分だけ余計に硬く、決して脆い体ではない。だがそれは客観的評価であり、煉瓦の壁も分厚い鉄板も平等に破壊する純然たる攻撃力の前には意味のない事実だ。
徒手で戦う魔物なら武器を捨てて牙なり爪なりを剥いただろう。だからこそこいつは、武器を扱うが故の新たな隙を生み出した。それがこの蜥蜴の戦士としての致命的な欠点――こいつは、超近接戦闘に対応できない。
「――全てを抉られッ!!戦士としての価値さえ喪失しッ!!何故自分が敗北したのかさえ理解できぬまま血達磨になれぇぇぇぇーーーーッ!!!」
嗚呼、今宵も我が身に降り注ぐ鮮血の暖かさが心地よい。
お前を殺すほどに俺も死に近づいていく、その感触が心地よい。
――嘘をつくな、妄想に陶酔したどうしようもない愚図め――
俺の心の中で、誰かが心底軽蔑するようにそう呟いた気がした。
= =
昔、あることが切っ掛けでオーネストとこんな話をしたことがある。
――魔物と人の共存は可能なのか?
その時の俺はまだ本当に新人で、『異端児』と呼ばれる魔物と友達になりかけていた。だが、少しばかりショッキングな事が起きて、結局俺は自らの手でその子を倒すことになった。倒す瞬間まであの子は俺のことを友達だと思ってくれていたと思うし、俺だって友達だと思っていた。なのに、魔物と人という壁を俺達は越える事が出来なかった。
そこまで大きな壁だろうか。
言葉は通じるし、一緒にいて楽しい思いを共有することも出来る。同じ食事を取ることも出来るし、逆に励まされたりもした。『異端児』はそうやって生活の大部分を共有することが出来る存在だ。
彼は男だったが、ひょっとしたら人間の女性と性交して子を宿す事も出来たかもしれない。子供がどちらの種族寄りになるか、寿命の差はどうするのかなどの細かい問題はさて置いて、そんな風に限りなく同じ存在として生活空間を共有する事は出来る筈だ。
それでも俺とあの子は駄目だった。
俺の感じた共存可能という価値観は幻想だったんだろうか。どこか致命的な間違いがあったのだろうか。理解できていても決して相容れない何かが、人と魔物の間に存在するのだろうか。様々な疑問が脳裏を渦巻き、俺はその答えをオーネストに求めようとした。
――可能なんじゃないか?
オーネストは、別段変わった様子もなくそう告げた。
過去、動物が自分と違う種族の子供の親代わりになったという話はいくつかある。それは付加したばかりの鳥に見られる刷込効果から本能的に赤ん坊などの弱い個体を守護対象と近くする動物的母性まで様々な形で現れる。オーネスト曰く、最終的にどうなるかは別として、寄り添うぐらいなら訳はないということだった。
『確かに魔物は人間を敵視するが、知能の低い奴は調教だって可能だ。それも立派な共存関係だ。どちらかの種族が片方に寄るか、優位に立つか、空間を隔てるか……平等である必要性を除けば出来ない話でもない。D型アミノ酸で構成された光学異性体でもあるまいし、食える物が共有できれば個人レベルじゃどうにかなるもんだ』
アミノ酸云々の話は俺には理解できなかったが、とにかくオーネストが言うには「個人レベルでは」可能だろうということだった。では、ちょっと想像は出来ないが社会全体ではどうだろう。これはオーネストに聞くまでもない。『条件付きで可能』だ。
だが、今現在では少なくとも俺と魔物が共存できる可能性はないだろう。
理由その一。俺があの子を殺したことを、他の『異端児』は知っているから。
理由その二。魔物の生命としての在り方を、俺は否定しているから。
そして理由はもう一つ。このダンジョンの主が、神の尖兵である俺達を敵視しているからだ。
「グルガァァァアアアアアアアアアアアッ!!」
真正面から迫る6Mオーバーの巨岩――いや、これはまるで巨岩のように肥大化・硬質化した甲羅だ。ウォール・トータス――確かそんな名前をした、深層の大型魔物が耳を劈く咆哮をあげる。撃破推奨レベル5,5と揶揄されるその姿は正に城壁の名に相応しく、巨体から繰り出される突進は同じフロアの別の魔物さえ軽々と吹き飛ばす生きた重機だ。
ちなみに甲羅は複合構造になっているため、表面を壊すと奥の層にまた甲羅が現れる。そして甲羅の破壊に時間をかけすぎると体内で新たな層の甲羅が生成される。人間なんぞ一発で噛み殺せそうなワニガメ似の面が恐ろしい形相でこちらを睨んでいた。
