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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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降り積もる灰燼から
  44.トライアングルハーモニー

 
 懐古する記憶、想ひ出の残像。
 これはそう、アズライールという冒険者がまだまだ駆け出しだった頃――。


 冒険者は普通、魔法を3つしか使えない。そのように説明では聞いた。
 しかし、何故3つしか使えないのか。俺はそれが気になった。

「なぁオーネスト、何で人は魔法を三つしか覚えられないんだよ?ファンタジーとかでは複数使えたりするじゃん」
「人が神に到らないためだ」
「………えっと、詳しくお願いします」

 オーネストは露骨に舌打ちしながらもちゃんと説明を開始した。舌打ちで心を抉ってからちゃんと説明するという辛辣親切なスタイルには最近慣れてきた自分がいる。っていうか、その一言で察せとか無理あるだろ。

「まずは人間の話だ。人間は……少なくともこの世界では神の創造した存在だ。限りなく神に近い容姿と神には程遠い能力を与えられた神のデッドコピーに過ぎない。そして神が那由多の存在なのに対し、人間は連中からしたら刹那の瞬き程しか存在できない脆弱な存在だ」
「確かに。この街の神様って軒並み年齢億オーバーだったし」

 ヘスヘスとかロキたんとかまるで歳食ってるようには見えないのに実はとんでもないご老体だ。というか、神は年齢を重ねないのでご老体という言葉も当てはまらない。あれが本当ならば、なるほど確かに神は限りのない存在なのだろう。

「だが、相対的に見て神には一つだけ人間に劣る部分がある。それが『可能性』……僅か100年前後で爆発的に成長する、人間が人間たる所以だ」
「成長性……体か?」
「お前今絶対ヘスティアのこと想像したろ。あとロキの奴も」

 ダレがチビだい!!とぐるぐるパンチしてくるどっかのヘスヘスをものの見事に思い浮かべたが、脳内オーネストが説明のために蹴り飛ばした。ダレが胸元大平原や!!とぐるぐるパンチしようとしたロキたんは脳内オーネストの一睨みで黙りこくる。オーネストめ、俺の脳でどれだけ猛威を振るえば気が済むんだ。
 変な妄想してたらオーネストが睨んできたので、俺は慌てて妄想を打ち切った。

「……成長性ってのはそんな限定的なものじゃねぇ。もっと広義での成長だ。個体差的な力の増減……洞察力や精神年齢……人間に触発されて多少考え方が変わる神はいるが、どいつもこいつも根本的、本質的な意味では成長しない。何故なら神となったことで存在そのものが完成されてしまっているからだ」
「成長しないっつうか、成長する必要がないって感じだな。どんなに時間が経ってもずっとそのまんまだ」
「ああ、連中は成長する必要がない。そういう世界に生きている。だが人間はそうはいかん。産まれたからには生きねばならん。生きるためには知識も肉もありとあらゆるものが必要になるし、それらをある程度揃えると今度は夢だ理想だと文化的な欲求を追求したがる。挙句、死が近づくと今度は永遠の命を求めたり……始終忙しい連中が殆どだ」

 だが、とオーネストは続ける。

「その忙しさが人間の成長性の本質だろう。神は何億年経とうがレベル100のままだが、人間はレベル1から死ぬまで果てしなく伸びる可能性がある。そして有限であるが故に焦り、前へ進む。現にダンジョンが出現した古代、人間は神の予測を越えた『英雄』となって敵と戦った……さて、ここからが魔法に関連する話になる」
「あ、そっからなんだ……」
「お前もこれくらいは知ってると思うが、自分の作った玩具の思わぬ遊び方を発見した神共は暇つぶしに次々地上へと舞い降りはじめた。『世界を脅かす魔物に対抗する力を与えるため』という大義名分を引っ提げてな。つまり、人間に恩恵を与えて眷属にするという一連のシステムの誕生だ」
「俺がギルドで聞いた話と比べて神の傲慢さが目立つ解釈がされてるんだけど………私怨混じってない?」
「純然たる事実だ。ともかくだ、この際に神々の間である締約が結ばれた。それが、神が人に与える恩恵――より正確にはそれを制御するシステムを完全に統一することだ」

