油断したら
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4部分:第四章
第四章
それがあらかた終わり最後に二階の家の窓を拭いた。それも終わった時だった。
不意にオスカーが家の前に来た。彼も山羊達を連れていた。マーガレットはその彼等を見て明るい笑顔で声をかけたのだった。
「オスカー、そっちも今終わったの?」
「ああ、後はこの連中小屋の中に入れて終わりだ」
「そう、じゃあ後で飲まない?」
窓から身を乗り出して飲みに誘う。
「ビールでも」
「あっ、いいな」
オスカーはそれを聞いて笑顔になった。顔は窓の彼女を見上げている。
「仕事が終わったらすぐにな」
「ソーセージでいいわよね」
「ああ。あっ」
しかしここでオスカーは声をあげた。
「おい、気をつけろよ」
そしてマーガレットに対して声をかけるのだった。
「行ったぞ」
「行ったって?」
「山羊が一匹家の中に入ったぞ」
このことを彼女に教えるのだった。
「今な。気をつけろよ」
「何だ、そんなことなの」
マーガレットは今の彼の言葉を聞いてもくすりと笑うだけだった。
「それならどうってことないわ」
「どうってことないの」
「ええ、山羊位いいじゃない」
それを聞いても特に気にすることのない顔だった。慣れているとでもいうように。
「そんなのいつものことだし」
「だから気をつけろって言ってるだろ」
しかしそれでもオスカーの言葉は注意する色のままだった。
「山羊や羊にはな」
「家の中で何言ってるのよ」
だがマーガレットの言葉はこの期に及んでもこんな調子だった。
「何もある筈がないじゃない。精々紙を食べられる位?」
「だから後ろだよ」
オスカーの忠告は続く。
「後ろ。気をつけろよ」
「大丈夫よ。家の中なのに」
「それが甘いんだよ」
「甘いっていうの?」
「そんなことを言っている間にもな」
まるで未来が見えているかのような言葉だった。
「後ろから」
「だから。今はお池の側じゃなくてお家の中なのよ」
そう言った矢先だった。マーガレットはいきなり後ろから何者かに突き飛ばされてしまい。そうして窓の外に弾き出された。屋根は幸いにして平たいものだったので下に転がり落ちることはなかった。しかし屋根の上で尻餅をついている彼女は呆然となっていた。
「まさか」
「ああ、そのまさかだよ」
オスカーはその呆然となっている彼女に対して告げた。
「窓見てみろよ」
「あっ」
オスカーの言葉に従い窓を見て思わず顔を顰めてしまった。何とそこから山羊が一匹その白い顔を出していたのだ。実に平気な顔でマーガレットを見てきていた。
「わざわざ二階まで来て仕掛けてきたっていうの!?」
「そうさ。これでわかったな」
「わかりたくなかったけれどね」
この言葉に偽りはなかった。
「こういうことだったの」
「そういうことだよ。なっ、危ないだろ」
オスカーは下から笑って彼女に言ってきた。
「のどかな場所でも油断はできないもんだよ」
「そうみたいね。本当に」
マーガレットは苦笑いして彼の言葉に応えたのだった。後ろを振り向くとその山羊がつぶらな瞳で青空を見ていた。もう彼女のことは見ていないようである。何事もなかったかのように。
油断したら 完
2009・5・12
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