若き禿の悩み
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6部分:第六章
第六章
一陣の風が吹いた。するとだった。
前髪が揺れ動いた。それで額が出てしまった。やたらと広く輝く額がだ。
そう、彼の額は輝いていた。太陽の光を反射した。その光が変質者の目に入ってしまったのである。
「うっ!」
「光!?」
「光が入ったのか」
「みたいだな」
周りの面々がそれを見て言った。
そしてだ。全員でその動きを止めた変質者に殺到する。そして一斉に蛸殴りにしてしまった。
蛸殴りにされた変質者はバールの様なものを取り上げられそうして縛られてしまった。そのうえで警察に突き出され話は終わったのだった。
その話が終わったところでだ。皆は幸三を見て言うのだった。
「今日は大活躍だったな」
「そうだよな。御前のお陰だよ」
「御前がいないとな」
「それは喜んでいいのか?」
だが当の幸三は一人憮然としていた。
「それはな。喜んでいいのか?」
「だからそれはいいだろ」
「なあ。それはな」
「実際に変質者を止めたんだぞ」
「喜ぶべきことだろ」
「複雑な心境だな」
当人の言葉だ。
「全くな。俺の額でか」
「ああ、御前の禿のお陰だよ」
「若禿のな」
「そのせいで御前も助かったんだぞ」
このことも言うのだった。
「禿頭でなかったら御前今時どうなっていたのかわからないからな」
「だから喜べよ」
「なあ」
「助かったんだからな」
「禿でいいのかよ」
しかし当人はまだ言うのだった。
「俺は。それでもか」
「禿だから別に困る訳じゃないだろ」
「まあ長い友達でいて欲しいのはわかるさ」
「それはな」70
しかし皆今は変な顔で笑っていた。
「けれど今回ああいうことになったんだしな」
「別にいいじゃないか」
「俺もそう思うぜ」
「そうか?」
本人だけは納得しないままであった。
「俺はそういう風には思わないけれどな」
「まあ今回は喜べよ」
「それでいいじゃないか」
皆の言葉が少し変わってきた。
「勝ったことは勝ったからな」
「それでな」
「そこまで言うのならな」
幸三もここで遂に納得したのだった。まだ釈然としないものがあったがだ。
一応頷きはした。だがそれでも表情は晴れない。その顔でだ。
「禿も時として役に立つのか」
「だから坊さんになれよ」
「すっきりするだろ」
皆また言うのであった。
「なっ、禿げたらそれでもな」
「それでいいだろ」
「もう覚悟決めろよ」
「とにかくこういうことがあったりするのはわかったさ」
まだ言う彼だった。
「それはな。しかしな」
「しかし?」
「まだ諦めないのかよ」
「諦めてたまるか」
彼も本気だった。
「何があってもな」
「やれやれ、運命は受け入れないといけないのにな」
「そうだよな。それでもそんなこと言うなんてな」
「往生際の悪い奴だよ」
皆生暖かい笑みになっていた。
「それでも頑張るんなら頑張るんだな」
「髪の毛のことな」
「精々な」
「絶対に諦めないからな」
幸三も意固地になっていた。
「俺は絶対にな」
こう誓った十七の時だった。そして数年後彼はとある寺の住職に迎えられていた。その頭には髪の毛が一本もなかった。ただしそれは剃ったものではなかった。その必要がないようになっていたのである。
若き禿の悩み 完
2010・4・30
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