悪ふざけ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
2部分:第二章
第二章
彼女は今それを非常に後悔していた。そのお見合いは明日に迫っている。泣いても笑っても、逃げても喚いても明日はやって来る。これはどうしようもないのだ。
「さて」
今更になって後悔しているうえにどうしようかと悩んでいた。
「何かいい方法はあるかしら」
まずは見合い相手の顔を思い出す。男前と言えば確かに男前で真面目そうな顔をしている。
「ほら、真面目そうでしょ」
おばさんも写真を見せながらそこをアピールしてきた程だ。お見合い写真らしくスーツを着て直立しているその写真からは確かに誠実で真面目そうな雰囲気が漂っていた。おそらくおばさんの言葉は嘘ではない。
「銀行員でね」
「ええ」
職業もお堅い。これはもう完璧であった。
「間違いないと思うわよ」
そのおばさんの言葉を思い出していた。確かに間違いはないだろう。だがそれでも蒔絵は今は結婚したくはなかった。そもそも男と付き合うのも遠慮したかったのだ。
「けれどどうすれば」
見合いを壊せるのか。それが問題であった。
ここは完璧に壊れる方法を取らなければならない。それにはどうするか。考えた結果ここは徹底的に見合いにそぐわないことをしてやろうと思った。
「よし」
彼女は顔を上げた。そしてクローゼットを開け、次に化粧台に目をやった。
「これで。絶対に断らせてやるわ」
意を決した女の顔になっていた。彼女は見つけ、そして決めたのだ。これでお見合いを破談にしてやると。これなら確実だと自分の部屋で会心の笑みを浮かべていた。
そして次の日。絶対に来て欲しくなかったお見合いの日だ。朝早くからいきなり携帯に電話がかかって来た。
「はい」
寝惚けた顔と声でそれに応える。電話の主はおおよそわかっていた。
「今日だけれどいい?」
おばさんの声がした。予想通りで頭にきた。
いいと言わないといけない場面だ。断ることは今更許されない。蒔絵もそれはわかっている。だから彼女が答えることが許されている返事はこれしかなかった。
「ええ」
了承した。他にはなかった。
「十時にね。わかった?」
「うん」
電話で頷く。
「それじゃあね。駅で待ち合わせるわよ」
「何時に?」
「九時よ。それでいいわよね」
「ええ」
とにかく断るという選択肢は彼女に許されてはいないのだ。言われるがまま頷くしかない。そして彼女は頷いた。これでやることは決められた。
電話を切った。蒔絵はそれから行動に移った。
「さて、と」
服を選んで化粧をする。戦闘準備だ。いや、既に戦いははじまっていた。断られる為の、破談にする為の。今彼女はその為だけに大きく動いていた。
戦闘準備を済ませて駅に向かう。この時彼女は肩で風を切っていた。
「見ていらっしゃい」
道を歩きながら言う。我ながら芝居がかっていると思った。
「絶対に潰してやるんだから」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。それは確かにお見合いに向かう顔ではなかった。言うならばリングに入ろうとする女子プロレスラーの顔であった。
駅に着く。おばさんはもう着飾って待っていた。
「おばさん」
「あら、早いわね」
おばさんは蒔絵の声を聞いて笑顔を彼女に向ける。だがその笑顔は一瞬で崩れ去ってしまった。
「な・・・・・・」
顔がハンマーで割られた鏡の様になった。今自分が見ているものが信じられないといった顔であった。
「ちょっと蒔絵ちゃん」
「?どうしたの?」
蒔絵はわざと何でもないといった顔を作ってみせた。
「何驚いてるのよ、おばさん」
「何がっていうのじゃないわよ」
おばさんはその割れた顔のまま蒔絵に対して言う。聞けばその声も割れてしまっていた。
「あのね」
「うん」
「貴女、その格好でお見合いに行くつもりなの!?」
「そうだけど」
蒔絵はおかしそうに笑って言葉を返す。
「お見合いでしょ。だからお洒落して来たのよ」
「おしゃれはいいわよ」
おばさんは困った顔でそう返す。
「それはね。けれど」
「けれど。何?」
わざととぼけている。だが動転しているおばさんはそれに気付かない。思えば罪な悪事だ。
「幾ら何でも。場違いよ」
「そうかなあ」
またわざととぼけてみせる。しかしおばさんはやはりと言うべきかそれに気付かない。あまりにも動転しっぱなしだから。
ページ上へ戻る