悪ふざけ
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3部分:第三章
第三章
見ればかなりとんでもない格好だった。膝上で腰までギリギリの真っ赤なキャミソールに黒いハイヒール、ストッキングはガーターだ。腕には色とりどりの派手なブレスレットを何個も着けて指輪もふんだんにしている。顔も化粧も濃く、下ろした髪にもアクセサリーをふんだんに着けてムースで荒っぽくまとめている。左手には何か絵まである。そいじょそこいらのガラの悪い女の子ですら裸足で逃げ出す様な格好である。映画に出てきそうと言っても言い過ぎではなかった。
「ディスコに行くんじゃないから」
「ジュリアナとか?」
実はおばさんの年代はそんなところである。意外と若いのだ」
「もうないでしょ、それ」
「あっ、やっぱり」
「それでもその格好はやり過ぎでしょ」
「これ位しないとインパクトないのよ」
「インパクトってお見合いに行くのよ」
「うん」
これには頷いてみせる。
「インパクトは大事だけれどそのインパクトじゃないわよ」
「大丈夫だって、今は」
「どうだか」
「おばさん、私を信じてよ。絶対にうまくいくから」
「これで失敗したらどうするのよ」
「それは有り得ないから」
実はおばさんの考える成功と蒔絵の望む成功は全く正反対であった。おばさんはお見合いが成功することを願っているが蒔絵はお見合いが潰れることを狙っているのだ。ここが全く違う点であった。
「じゃあ行くわよ」
「うん」
何はともあれ二人はお見合い場所のレストランに向かうことになった。結構名前の知られたイタリアンレストランである。
「フレンチじゃないんだ」
「あちらとお話してちょっと趣向を変えてみたのよ」
おばさんは洒落た赤と緑の入り口の前で言う。如何にもといった感じの派手な外観の入り口であった。イタリアらしいと言えばらしい。
「フレンチだと堅苦しいでしょう?」
「まあね」
これは同意であった。実は蒔絵も堅苦しい感じのフランス料理よりもあけっぴろげなイタリア料理の方が好きなのである。特にオリーブをふんだんに使っているのが彼女的にはよかった。
「それでイタリアンにしたのよ」
「有り難う」
「まっ、貴女の為でもあるけれどね」
おばさんは優しい笑みを蒔絵に向けてこう言った。
「こっちの方が何かとお話し易いでしょう?」
「まあね」
「それでそんな格好じゃなかったら」
「だからこれでいいのよ」
そもそもフレンチだとこんな派手な格好では入ることさえ出来ないだろう。それも狙っていたがこっちは外れてしまったようである。
「この格好でね」
「そんなディスコに行くみたいな格好で?」
「だったら扇子も持って来た方がよかったかしら」
「馬鹿なこと言うのは止めなさい」
おばさんはまた口調をむっとさせてきた。実はこのおばさんはおばさんと言ってもまだ若い。蒔絵とは十歳程しか違わないのだ。かってはジュリアナで派手に遊んでいたから扇子も知っていた。
「とにかく入るわよ」
「はあい」
二人は何はともあれ店に入った。まずは店員が案内する。
「いらっしゃいませ」
タキシードの洒落た格好のボーイが出て来た。何となくキザというよりは軽薄な感じがする。これもイタリア故であろうか。少なくともフランスのそれの様に悪く言えばお高く止まった感じはしない。
「予約していた有坂ですが」
おばさんの姓である。これは御主人の姓であり、元の姓は宮崎という。
「有坂様ですね。こちらです」
「はい」
落ち着いた様子でボーイに案内される。当然ながら蒔絵も一緒に店の中を進んでいった。
店は白を基調として木が多く配されていた。あちこちの装飾がやはり鮮やかだ。
蒔絵はそんな店内を見回りながらボーイに案内されていく。そして店の一番奥にある個室に案内された。
「こちらの部屋でしたね」
「ええ」
おばさんはボーイの言葉に頷く。彼に先導されその部屋に入った。
部屋の中は店内とは違っていた。気品のある造りになっていて如何にもお見合いに使うといった感じであった。蒔絵はその中を見てすぐにそう感じた。
部屋の中央には白いテーブルかけがかけられた大きなテーブルがある。六人は座れそうだった。そこに座って話をするであろうことは明白であった。蒔絵はいよいよその戦いの時が迫っていることを感じていた。
「それでは後程」
「はい」
席を空けられそこに座る。おばさんと席を一つ開けて一方を占めて座る。彼女はそこでまだ来ない相手を待つことになったのであった。
「もうすぐよ」
おばさんは二人になると蒔絵にまずこう言った。
「あちらさんが来られるのは」
「そう」
「わかってると思うけどね」
おばさんは念を押してきた。
「ちゃんとしなさいよ」
「だからわかってるって」
蒔絵は相変わらずの笑みを返す。
「ここはね。決めるわよ」
「頼むわよ」
蒔絵にもこれからのことがかかっていた。やはりおばさんが考えている方向とは正反対であった。何はともあれ相手が来るのを待っていた。
「お連れの方が来られました」
暫くしてまたボーイさんがやって来た。そして二人にこう述べた。
「わかりました」
おばさんはそれを聞いて頷く。
「わざわざ有り難うございます」
「えい、それではこちらへ御案内致します」
「はい」
こうして見合い相手が部屋の中に案内された。やって来たのはおばさんと同じ様に着飾った年配の女の人と写真で見たあの若い人であった。
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