英雄伝説~運命が改変された少年の行く道~(閃Ⅰ篇)
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第14話
リィン達が町に戻ると多くの人々や商人で賑わう”大市”から険悪な様子の会話が聞こえてきた。
~ケルディック~
「……ふざ……な……ッ!」
「それは……の台詞だ……!」
「なんだ……?」
「大市の方からみたいだけど……」
会話の一部が聞こえてきたリィンとエリオットは首を傾げ
「ふむ、何やら諍いめいた響きだな。」
「ええ。―――今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気の会話ですね。」
ラウラは考え込み、ラウラの言葉を聞いたプリネは頷いた。
「え……プリネ、会話が聞こえるの!?」
「ええ。私はご存知かと思われますが”闇夜の眷属”ですから人間族の耳と比べると通常の倍以上の聴力を持っているんです。」
アリサに尋ねられたプリネは頷き
「身体能力の事といい、”闇夜の眷属”って本当に凄いんだね……」
プリネの説明を聞いたエリオットは驚いた。
「それより今にも喧嘩が始まりそうというのが気になる。行ってみよう。」
「うむ。」
そしてリィン達は急いで”大市”へと向かった。
~大市~
「ふざけんなあっ!ここは俺の店の場所だ!ショバ代だってちゃんと払ってるんだぞ!?」
「それはこちらの台詞だ!許可証だって持っている!君こそ嘘を言うんじゃない!」
リィン達が大市に到着すると二人の商人が店の前で大声で言い合いをしていた。
「―――あの。何かあったんですか?」
その様子を見たリィンは近くにいる商人に状況を尋ねた。
「うーん、店を開く場所を巡ってのトラブルみたいね。あっちの若いのは地元の商人で、身なりのいいのは帝都の商人みたいだけど……」
「店を開く場所……」
「ふむ、妙だな。こういった市での出店許可は領主がしているはずだが……」
「そうですね。許可の管理にどこか不備があったんでしょうか?」
商人の説明を聞いたエリオットは目を丸くし、ラウラとプリネは考え込み
「ここの領主っていうと……あ……!」
アリサも考え込んだその時、言い合いをしていた二人は互いの服の襟首を掴んで殴り合いをしようとしていた。
「まずい……!」
「止めるぞ……!」
二人の様子を見たリィンとラウラはそれぞれ背後から二人の商人達を掴んで離れさせた。
「な、なんだぁ!?」
「は、離したまえ!」
突然の出来事に驚いた二人だったが、すぐに自分達を掴むリィンとラウラを睨んだ。
「事情はわかりませんがまずは落ち着いて下さい!」
「頭を冷やすがよい。」
「くっ……!?」
「き、君達は……」
そして二人が落ち着いた事を確認したリィンとラウラはそれぞれ離した後事情を聞き始めた。
「制服………どこかの高等学校の生徒か?」
「おいガキども!大人の話に口出すんじゃねえ!」
「話というレベルじゃなくなってたような気が……」
「大人と言うならもう少し、理性的になって欲しいですね。」
商人の一人に怒鳴られたエリオットは言い辛そうな表情で殴り合いを始めようとした二人の事を思い出して指摘し、アリサは真剣な表情で注意した。
「な、なにぃ……?」
「―――自分達は”トールズ士官学院”の者です。実習でこの町を訪れています。」
「いまだ軍属ではないが末席には連なる身……公の場での私闘はいささか見過ごせぬな?」
「せめて何があったのか、話していただけないでしょうか?」
自分達の正体を怪しんでいる商人にリィンは自分達の身分を証し、ラウラは忠告し、プリネは尋ねた。
「ぐ、軍の士官学生……」
「軍人のタマゴかよ……!」
一方リィン達が士官学生だと知った商人の二人はそれぞれ不安そうな表情をした。
「―――やれやれ。何をやっておるんじゃ。」
するとその時スーツ姿の老人が近づいてきた。
「あなたは……」
「も、元締め……」
老人の姿を見た商人の二人はそれぞれ驚きの表情で老人を見つめ、老人はリィン達から事情を聞いた。
「二人とも。話は聞かせてもらった。どうやら双方とも同じ位置の許可証を持っておるようじゃな?」
「そ、そうなんスよ!」
「期限もまったく同じ……どうなってるんですか!?」
「ともかく、ここで争っては他のお客さんの迷惑じゃ。向こうで事情は聞くからいったん矛を収めるがよい。」
二人の商人にそれぞれ言われた老人は冷静な様子で指摘し
