馬の様に牛の様に
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3部分:第三章
第三章
「どんどん食べなさい」
「は、はい」
「おかわり」
丈は早速御飯を一杯食べ終わっていた。その中華丼に山盛りの飯をである。
「頂戴」
「はい、どうぞ」
義母が我が子に御飯を盛ってあげる姿は微笑ましい。ただし量が、であった。
やはり中華丼に山盛りである。丈はそれをその土鍋の中のおかずで食べていく。それはまさに牛や馬の様であった。
「あれ、美佳さんは」
「食べないの?」
「いえ、食べてます」
美佳は自分の横で食べている夫のその圧倒的な食欲に驚いていたのである。
「食べてますけれど」
「けれど?」
「お米や御飯が美味しくないとかじゃないよね」
「いえ、それはありません」
これは本当のことだった。まずいとは思っていないのは。
「ただ」
「ただ?」
「どうしたんだい?」
「そのですね」
丈の食欲のことを言おうとした。しかしそれは途中で止めてしまったのだった。
「何でもありません」
「そうか。だったらいいけれど」
「じゃあ本当にしっかり食べてよね」
義父も義母も本当に心から気遣う声をかけてくれた。
「人間食べないと身体がもたないからね」
「そうよ。だからね」
こう言って彼女にもおかわりを勧める。彼女は普通の人間の量を食べた。しかし丈はまさに牛馬である。そしてそれはその日ではなく毎日だった。
久し振りの休日で心おきなくあの友人といつもの喫茶店で会った。そしてそこで話をすることは、だった。
「あのね、本当なのよ」
「嘘でしょ」
話を聞いた友人の返答はまずこうしたものであった。
「それって」
「信じないのね」
「あのね、朝から中華丼で五杯よね」
「そうよ」
まさにそうだと。いつもの光景をそのまま友人に話すのだった。
「五杯よ。晩もね」
「それでお昼はお昼でなのよね」
「うどんを十杯とかカレーを十杯とか」
お昼のこともありのまま話す。
「餃子百二十個とか特大ラーメン食べたらただってあるけれど」
「それもなのね」
「ぺろりよ」
まるで妖怪を見てきたかの様な口調だった。
「ぺろり。食べられなかったことなんてないわよ」
「本当の話なのね、それ」
「実はあの人現役のフードファイターでもあって」
そうだというのだ。所謂どれだけ大量に食べられるかを競う競技者だというのである。
「それこそいつもね」
「そんな人だったの、あの人」
「そうよ、まさにお化け」
完全に自分の夫に対して語る言葉ではなくなっていた。
「そこまで食べるのよ」
「それは意外だったわね」
「フードファイターでもあったなんて思わなかったわよ」
美佳はここまで話したうえでふう、と大きく溜息をついた。その後で自分の前に置かれているそのロシアンティーを口に入れるのだった。
「とにかく物凄い食べるんだから」
「食費はいけてるの?」
「お店は繁盛してるし」
まずはそれだった。彼女が嫁いだ先は老舗の鰻屋で味も見事なものである。丈は鰻の腕は確かなのだ。それで店は繁盛しているのである。
「フードファイトの賞金もあるしね」
「だったらいいじゃない」
「よくないわよ」
しかし彼女はこう言うのだった。うんざりとした様な顔で。
「全然よくないわよ」
「また何でなのよ」
「いつもそれだけ大量に食べるの見せられるのよ」
だからだというのである。
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