英雄伝説~光と闇の軌跡~(SC篇)
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外伝~夕陽の約束~
~ルーアン地方・メーヴェ海道~
「……お別れだ、エステル。もう僕のことは追いかけないで欲しい。」
エステルと共に砂浜に降り立ったヨシュアはエステルに背を向け、静かに言った。
「………………………………」
一方ヨシュアの言葉にエステルは何も返さず、ヨシュアの背中を見つめた。
「君ともう一度会えてとても嬉しかったけど……それでもやっぱり僕たちは一緒にいるべきじゃない。僕みたいな人間がいたら君のためにもならないし……正直、君がいても足手まといになるだけだ。だから……」
「……嘘つき。」
「え……」
静かに語るヨシュアだったが、エステルの呟いた言葉に呆けた声を出して、振り向いてエステルを見つめた。そしてエステルは優しげな微笑みを浮かべて話し始めた。
「ね、ヨシュア。あたし、色々と話を聞いて分かったことがあるのよね。どうしてヨシュアがあたしの前から消えたのか……。多分、ヨシュア自身も気付いてない本当の理由をね。」
「………………………………」
「心が壊れているからあたしといると苦しい?あたしと一緒にいても他人事にしか感じられない?ヨシュアがいたらあたしのためにならない?あたしがいても足手まといになるだけ?そんなの全部、嘘っぱちね。」
「嘘なんかじゃ……!」
エステルの話を聞いたヨシュアは反論しようとしたが
「いいから聞いて。あのね……ヨシュアは恐かっただけよ。」
「え……」
エステルの言葉に呆けた。
「自分のせいでお姉さんが亡くなったと思い込んで……同じことが、あたしの身に起きることが耐えられなくて……。だからあの夜、ヨシュアはあたしの前から逃げ出したのよ。それ以外の理由は後付けだわ。」
(…………………………)
(………………フン…………)
(……………………)
(………そう……だったん………ですか………)
(クー…………)
「………………………………。はは、何を言ってるんだか……。教授に調整されてから僕は恐怖を感じたことがないんだ。任務の時の邪魔にならないよう感じなくされたみたいでね。君の指摘は……的外れだよ。」
エステルの指摘にヨシュアは呆けた後、寂しげな笑みを浮かべて言った。一方エステルの身体の中にいたパズモは複雑そうな表情をし、サエラブは鼻をならした後目を閉じ、ニルは何も言わず黙って目を閉じ、テトリは心配そうな表情でヨシュアを見つめ、クーは悲しげな鳴声で鳴いた。
「ううん、そういう表面的な事じゃないわ。……ねえ、ヨシュア。お姉さんが亡くなったことをどうして他人事みたいに感じちゃうのか……その理由が分かる?」
「それは……。僕が……壊れているから……」
エステルに問いかけられたヨシュアはエステルから目を逸らして答えようとしたが
「ううん、違う。ヨシュアは……お姉さんを亡くした時のショックを思い出したくないだけ。無意識のうちに、他人事みたいに思い込もうとしているのよ。」
「!!!」
エステルの言葉に一瞬泣きそうな表情で驚き、黙った。
「さっき、あたしを助けてくれたことだって同じよ。あの戦艦に忍び込むのに相当、苦労したんでしょう?なのに迷いもせずにあたしを逃がしてくれた……。まるであたしを一刻も早く危険から遠ざけるようにね。」
「………………………………」
「ヨシュアは壊れてなんかない。ただ恐がりで……自分に嘘をついているだけ……。今のあたしには自信をもって断言できるわ。」
「そんな……でも……。………………………………」
静かに語るエステルの話に反論しようとしたヨシュアだったが、反論の言葉は見つからなく黙り、エステルに背を向けた。
「どうして君は…………そんなことまで……」
「前にも言ったけど、あたしはヨシュア観察の第一人者だから。ヨシュアの過去を知った今、あたしに敵う相手はいないわ。教授にだって、レーヴェにだって、絶対に負けないんだから。(勿論貴女にも負けないわよ、プリネ………いえ………カリンさん。)」
「………………………………」