「そういえばどっかで聞いたことあるな。人間は高さ5,6メートル前後の物体に最も威圧感を感じるって……この威圧感から考えると、ありゃ案外マジかもなぁ。こいつデカくて固いからキライなんだよ」
流石の俺の鎖も真正面からあの甲羅をぶち抜くのは難しく、あれでは一撃で殺しかねる。しかも甲羅の隙間から見える皮膚なども見事に硬質化しており、どこを攻撃しても苦戦必至という腹立たしい仕様だ。
こちらが仕掛けてこないのを好機と見たウォール・トータスは手足や頭を格納して全身をボールのようにバウンドさせ、回転しながら出鱈目に突進してきた。トータス自身もどこへ飛んでいるのか完全に把握できないランダム攻撃が俺の周囲の地盤を抉り飛ばしていく。降り注ぎ跳ねまわる石のシャワーから鎖で身を守りつつ、強烈な攻撃に悪態を漏らす。
「まったくいつ出くわしても派手に動くな……!このサイズでスーパーボールとかおかしいだろ!」
直撃コースを避けつつ虚空に鎖のレールを敷いて強引にトータスの軌道を変更すると、奴はレールを綺麗に滑って着地して甲羅から顔を出した。その隙を逃さず鎖を放つが、予想以上に俊敏に動いた首の頭突きで鎖は軌道を逸らされる。
これでオーネストなら顔面を踏み潰すという意味不明火力の強烈ストンプを見せる所だが、生憎俺の脚はあいつの黄金の蹴りには劣る。具体的にはどこぞの海賊漫画の黒コックを二回りほど弱くした程度の技術と威力だ。
「あのカメ一応魔法弱点だけど………」
地響きを上げて突進してくるウォール・トータスの迫力を前に、俺は虚空に手を伸ばす。その指先に、つめたく硬い感触。何もない筈の虚空から這い出るように現れたそれを一気に引き抜くと、そこには俺の身長より長い2M近くの大鎌『断罪之鎌』が握られていた。
「ではここで質問です。俺の鎌は魔法に含まれるでしょ~……かッ!?」
全身を回転させて、地面を抉るように鎌の尖端を下から上へ斬り抜ける。
重量があるのか、ないのか。切れ味があるのか、ないのか。曖昧な感覚と共に振り抜かれた鎌の切先が、巨大な岩のような魔物を音もなく真っ二つに切り裂いた。
いや、それだけではない。斬撃の余波がトータスを貫通して奥にいた数体の魔物ごとダンジョンの壁を貫通していた。断罪之鎌に切り裂かれた壁は当分直らないのはやっぱりこの鎌がおかしな特性を持っているからだろうか。
「どう思う、オーネ………」
「俺を殺しきれなかった貴様に目は必要ない!!耳も、鼻も腕も足も首もッ!!全てを抉られッ!!戦士としての価値さえ喪失しッ!!何故自分が敗北したのかさえ理解でぬまま血達磨になれぇぇぇぇーーーーッ!!!」
「うわーお久々に猟奇殺人してらっしゃるッ!?」
空気を強引に押しのけるような斬撃と共に、オーネストの目の前にいる『迷宮の孤王』と思われるトカゲのような獣人がバラバラに引き裂かれていく。わずか数秒の間に十数回にわたって繰り出された斬撃は達磨落としのように魔物の身体をバラバラに吹き飛ばしていた。
噴き出る血飛沫のせいで壁や床は赤絵具をぶちまけたように目に痛い赤で染まり、最後には本当に達磨のようになった魔物の残骸だけが残され――魔石を剣で貫かれて絶命した。突き刺したまま横に薙がれたオーネストの剣から風圧で全ての血液が吹き飛び、美しい刀身を取り戻す。
ヘファイストス製の最高級武具の美しい輝きと、それを握るオーネストの血腥い斑があまりにも対照的だった。
「エッグ………ここまでやる必要あったの……?」
「ああ、久しぶりに骨のある奴だった。……こいつ、どこで覚えたのか、剣術や槍術を知ってやがる。『衝撃受流』まで……習得していたぞ。っ……ロキ・ファミリア辺りなら2,3人は殺られてたな」
「それってめちゃめちゃヤバい奴……って、おいコラ」
「何だ?」
怪訝そうな顔をこちらに向けるオーネストの姿を見た俺は、「何だじゃねえよ」と目頭を押さえて唸った。オーネストの腹を、2M近くある金属製の突撃槍が思いっきり貫通しているのである。誰がどう見ても大腸や小腸をブチ抜いて背中から飛び出ており、普通に考えて即死ダメージである。
それをこの男は口元からびちゃびちゃと鮮血を零しながら何を普通に突っ立っているんだ。無痛症か?無痛症キャラか?無痛症キャラだって流石にこの状況は焦ると思うのに生身の素でコレとかこの男は不死身の化け物か何かか?
