魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~風雪の忍と光の戦士~
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第二話 変身 ―リライズ・アップ―
『フルタスク、コンプリートっと……はい、目を開けてもらっていいですよ~』
花梨の声が聞こえ、二人はいつの間にか閉じていた瞳を開いた。すると次の瞬間、彼らの目に飛び込んできた光景に二人は驚いた。地平の果てまで続く雲海と遠くに見える山脈。そして降り注ぐ太陽と澄み切った青空。それら全てがデジタルの作り物とは思えないほどに美しく、二人そろって驚嘆していた。
「へー、こりゃすごいや。バーチャルだってのに随分と綺麗な……ん?」
わー、と隣でいまだに驚いている紗那の気配を感じつつ、ふと疾風は奇妙な浮遊感があることに気付く。そして下を見て……唖然として固まった。
「…………マジか」
「……? どうした、の……」
と、紗那が疾風が固まっていることに気付き、彼女もそれにならって下を見た。そこにあったのは……いや、むしろ“なかったのは”、と言うべきだろうか……
「きゃっ!? く、空、中……!?」
そう、そこには地面がなく、雲がどこまでも広がっていたのだ。落ちると思って慌てたのか紗那が腕にしがみ付いてきた感触を感じつつ、そういえばさっき設定で雲海上空ってステージにしたっけなぁ……とこの段になってようやく疾風は思い出した。
『ふふふ、期待通りのリアクションありがとうございます』
疾風たちのリアクションをモニター越しに嬉しそうに鑑賞していた花梨。マジで驚きましたよ、などと疾風が話していると、どこからともなく声が聞こえた。
【ブレイブデュエルの世界へようこそ、マスター】
「……? 小野寺、何か言った……っ!?」
聞こえたのが女性の声だったので紗那が何か言ったのかと思い、彼女の方に疾風は振り向いた。……が、振り返った先に紗那の顔が至近距離にあったので慌てて距離を離そうとした。
「……? ……あっ!」
キョトンとした表情の紗那は、疾風が自分から離れようとしているのにできていないことに首を傾げ、ふと手元に目を落として……自分が疾風の腕にしがみついていたことにようやく気付き、手を離して慌てて距離を取った。
「ごっ……ごご、ご……めっ……!」
「お、おう……」
赤面してどもりながらわたわたしている紗那を気の毒には思いつつ、自分もドキッとしたので元の調子にすぐには復帰できず。疾風は頬を掻きながら左下に目をそらした。……と、その視線の先に何かを発見した疾風は、自分がいつの間にか腰にベルトのようなものを巻いていたことに気付いた。さらに、両方の腰に左右対称に何かがマウントされている。
「……? なんだコレ?」
不思議に思った疾風は左腰のもの(スティック状のものが付いている)を右手で引き抜き、自分の目の前に持ってきてようやく合点がいったように頷いた。それは先ほどダブったカードに描いてあり、自分の持っていた銃剣だったのだ。……と、そこに付いていたブルーのクリスタルが発光し、女性の声で話し出した。
【私はLL-24。あなたの武器たる“デバイス”という存在です。これより先、あなたと共に戦わせて頂きます。今日からよろしくお願いいたします、マスター】
「おう。よろしく頼むぜ……えーっと、LL……」
『コホン!』
デバイスと話し込もうとした矢先、先ほどから放っておかれた花梨が咳払いで注意を引いた。
『気になることは多いと思いますが細かい説明は後です。カードホルダーから先ほどのダブったカードを二枚出して、“リライズ・アップ”とコールしながらスラッシュしてください! 戦闘用の装束に変身できます! それが先ほど言った“ストライカーチェンジ”です!』
「へぇ。変身、か……だってさ、小野で……」
疾風が花梨の顔が映ったモニターから視線を外して紗那を見ると……今までで一番キラキラした瞳(といっても目元が見えないので雰囲気だが)の彼女がいた。今までで一番感情のこもった瞳を見て、疾風は少々驚いてしまう。
「変身……つい、に……!」
「……え、えーっと……」
「日向、君!」
「は、はい!」
なんかテンション上がってる……? と戸惑いながら思っていたところ今までで一番の大声で名前を呼ばれ、疾風は思わず気を付けの姿勢を取ってしまった。
「やろ、う!」
「はいっ! わかりました!」