 それを聞いていて俺はロキたんからちらっと聞いた話を思い出していた。曰く、人間を本気で強化したいんなら神の力で無理矢理力を与えればいいけど、それをやると恩恵のルール違反だし面白くもない――そんな話だった。つまりオーネストの言う完全統一がロキの口にした恩恵のルールなのだろう。
 恩恵というシステムを統一することで、神の気まぐれによる「ずる」を防止し、尚且つ過ぎた力で人間が暴走しないようにする……目的はそんな所だろう。俺がその予測を口にすると、オーネストは「概ね正しい」と言った。

「但しそれはあくまで多数意見だ。実際には違う側面もある……いいか、恩恵というのは曲がりなりにも神の力を分け与えているんだ。つまり恩恵を受けて成長力を更に爆発的に高めた人間とは、より神に近づいた存在とも解釈できる。これに一部の神は強い危惧を示した」
「自分の絶対的な立場が脅かされる。だから制限を加えようって話か……?全然そんな風には思えないけどな。街ゆく冒険者は誰しも人間の域を超えているようには見えないし、あのオッタルとかいうムキムキも神に到ってるとは到底思えねぇ」
「だろうな。逆を言えば、多少成長性を高めた所で神と人の差は埋まらないという事でもある。……さて、ステイタスに関しては上限が高すぎるから100年そこらで神との差を埋めるのは不可能、といった具合に恩恵というのは調整されている。レアスキルに関しては制限がない。こっちは神共の娯楽性と人間の可能性を加味した結果だ。それ以前に一人の人間が大量のレアスキルを得ることはまずないしな」
「お前とか一杯レアスキル持ってそうだけど?」
「複数と言っても多くて精々が5本の指で数えきれる範囲内だ。レアスキルとはその人間の本質が現れやすい……簡単に言えばそいつがどんな奴かを一言で表すようなものだ。そんなものが20も30も存在するってのは、ひとつの身体に魂が10個以上収まってるようなものだ。多重人格なんてものじゃないぞ、それは」

 つまりシャーマン○ングならイケるのか、とも思ったが、魂を入れ替える度にレアスキルも入れ替わってるだろうから全部同時に持っているのとは違うだろうな。仮に人格を全部統一したら個性も統一されるから、これもまたレアスキルが複数とはならないだろう。

「ステイタス・レアスキルと二つ並んだところで、いよいよ魔法に話を移そうか」
「おう。話の流れからすると3つ以上の魔法を持つと神の領域って話になるっぽいけど?」
「まさか。たかが3つの魔法で神の領域になど到れるものか………しかし、一部の神は人間が魔法を使えるようになる事に激しく抵抗した。魔法そのものが神の御業と考えていたからだ。現代の人間の使用する魔法はその殆どが神の下位存在である精霊を由来としている事を考えればあながち嘘でもないが……連中にとっては不幸なことに精霊は神より人間の側に寄った存在だった」
「聞いたことあるなぁ。精霊と交わったり加護を貰った一族は特殊な才能を持って生まれるんだっけ。アイズちゃんとかもその系譜なんだろ」
「ああ、精霊はそれほどに人間と距離が近かった。それに魔物と戦うにしても見て楽しむにしても魔法抜きだと大半の神は面白くない。そこで魔法を司る神々が『3つ』という制約を立てた。地上では元々魔法なんぞ一生に一つ覚えれば上等だったからな。3つ確保してやるだけ有り難いと思えといった具合さ。事実、ほとんどのヒューマンは死ぬまで魔法スロットが埋まらないが、エルフなんかは大成すれば例外的に3つ以上覚える奴もいる」

 これは後になって思うとレフィーヤちゃんのことだったんだろうと思う。彼女は、詠唱と効果を完全に把握できるエルフの魔法をコピーできるらしい。リヴェリアさんも学術的には9つの魔法を使えるとか、そんな話を聞いた。

「とすると、魔法の才能がズバ抜けている人は3個の制約を突破できるのか……」
「ああ……だが、実際には魔法という技術は曖昧だ。覚醒条件も含めて余りにも不確定要素が多すぎる。『神秘』と『魔導』の両方を極めたような奴はある程度魔法の伝道が出来たりもするが、そんな段階に到った頃には大抵の奴はヨボヨボだ。ステイタスと同じで制限がかかっている………『ように見える』だろう?」

