竜から妖精へ………
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第10話 フェアリーテイルにようこそ!
勝負が決して、エルザは、抑えきれない感情に、包まれていた。
――今なら……判る。よく、判る。
エルザが感じたのは、判った事とは、ミラの気持ちだった。
ゼクトとの勝負に敗れて、涙を流していたミラの気持ちが本当によく判った。……正直判りたい、とは思わなかった、と同時にエルザは強く思っていた。
――負けた事が、手も足も出なかった事が、凄く、悔しくて……、涙が……出てきそうで、
エルザは懸命に涙を堪えていた。
とある事情があり、エルザの涙は、その半分は、もう出してしまった筈なのに、少しでも気を抜いたら……直ぐにでも流れ出て、溢れそうになる。
もしも仮に、エルザがミラの前に勝負をしてたら、それもゼクトの実力を知らずに戦っていたとしたら……、恐らくミラの様に、涙を流して、そして 罵ってしまったかもしれないのだ。
そして勝負はもう終わった為、ゼクトは 突き出した拳をそっと 下へと落としていた。エルザの姿を見て、ゼクトは表情を暗くさせていた。
エルザは、そんな姿を見てもやっぱり悔しいって思ってしまう。それは仕方ないんだ。でも、それでも、ゼクトの事を知っている今は、見せたくなかった。本当に心優しい男の子だから。そんな子の反対を押し切って、勝負を挑んだ自分に非があるから。
でも……でも……、それでもやっぱり堪える事が出来なかった。
「ッ…………」
堪えても、悔しさが次から次へと湧き上がり続けていた。
何よりも、ここまで、完璧に負けたのは、エルザにとって初めての事だったから。
軈て、エルザの目から、一筋の涙がこぼれ落ちていた。
それは、嘗て何度も流した悲しい涙とは違った。
悲しさよりも、そんなものより……、ずっと良い事だって思う。
『目標が出来た』
『次に頑張れば良い』
そう、エルザは頭では判る。でも、頭で判っていても、判ろうとしても、流れる涙止める事は出来なかった。
「……………」
そんなエルザを見たゼクトは、無言のまま 彼女の方へと近づいていった。もう戦闘を終えたから、魔法を完全に解除している様だ。
「………私の負けだ。やっぱり……強いな、ゼクト。……完敗……、だ」
エルザは、ぎゅっと拳を握りこんで、何とか言葉を繋げる事が出来た。何も言わずに恥を上乗せする事だけは、避ける事が出来た。彼女にもプライドがあるから。
ゼクトの想いも知った。フェアリーテイルに対する強い想いを。
そして、何よりもミラも含め、自分達から、強いと聞いたゼクトに勝負を挑んだんだから。
――……それなのに、これ以上、この心優しい男の子を困らせたり、悲しませたりするのは、間違ってる。
エルザはそう強く、強く思っていた。
そんな葛藤を、ゼクトは感じていた。
エルザも見せまいとしていたのだけれど、涙と同様に堪え切れる物じゃなかったのだ。
「エルザ…………」
だから、エルザを見てよく判った。物凄く悔しくて、そして 必死で耐えてると言う事も。
――でも……、何でかな?
ゼクトは、少し疑問に思った事があった。
「(女の子って……そんなに強くなかったらいけないのかな……?)」
その疑問だった。
女の子と戦う事には、最初から抵抗があった。それは差別をする、と言うつもりは決してなかったけれど、どうしても、そう思ってしまえたのだ。
そして、もう1つ、思う事はあった。
ゼクト自身も、敗れた。ギルダーツとの戦いで負けてしまったから判るのだ。
「その………。エルザ…」
ゼクトは、堪え続けているエルザを見て、我慢出来ずに声をかけた。すると、ゼクトに負けを宣言した後に、顔を俯かせていたエルザだったが、ゆっくりと顔を上げてゼクトの顔を、目を見た。まだ、その涙は止まる事なく、枯れる事なく、流れ続けていた。
「なんだ……っ?」
「その……悔しいって……思う事って、悪いことじゃない……って思うんだ。その、エルザに勝ったオレが言っても……、エルザに、届かないかもしれないけど……」
ゼクトはそう言う。
「オレだって……その…ギルダーツに負けてしまったよ。最後には、立つことだって……正直、出来そうにないほどだった。完敗、だった……」
ゼクトは、ギルダーツとの戦いを思い出しながらそう言った。