急かされ、慌てて疾風も自分のカード二枚をホルダーから取り出す。ずっとやりたかったんだもんな、そりゃこうなるよな……と思いつつ一応確認の意味を含めて改めて紗那の方を振り向いた。が、もう待ちきれないといった風情でカードを握り締めてコクコク頷かれたので、疾風は苦笑してカードを取り出し……二人同時にカードをスラッシュした。
「「リライズ・アップ!」」
疾風が自分のカード二枚を触れさせると、疾風の体が光り出す。それが治まると疾風の服装が変化していた。先ほど言われた“変身”が完了したのだろうと思い、疾風は物珍しそうに自分の体を見回す。
「へー、これが俺の戦闘装束か」
【はい。“バリアジャケット”と呼ばれるものです。セレスタルというタイプですね】
感心して自分の装束を見回していると、LL-24がそう補足を入れてくれた。法衣とコートの中間のような白い衣装がベースになっていて、胸の部分に赤い手裏剣のような尖ったマークが入っている。その俗に剣十字と呼ばれるようなマークを中心として全身に赤いラインが広がって、先ほどのベルトも巻き直されていた。
「ほうほう。解説ありがとうなLL-2……うーん、なんか名前味気ねぇな……じゃあ……」
礼を言いつつ彼女の名前がアルファベットと数字というのはどうにも味気ないと思い、ふむ、とひとつ思案した疾風。ややあって何かを思いついたようにクリスタルに向かってこう言った。
「なぁ。君の名前、“リヒトラスター”……なんてどうだ? ……長いか。リラって呼んでもいいか?」
【リラ……】
ひとこと呟いて、LL-24は少しの間黙り込む。もしかして気に入らなかったか……? と少し心配になった疾風だったが、次の瞬間にLL-24は心なしか嬉しそうな声色で言葉を発した。
【もったいないくらいの良い名を頂きました。ありがとうございます、マスター】
「……あぁ。こちらこそよろしくな、リラ」
そう言って疾風と、LL-24改めリラは互いに笑いあった。
「……ふぇえええ!? なにこれぇ!?」
と、リラと話していたら後ろから何やら大きな声が聞こえ、そういえば紗那の方はどうなったのかと疾風はそちらに振り返ろうとした。
「おっ、小野寺のバリアジャケットはどんなんだ?」
「こっ、こっ、こっち見ないで!」
「へ? なん……で……」
紗那の止める声が聞こえたものの間に合わず、疾風は紗那の方に振り向いていた。疾風の思った通り、彼女も変身は完了していたのだが……その服装があまりにも予想外で、疾風は硬直してしまった。
彼女が纏っていたのは一言で表すと忍者装束だったのだが、手や足、胸元や腹部などかなりの部分が露出していて肌色成分が非常に多かった。さらに、制服の時は気付かなかったが……彼女はかなり着やせするタイプだったようで、スタイルが非常に良かった。しかもその部分がただ露出しているのではなくあえてメッシュのような素材になっているので、ただ素肌をさらしているよりも余計に扇情的なことになっている。首元に赤い布をマフラーのように巻き付けていた。
だがそれ以上に疾風が驚いたのは、彼女が普段ストレートに下ろしている長い髪が、ポニーテールに結わえられていたことだった。前髪もそれに合わせて少し短くなっており、そのため普段隠れている彼女の目元がはっきりと見え、美しく澄み切った青い瞳が露わになっている。疾風はそれに思わず見入ってしまったのだが、紗那自身はそれが恥ずかしいようで、首に巻いている赤い布で懸命に顔を隠そうとしていた。
「……えらい美人……」
「~~~~~~~っ!!!」
思わず疾風はボソッと呟いてしまったのだがどうやら紗那には聞こえたようで、彼女は火でも噴くのではないかと思うほど顔を真っ赤にさせてマフラーで顔を完全に覆ってしまった。あ、と我に返った疾風は慌ててフォローを入れようとしたのだが……
『おーい! そろそろいいですかー!?』
……と、花梨がウィンドウ越しに割り込んできた。二人同時にビクウッ! と体を震わせた彼らだったが、頬を膨らませた花梨はそれを気にした様子もなく文句を言った。
『変身してすぐだったので待っていましたが、長すぎです! 二人の世界を作らないでください!』
「い、いやっ、別にそんなつもりは……っ!」
『もう……まぁいいです。私もレアなバリアジャケットを見られて満足ですし! セレスタルタイプの超レアなホワイトカラーに、排出されることすら珍しいシャドウタイプ! もう大興奮です!』
「……へ、へー……」
今までで一番のハイテンションで捲し立てられ、二人は唖然として固まった。言葉の内容を聞いた感じ、どうやらバリアジャケットを見ることが好きらしい。しかもそれによればどうやら彼らのジャケットはかなりレアなものらしく、実際に見られて相当嬉しかったのだろう。