「わ、わかったッス……」
「了解しました……」
老人の指摘に二人の商人はそれぞれ肩を落として頷いた。
(何とか話がつきそうね。)
(ああ、この大市の責任者だろうな。)
その様子を見守っていたアリサとリィンはそれぞれ安堵の表情になった。
「―――お前さんたちも止めてくれて助かったわい。さすがは士官学院の特別なクラスの生徒たちじゃ。」
「あら……」
「ほう……?」
「ど、どうして僕達”Ⅶ組”のことまで……」
老人が自分達の事を知っている事に驚いたプリネとラウラはそれぞれ目を丸くし、エリオットは不思議そうな表情で尋ねた。
「わしの名はオットー。この大市の元締めをしておる。この話を片付けたらお茶でもご馳走するからしばし付き合ってくれんか?」
そして老人―――オットーの頼みに応じたリィン達はオットーが二人の商人の話を片付けた後、オットーの家でお茶をご馳走になっていた。
~元締めの家~
「それではあなたが実習の”依頼”を……?」
「うむ、士官学院のヴァンダイク殿とは旧知の仲での。今回、お前さんたちの実習向けに適当な頼み事を見繕って欲しいと頼まれたんじゃ。」
「そうだったんですか……」
「ご配慮、感謝する。」
「私達の為に多忙な時間を削って頂いてありがとうございます。」
オットーから事情を聞いたエリオットは目を丸くし、ラウラとプリネは会釈をした。
「いやいや、とんでもない。面倒な依頼も一通り片付けてくれたようじゃし。先程の揉め事にしても殴り合いになる前に止めてくれて本当に助かったわい。」
「いや……間に合ってよかったです。」
「結局、先程の場所は交替で使うことになったみたいですね?」
「うむ、結局どちらの許可証も本物じゃったからの。週ごとに二つの場所を交替で使用するというのに落ち着いた。まあ、正面の位置と比べると奥は目立たぬから売り上げには影響するじゃろうが。」
アリサの質問に元締めは自分の決断が本意ではないかのように複雑そうな表情で答えた。
「確かに……」
オットーの言葉にエリオットは頷き
「しかしご老人……市の許可証というのは本来、領主の名で発行されるもの。今回のような手違いはいささか腑に落ちぬのだが。」
「確かに……領内の商いの管理は領主の義務でもあるはずだし。」
「……………」
ある事が気になって質問したラウラの疑問にリィンは頷き、プリネは真剣な表情で黙っていた。
「……そうじゃのう。本来であれば公爵家がその管理をするのじゃが……」
一方オットーは疲れた表情で肩を落としてリィンの言葉に頷いた。
「公爵家って……」
「クロイツェン州を管理する”アルバレア公爵家”ですね。」
「うむ、四大名門の一角を担う大貴族中の大貴族じゃよ。しかし最近、少しばかり面倒なことになっていてな。」
「面倒なこと……?」
「実は先日、大市での売上税が大幅に上がってしまったんじゃ。売り上げから相当な割合を州に納めなくてはならなくなった分、商人達も必死になっていてな。先程のような喧嘩沙汰にまでなってしまうことも珍しくない。」
「そうだったんですか……」
「売上税……そう軽々しく上げていいものとは思えぬが。」
「うーん、帝都でもそんな話は聞いたことがないけど。」
(まさか……)
オットーの話を聞いたリィンは頷き、ラウラは厳しい表情で考え込み、エリオットは首を傾げ、ある事情をすぐに察したプリネは真剣な表情で黙り込んでいた。
「その、反対なんかはされなかったんですか?」
そして普通なら反論していると思ったアリサがオットーに尋ねた。
「当然、バリアハートにある公爵家には何度も陳情に出かけた。じゃが一向に取り合ってもらえず、門前払いといった感じでな。その状況が二月ほど続いておるのじゃよ。」
「………………………」
(なるほど……そういう事ね。)
オットーの説明を聞き終えたラウラとプリネはそれぞれ厳しい表情で黙り込み
「そうなると、許可証の手違いも何か理由がありそうだな……」
リィンは真剣な表情で考え込んだ。
「そ、それって……」
「ずさんな手続きの処理……もしくは意図的な嫌がらせね。」
(私の大嫌いなタイプね。いつの時代もそういう人間が多いから、従う方は大変ね。)
リィンが呟いた言葉から何かを察したエリオットは不安そうな表情をし、ある推測が出たアリサは真剣な表情で呟き、リィンの身体の中にいるベルフェゴールはつまらなそうな表情をしていた。
