英雄伝説~焔の軌跡~ リメイク
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第61話
~グロリアス・監禁室~
(”結社”に入ればヨシュアと再会できる……。確かにその可能性はかなり高いのかもしれない……。それに、何も本当に仲間になる必要はないよね……?仲間になったフリをして内情を探ってもいいんだし……。あたしの演技力じゃ厳しいけど、ここに閉じ込められるよりは……。………………………………)
部屋で一人悩んでいたエステルは椅子から立ち上がり、窓から外を眺めた。
(でも……何だか違う気がする……。それは……あたしのやり方じゃない。)
「……邪魔するぞ。」
エステルが考え込んでいたその時、ノックの音がした後、レーヴェが部屋に入って来た。
「あ……。………………………………」
「フ……そう警戒するな。先ほどのような考えなしの行動をしない限り、お前に危害が及ぶことはない。」
「悪かったわね、考えなしで。なによ、あんたたち、どこかに出かけるんじゃないの。」
不敵な笑みを浮かべたレーヴェの言葉を聞いたエステルはジト目で睨んで尋ねた。
「俺はただの留守番だ。出かけるのは教授と他の”執行者”達になる。」
「……一体、何をするつもり?」
「それが知りたければ教授の誘いに応じたらどうだ?一通りの情報が分かるだろう。」
「………………………………」
「フフ……。答えは出ているが迷いがあるといったところか?」
「!!!」
レーヴェに問いかけられたエステルは驚いた。
「”結社”に属する者はみな、何らかの闇を背負っている。俺、教授、他の執行者……。そして無論、ヨシュアもな。」
「………………………………。ねえ”剣帝”……。ヨシュアにとって貴方は何なの?」
「………………………………」
エステルに尋ねられたレーヴェは黙り込んでエステルを見つめた。
「ヨシュアはずっとロランス少尉のことを気にしてた。顔は分からないのに誰だか知っているみたいで……。それでいて正体を知ろうと必死になっていた気がする。」
「フッ……無理もない。あいつは記憶の一部を教授によって封じられていた。”結社”の手を離れた瞬間から具体的な情報が思い出せなくなるよう暗示をかけられていたはずだ。自分が”結社”でどんなことをしていたか覚えていても関係者の名前は思い出せない……。そんなジレンマがあっただろう。」
「あ……」
「幼い頃の記憶も同じ。恐らくカリンは覚えていても俺の記憶は曖昧になっていたはずだ。」
「そっか……それで……。確かカリンさんって、”ある事件”――――”ハーメル”が関わっている事件に亡くなった………ヨシュアのお姉さんよね?」
「ほう?一体どこでその情報を知った?」
国家でも非常に限られた人物達しか知らない情報をエステルが知っている事にレーヴェは目を丸くして尋ねたが
「―――ある人から教えてもらったのよ。あたしが持っているこのハーモニカも元々はカリンさんので、”ある事件”で命を落としたカリンさんが自分が死ぬ直前にこのハーモニカを自分の代わりとしてヨシュアに渡して、ヨシュアが亡くなったお姉さんの形見代わりに持っているって。後、あんたが”結社”に入る前は遊撃士を目指していたこととかもね。」
「……………何故そこまで知っている。過去の俺の事やハーモニカの件はカリンを除けば俺とヨシュアしか知らないはずだ。その口ぶりからするとヨシュアがお前に話した訳ではないようだが……」
エステルの口から出た自分とヨシュア、そして今は亡きヨシュアの姉しか知らないはずの話を第三者が知っている事に気づき、目を細めてエステルを見つめた。
「………カリンさんが亡くなった”本当の理由”……”ハーメル”が関わる”ある事件”。それを話してくれたら、答えてあげるわ。」
「……それを知ったらお前は真っ白のままで居られなくなる。ヨシュアや俺たちの居る闇の領域を覗き込むことになる。その覚悟はあるか?」
エステルに尋ねられたレーヴェは静かに尋ね返した。
「………………………………。……うん、教えて。覚悟があるかどうかはちょっと分からないけど……。あたしは……ヨシュアの辿ってきた軌跡をどうしても知っておきたい。その気持ちは本当だから。」
「……いいだろう」
そしてレーヴェはかつての自分達の過去を話し始めた。
「あれは10年前……俺たちのいたハーメル村がまだ地図にあった頃のことだ。ハーメルは小さな村でな……。子どもが少なかったこともあって俺たちはいつも一緒に過ごしていた。俺はいずれ遊撃士になることを夢見てヒマを見つけては剣の練習をし……それをカリンと小さなヨシュアが眺めているのが日課になっていた。」
――それはどこにでもある小さな村の平和な光景―――
「……練習が終わった後、俺とヨシュアは、カリンの奏でるハーモニカの旋律に耳を傾けた。カリンは何でも吹けたが、俺たちの一番のお気に入りは一昔前に流行った『星の在り処』だった。そんな日がいつまでも続く……そう俺たちは信じて疑わなかった。」