 もったいぶった言い回から、俺はオーネストの意図を直ぐにくみ取ることが出来た。

「なるほど、そこも違う意図があるって訳か……神の連中もややこしいこと考えてるねぇ」
「ふん、全くな………考えても見ろ、人間は元々3つ以上の魔法を会得できる可能性があるのにどうして3つだと決めつけにかかっている?どうしてその中でエルフなんかの一部種族の魔法的優越を放置している?」

 確かに種族的な伸び率の違いを差し置いても、魔法だけは条件が変だ。明らかに一部の種族だけ優位の構造になっている。それでいて人間に魔法を使ってほしくないと言う割には、エルフ等が覚えるのは別にかまわないと来たものだ。
 小さく唸りながら考えを纏めると、自分が口にした言葉がふと思い出された。

 『精霊と交わったり加護を貰った一族は特殊な才能を得る』――。

 人と神との契約に魔法は絡んでいないが、精霊と人との契約には魔法が絡んでいる。もしもこの精霊と2種も3種も交わっていったら、やがて人間はそれほどの加護をその身に得るのだろうか。恐らくこんなことを人間、若しくは精霊が計画的に行ったとすれば、神の恩恵に関係なく魔法は増殖していく。
 
「もしかして、精霊と交わったことで覚える魔法の数を制限して、精霊との上下関係をはっきりさせるため……?」
「ほぼ正解だ。より正確に言えば……神は精霊に反乱されるのが怖いんだよ。だから自分たちの下にいる方がメリットが大きいように見せかけつつ、精霊の力をダイレクトに反映する魔法のスロットには大きな制約をかけた。魔法の伝授によって神の恩恵を越えた人間が出現すれば、神の立場も面目も丸つぶれだからな」
「でもそれじゃ一部種族の優越性が説明できないんじゃ?」
「一部の種族にだけ魔法の優越を与えれば、人間は種族的な違いがあるから自分が魔法を覚えられないのはしょうがないと諦めがつく。逆に優遇されてる連中は『普通の種族では一つも覚えられない魔法をこんなに使える自分たちは魔法に優れているんだ』と一種の思考停止状態に陥り、魔法の根源的な部分をあまり考えなくなる。結果的には最高のさじ加減として現代も残っている。ま、後詰の策と言った所か」
「………話は最初に戻るけどさ、もしかして『人が神に到らないため』って……精霊の力を借りて人間が神の域に到るか、もしくはそういう方法で精霊が敵をけしかけてくるのを防ぐためってことだったのか?」
「俺はそう考えている」

 そう締めくくったオーネストは、とびっきり皮肉の利いた笑顔で地面をかつかつと蹴った。

「何せ、現にこうして盛大に神に弑逆の意を示した精霊がいるからな……」
「地面……地下………あ、嫌~な事に気付いちゃったかも。お前もしかしなくてもダンジョンの事言ってるだろ?」

 本や一般常識では「出現した原因は不明」とされているダンジョンの秘密を、オーネストは世間話でもするようにあっさりと暴露した。神の下位存在である筈の精霊の神に対する反乱という、空前絶後の大スケールだ。

「そうさ。このダンジョンの主――あるいは『魔王』とでも称しておくか?天上の神は、この地を這う反逆の精霊に人間が恭順する瞬間を何よりも恐れているのさ……原因を作ったのは自分たちなのになぁ」

 その時の、心底愉快なものを見るようなオーネストの顔は今も忘れられない。くつくつと喉を鳴らすこの男の顔のあくどい事あくどい事。オリジナル笑顔リストに並べられるレベルかもしれない。
 というかオーネスト、お前は一体この世界のどれだけのことを知っているんだ……と言おうかと思ったが、知るのが怖くてその時は何も言えなかった。



 = =



「スロットリミッターが外れているか、多数の精霊の力を得たか……あのベルとかいうガキが見たという黒いエルフはそのどちらかだろうな」
「神の仕業って可能性もあるのか?恩恵のルール違反は天界の神が厳しく見張ってるから起きないんだろ?」
「だったらバレないようにやればいいだろ。馬鹿には出来ないが、出来る奴には出来る筈だ」
「おいおい神がその調子じゃ人間が困るんだが……」
「アズ様、アタシ達人間の事をクソ真面目に考えてる神なんぞ耳糞ほどしかいやしねぇんですよ?」
「あ、それもそうだったな……」

 目の前に神の所為で割を食いまくったであろう存在が約二名。偶に忘れがちになるが、神とは人間に対して優位であるが故に傲慢でもあるのだ。俺はそう感じたことはないが、「それはアンタがおかしいのだ」ということらしい。