「恐がりで勇敢なヨシュア。嘘つきで正直なヨシュア。あたしの……大好きなヨシュア。やっとあたしは……ヨシュアに届くことができた。」
そしてエステルは背を向けているヨシュアを後ろから優しく抱き締めた。
「……っ………」
抱き締められたヨシュアは驚いて硬直した。
「でもあたしは……守られるだけの存在じゃない。遊撃士を続ける限り、危険から遠ざかってばかりはいられない。ヨシュアがいようがいまいが、その事実は変わらないんだよ。だってそれは、あたしがあたしであるための道だから。」
「………………………………」
「だから……だからヨシュア、約束しよう。」
「……え…………」
エステルの唐突な提案にヨシュアは呆けた声を出した。
「お互いがお互いを守りながら一緒に歩いていこうって。これでもヨシュアの背中を守れるくらいには強くなった。ヨシュアが側にいてくれたらその力は何倍にも大きくなる。”結社”が何をしようと絶対に死んだりしないから……。だからもう……恐がる必要なんてないんだよ。」
「……エス……テル………。…………あ………………」
優しげな微笑みを浮かべて語るエステルの言葉を聞いたヨシュアの目から涙がこぼれ落ちた。
「なん……で……。……涙なんて……姉さんが死んでから……演技でも……流せたこと……ないのに……」
「えへへ……そっか……」
信じられない様子でいるヨシュアを見たエステルは恥ずかしそうな表情で笑った後、優しい微笑みを浮かべて言った。
「―――見ないであげるから……そのまま泣いちゃうといいよ……。こうしてあたしが…………抱き締めててあげるから……」
そしてヨシュアはしばらくの間、泣き続け、やがてヨシュアの泣き声は止まり、泣き終えたヨシュアは涙をぬぐって、エステルを見た。
「えへへ……な、何だか照れるわね。」
ヨシュアに見られたエステルは恥ずかしそうな表情で笑って答えた。
「うん……そうだね」
「あ……そうだ!これ、返すからね」
そしてエステルはハーモニカを取り出し、ヨシュアに渡した。
「あ……」
ハーモニカを渡されたヨシュアは呆けた声を出した。
「まったくもう……お姉さんの形見なんでしょ?簡単に人に渡すんじゃないわよ。」
「うん……。確かに軽率だったかな。」
呆れた表情で溜息を吐いて語ったエステルの言葉にヨシュアは頷いた。そしてエステルはある事を尋ねた。
「お姉さんって……どんな人だったの?」
「うん……そうだな……。気立てが良くて優しいけどどこか凛としていて……レーヴェとすごくお似合いで子供心に少し妬いていたよ。」
「気立てが良くて優しくて凛としたタイプ……。それって……クローゼやプリネみたいな感じ?(というかプリネの場合、本人なんだけどね………)」
ヨシュアからある人物――カリンの事を聞いたエステルは心の中で苦笑しながら尋ねた。
「はは……そうだね。顔立ちとかは違うけれどタイプは似ているかもしれない。特にプリネは何度か姉さんに見える事があったよ。”星の在り処”も弾けたしね。」
「………………………………(見えるというか、プリネの場合はその本人なんですけど………)」
「……エステル?」
「な、何でもないっ!……言っとくけど、クローゼも、他のみんなもすごく心配してたんだからね。帰ったらちゃんと謝りなさいよ。」
ヨシュアに呼びかけられたエステルは慌てて言った。
「エステル……僕は……」
「戻る資格がないとか言ったって聞かないからね?教授のスパイをしたって言っても無意識のうちなんでしょ?空賊艇の奪還事件だって潜入捜査の一環みたいなもんだし。”結社”の計画についての情報を父さんにでも話したらチャラよ。いわゆる司法取引ってやつ?」
「ちょっと違うと思うけど……」
エステルの話を聞いたヨシュアは呆れた表情で溜息を吐いた。
「それに”結社”を止めるにしたって、もうあの船に潜入するのは無理よね?だったらあたしたちと一緒に行動するしかないじゃない。」
「……そもそも君が掠われなければ予定通り”グロリアス”を爆破できたんだけどな……」
「うぐっ……悪かったわね。って、爆破なんて物騒なこと言わないでよ。いくら”結社”だからって皆殺しにするつもりだったの?」