―――青年達は小さな平和がずっと続いて行くと、信じ続けた………しかし―――
「村が襲われたのは、そんなある日のことだった。王国製の導力銃を携えた黒装束の一団……。彼らは村を包囲した上で住民たちをなぶり殺しにしていった。ただ一人の例外もなく、年寄りから赤子に至るまで。一息で殺された者はまだ幸せだったかもしれない。……女たちの運命はさらに悲惨だった。」
――――平和だった村は現世の地獄と化した……男は殺され………生きていた女は犯され、そして殺されて行った――――
「俺たちは―――その地獄の中を必死に逃げた。家族とみんなの断末魔を聞きながら『逃げろ!』という声に押されてただひたすらに村外れを目指した。そして、村外れに出たところで俺は追っ手を攪乱することにした。すぐに追いつくと言い聞かせてカリンとヨシュアを先に行かせた。」
―――青年は女性と少年を逃がす為、一人戦い続けた。女性達が逃げ切ると信じて……―――
「だが……襲撃者たちは想像以上に用意周到だった。逃げた村人を始末する者を待機させていた。」
―――青年が追いついたその時―――
「俺が追い付いた時、その場は奇妙に静かだった。喉を撃ち抜かれた男の死体……。銃を握って呆然とするヨシュア……。肩から背中を切り裂かれながらヨシュアを抱き締めるカリン……。カリンは……まだ辛うじて息が残っていた。」
―――青年は血相を変えて女性に駆け寄り、声をかけた。すると女性は瀕死の傷を負っているにも関わらず、穏やかで満ち足りた笑顔を浮かべ、青年を見つめた―――
「なぜかカリンは……穏やかで満ち足りた表情を浮かべていた。愛用のハーモニカをヨシュアに託し、ヨシュアのことを俺に頼んで……。そして―――静かに逝った。」
「………………………………。……なん……で……。どうして……そんな事が……」
レーヴェの話を聞き終えたエステルは信じられない表情で呟いた。
「帝国軍がリベールに侵攻したのはその直後のことだ。王国製の導力銃を携えた襲撃者によって起こされた国境付近での惨劇……。それは侵略戦争を始めるにはあまりにも格好の口実だった。」
「……そんな……。本当にリベールの兵隊が……?」
「軍に保護された俺たちは最初そのように聞かされていた。だが数ヶ月後……帝国軍の敗退で戦争が終わった時、俺たちはまったく別の説明を受けた。村を襲った者たちは猟兵団くずれの野盗たちだったと。そして、決して襲撃のことを口外しないように俺たちを脅して……。軍は、土砂崩れが起きたと発表し、ハーメルに至る道を完全に封鎖した。」
「ちょ、ちょっと待って!?なんでわざわざ嘘をつく必要があるわけ?それじゃあまるで……」
レーヴェの説明を聞いたエステルは血相を変えて尋ねた。
「クク……。全ては帝国内の主戦派が企てたリベールを侵略するためのシナリオだったというわけだ。戦争末期、その事が露見し、帝国政府は慌てふためいたという。なりふり構わず停戦を申し出、首謀者たちを悉く処刑することで事件を無かったことにした。これが―――『ハーメルの惨劇』の真相だ。」
「………………………………(そっか……だからイオンさんやステラさん達はあたし達に話せなかったんだ……)」
”ハーメル”の真実を知ったエステルは悲しそうな表情で黙り込んでいた。
「そんな日々の中……ヨシュアの心は完全に壊れた。姉の死、親の死、隣人の死、初めて人の命を奪ったショック、そして欺瞞に満ちた世の中……。6歳の子どもの心が壊れるには充分すぎるほどの出来事だった。」
「………………………………」
「多分、その先のことはヨシュアから聞いているだろう。心が壊れたヨシュアはハーモニカ以外に興味を無くし、次第に痩せ衰えていった。そんなヨシュアと俺の前にあのワイスマンが現れて……。俺は彼にヨシュアを預けて”身喰らう蛇”に身を投じた。そしてその2年後……。教授に調整されたヨシュアも俺と同じ道を辿ることになった。」
「………………………………」
「―――これが闇だ。エステル・ブライト。お前とヨシュアの間にどんな断絶があるのか……ようやく理解できたか?」
「………………………………。……うん。やっと、ヨシュアが居なくなった本当の理由が見えてきた気がする。」
レーヴェの話を全て聞き終えたエステルは静かに答え
「なに……?」
一方エステルから予想外の答えが返って来た事に驚いたレーヴェは驚きの表情でエステルを見た。
「―――教授の誘いは今ここで断らせてもらうわ。あたしは絶対に”身喰らう蛇”には入らない。”結社”が好きか嫌いかそういうのとは関係なく……あたしがヨシュアを追い続ける限り、絶対にね。」
「………………………………フッ……おかしな娘だ。今の話を聞いて逆に迷いを吹っ切るとはな。どうやら、ただ”剣聖”の娘というわけでは無さそうだ。」
決意の表情で自分を見つめるエステルの目を見たレーヴェは黙り込んだ後、口元に笑みを浮かべて、エステルに感心した。