 屋敷での朝、朝食を取りながらも俺達の会話は自然と先日の大騒動の真犯人のそれへと移っていた。現在この街で真犯人の情報を持っているのはこの屋敷の人間とヘスティア・ファミリア、そしてギルドのロイマンくらいである。なお、既にロイマンからはこの件について箝口令が敷かれているのだが、オーネストは知ったことかと言わんばかりにメリージアにバラしている。
 メリージアはこれを他のゴースト・ファミリアにバラすだろうが、ファミリアは「分かっている」奴ばかりなので余計な騒ぎは起こさない。ただ、自分にとって重要な一握りの存在にだけ情報をほのめかし、音もなく警戒するのだ。

「………そのエルフってのは、神の支配するこの世界を壊したいのかねぇ」
「俺の見立てでは、その気があるのは力を与えた側だけだな。当人は単純に与えられた力で世界を解明する気だろう。神や神秘にとって猛毒たりうる『科学』という視点で……な」
「???」

 メリージアは意味が分からないのか可愛らしく小首を傾げている。この可愛らしさで娼婦だったら間違いなく男心を弄ぶ稀代の悪女になっていただろう、となんとなく思う。彼女にはそういった逞しさが根底にあるからだ。
 特に理由もなくじっと見つめていると、メリージアがこっちの視線に気付いてちょっと恥ずかしそうにはにかんだ。心臓どっくん。時折彼女が無性に愛おしくなるのは……俺も男だという事なんだろうか。

「あの、アズ様……オーネスト様が言ってた『科学』ってなんでっしゃろか?アタシ、学がねぇからろくすっぽワカンネーんですけど」
「ん………ああ、そうだな」

 オーネストは「たまにはお前が説明しやがれ」と言わんばかりにこちらを一瞥し、優雅な手つきでフレンチトーストを食べ始めている。俺もあまり説明上手ではないが、頑張って説明してみよう。

「火が燃えるのには空気が必要で、火を消すには水をぶっかけるのが一番早い。これは分かる?」
「はいっ!アタシもメイド修業時代に何度かカーペットに火を放ってクソ師匠にキレられたんで!!」
「や、火傷しなくてよかったね。で、ええと………じゃあ何故空気があると火は燃えて、水をかけると消えるのか。これは分かる?」
「いいえっ!脳みそツルツルのアタシが火に関して分かるのは『熱い』、『明るい』、『料理の命』の三つまでなんで!!」
「あはは………まぁ、オラリオに限らず普通の人達はそんなこと逐一疑問に思わないよね。でも実際には理由がちゃんとある。空気がないと火が燃えないのは、大気中の酸素がないと燃料となる物質と連鎖反応でエネルギーを発生させられないから……つまり火を燃やし続ける材料になってるからだ。そしてその材料と燃料の間に水をぶっかけると、連鎖反応が遮断されてしまう。だから水で火が消える」
「………………」

 ぼしゅー、とメリージアの耳から煙が噴き出ている。まだ小学校高学年レベルだと思うのだが、彼女にとっては早速難し過ぎたらしい。

「つ、つまりね。世の中で起きる自然現象ってのはそうやって何かしらの理由をつけることで説明できるっていうスタンス……それが科学なんだよ」
「つまり、何かと理由を付けたがる学者みたいな?」
「うん、まさにそれ」

 実際には俺達の世界とこの世界では学者のレベルが全然違う。それは、この世界ではあらゆる現象が『神』や『精霊』といった世界観に基づく解釈を行っているからだろう。神の奇跡にも精霊の加護にも原理は求められず、そういうものとして解釈されている。そこに疑問を挟む余地はない。それは人には理解が及ばない高尚な領域なのだ。

 だが科学は違う。

 科学ってのは何でもかんでも理由をつけて順序立てて解明しようとする。俺達の想像も及ばない世界であっても何かそれを理解する屁理屈がどこかに存在する筈だと探す。そして見つける。見つけた理論状況を再現して同じことが起こるなら、そこには神秘も高尚な領域も存在しない。科学とは、奇跡を人の解釈できる領域まで引きずり降ろすことを意味する。

