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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Eipic1-C移ろいゆく季節~Sie ist ein Ritter~

 
前書き
Sie ist ein Ritter/ズィー・イスト・アイン・リッター/彼女は騎士である 

 
†††Sideイリス†††

「ルシルに逢える・・・!」

本局の廊下をひたすら走る。

「ルシルに逢える・・・!」

目指すのは、内務調査部のオフィス。

「待ってろよぉ~・・・!」

目的は、ルシルと顔を直接合わせること。ルシルがはやての家、ひいては海鳴市から出て本局の局員寮に入ってから1年。しかも聖祥中学校への進学も取りやめ、正局員に昇格したことで本格的に仕事量が跳ね上がった。
その所為でわたしやはやて達はみんな、ルシルと直接顔を合わせる時間が急激に少なくなった。しかも本籍が内務調査部に移ったこともあり、特別技能捜査課のオフィスに来ることも少なくなったから、わたしなんて全然逢えてない。

(だけど今! ルシルは内務調査部のオフィスに居る! このチャンスを逃したら、次いつ逢えるのか判んない!)

そういうわけで、わたしは全力でルシルの元へと走っているわけなのです。そんな急いでる最中に「イリス!」呼び止められた。どこの誰、このトンデモなく忙しいわたしを呼び止めちゃう愚か者は?って、超絶不機嫌になる。

「あ゛ぁ?」

相手を誰とも確認せずにやっていい返事じゃないけど、それほどまでに今のわたしは急いでいるの。解ってよ、もう。んで、わたしを呼び止めてたのは「こわい・・・」って若干引いてる、わたしやルミナ、カローラ姉妹のように管理局と聖王教会騎士団の両方に籍を置く、二足の草鞋騎士の1人の「クラリス・・・?」だった。

「そんなにイラついてどうしたの? あ、あー、ひょっとしてあの日? 私もキツイ日はついイライラしちゃ――」

真っ白なセミロングの髪をいじりながら、恥じらいつつもそんなアホなことを言い出すクラリスに「ちがーう!」全力で否定する。クラリスの口を両手で塞いで「発言するなら場所を考えて!」注意する。周囲には男性局員だって居るんだから。恥ずかしそうにするんなら、少しは場所を考えてほしいよ、まったく。

「ぷはっ。・・・ジョーク、ジョーク、ガールズジョーク♪」

「あの日をジョークにするような奴は同性であろうと許さん」

「許さんって。呼び止めたのが私じゃなかったらどうしてたの? たとえば上官とか目上の人だったりとかしたら。それこそイリスの方が許されなかったよ?」

「その時はひたすら頭を下げて謝るよ」

そう苦笑してると「ところでイリス」クラリスが話題を変えた。急いでいる中でこれ以上は留まってられない。というわけで「話はまた後で!」踵を返し、そして走り去ろうとしたんだけど、「来週の昇格試験!」その前に話の内容を聞いちゃった。足を止めて、クラリスへと向き直る。

「イリスも出るよね・・・? 約束したから・・・出るんだよね・・・」

クラリスの言う昇格試験は、管理局内でのものじゃない。教会騎士団内での試験のことだ。騎士団にも昇進や昇格試験がある。普通に見習い騎士、そして見習いを終えて各部隊に正式に所属。これはわたしもクラリスも、ルミナやフィレス、セレス達だって通った道だ。
んで、ここから進路が2つに分かれるわけだ。1つは班長→分隊長→隊長と、騎士隊内の役職を上げる昇進試験。1班5人を束ねる班長、5班25人を束ねる分隊長、1部隊50人を束ねる隊長、みたいに。そしてもう1つが・・・

「約束・・・」

「え? まさか、忘れてないよね・・・?」

「あ、ううん、もちろん憶えてるよ、当たり前じゃん」

「私、イリス、トリシュ、アンジェリエ、この4人で、先になっちゃったルミナのようにパラディンになろう」

「うん。わたしがシュベーアトパラディン、クラリスはレイターパラディン、トリシュはボーゲンパラディン、アンジェはシュラーゲンパラディン。4人で強くなろうって約束は、一度も忘れてないよ」

「そのための昇格試験。受けるよね・・・?」

パラディンになるための昇格試験だ。教会騎士団に所属する騎士にはそれぞれ騎種とクラスがある。わたしの騎種は剣騎士、クラスはA。クラリスは騎乗騎士のA、トリシュは弓騎士のA、アンジェリエは打撃騎士のB。パラディンになるには、騎種別に試合をして勝ち数を上げて行って、騎種別でのクラス1位になるのが前提条件。最終的に騎種別の頂点に立つSクラスであるパラディンと決闘して、勝てば晴れて当代のパラディンと交代となる。