と、ポカンとした疾風たちにようやく気付いた花梨は咳払いをし、説明を再開した。
『……コホン。それはさておき、紗那さん。刀を背負っていることに気付いていますか? その子があなたのデバイスです』
花梨の言葉を聞いてどうにか気を取り直すことには成功したようで、紗那は背中から刀を下ろした。黒い鞘に、鍔のない刀が納められている。鞘の鯉口にあたる部分には水色のクリスタルが嵌め込まれているものの、それ以外には一切装飾がないシンプルなデザインだ。そのクリスタルが話すたびに点滅し、侍のように渋い男性の声で話していて、紗那はそれに目を合わせた。
【拙者の名はSL-67。よろしくお願いいたしまする、マスター】
「……つっても、なんかそのままの名前じゃ味気ないし勿体ねぇだろ? そいつにも名前、付けてやったらどうだ?」
「……この子の、名前……」
疾風の言葉を受けて紗那はSL-67に触れつつ、目を瞑って思案した。しばらくして彼女は一つ小さく頷いてからゆっくりと瞼を上げて、クリスタルに向かって言った。
「……リンク。“ステルスリンク”……なんて、どう?」
【光栄の至り。感謝致します、マスター】
紗那の声に、リラとは違いリンクは即答した。デバイス同士とはいっても、やはり機体によって性格は随分と違うものらしい。とはいえ、その声色には確かな喜色が含まれていたが。
『……さて。デバイスとの自己紹介も済んだところで、ブレイブデュエルの大きな魅力の一つについて説明したいと思います』
二人がリラやリンクと一通り話し終わったところで、花梨がウィンドウ越しに解説を始めた。
『このステージを見て頂けばわかると思いますが、このゲームでは“飛ぶ”ことが可能です。とはいえ現実でできることではないので、少々コツが必要でして。お教えしますね』
花梨の言葉にはーい、と返し、二人並んで……先ほどのことをまだ気にしているのか、少々距離が離れていたが……花梨の指示通りに飛行を試してみる。
「飛びたい方向に意識を集中……って、こんな感じか?」
疾風はとりあえず言われた通りに飛行しようと試みる。すると、ゆっくりと移動し始め……たのだが、微妙に右にズレている感覚があった。そこで左に修正、しようとしたらし過ぎ、思い切り左に向かってターンしてしまった。慌てて疾風は体勢を立て直し、その場に静止する。紗那の方も、上昇を試そうとして体を反らしすぎ、後ろに倒れ込みそうになったりしていた。
「のわっ!? っと! ……あ、案外難しいのかなこれ」
『あはは、いえいえ。ちょっとコツが必要なだけで、すぐに慣れると思いますよ。まぁ後は彼女たちに色々と聞きながら頑張ってみてください』
「……解説、サボってません?」
『まさか。デバイスとの親交を深める良い機会だと思っただけですよ』
「ほっ! よっ! ……っと! ははっ、こりゃいいや!」
リラにコツを聞いて飛ぶことを試し始め、疾風はものの数分で飛行方法をマスターして空を自在に飛び回っていた。
「飛んだ時に頬に感じる風が気持ちいいな。リアルなゲームだぜ。……ふっ!」
そう呟くと、疾風は両手に握った銃剣モード(ガンブレードモードというらしい。他にも複数の形態があるそうだ)のリラを構え、空中に浮遊する複数のターゲットを撃ち抜いていった。撃った魔力弾は数発外れたものの、ほとんどがターゲットに命中している。
『……疾風さん、呑み込みが早いですね。飛び方もそうですが、デバイスの扱いも……しかも途中からほぼ全弾命中なんて』
「そうなんすか? ま、リラの教え方がうまいんでしょう」
花梨は疾風の適応力に驚いていた。普通はVR空間で思い通りに動けるようになるまでには数回プレイをしなければならないのだが、疾風はブレイブデュエル初プレイにしてVR空間内でも自在にアバターの五体を操り、あまつさえ射撃を正確に命中させてみせた。順応性が高いという意味では、これまで見たプレイヤーの中で一番だ。……もっとも、疾風はデバイスのお蔭だと言っていたが。
【……あの、マスター】
「ん? どした、リラ?」
そんな時リラが話しかけてきて、疾風は制動をかけて空中で静止した。目の前に持ってきてクリスタルと目を合わせ、ぴこぴこと点滅するクリスタルを見る。
【紗那さん、どうやら飛ぶのに苦労されているようです。お手伝いされては……】
「……ふむ」
リラに言われて、疾風は紗那の方を見る。まっすぐに飛んでいる……ように見えたがバランスを崩したようにつんのめる。慌てて体勢を立て直そうとしたが失敗し、そのまま地上にいたなら転ぶような方向にクルクルと回転してしまう。