「科学はなんでも解明したがる。そのエルフは、オーネストの見立てではその科学で魔法を解明したんだろうね」
「魔法を解明?魔法って使える奴にしか使えないから解明してもあんまり意味ないんじゃ……?」
「確かに、この世界じゃ魔法なんて覚えられるかどうかわからない凄いものってイメージがあるみたいだね。でも、魔力、精神力、詠唱の解釈、大気中のマナのような魔法に関わる要素を一つ一つ丁寧に紐解いていけば、魔法というのが実際にはどうやって発生しているのかが分かるかもしれない」

 詠唱、無詠唱に関わらず、魔法はあくまで一定のプロセスを経て効果を発揮する。そしてそのプロセスは恩恵に依拠し、恩恵によってその数を制限されている。冒険者の魔法とはそれらの手順を極限まで簡略化したものが定められたプログラムのようにスロットに追加されているものだ。そのプログラムを起動させれば、記録されたプロセスが勝手に順を追って魔法を発動する。

 では、もしこれをマニュアル操作のように一つ一つ自分で操れるとしたら……最終的には、3つをゆうに超える魔法を無詠唱で使用することも可能かもしれない。

「滅茶苦茶難しくてややこしいけど、そういう方法を確立すれば、一人で5個も6個も魔法を使えるようになる可能性はあるよね。俺も専門家じゃないからよく分かんないけど、そうして自分に使えない物を強引にでも使えるようにするのが『科学』ってことなんだよ」
「へぇぇ……全っ然理解できねぇけど。その科学を学んだらアタシもカッケェ魔法使えるようになるんですか?」
「沢山勉強したら出来るかも………」
「諦めてメイドとして生きていきます」

 彼女は早くも科学の魅力を振り切って未来に生きることを決めたようだ。とても逞しい顔をしているが、頭からブスブスと漏れる湯気で全部台無しである。最低限教養はあるし、決して馬鹿な子ではない筈なんだけどなぁ……。

「何なら『魔導書』でも書きしたためてやろうか?」
「欲しい!です!」
「おいよせ止めろ!オーネストの『魔導書』なんて危険度マキシマムレベルだよ!?」

 この男が当然の如く魔導書を書けることに関しては最早何も言うまい。なお、俺は一度コイツの書いた魔導書の背表紙を見たことがあるが、そこには『滅却業火(メギド)』、『氷獄魔牢(コキュートス)』などのヤバそうな代物しかなかったと記憶している。


 なお、最終的にメリージアのおねだりと自衛の意味も込めて『言語崩壊(ロストバベル)』という魔法が進呈されることになった。敵味方識別可能な広域魔法で、自分の使用する言語が一時的に分からなくなるらしい。副次効果として思考の混乱、魔法詠唱不能、ひどいと思考そのものが一時的に崩壊するらしい。………恐ろし過ぎるだろう。

「って言うかこの名前、オラリオに真正面から喧嘩売る名前だな……お前まさかこの街の転覆のためにこんな物騒なものを………ないか。お前なら転覆させずに沈没させるよな」
「アタシもそう思いやがります!オーネスト様は気に入らねぇモン片っ端からぶっ壊すクラッシャーでいやがりますからね!!」
「流石は俺のことをよく分かっているな。理解ある同居人がいてうれしい限りだ」

 とうとうオーネストの本気スレスレのジョークまで飛び出し、笑顔がこぼれる。
 俺達に未来(あす)はいらないが、きっと明日が来ても俺達は仲良しでいられる気がする。
 こういうの、前の世界じゃずっと無縁だったから無性にうれしく思ってしまう。

(何だかな……俺もオーネストも唾棄されて然るべき碌でもない存在な筈なのに、メリージアといると救われた気分になっちゃうんだよなぁ)

 こういう感覚は別の時にも覚える。マリネッタといるとき、リリといるとき……守るべき対象がいるとき。だからこんな時間が積み重なっていくたびに、きっとオーネストの中でも同じものが重なっている筈だ。

 ――オーネスト。お前もこの感覚、嫌いじゃないだろ?