「・・・うん。受けるよ。みんなと語り合った夢だからね」

「そっか。イリス、この5年ですごく強くなったから、きっと今回の試験でAクラスのトップ3になれるよ」

「そのつもり。すぐにみんなに追いついてやるんだから」

わたしは今、Aクラスの4位。剣を使う騎士が多いせいでその倍率が馬鹿みたいに高い。あと上位3人にしっかり勝たないと1位にはなれないし、下から上がって来る剣騎士にも注意しないと。ちなみに、クラリスとトリシュ3位。アンジェリエはBの1位。わたしとアンジェは1歩遅れを取ってる。
でも問題は順位じゃなく、最終的なターゲットであるSクラスが大問題。現在のシュベーアトパラディンであるプラダマンテがクソ強い所為で、ここ15年の間、パラディンの中で唯一メンバー変更が行われてない。

「その意気! じゃあ、また来週に!」

「うん、また来週!」

クラリスと別れてすぐに「あ・・・」ハッとした。改めて廊下を全力疾走。内務調査部はその扱う仕事の内容ゆえの機密の多さから、本局の上層階にそのオフィスを構えてる。行くにはエレベーターを利用しないといけない。
急いてエレベーターに乗って、「早く、早く、早く!」握り拳を作った両手を胸の前で振る。そして、ポォン♪到着を知らせる音が鳴って、扉が開く。完全に扉が開き切る前にダッシュして飛び出す。エレベーターホールを突っ切って、廊下に出ようとした時・・・

「おや? イリス! イリスじゃないか!」

「?? あ、ロッサ・・・!」

古くからの知人であるヴェロッサ・アコースが、ものっすごい笑顔になってわたしの名前を呼んだ。エレベーターホールとその先のオフィス区画へと繋がる廊下、その境目の両側に設けられてる休憩スペースの一画に、ロッサが居た。ロッサも内務調査部の査察課に所属する査察官だ。でも服装は局の制服じゃなくて自前のフォーマルスーツ。

「なかなかザンクト・オルフェンに帰って来ないじゃないか!」

「わっ!? もう! 人目のあるところで抱き付かないでよぉ~! むぅ~!」

ロッサがわたしをハグしながら頭を撫でてきた。休憩スペースにはロッサのようにスーツ姿の男女の局員や、制服姿の男女の局員が居て、わたしとロッサの様子を微笑ましく眺めてる。

「もう、もう! わたし、13歳になったんだよ! 恥ずかしいからや~め~て~よ~!」

「あはは! いいじゃないか! 知らない仲じゃないんだ、恥ずかしがることないだろ?」

ロッサとは物心つく前からの知り合いと言うか友達だから、以前までは抱きつかれても大して気にも留めなかったけど、今はもう多感な時期なんだからあんまりくっ付かないでほしい。あ、でもルシルなら許すけどね。

「ダ~メ! 今日から無暗矢鱈に過剰なスキンシップするの禁止! わたし、いつまでも子供じゃないんだよ。心身ともに成長してレディになってくんだから、それなりに気を遣ってほしいの!」

プンスカ怒りながらロッサの胸を両手で叩くと、「はいはい♪」ロッサはあくまでわたしを子供扱いしたいみたいで、わたしを解放した後も頭を撫でてくる。もぅ・・・。

「しかしイリス。こんな上層階に何の用だい? ここから先のフロアは尉官以上の局員か特定の役職に就いてないと入れないよ?」

「判ってる。ちょっと人を捜しに来たの。ルシルなんだけど、ミッドからオフィスに戻って来てるって聞いたから・・・」

「ルシル? 僕は今日はずっと査察課のオフィスに居たけど、彼を見掛けていないなぁ~」

「ということは、監察課か監査課のどっちか・・・?」

小首を傾げてると、ロッサとさっきまで話してたらしい50歳くらいの男性局員(階級章からして三佐だ)が「ルシリオンは監査課には来ていないぞ」そう教えてくれた。

「そうなんですか? ブラウン監査官」

「うむ」

「それじゃあ監察課・・・?」

「少し待っていなさい、お嬢さん。おーい、デヴィット!」

ブラウン監査官が反対側の休憩スペースでお茶を嗜んでる、同様に50歳くらいのおじさん局員――デヴィットさんを呼んだ。するとデヴィットさんが「なんだい? アストン!」こちらの休憩スペースにまで来てくれた。階級章はこれまた三佐だ。