「それにさっき、ギルダーツも言ってたけど、オレに目標ができるってこと……ずっと良いことなんだって教えてくれた。だって、オレ…過去の記憶無いから……。空っぽだったから、それを少しでも、満たしてくれて……」
ゼクトは、少し寂しそうな顔をするが、直ぐに戻してエルザを見る。そして何かを決意したような顔をしていた。
「オレは、もう 皆と戦う事、嫌だ、何て絶対に言わないよ。だって、エルザたちが オレの事を目標だって思ってくれるのなら……オレだってがんばらなきゃって思うから。頑張って、頑張って、オレもギルダーツに負けない様に、次に勝てる様になりたいから」
そう言って、エルザに笑いかけた。
「っ……そう、だな」
エルザは……握りこんでいた拳を和らげる。
ゼクトも自分と、悔しい、と思っている自分と同じだと言う事が判ったんだ。だから、何処か張り裂けそうだった心が柔んだ。
「……私は、今日。お前と言う……ゼクトという目標を知ったんだ。だから、私はきっと…まだまだ強くなれる…。だから……、ゼクト。次は、次は負けないからなっ!」
エルザは、片方の目の涙拭うと、そうはっきりと言った。
もう、エルザの目には、新たな涙は無かった。
「うんっ! あ、でもね……、エルザ。それに……ミラだって」
ゼクトは、エルザを見て……そして、次にミラの方も見て、言った。
「ミラとエルザは、その………、《女の子》なんだからさ。男と女だって差別するつもりは無いけど、その……強くなろうって言うのも、大切だ…って思うけど。そればかりじゃ、やっぱり、疲れちゃうと思うんだ? だから……」
そう言って、ゼクトは深く、深呼吸をした後に。
「たまには、さ。頼ってみるって言うのも、大切だって思うんだ。エルザからしたら、オレ、新人だし。生意気だって、思われるかもしれないけど……、でも、オレも、きっときっと、皆に頼る事多いからさ。だから……オレの事も頼ってくれたら嬉しい、かな? 出来ること、あまり無いけどさ」
ゼクトのその顔は とても優しくて、包み込んでくれるみたいだった。
男女差別なんて、言っている様には見えないし、思えなかった。
「あ……ッ///」
エルザは、何だか恥ずかしくなってしまって、さっきとは違う意味で、ゼクトの顔を直視する事ができなくなってしまった。
「オレは、フェアリーテイルの事、ほんとに大好きだから。だから……、改めてよろしくね? エルザっ」
そう言って手をさしだす。本当に直視できない程の、眩しい笑顔で。
「あっ……// ああ! こちらこそよろしく頼むっ!」
そして2人は握手をかわした。
そんな2人を見ていて、騒がしく湧いていた周囲も次第に笑顔へと変わっていったのだった。
全てが終わって、頃合を見たギルダーツが2人の前にやってきた。
「っつーわけでよ? 何でか判んねえが、バトルになって、正式には遅れちまったが、皆に挨拶、とするか。他のメンバーにもよ?」
周囲の視線、ギルドの全員が集まっているから、確かに今は丁度良かったんだけれど、ゼクトにとっては、腑に落ちない。
「『何でか判んねぇ』って! 何言ってんだよっ! そもそも、始まりはギルダーツ。ギルダーツが一番の原因じゃないか!」
ゼクトが、思わず突っ込んでしまうのは無理は無いだろう。辿ってみれば、焚きつけたのはギルダーツからだったから仕方がない。
「だーっはっはっは! まっ、こまけー事気にすんな」
何も気にした様子の無いのはギルダーツ。
そう言うと、同時に、ゼクトをひょいっと体を抱え上げて、肩車をした。
「わっ! わわっ!! と、突然、なにっ? なになにっ??」
いきなりのことで、驚いたゼクトは、じたばたと暴れるけれど、やっぱり ギルダーツには力では敵わない。……まぁ幾らギルダーツが相手、とは言っても、本気で抗っている訳じゃ無さそうだけど。
「ほれ、お前ら。今日から、俺らの仲間になるゼクトだ。まっ 名前は知ってると思うがな。皆よくしてやってくれよ!」
そう言うと、両脇に手を入れて、肩車からゼクトを更に持ち上げた。
まるで、空に掲げる様に。
「わぁっ! ちょ、ちょっとー、恥かしいって! ギルダーツっ! お、おろしてよ! もーっ!」
また、ジタバタしていた。
ゼクトが戦っている姿も当然見ている。
ギルドの子供の中でも、最も暴れん坊、と言っていいナツ。そしてエルザとミラ。その3人を正面から打破った姿も見ている。