ヨシュアの指摘に言葉を詰まらせたエステルは不安そうな表情で尋ねた。
「……そうでもしないと教授やレーヴェは倒せないからね。まあ、爆破したところで倒せる可能性は低かったけど……」
「はあ、まったくもう……。あたし、やっぱり捕まってよかったかも。あやうくヨシュアにとんでもないことをさせるとこだったわ。」
「ふふ……脱出する際にパズモ達に飛行艇を破壊させた君が今更な事を言うね。」
安堵の溜息を吐いているエステルを見たヨシュアは口元に笑みを浮かべて言った。
「う”。皆殺しなんて事をしようとしたヨシュアよりマシでしょ!?あたしがしたのは敵の拠点の施設と飛行艇の破壊だけだし!」
ヨシュアの指摘に唸った後、エステルは言った。
「ハハ…………」
エステルの言葉にヨシュアはまた口元に笑みを浮かべた。
「あーっ、今あたしのこと『また甘っちょろいこと言って』とか思ったでしょ!?」
「いや、しばらく見ないうちに大人っぽくなったみたいだけど……エステルはやっぱりエステルだなって思ってさ。すごく嬉しかったんだ。新しい髪型も凄く似合っているよ。」
「うっ……………」
ヨシュアの笑顔を見たエステルは照れた後、ヨシュアに背を向けた。
(こ、こらあたし!今さらヨシュアの笑顔になにドキドキしてんのよ~!ああでも久しぶりだから結構クルっていうか……。………………………………)
「?エステル?」
心の中で焦っているエステルの様子に気づかず、ヨシュアは自分に背を向けた理由がわからず、声をかけた。
「ね、ねえ……。ヨシュア、あのボクっ子とけっこう仲良くなったのよね?」
「ボクっ子……ああ、ジョゼットのことか。そうだね、最初はずいぶんと嫌われていたみたいだけど……。最後はわりと打ち解けることができたかな。」
(………エステルが好きな癖に何をやっているのよ、貴方は………)
(……………相変わらずウィルのように見境なく女を引き付ける奴だな………いや………ウィルはまだ自分に好意を向けている者達の気持ちを理解して受け入れ、そして責任を持って全員を愛している事を考えれば、小僧の方が性質が悪いな………)
(ヨ、ヨシュアさ~ん…………)
(ハア………エステルも面倒な人を好きになったものね……もしかしたら前世が持つ”運命”が関係しているのかしら?エステルの前世は側室だったし。)
「打ち解ける……。………………………………。……キスとか、した?」
ヨシュアの話を聞いたエステルの身体の中にいるパズモとサエラブは呆れ、テトリは冷や汗をかいて引き攣った笑みを浮かべ、ニルは溜息を吐いた。一方ヨシュアに背を向けているエステルは恥ずかしそうな表情で尋ねた。
「は?」
エステルに尋ねられたヨシュアは何の事か理解できず、呆けた声を出した。
「いいから答えてっ!」
「あ、ああ……。もちろんしてないけど。」
エステルの剣幕にヨシュアは戸惑いながら答えた。
「そ、それじゃあ……」
ヨシュアの答えを聞いたエステルは恥ずかしそうな表情をした後、ヨシュアに向き直った。
「ここで……あの夜のやり直しを要求してもいいよね……?」
「あ……」
頬を赤く染めたエステルに見つめられて尋ねられたヨシュアは空中庭園の事を思い出した。
「や、やっぱり初めてって女の子には大切なものだし……。ヨ、ヨシュアのせいで台無しになったんだから……責任……取ってくれるよね?」
「エステル……」
エステルの話を聞いたヨシュアは驚いた表情をした。
「………………………………」
エステルはヨシュアに一歩近づき、目を閉じて待った。
(……エステル……。………………………………)
そしてヨシュアはエステルを抱き寄せ、唇を重ねた。
(……あ…………)
ヨシュアと口づけをしたエステルは幸せな気分だったが
「おーい、ヨシュア!」
聞き覚えのある声がして、慌ててヨシュアから離れた。声がした方向をヨシュアと共に見ると近くに”山猫号”が降りて来た。山猫号が着陸すると山猫号からジョゼットが姿を現した。
「ボ、ボクっ子!?」
ジョゼットを見たエステルはジョゼットを睨んだ。
「なんだ、あんたもちゃっかり脱出してたのか。まったく……あのまま捕まっていればいいのに。」