 言葉に出さずに目線を送ると、オーネストはふん、と鼻を鳴らした。
 俺にはそれが、「否定はしない」と言っている気がした。



 = =



 ――アズ様とオーネスト様の話はいつも難しい。

 食事の後片付けをしながら、メリージアは内心でぼやいた。お二人の考え方はある意味では斬新で、ある意味では異端的……とゴースト・ファミリアの面々は言うが、メリージアには実感がわかない。

 ただ、そんな折に二人がメリージアの事を少しでも気にかけてくれるだけで、幸せになれる。
 魔法を授けてくれると言う話の時も二人はメリージアに持たせる魔法を慎重に選んでいた。それだけ自分が大事にされていると、どうしても嬉しくなってしまう。二人はまるで親のようで、友のようで、そして恋人のようで――。

(な、なに内心で舞い上がっちゃってんだよアタシは……)

 自分で自分のピンク色の発想が恥ずかしくなりながら、ちらりと二人を見る。

 アズは調味料を棚に仕舞い、オーネストは食後のティーセットを持ってメリージアのいる流し台に歩み寄っている。とても広義で見れば、二人と夫婦の間柄でもおかしくはないかもしれない。いや、夫が二人いるというのはおかしいが、その辺は愛があればいいと思う。

(――って違う違う!アタシはお二人に仕えるメイドの見習い!!だから主人とそう言う事を望むのは行き過ぎで、そういうのは一人前になってから……って一人前のメイドになっても夫にはなんねぇよ!?)

 どうにも今日は舞い上がり気味だ。人生で初めて『魔法』という破格のプレゼントを貰った影響で高揚感が収まる気配を見せない。心地よい心臓の高鳴りを抑えられないまま、メリージアは皿を洗う。
 後ろから近付いたオーネストが横で一緒に皿洗いを始めた。ダンジョンに潜らないときはいつもこうして家事を分担する。夫婦とまではいかなくとも、家族に限りなく近い。ファミリアというくくりを家族とするのなら尚更だ。

 しかし、また少し経てばオーネストはその手に泡つきのスポンジではなく剣を握るのだろう。前にオーネストの部屋に運んだ剣を思い出し、高揚した気分が少しだけ沈む。また二人は命懸けのスリルを楽しむように魔窟の奥へと刃を押し込んでいく。死なないとは分かっているが、それでも待たされるのがいつも平気という訳ではない。

(そういえば……)

 オーネストの部屋にあった大量の死亡通知書を思い出す。

 あれは、きっとオーネストにどこかで関わっていた人々の亡骸の一つなのだろう。
 それほどの死別、それほどの哀しみを背負ってもなお、オーネストは戦い続けている。
 既に死別の哀しみを忘れてしまったのか?それとも今でもそうなのか?もしそうならば、オーネストは冒険者として戦いながら、癒えることのない傷より幻の痛みに耐え続けているのではないか。

 漠然とした疑問と心配。それをオーネストにぶつけるのが、怖い。もし今でも苦しんでいるのだとしたら、メリージアに一体何が出来るというのだろう。消えない過去に、現在を生きる自分が勝てるか。オーネストが過去より自分を取ってくれる確証はあるのか。

「オーネスト様」
「なんだ」
「アタシを、捨てんな、ですよ……アズ様も」

 自分でも馬鹿なことを言っていると思う。それでも、メリージアは問うた。
 オーネストはそんなメリージアをしばらく見つめて、おもむろにぽつりと呟く。

「………お前はどうせ捨てても勝手についてくるだろうが。自分が押しかけメイドだったことも忘れたのか?」
「そういえばそうだったな!うわー、あれからもうそろそろ2年だな……懐かしいねぇ。『今日からこの薄汚ねぇ屋敷でメイドとして働くことにした!!』……ぷふっ、今とは大違いだ!」
「あっ……い、いやぁぁぁーー!?そんな過去の異物掘り返して笑うんじゃねえですよクソ野郎どもぉぉおぉ~~~っ!?」

 思い出すのも恥ずかしく語ると顔から火が出そうな過去を掘り返され、メリージアは顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。そう、素直じゃなかった昔のメリージアは確かにそう言ったのだ。今にしてみれば何という馬鹿発言だと頭を抱えそうになる。

 しかしそうか、捨てられたらまた追いかければよかったんだ――元々この屋敷にはほぼ無理やり押しかけた身なのだから、今更気にすることは何もない。


 これで、何があってもお二人と一緒にいられる――。
 それさえあれば、後は何もいらないから――。


 言葉にならない充足感に全身を満たされながら、メリージアは今日もこの屋敷で生きていく。
  
 

 
後書き
前半は自己解釈過ぎる魔法の話をしつつ、後半でメリージアは二人に依存しまくってるけど二人も結構メリージアに依存してるところがあるんだよって話をしました。
メリージアは愛でるもの。たぶん。 
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