英雄伝説~西風の絶剣~
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第14話 今自分がすべきこと
side:リィン
暗い暗い闇の中、僕は横たわっていた。起き上がろうとしても体は動かず唯々時が流れていく。
「一体ここは何処だ?」
その時だった、闇の中から人のようなものがゆっくりと現れた。それは黒い髪に黒いジャケットを着た男の子だ……ってその姿は?
「僕……?」
そう、現れた男の子は僕そのものだった。だが唯一違う箇所があった、それは目の色だ。淡い紫の瞳を持つ僕と違いもう一人の僕の目は漆黒の闇と金に輝く瞳だった。
「君は一体……」
もう一人の僕はゆっくりと僕に近づいてくる、そして僕を見下ろせる位置までくると顔を覗き込んできた。
『オマエハ我……イズレ全テガ我ノ物トナル』
「え、それってどういう……」
僕が言い終わる前に突然視界が暗転していく、同時に意識も薄らいでいく。
『忘レルナ、オマエハ……我ノ物ダトイウコトヲ…』
「はッ!?」
目が覚めるとそこは先程の暗闇ではなく見知らぬ一室の天井が目に映った。
「……今のは夢?」
ボーッとする頭を擦りながら辺りを見回す、すると部屋のドアが開き誰かが入ってきた。まさかさっきのは夢じゃなかったのか、そう思い僕は警戒するが入ってきたのは老人だった。
「おお、目が覚めたようじゃな」
老人の方……いやお爺さんは僕を見ると安心したように笑みを浮かべた。
「いやあ、雪の中に埋まっているお前さんを見つけた時はどうなるかと思ったがこうして意識が戻ってくれて良かったわい」
「雪の中……僕は雪の中にいたんですか?」
まだ意識がはっきりとしないのかボンヤリとしながらそう尋ねた。
「なんじゃ、覚えとらんのか?お前さんは赤い魔獣の傍に倒れていたんじゃよ」
赤い魔獣、炎に包まれた施設、そして……
「……レンッ!?」
そうだ、僕はあの魔獣と戦っていてレンがやられてそれから……
「直に行かないとッ!」
ベットから立ち上がろうとするが凄まじい痛みが体中に走りたまらずベットに倒れてしまう。
「これこれ、そんな酷い傷で無理に動こうとするな、唯でさえもう三日間は意識がなかったんじゃぞ」
「三日間…そんな!?」
三日間も眠っていたのか、あんな猛吹雪の中レンが倒れていた…それをほったらかしにして三日間も!?
「猶更行かないとッ!?……ぐッ!」
痛む体を無視して立ち上がるが直に倒れてしまう。
「これ、何をしとるんじゃ!」
お爺さんは僕に手を貸してくるがそれを払いのけて外に出ようとする。
「お前さん外に行くつもりか、この吹雪の中そんな体で出たら死ににいくような物じゃぞ」
「でも僕は行かないと……あぐッ!?」
「ほれ見た事か、傷が開いてしまったじゃないか。それにしてもそんな体で必死に慌てたりするとは……もしかすると何か事情があるのか?」
「それは……」
僕はお爺さんに自分に起こった事を話した。D∴G教団の事、レンの事を。
「なるほど、今ゼムリア大陸中で起こっている誘拐事件はそいつらの仕業か。そしてお前さんはとらわれていた施設から脱出しようとして仲間を置き去りにしてしまったという訳じゃな」
「はい、だから僕は行かないといけないんです、ぐッ!」
「だからそんな体じゃ無理じゃというのに……仕方ない、わしがそこに行ってこよう」
「えッ?」
「今のお前さんは絶対に無理をしてでもそこに行こうとするじゃろう、だから代わりにわしが行ってこよう」
「ですが……」
「納得できんという顔をしとおるの。じゃが先程から言っとるがそんな傷だらけの体で崖を登れるか?ましてはこんな吹雪の中…誰がどう考えても無理じゃろう、そんな無茶をして死んでしまったらそれこそ本末転倒という奴じゃないか?」
……この人の言ってることは正しい、今の僕は唯意地をはってるだけだ。このまま外に出ても死ぬだけだろう、話をしている内に少しだけ頭が冷えたようだ。
「でも助けて頂いた上にそんなことまで頼むのは……」
「助けた相手に死なれてしまったら後味が悪いじゃろ、気にすることはない」
そこまで言ってくれるなんて……どの道僕は満足に動けないしこの人に頼るしかない。本当は僕が行きたいが今はそんな意地を張っている場合じゃない。
「申し訳ありません、どうか僕の代わりに様子を見てきてくださいませんか?」
「承知した、なあにそう心配するな、お前さんの仲間を見つけて直戻ってくるからのう」
お爺さんはそう言って部屋を出て行った。残された僕はレンの安否を祈ることしかできなかった、どうか無事にいて、レン……
side:??