「そ、そう?よく分からないけど……。そういうあなたこそ、ただヨシュアの昔の仲間ってだけじゃなかったわけね。お兄さん的な存在だったんだ。」
「………………………………。誤解のないように言っておくが俺があいつの兄代わりだったのは10年前までだ。今の俺にとって、あいつは排除すべき危険分子に過ぎない。」
「え……」
「教授はヨシュアを泳がせて楽しんでいるようだが……。俺の考えは教授とは異なる。いずれ近いうちに俺自身の手で始末するつもりだ。」
「ちょ、ちょっと!どーしてそうなるのよ!?カリンさんに……ヨシュアのお姉さんに頼まれたんでしょっ!?」
「俺は俺の、選んだ道がある。その道を遮るものは如何なるものも斬ると決めた。たとえそれがカリンの願いであってもな。」
「そんな……」
レーヴェの答えを知り、エステルは悲しそうな表情をしたその時、グロリアスのどこかが開いた音がした。
「あ……」
すると赤い飛行艇が5隻、どこかに飛んでいった。
「あれって……」
「教授と他の連中だ。計画の第三段階がいよいよ実行に移される。」
「だ、第三段階って……」
「フッ……お前がそれを知る必要はない。事が成ったら、父親の元に返してやることもできるだろう。それまではせいぜいここで大人しくしているがいい。」
そしてレーヴェは部屋を出て行こうとしたが
「ちょ、ちょっと!?」
「言っておくが……逃げようなどと考えるなよ。地上8000アージュの高みだ。どこにも逃げ場などないぞ。」
呼び止めたエステルに答えたレーヴェは出て行こうとしたが
「待ちなさい!まだ、言い足りない事があるわ!」
「………なんだ?」
エステルの言葉を聞いたレーヴェは振り返ってエステルを見つめた。
「『ハーメルの惨劇』を話す代わりにあたしにハーモニカやあんたの昔の事を教えてくれた人の事を話すって言っていたでしょう?あんたはあたしの”依頼”に応じてくれたんだから、それに対する”報酬”を渡さないとフェアじゃないじゃない。」
「フッ、敵である俺相手にわざわざ口約束を守ろうとするとは律儀な奴だ。―――それで?俺とヨシュアしか知らない情報をお前に教えた人物とやらは何者だ。」
敵である自分に対しても約束事をちゃんと守ろうとするエステルを呆れ半分で感心していたレーヴェは気を取り直し、目を細めてエステルを見つめて問いかけた。
「―――ステラ・プレイス。幼馴染であるあんたを探す為に、イオンさん達と一緒に行動をしているシスターよ。その人からあんたやヨシュア、それとカリンさんの事も教えてもらったわ。」
「………………何?………………………ちなみにそのステラとやらのシスターの特徴は何だ。」
エステルの話を聞き、自分の記憶にはない人物が自分達の過去を詳しく知っている事に加えて自分の幼馴染である事を名乗っている事に眉を顰めたレーヴェは謎の人物であるステラの正体を知る為にエステルに訊ねた。
「特徴と言っても仮面を付けて、決して素顔を顕わにしない事かしら?何でも”星杯騎士団”の任務に支障が出るから、仮面を付けているらしいけど。あ、後ヨシュアのお姉さんのハーモニカでヨシュアやヨシュアのお姉さんと同じ”星の在り処”を演奏してくれたわ。ヨシュアみたいに昔から使い慣れた様子で演奏していたのはちょっと不思議に思ったけど……よく考えてみたらステラさんはあんた達の幼馴染なんだから、カリンさんがまだ生きていた頃にカリンさんに借りて演奏していてもおかしくないわね。」
「何?”星杯騎士団”の任務にだと?しかもそのハーモニカを使い慣れた様子で”星の在り処”を演奏しただと………?……………(カリンが生前誰かにハーモニカを貸した事は一度もなかったはずだ……”ステラ・プレイス”…………――――!?……………まさかな。)…………………………フッ。興味深い話を聞かせてもらった。………念の為にもう一度言っておくが、逃げようなど考えぬ事だ。」
エステルが自分で勝手に納得している中ステラが仮面を付けている理由やカリンのハーモニカを使い慣れた様子で使っていた事に眉を顰めて考え込んでいたレーヴェはステラの名前に秘められている”ある意味”に気づいてステラがある人物である事を推測して驚いたが、すぐに気を取り直してエステルに忠告をして部屋から出て行った。
「………………………………。逃げようなどと考えるな、か。そう言われたらかえってやってみたくなるのが人情よね。幸い、教授達は出かけちゃったみたいだし……。よし……そうと決まれば!」
レーヴェが出て行った後、エステルは部屋の隅々を確認し
「………………………………。タイミングが命だけど、それさえ見極められれば……。油断させるために2時間ほど大人しくして……。……うん!試してみる価値はありそうね。ヨシュア……みんな、待ってて!こんな所、絶対に脱出してやるわ!」
やがて決意の表情で外の景色を見つめた。
そしてエステルは脱出する油断を作る為、しばらくの間、部屋に待機し始めた。
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