「……まあ、さすがに決めつけるのも良くないが。ただ、先程の騒ぎにしても以前なら詰所の兵士達が仲裁に駆けつけに来ていた。」
「あ――――」
「―――帝国を守る正規軍とは違い、領邦軍は各地を維持するのが役目。本来ならば仲裁するのが普通だろう。」
「うむ……どうやら増税の陳情を取り消さぬ限り、大市には不干渉を貫くつもりらしい。そのようなことを詰所の隊長殿から仄めかされたばかりでな。」
「そんな………」
「ということは領邦軍の不干渉の件も”アルバレア公爵家”の命令によるものでしょうね……」
弱味を盾にする領邦軍の非道なやり方にアリサは信じられない表情をし、プリネは若干怒りの表情を見せながら呟き
「…………………」
リィンは何も言わず黙り込んでいた。
「いや、余計なことまで話してしまったようじゃな。―――これはワシら商人の問題じゃ。客人が気にすることではない。お前さんたちはお前さん達の実習に集中すべきじゃろう。明日の朝も、今日と同じく幾つかの依頼を用意しておるしな。」
「なるほど………そういう段取りでしたか。」
「一日ごとに実習課題の依頼が用意されているんですね?」
「うむ、それなりに面倒な仕事をやってもらおうと思っている。よろしくお願いしてもよいかの?」
「はい、任せて下さい。」
「出来る限りの事はしてみせます。」
「……誠心誠意、務めさせていただこう。」
そしてリィン達はオットーにお茶のお礼を言った後家を出た。
「……なんだか理不尽だよね。」
オットーの家を出たエリオットは先程のオットーの話を思い出して不安そうな表情で呟き
「ああ……そうだな。」
エリオットの言葉にリィンは頷き
「領地における税を管理するのは貴族の義務であり権利……帝国の制度がそうなっている以上、どうしようもないと思うけど……」
「――他家のやり方に口をはさむつもりはないが。此度の増税と露骨な嫌がらせはさすがに問題だろう。アルバレア公爵家当主……色々と噂を聞く人物ではあるが。」
「そうですね……民の生活をまるで考えていない政治どころか、民を苦しめている政治ですね。」
アリサ、ラウラ、プリネはそれぞれ厳しい表情をしていた。
「えっと……ユーシスのお父さんだよね?うーん、いっそユーシスに相談するわけにはいかないのかな?」
問題となっている人物の親族が自分達のクラスメイトである事を思い出したエリオットは提案したが
「いや……難しいだろうな。当主の決定は絶対……ましてアルバレア家は四大名門だ。」
「実際、皇帝陛下に継ぐくらいの権力を持っているでしょうしね……」
「それにいくら息子の進言とは言え、アルバレア公爵自身が聞かない可能性が高いでしょうね。」
「やっぱり無理かぁ……」
リィンやアリサ、プリネの説明を聞いて肩を落として諦めた。
「―――うんうん、悩んでるみたいね、青少年。」
その時サラ教官がリィン達に近づいてきた。
「サラ教官……」
「ど、どうしたんですか?」
「そろそろ行こうと思ってね。予想通りB班の方がグダグダになってるみたいだからちょっとフォローしてくるわ。」
「えっ……!?」
「今からB班の実習地に向かうんですか?」
「紡績の町パルムといえばここから相当離れているが……」
サラ教官が向かおうとしている場所を聞いたアリサとエリオットは驚き、ラウラは目を丸くした。
「ま、何とかなるでしょ。まあ話に聞く所ツーヤのお蔭で最低限の依頼はB班全員でやり遂げたみたいよ。現役親衛隊長のツーヤを向こうに入れて正解だったわ♪」
「ツーヤが……」
「あの二人を一体どうやって宥めたのかしら?」
サラ教官の説明を聞いたプリネは目を丸くし、アリサは不思議そうな表情をした。
「ああ、簡単な話よ。班のメンバーを二手に分けてユーシスとマキアスを離れ離れにして依頼をこなしたそうだけど……宿屋に戻った後は結局いつもの如く言い合いを始めたそうよ。」
「確かにあの二人の仲の悪さを考えると妥当な判断ですね。」
「でも結局喧嘩していたら意味ないけどね……」
「まあ、ツーヤ自身は悪くあるまい。むしろ班が一丸となって動けない状況下でありながらも、依頼をこなしたのだから、成果としては充分だし、良くその判断をしたと思う。」
サラ教官の説明を聞いたリィンは納得した様子で頷き、エリオットは疲れた表情で呟き、ラウラは静かな表情で答えた。
「―――そういうわけでこちらは君達に任せたわ。せいぜい悩んで、何をすべきか自分達自身で考えてみなさい。」