リィンのいる部屋を出た老人は菅笠と蓑を纏い刀を構え外に向かった。降り注ぐ吹雪の中リィンが倒れていた場所に向かう。
「……ここか」
老人がついた場所はブレイズドッグが倒れていた場所だった、雪に隠れてしまっているが血の匂いが微かにするため間違いないだろうと彼は思った。
「あの子の話じゃたぶんこの崖の上にあるはずじゃが……よし、山登りならぬ崖登りじゃ」
老人は急斜面の少し尖った場所に飛び乗ると同じ要領で崖を登りだした。
断崖絶壁を、ましては吹雪も吹き荒れる環境を物ともせずひょいひょいッと崖を上がっていく老人、僅か数十分後には山頂あたりまで来てしまった。
「流石にこの年には答えるわい、さてと……」
山頂まで上がった老人が目を凝らすとそこには嘗て建物であっただろう瓦礫の山があった。
「これは酷いの、まるで災害後のようじゃ」
老人は意識を集中させて辺りを捜索した、雪の中に埋もれていないか入念に探したがあの子が言っていた子供は見つからなかった。
「ふむ、死体もないし微かに匂うこの匂い…これは重火器の火薬……それにあそこだけ不自然に雪が陥没しているのう」
この吹雪の中一部だけ雪の段差が違う場所があるのを見つけた。あの幅は軍などで使われている飛行船でついたものだろう、だとすれば……
「何者かがここに来た…ということかの」
この吹雪は三日前から吹いている。そんな悪天候にあの子が言っていた子供が一人でこの断崖絶壁を降りれるとは到底思えない、そして死体も確認できないとすればその子供はここに来た何者かに連れて行かれた可能性がある。
「吹雪が強くなってきたの、これ以上は何もなさそうじゃし小屋に戻るか。あの子が聞いたらガッカリするじゃろうな……」
約束を果たせなかった事に罪悪感を感じながら老人はその場を後にした。
「レン……」
一方小屋に残されたリィンは唯々老人の帰りを待っていた。時が過ぎていく度に不安が募っていく、自分を慕ってくれた小さき少女の無事を祈り続けるも心が張り裂けてしまいそうだった。
そして更に時間が過ぎていく中、誰かが小屋に入ってきた。
「戻ったぞ」
戻ってきたのは老人だった、直に視線をその隣や後ろに移すがリィンが求めていた人物の姿がなかった。
「すまない、お前さんの言っていた子は見つからなかった」
リィンの視線を見て察した老人は本当にすまなそうにそう言った。リィンはガクンッと膝から崩れ落ちてしまった。
「どうして……」
「ん?」
「どうして見つけてくれなかったんですか!約束したのに…見つけてくるって約束したのに!!」
「……すまない」
「嘘つきですよ、貴方は!こんな事なら希望を抱かせないで欲しかった!」
「……」
「嘘つきです…嘘つき…」
リィンは我儘な子供みたいに泣き叫ぶ事しかできなかった。
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
side:リィン
「………」
心にポッカリと大きな穴が開いたような感覚が胸に広がり何もする気がなくなってしまった。守ると誓ったレンは行方不明になってしまった。
「僕のせいだ、僕がしっかりしてなかったから……」
お爺さんの話ではレンは何者かに連れ去られたかもしれないとの事らしい。だがもし連れ去ったのが教団の奴らならレンはもう……
そんな最悪な事しか頭に浮かばず更に自分を嫌悪した。
「この力のせいだ、これのせいで……」
過去にエレナを助けようとしたとき自分は信じられない力を発揮して危機を乗り切った。そして教団の奴らからフィーを守ろうとしたときも発揮したあの力……今回もおそらくあれが出たんだろう。
自分の中にあるこの力、これに助けられたのは事実だ。だが結局助かるのは自分だけ。エレナは死なせてしまいフィーは悲しませてしまった、そしてレンを救えなかった。
「こんな力……こんなもの……」
自分しか救えない力なんて求めていない、だが結局は自分しか救えない。どうしてこんな物が自分の中にあるのか、そんないら立ちが込みあがってくる。
「ははッ、本当に惨めだ。助けてもらった人に八つ当たりして……最低じゃないか」
挙句には命の恩人に対して暴言まで吐く始末だ、情けなくて涙もでないよ。