「わっ、わっ……!?」
回転を止められず目を回しかけていたところに疾風が駆けつけ、紗那の肩を掴んで回転を止めた。
「っと……大丈夫か、小野寺?」
「う、ん……ごめんね日向、君……」
「いいって。飛び方、教えるぜ」
『おっ、エスコートとは紳士的ですね疾風さん』
「ほっといてください」
花梨にそっけなくそう言うと疾風は紗那の手を取り、先を導くようにゆっくりと飛びはじめた。紗那はそれに引っ張られるように後を付いていく。
「それにしても意外だな、小野寺が苦戦するなんて。すんなりできるようになるもんだと思ってた」
「……う、うん。そこまで難しくは、ないんだけ、ど……気持ちが前のめりになりすぎてるの、かな。……おかしい、よね」
「おかしくないって、ずっと憧れてた世界なんだろ? 気が逸るのもわかるさ」
『えぇ、まったくおかしくありませんとも。むしろそこまで楽しみにして頂けて、ショップ側としては無上の喜びです!』
少し恥ずかしそうにしている紗那に、疾風はバカにすることなく小さく笑った。花梨もそれに同意するように笑顔を見せる。……はしゃいでいる彼女を可愛らしく思ったことも理由だが。
「……でもまぁ、何も今日しかできないって訳じゃないんだ。焦らなくても大丈夫。少し落ち着けばお前ならできるさ」
「……う、ん。ありがと、う」
疾風の言葉を聞いて、自分の喜びを分かってもらえたと紗那は嬉しくなり、俯いて小さくはにかむ。その後もゆるやかに方向転換と上昇、下降を繰り返す疾風に続いて空を飛ぶうちに紗那もだんだんとコツを掴んできた。
「……あ、の。日向君、そろそ、ろ……自分でやってみる、ね」
「おう、がんばれ」
笑って疾風は手を離し、紗那もゆっくりとではあるが疾風に並走し……やがてゆっくりと追い越し、悠々と飛びはじめた。その様子は優雅で、美しくて……まるで舞を見ているかのようだった。
「……へぇ、うまいもんじゃん。……綺麗だ」
『まったくですね。あそこまで楽しんでいただければこちらもブレイブデュエルを稼動した甲斐があったというもの……っと』
「ん? どうしました?」
同意しかけた花梨が急に言葉を切ったのでどうしたのかと思った疾風だったが、続く花梨の言葉でようやく思い出した。……タイムカウンターのことを。
『楽しんでいただいているところ残念ですが……時間切れです』
『Time Up』
そう、それは対戦の“時間切れ”を示すアナウンスだった……
「カードでデッキを組んで……? デバイスにも複数形態があって……? それぞれの組み合わせがあって……? しかもイメージで変化をつけられる……? ……や、ややこしくていっぺんに覚えんのは無理だ」
「……そう、だね。でも……あぁ、楽しか、ったぁ……」
プレイを終えて一度ブースを離れた彼らだったが、すぐに花梨に連れ出されて(拉致られたとも言う)ブレイブデュエルについての情報を一度にいろいろ頭に詰め込まされ、パンクしかかっていた。そしてそれだけの時間をかけた結果割と遅めの時間になってしまい、今日の所はもうやめようとゲームセンターを出て帰路についた。共に並んで歩く疾風の隣で、紗那も膨大な情報量に目を回していた。……もっとも、その様子はすごく高揚したものだったが。
「……また一緒に行って慣れてこうぜ。俺もリラとリンクに会いてぇし」
「……いい、の? ……ありがとう、日向、君……!」
「あー……それなんだけど、さ」
疾風の言葉を聞いて嬉しそうな紗那。それは、今回だけでなく今後も一緒に遊んでくれる、ということを意味する言葉だったからだ。今回だけしか付き合ってくれないのではないかと不安に思っていたものの、自分から「また一緒にやろう」とは引っ込み思案な紗那には言えなかった。だが疾風の方から誘ってくれ、紗那は大いに嬉しそうに笑いかけた。……が、その言葉を聞いて疾風はポリポリと頬を掻きながら照れくさそうにしながらも笑った。
「疾風でいいぜ。その方が呼びやすいだろ? これから同じゲーム一緒にやってくんだからさ。君付けもしなくていいぞ」
「え……」
「いや、別に無理にとは言わねぇけど……」
疾風の言葉に「そうじゃなくって……」と口ごもった紗那は少しの間躊躇い……意を決して、顔を真っ赤にしながらも言った。
「私、も……! 私も、紗那で……!!」
「おう。んじゃ……これからよろしくな、紗那」
「うん。よろしくね、疾風……!」
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