「あ………」
「女神の加護を。レポート、期待してるわよ。」
そしてサラ教官はリィン達から去り、駅の中へと入って行った。
「……参ったな。」
「な、何だかこっちの状況を完全に見透かしてたような……」
「まったく、昼間から飲んでたのに抜け目ないというか……」
(フフ、さすがは元A級正遊撃士ね。)
「…………………いずれにせよ、今日は宿に戻るとしよう。レポートもあることだし、夕食は早めに取る必要がある。」
「そうだな……」
「はあ……さすがに疲れたわね。」
「町中や街道を駆け巡った挙句、魔獣退治もしましたしね。」
「ご飯を食べたらそのまま寝ちゃいそうなんだけど……」
その後リィン達は宿に戻って夕食を取り始めた。
~風見亭~
「ふう、ごちそうさま。うーん、さすがに野菜とか新鮮で美味しかったねぇ。」
「ああ、さすがに地の物の料理は違うな。」
「ライ麦を使ったパンもなかなかの美味だった。」
「郷土料理でしか味わえない味でとても美味しかったです。」
「うーん、こんな楽しみがあるなら”特別実習”も悪くないけど。今頃B班のエマたちはどうしてるのかしら……?」
それぞれが夕食の感想を言い合っている中、B班の事を思い出したアリサは苦労していると思われるエマたちの様子を思い浮かべながら呟いた。
「そうだな……こんな風に一緒にテーブルを囲んではいなさそうだけど。」
「そうだねぇ……」
「ユーシスさんとマキアスさん……エマさん達ならまだしも、他の方達に迷惑をかけていないとよいのですが……」
そして会話が途切れるとその場に静寂が一瞬訪れ、ある事が気になっていたエリオットはふと疑問を口にした。
「……本当、僕達”Ⅶ組”って何で集められたんだろうね?どうもARCUSの適性だけが理由じゃない気がするんだけど。」
「うん、それは間違いあるまい。それだけならば今日のような実習内容にはならぬだろうしな。」
「どうやら私達に色々な経験をさせようとしてるみたいだけど……どんあ真意があるのかまでは現時点ではまだわからないわね。」
「そうだな………」
「……………」
それぞれが考え込んでいる様子を見たプリネは静かな笑みを浮かべて見つめていた。
「―――士官学院を志望した理由が同じという訳でもないだろうし。」
「士官学院への志望理由……」
「その発想は無かったわね……」
リィンが呟いた推測を聞いたエリオットは呆け、アリサは目を丸くした。
「ふむ―――私の場合は単純だ。目標としている人物に近づくためといったところか。」
「目標としてる人物?」
「もしかして父親であるアルゼイド子爵ですか?」
ラウラが呟いた言葉を聞いたエリオットとプリネは尋ねたが
「ふふ、それが誰かはこの場では控えておこう。アリサの方はどうだ?」
ラウラは静かな笑みを浮かべて答えを誤魔化した後アリサに視線を向けた。
「そうね……―――色々あるんだけど”自立”したかったからかな。ちょっと実家と上手く行ってないのもあるし。」
「そうなのか……」
「―――私は前にも言いましたが、エレボニアとメンフィルの関係の修復の為、ですね。本来私はそのつもりはなかったのですが、ある方に頼まれて通う事にしたのです。」
「ある方?」
「それって誰なの?」
「プリネ達を他国の士官学院へ通うわせる事を依頼した人物……気になるな。」
プリネが呟いた言葉を聞いたアリサは首を傾げ、エリオットは尋ね、ラウラは考え込んでいた。
「ふふ、私もラウラさん同様この場でその名を言う事は控えておきますね。」
「フフッ、一本取られたな。」
プリネは微笑みながら答え、プリネの答えを聞いたラウラは苦笑した。
「うーん、その意味では僕もプリネ達と同じ少数派なのかなぁ……元々、士官学院とは全然違う進路を希望してたんだよね。」
「あら、そうなの?」
「もしかして音楽系の進路ですか?」
エリオットの意外な話を聞いたアリサは目を丸くし、エリオットが音楽が好きな事を知るプリネは尋ねた。
「あはは、まあそこまで本気じゃなかったけど……リ、リィンはどうなの?そう言えば今まで聞いたことなかったけど。」
「俺は……そうだな………学院に入った理由は二つあるが………その内の一つが”自分”を―――見つけるためかもしれない。」
エリオットに尋ねられたリィンは考え込んだ後答えた。
「え……」
「へ……」
「まあ……」
「…………………」
(???どういう意味かしら?)