「……もう死んじゃおうかな」
正直疲れちゃったよ。エレナもレンも死なせてしまうような僕に生きている価値なんてもうないんだ。僕は近くにあった縄を椅子を使い天井につるして首を入れる。
「今逝くよ。エレナ、レン……」
そして椅子を蹴飛ばそうとする。
「入るぞ……!何をしとるんじゃッ!!」
そこにお爺さんが入ってきて僕のしようとしている事を見た瞬間刀を抜き縄を斬る、支えのなくなった僕の体は地面に落ちた。
「げほッ、ごほッ!」
喉を抑えせき込む僕をお爺さんは老人とは思えない力で立ち上がらせた。
「何を馬鹿な事をしとるんじゃ!そんな意味のない事をしようとするとは!」
「……ほっといてくれれば良かったのに」
「何?」
「ほっといてくださいよ!もううんざりなんですよ!エレナもレンも死なせてしまった僕に生きる価値なんて……」
「馬鹿者がッ!!」
お爺さんは僕の右頬を平手打ちした、鈍い痛みが頬に広がっていく。
「何を……」
「お前さんがしようとした事は、人間として恥ずべき行動じゃ。親から授かった命を自分から捨てるなど絶対にあってはならん!それにお前さんが死ねば悲しむ者達が必ずいるはずじゃ」
「僕に親なんて……!」
僕の親、悲しむ人……
(ボン、困った事があったら俺に言うんやで、必ず助けたるからな)
(お前は無茶をするからほっとけんな、今は俺達が守ってやる、だから後ろにいろ)
ゼノ、レオ……
(貴方は私にとって弟でもあり息子でもあるの、だから必ず帰ってきて)
マリアナ姉さん……
(お前は俺にとって血は繋がっていないが大切な息子なんだ、もしお前に何かあったら俺はきっと立ち直れなくなっちまう。だから自分から死ぬような選択はしないでほしいんだ。俺の心を守るために)
団長……お父さん……
(リィン……わたし、信じて待っているから……)
フィー……
「僕は、なんてことをしようとしていたんだ……」
お爺さんに言われて思い出した、お父さんは僕に命を軽んじるようなことをするなって言っていたことを……自分から命を捨てるなんてしちゃいけないんだ、猟兵であるから命を粗末になどできない。そんな事すら忘れてしまっていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「いるんじゃろ、お前さんにも帰りを待つ人が。ならそんなことはするな」
「はい……はいッ!」
泣くじゃくる僕をお爺さんは優しく撫でてくれた、まるでお義父さんに頭を撫でられているような安心感が心に広がっていった。
しばらくしてようやく落ち着いてきた僕を見てお爺さんが話し出した。
「落ち着いたか?」
「はい……その、ごめんなさい」
「何をじゃ?」
「さっきお爺さんに酷い事を言ってしまって……」
「何、気にするな。約束を守れなかったんじゃ。責められるのは当然の事、だからいいんじゃよ」
すごいなぁ、あんな酷い事を言ったのに笑って許してくれるなんて……
「それでお前さんはこれからどうするつもりなんじゃ?」
「……皆の元に帰ります、さんざん心配をかけちゃったから。そしたらレンを探しにいきます。まだ死体をこの目で見た訳じゃない、だから最後まで希望は捨てません」
「ほほう、先程とは打って変わった力強い目になったのう、だがその怪我では満足に動くこともできまい、なら今は回復に専念するべきじゃ」
「分かりました、確かにその通りですね」
本当は直にでも帰りたいがこの人が言うようにこの体ではまともに動けない。皆に確実に会う為にも今は休むべきだと思った、というかこのお爺さんのいうことは素直に効くべきだと思うんだ。何でだろう?
「ならその間のお前さんの世話はワシがしよう、なあに遠慮することはない、困った時はお互い様じゃ」
「本当に何から何まですいません…あ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでした、僕はリィンといいます、貴方は?」
「ワシはユン・カーファイ。しがない旅の剣客じゃ」
「ユンさんですね、分かり……ユン・カーファイッ!!?」
ま、まさか……!この人があの『剣仙』ユン・カーファイなのか!?
