鹿
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3部分:第三章
第三章
「何でかな」
「何でこんなこと言うのかな」
「やればわかる」
少年は今はこう言うだけだった。
「いいな、絶対にするな」
「変なお兄ちゃんだよな」
「そうだね」
「そんなこと言って」
「くれぐれもするな」
そしてだ。その時だった。
不意に子供の一人がだ。鹿に煎餅をやろうとしていた。だが。
「はい、あげた」
笑いながらその煎餅を上にやったのだ。所謂意地悪であった。
「あはは、残念そう残念そう」
「止めなさい」
先生がすぐにその子供に対して叱る。
「意地悪なんかしてはいけません」
「わかりました、先生」
子供は先生に身体を向けて笑いながら謝った。子供にしてみれば他愛のない冗談である。しかしその時だった。子供は何もわかっていなかった。
鹿に背を向けていたのだ。そして鹿は煎餅のことで意地悪をされたのを忘れていなかった。そのうえ鹿はこの隙を見逃さなかった。
前に突進してだ。子供の背中に頭突きを浴びせた。まさに一瞬であった。
「うわっ」
「きゃっ」
子供は背中を押され前に倒れ込んだ。先生は慌てて受け止める。それで大事は避けられたのだった。しかしである。
「うわ、後ろから」
「それもいきなり?」
「これが鹿なんだ」
「角がなくて助かったな」
ここで少年はまた言った。奈良の鹿はその角を毎年切っている。当然危ないからだ。鹿の角は闘う為にある。飾りではないのである。
「若しあればだ」
「あれ、じゃあお兄ちゃんの額って」
「その向こう傷は」
「そうだ」
少年は真相を話しはじめた。
「額に受けた。鹿をからかってだ」
「そうだったんだ、それで」
「鹿にやられたんだ」
「奈良の鹿には気をつけろ」
少年の言葉はまさに忠告だった。
「いいな、そういうことだ」
「からかったら絶対に復讐するんだ」
「そんなに危ないんだ」
「隙を見て」
こう話すのだった。子供達にも真実がわかった。
少年は子供達に真実を語り結果としてそれを見てからだ。彼等に背を向けてその場を後にした。その額に疼くものを感じてもいた。
「雨が近いんだな」
向こう傷の疼きは一生のものだった。そして今も公園のあちこちにいる鹿達を見てだ。首を捻りそのうえでその場を後にするのだった。
鹿 完
2010・3・30
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