リィンの答えを聞いたその場にいる全員は呆け、リィンの中にいるベルフェゴールは首を傾げた。
「いや、その。別に大層な話じゃないんだ。あえて言葉にするならそんな感じというか……」
「えへへ。いいじゃない、カッコよくて。うーん……”自分”を見つけるかぁ。」
「ふふ、貴方がそんなロマンチストだったなんて。ちょっと意外だったわね。」
「フフ、私もリィンさんがそんな事を言うなんて驚きました。」
(そういう所も可愛いわよ♪)
「はあ……変な事を口走ったな。」
エリオット達に微笑ましそうに見つめられたリィンは疲れた表情で溜息を吐き
「……………」
ラウラは会話に加わらず真剣な表情でリィンを見つめていた。
その後マゴットに早朝に起こす事を頼んだリィンはエリオット達と共に部屋に戻ろうとしたがラウラに呼び止められて立ち止まった。
「―――リィン。」
「?どうしたんだ?」
「迷いもあったがやはり聞いておこう。―――そなた。どうして本気を出さない?」
「え。」
(へえ?)
ラウラの唐突な質問を聞いたリィンは呆け、リィンの中にいるベルフェゴールは興味ありげな表情をした。
「そなたの剣、そなたの太刀筋、そして列車で呟いたかのカシウス卿と同じ流派である事……”八葉一刀流”に間違いないな?」
「あ……」
「”剣仙”ユン・カーファイが興した東方剣術の集大成とも言うべき流派。皆伝に至った者は”理”に通ずる達人として”剣聖”とも呼ばれるという。」
「……詳しいんだな。帝国ではほとんど知られていない流派のはずなんだけど。」
「我がアルゼイド流は古流ながら他の流派の研究も欠かしておらぬ。それに父に言われていたのだ。『そなたが剣の道を志すならばいずれは八葉の者と出会うだろう』と。」
「”光の剣匠”が?はは、光栄というか恐れ多いというか……」
(なるほど……もしかしてリィン(この子)が丁度いい好敵手になると思っていたのかしら?)
ラウラの話を聞いたリィンは目を丸くした後苦笑し、ベルフェゴールは興味ありげな表情でラウラを見つめていた。
「…………………」
一方ラウラは何も答えずリィンをジッと見つめ
「俺は……ただの”初伝”止まりさ。確かに一時期、ユン老師に師事していたこともある。だが、剣の道に限界を感じて老師から修行を打ち切られた身だ。」
見つめられたリィンは真剣な表情で答えた。
「……え……」
「その、だから別に手を抜いてるわけじゃないんだ。八葉の名を汚しているのは重々わかっているけど……これが俺の”限界”だ。……誤解させたのならすまない。」
「…………………」
リィンの答えを聞いたラウラは考え込んだ後リィンに背を向けた。
「ラウラ……?」
「そなた自身の問題だ。私に謝る必要はない。……いい稽古相手が見つかったと思ったのだがな。」
「あ……」
僅かに落胆した様子のラウラの言葉を聞いたリィンはラウラが自分が嘘をついている事を気付いている事に気付いた。
「少し外で素振りしてくる。悪いが、先にアリサたちとレポートをまとめていてくれ。」
そしてラウラは宿から出て行き
「…………………」
(ご主人様が本気を出さない理由って、私と戦った時に見せてくれた”あの力”が関係しているのでしょう?)
(…………ああ。)
(そう。まあ、ご主人様がそれでいいのなら私は構わないし、いざ危険になった時はこの私がいるからね。ご主人様の判断に任せるわ。)
(……助かる。今だけはその言葉がありがたく身にしみるよ……)
その様子を見守っていたリィンは肩を落とした。
(……色々あるみたいね。何か抱えているような顔はたまにしていたけど……)
一方リィンとラウラの様子を2階から見守っていたアリサは考え込み
(アリサも気付いていたんだ。ふふ、何だかんだいって結構気にしてたみたいだね?)
アリサの小声を聞いたエリオットは苦笑しながら尋ねた。
(そ、それはその……謝るチャンスを伺ってて……べ、別に意識してたとかそういうのじゃないんだからね!?)
(あはは……)
(クスクス……)
恥ずかしそうな表情で呟いたアリサの言葉を聞いたエリオットとプリネは微笑ましそうに見つめていた。
(でも……何かを抱えてるのは誰だって同じなんじゃないかな。君だってそうじゃないの?)
(それは……―――確かにそうね。)
その後レポートを書き終えたリィン達は明日に備えて休み始めた。
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