「あ、あんですって~!?」
「こら、ジョゼット。ケンカ売るんじゃないっての。」
「遊撃士の嬢ちゃんもこの場は休戦で構わねえな?」
ジョゼットの言葉を聞いてジョゼットを睨んでいるエステルにジョゼットの後から出てきたキールがジョゼットを宥め、ドルンが提案した。
「うん、まあ……さっきは助けられたしね。改めてありがとう。本当に助かっちゃった」
「がはは、いいってことよ。」
「フンだ、あんたを助けたつもりはないんだから。感謝される筋合いはないね。」
「ぐっ……1人だけでも捕まえたくなってくるわね。」
エステルにお礼を言われたドルンは豪快に笑い、ジョゼットは鼻を鳴らして答え、ジョゼットの態度を見たエステルはジョゼットを睨んだ。
「それよりヨシュア。この後どうするんだ?」
「え……」
ジョゼットを睨んでいたエステルだったがキールの言葉に驚いて、ヨシュアを見た。
「俺たちと一緒に来ないか改めて誘いに来たんだが……。ま、その様子じゃ聞くまでも無さそうだな?」
「うん……ごめん。先のことはどうなるか分からないけど……今はエステルと一緒に戻ろうと思っている。」
「ヨシュア……」
(うう~……その言葉を聞けて、安心しました~…………ひっく…………)
(………何も泣く事はないでしょうが………)
(フン…………まだ我は貴様を信じた訳ではない。エステルが許せば我等も許すと思ったら大間違いだぞ、小僧。)
(フフ……まるでエステルの父親のような言い方よ?……けどまあ、貴方の言う通りね。”裏切り”という行為はそんな簡単に許してもらえる行為ではない………ニル達の信用を取り戻したいのなら、エステルを傍で守り、幸せにしてみせなさい。)
ヨシュアの答えを知ったエステルはヨシュアを見つめた。一方エステルの身体の中にいたテトリは嬉しそうに泣き、それを見たパズモは呆れ、サエラブは鼻をならし、ニルは微笑んだ後、真剣な表情でヨシュアを見つめていた。
「ヘッ、そうか。」
「………………………………。ま、いっか。まだチャンスはありそうだし。」
「え”。」
ヨシュアの答えを知ったドルンは口元に笑みを浮かべて頷き、ジョゼットは残念そうな表情をした後不穏な事を呟き、ジョゼットの呟きが聞こえたエステルはジト目でジョゼットを睨んだ。
「ヨシュア、覚えといて!その脳天気女に愛想つかしたらボクたちの所に戻ってきなよね!歓迎するからさ!」
「だ、誰が脳天気女よ!」
「はは……ありがとう、ジョゼット!ドルンさん、キールさん!本当にお世話になりました!」
「ヘッ、こっちこそな!」
「じゃあな!機会があったらまた会おうぜ!」
そしてジョゼット達は山猫号に乗り込み、離陸してどこかに飛び去って行った。
「……ねえ、エステル。」
山猫号を見送ったヨシュアはエステルを見た。
「なに……?」
「……敵はあまりにも強大だ。多分、教授がエステルを掠ったのも僕を燻りだすためだったと思う。留守中に”グロリアス”を堕とされないようにするためにね。」
「あ……」
「レーヴェだって、あの場で僕たちを始末してからエンジンの暴走を止められたはず。そうしなかったのは……僕があまりにも不甲斐なかったから情けをかけたんじゃないかと思う。」
「………………………………」
ヨシュアの説明をエステルは黙って聞いていた。
「他の執行者についても同じ……。単純な戦闘力でいったら僕を上回っている達人ばかりだ。正直、苦しい戦いになるだろう。」
「うん……」
「でも……約束するよ。もう2度と……現実から逃げたりしないって。君と一緒に……最後まで歩いていくって。」
「ヨシュア……。うん……あたしも誓うわ!」
ヨシュアに笑顔を向けられたエステルは頷いた後、太陽のような輝く笑顔をヨシュアに見せた。そしてエステルが装備している神剣――”誓いの神剣”はまるで剣自身がエステルを祝福するかのように、光輝いていた。
こうしてエステルはヨシュアを見つけ、そして連れ戻す事に成功した…………!
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