その時の姿は、勇猛果敢。強力な魔力と力。凛とした表情だった。
なのに、今のゼクトは そんな気配はなく、可愛らしくギルダーツの上でじたばたしているだけだ。
ちょっと、正直ギャップがありすぎて、皆は堪えきれなくなった。
「わーはっはっはっはっは!!」
「ほんっと可愛い! ギャップ萌え~~」
「ほんとにさっきまで、ナツ、そしてあのミラやエルザを倒しちまったっつーのに! なんだ? この感じは。」
「ほんと、ガキの割には、マジで勇猛果敢だって感じだったんだけどな~ 可愛いじゃねえか!」
一斉に笑いが沸き起こって、一斉に……。
「「「「「よろしくなーーーーーー!! ゼクトっ!!!」」」」」
歓迎ムードに包まれた。
「あっ…………」
ゼクトは、暫くギルダーツの上で暴れていたのだが、皆の声を訊いて、その動きが止まった。
「ん? どうしたよ? ゼクト」
ギルダーツはおとなしくなったゼクトを見上げた。ゼクトは、少し皆の方を見て……、そして 首を左右に振った。
「その、オレ……オレ……なんだろう……。今、すっごく嬉しいんだ……。えっと…それだけじゃなくて……何か……………」
ゼクトは、言葉に表すことが出来なかった。
ただただ……ここに入れた事が嬉しくて仕方がない、ただそれだけだった。
「ははっ……」
ギルダーツも、そんなゼクトを見て笑っていた。
「おおーーい! ゼクト! またオレと勝負しろよな!!」
ずっと痺れていたナツだったのだが、漸く復活した様で、早速来て、再び宣戦布告をしていた。
「あははっ!」
そんなナツを見て笑うゼクト。
当然ながら、ナツに反応する者もいた。
「さっきやられたばっかだろ? どーせ、また 手も足も出ずにやられんのがオチだっつーの。」
そう絡むのは、上半身裸のグレイだった。そして当然、そんな挑発に耐えられるナツではない。
「んだとグレイっ! そんなの、わかんねーだろうが! 次は、オレも何倍も強くなってんだよ! この変態野郎!」
「無理な事を無理って言っただけだろうが! ツリ目野郎!」
つまり、いつも通りのナツとグレイのケンカに発展。ゼクトのことはそっちのけで始まるのもいつも通り。まだ日の浅いゼクトでさえ、いつも通りだと思える程だった。
「おいおい。とりあえず、今日は止めとけって。新人のゼクトの前でみっともねえだろ? 先輩よ?」
ギルダーツがそう言うけど、ゼクトは首を振った。
「いや……もう、始めっから見てるからね? いつも通りだって、いつもの光景だって、1日しかみてないのに、思っちゃった程だよ?」
ゼクトは、そうギルダーツにツッコミを入れた。
「ま、それもそうだな」
ギルダーツも納得したようだ。そして、ゼクトを下へと下ろした。
「ふむ」
そこへ、マスターであるマカロフがやってきた。
にこっ と暖かい笑顔を向けてくれた後。
「フェアリーテイルへようこそ。歓迎するぞぃ、ゼクト。今日から、ワシらは、家族じゃ。フェアリーテイルは、ゼクトの帰るべき家じゃ」
そう、言ってくれた。迎え入れてくれた。他の皆も同じく笑顔だった。
「あっ…………」
《家族》と言われて、初めてゼクトの目には、自然と涙が出てきていた。
あの場所でずっといて、何処か満たされない気持ちがあった。大切な場所だったけれど、それでも、何か足りない欠片が確かにあった。
―――……今、全ての欠片が埋まった瞬間だった。フェアリーテイル、と言う大好きなギルド、大好きな皆のおかげで。
「その……あの……こちらこそ……ありがとうございます。マスターっ! それに、みんなもっ!!」
ゼクトは、涙目になりながら頭を下げた。
今日という日を、一生忘れる事はないだろう。
本当に色々とあったから。
目を覚ましたら、大切なギルドの中でいて。理由は判らないけれど、正直どうでも良かった。そして、突然、ナツに戦いを申し込まれて、更にミラやエルザと戦うような事になって……。
そしてそして……、最後に、フェアリーテイルの一員として。……家族として…受け入れられたんだ。
「そんじゃまあ!」
マカロフが、ひょいっ! と全員を一望できる台の上にのると、高らかに宣言した!
「今日は仕事はぜーーんぶ、キャンセルじゃ! ゼクトを歓迎し! 宴じゃーーーー!!!!」
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