「ウェル……アーユーターミネーター?」
「この槍、どうやら対冒険者を想定した……けふっ、特殊効果が込められているな。見ろ、神聖文字が刻まれている。……ぅ、ステイタス防御を貫通する仕組みらしい」
「無視して腹に刺さった槍を解説するな!ああもうっ、ちょっと動くなよこのばかたれ!!」
これ以上放っておいて喋りながら死なれても困るので、俺は懐からいつもの濃縮ハイポーションを取り出してオーネストにぶっかけながらゆっくり槍を抜く作業に取り掛かった。ワインを注ぐようにドプドプと流れ出る血液が足元を濡らす。
抜き終わった頃にはポーション驚異の回復力でオーネストの腹筋が復活していたが、俺のコートやブーツはあいつが盛大に零した血溜まりでぐしょぐしょに濡れていた。
「うげぇ、血腥い……ブーツの中にお前の血が入って超気持ち悪い……」
「だったら放っておけばいいだろうが。どうせポーションなんぞ飲まなくても死ねなくなった体だ」
「槍が貫通した腹のまま横にいられる方が俺にとっては気分悪いんですがねー」
何が楽しくてそんなゾンビみたいな親友を隣に置いておかにゃならんのだ。
もういっそ死んでおけと思ったが、流石にその言葉は呑み込み、代わりに溜息が一つ。
昨日あんな風にメリージアと和んでおいて今日のこれ……この男、つくづくどうしようもない男である。俺が言うんだから間違いない。
= =
「その槍はパラディン・リザードの……!と、討伐したのか!?」
近所の安全階層までやってきた俺達――というか俺の抱えていた槍を見るなり、周囲がザワついた。オーネストも知らなかったみたいだが、戦利品に頂いた特殊効果持ちの魔槍はこの辺では有名らしい事を悟る。
「マジかよ……!!この前『アシュラ・ファミリア』の精鋭を17人殺した特級危険種だぞ!?レベル6だって一人殺られたのに!!」
「倒せればランクアップ確定なのに、殺せる冒険者がいないってんで頭抱えてたのによぉ……」
「ゴメンね、横取りしちゃった」
「あ……いえいえいえ!!あんまりに犠牲者が多いんで困ってたんでさぁ旦那!ソイツが死んだってんなら文句言う謂れはねぇさ、なぁお前ら!!」
俺が気分を害したとでも勘違いしたのか、周囲が一斉にコクコクと頷く。18層より更に下、50層の安全階層では俺とオーネストの立場は地上以上に強い。というのも、実はオーネストが数年前には単独で初めて50層まで降りた際に事件が起きたらしい。
その謎の事件を圧倒的暴力とささやかな知略で解決したオーネストは、ここでは畏敬の念を込めた態度を取られている。我が親友よ、一体何をやらかした。ある意味この人達もゴースト・ファミリアに含まれるんじゃないかってくらい腰が低いぞ。友達だって理由で俺までビビられているし。
「ここ1か月で死者53人を出した『迷宮の孤王』の天下も意外と短かったな……」
「ったりめぇよ。『狂闘士』と『告死天使』に目ぇつけられて生き延びられる魔物がいるものかってんだ」
「黒竜は?」
「時間の問題だろ。前までは『狂闘士』が単独で挑んでたから殺しきれなかったが、あの二人なら絶対に殺れるね!」
オーネストのファンらしい連中の無責任な会話が聞こえる。三大怪物だか何だかに数えられる黒竜は俺も一度だけお目にかかったことがあるが、その頃はまだ俺は今ほど実力が無かったために普通にビビってぼろ雑巾なオーネスト連れて逃げていた。思えばあれから1年半ほど経過し、俺も随分戦いに慣れてきた。今なら確かに倒せるかもしれない。
何の気なしに頼もしくも二重の意味で危ない相方を見やる。こいつと並んであの竜と戦うと思うと、ざわりと柄にもない闘争心が湧き出た。
(………訂正、俺とオーネストの二人なら絶対やれる)
根拠はない。ただ、確信はあった。
俺達は破滅的なコンビだ。未来永劫、俺達を越えるコンビなどこの世には現れない。
ありていに言うと、ちょっぴり調子に乗ってたんだろう。後になってそう思う。
「なぁ、オーネスト――黒竜、仕留めに行ってみないか?」
「……お前にしては珍しい提案だな。なら、殺すか」
この瞬間、現在ダンジョンで確認されている中で最強と謳われる古代の化け物の末路が決定した。
……同時に俺達の大苦戦も決定したのがいただけないけど。
後書き
ちなみにネフェシュガズラの斬撃は月型の直死と近い概念です。ガー不可即死で広範囲のクソ技ですね。
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