「貴方があの剣仙なんですか!」
「なんじゃ、その名を知っておったのか」
「はい、僕も未熟ながら剣に携わっている者で……うわぁ、まさかこんな所で会えるなんて思わなかったよ……」
いつかは会ってみたいとは思っていたがまさかこんな所で会えるとは思わなかった。
クゥゥ~ッ
あ、安心したら何だかお腹がすいてきた。恥ずかしい……
「ほっほっほ。腹が減ったろう、これを食べなさい」
ユンさんは鍋のような物を僕に渡してきた。フタを開けると何か白い米のようなものの上に赤い物体が乗っている食べ物が入っていた。
「あの、これは一体なんですか?米のように見えますが……」
「西側ではあまりなじみがないかのう。それはおかゆといって東方に伝わる食べ物で上に乗っているのは梅干しという体にいい食べ物じゃ、材料があまりなかったから質素なもんじゃがのう」
僕はスプーンでおかゆをすくい、一口食べる。柔らかい米の感触とほのかな塩気、そして梅干しのすっぱさが食欲を引き出してくれる。なるほど、これは食べやすいな。
「気に召してくれたようで安心したわ。まあこれからしばらくの間よろしく頼むぞ」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます」
こうして僕とユンさんの生活が始まった。
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ーーー
ユンさんは本当に素晴らしい人だと思う。毎日体を拭いてくれたり食事を作ってくれるだけではなく、火傷に効く薬草まで取ってきてくれる。本当に感謝の言葉がいくつあっても足りないくらいだ。
ユンさんには色々な話を聞いた。東方の話や今まで弟子にした人達の話、そして八葉一刀流の話……どれも非常に興味深い話だった。
それからしばらくしてある程度回復すると僕はユンさんに剣の稽古を申し出た。長い間寝たきりだったからリハビリがしたかったし、何よりあの剣仙の教えを受けてみたかった。ユンさんは最初は断ろうとしたが何回も頼んでやっと許可をもらった。ただし流石にこの体では無茶は出来ないため八葉一刀流の基本的な動きや剣士としての心構えを教えてもらった。
八葉一刀流の奥義にも興味があったが、ユンさんに八つの型の技を見せてもらえただけでも嬉しかったので今は我慢しよう。
そんなユンさんとの生活が始まって数か月が過ぎた頃……
「ほう、普通ならもっと回復までに時間がかかるもんじゃが…凄い回復力じゃな」
ユンさんの言った通り常人ならまだまだ回復に時間がかかるはずだが僕は一人で動けるほどまでに回復した、激しい動きをすると少し痛むが普通に一人で歩けるほどだ。
「これならもう一人で旅立っても大丈夫じゃろう、ようやく家族の元に戻れるな」
あ、そうか。僕の傷が治った今もうユンさんがいる意味もなくなっちゃうんだ。これでお別れだなんて少し寂しいな……
しょぼくれた僕を見てユンさんはポンポンッと頭を軽く撫でる。
「そんな顔をするな、何も今生の別れじゃあるまいしまた縁があれば会える。だからお前さんは一刻も早く家族の元に向かうべきじゃ」
「ユンさん……分かりました。ユンさんに教えてもらった剣士としての心構え、それを生かして今度こそ僕の家族を守って見せます」
「うむ、いい答えじゃ。ならこれを持っていきなさい」
ユンさんは懐から何か紙のような物と刀を取り出した。
「これは……」
「この先にある山を二つ越えればマインツという鉱山町がある。そこの山道を下ればクロスベルという街につくはずじゃ。その街にある警察署に『アリオス・マクレイン』という男がいる。奴にこれを渡せばきっと力になってくれるじゃろう。この刀はワシの予備の物じゃ、丸腰じゃと危ないから持っていけ」
アリオス・マクレイン……風の剣聖と呼ばれる凄腕の遊撃士だったっけ?その人がクロスベルにいるのか。
確かにこの広いゼムリア大陸のどこに西風の旅団がいるのかなんて分からない、でも警察の関係者ならもしかして皆の居場所を知ってるかもしれない
「何から何まで本当にありがとうございます、この御恩はいつか必ず返します」
「そう気にする事もないんじゃが……なら今度会う時お前さんの剣を見せてくれ。成長したお前さんの剣をな…」
「分かりました、必ずお見せします。そのためにもっと強くなって見せます!」
「うむ、楽しみにしておるぞ」
そして僕はユンさんと別れた。ユンさんの教えを無駄にしないためにもこれからもっと精進していこうと固く誓った。その為にも早く皆と合流したい、待っていてね、皆。
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