「今日、監査課にルシリオン君は来たかい?」

「ルシリオン君? いいや。今日1日オフィスに居たが、彼は来ていないぞ」

「どういうこと・・・?」

査察課・監察課・監査課、内務調査部のどれのオフィスにもルシルは行ってない。でもはやては、ルシルは仕事で報告書を書くって言ってたよね。

(あれ? ひょっとしてわたしって騙されたわけ? いや、さすがにはやてがそんな嘘を吐くなんて思えない・・・)

いくら恋のライバルでも、ルシルの事については嘘は吐かないってお互いに信頼してる。じゃあルシルはどこのオフィスで仕事をしてるんだろう。ルシルが所属してるのって特捜課と内務調査部だけのはず。

「まさか・・・わたし達の知らないうちにまた別の仕事とかやってたりする・・・?」

今のルシルってホントに謎が多過ぎて、何かを隠してたりしてても気付けないのが今のチーム海鳴の現状だ。推測の1つとして、ルシルならどこに配属されるかを顎に手を添えて考える。そんなわたしに「イリス。今晩、食事でもどうだい? 出来れば2人きりで・・・」ロッサが何か言ってるけど、今は頭の片隅に置いておく。

「じゃ、じゃあカリムと一緒でいいかい? さすがにシャッハとはちょっとだけどね・・・?」

「あー、今日は久々に実家に帰るから、ごめんね~」

「そ、そうかい・・・。また誘わせてもらうよ・・・とほほ」

ガックリ肩を落とすロッサ。ご飯くらい断ったくらいでそこまでヘコむことないのに。そんなロッサに「未成年へのチョメチョメはいかんぞ? ヴェロッサ君」ブラウン監査官と、「せめて成人になってからだぞ」デヴィット監察官が、なんか耳打ちしながらロッサの肩を叩いた。

「??・・・まぁいいや。ルシルが居ないならしょうがない・・・。じゃあロッサ。またね。ブラウン監査官、デヴィット監察官、ありがとうございました」

ロッサの誘いを断り、2人の監査官と監察官に敬礼したわたしは、トボトボとエレベーターへ向かう。そしてエレベーターが来るのを待っていると、「お嬢ちゃん!」ブラウン監査官がわたしを呼んだ。振り向いたら・・・

「ルシリオン君の目撃情報だ! 医務局に行ってみると良い! 3分前だから、急げば会えると思うぞ!」

嬉しい情報を教えてくれた。わたしは「ありがとうございます!」頭を勢いよく下げてお礼。そして開いたエレベーターに乗り込んで、医務局のある階のボタンを押す。それにしても医務局なんて。どっか怪我でもしたのかな。はやてやリインからはそんな話、出てなかったけど・・・。とにかく、医務局へ行けばいいんだ。

「んで、来てみたは良いけど・・・」

さぁ、どこから捜そうか。ううん、行き違いにならないように入り口で待ってる方が得策かも。あー、でももしすでに用を終えて居なくなってたりでもしたら・・・。うんうん唸りながら右往左往してると「あら? シャルちゃん?」名前を呼ばれた。

「シャマル先生! それにティファ・・・!」

チーム海鳴の1人であり、はやての家族で騎士である八神シャマル先生と、医務官でありわたしの元お付きだった騎士であるティファレト――ティファが「久しぶり、お嬢」寝癖で乱れた青い髪を手櫛で治しながら挨拶した。

「どうしたの? シャルちゃん。怪我・・・ってわけじゃなさそうだし、体調不良かしら?」

「あ、えっと、ルシルを捜してて・・・」

「ルシル君がここへ? 私は見てないけど・・・」

「あ、私は見ました」

シャマル先生は見てなかったけど、ティファはルシルを見ていた。だから「どこ!?」ルシルが今どこに居るのかを訊ねてみたら、「入院病棟区画に向かうのを見ました」ティファは、その区画へ続く廊下を指差した。ルシル。入院病棟区画。この2つで、誰に会いに行ったのかすぐに判った。

「そっか。ありがとう、ティファ。シャマル先生も」

「ううん。あ、ルシル君によろしくね」

「お嬢。一度は家に帰った方が良い。リヒャルト司祭、寂しいって泣いて――・・・あ、ううん、なんでもない」

自分の口を両手で塞いだティファ。もう遅いよ、聞いちゃったよ父様、わたしが帰って来ないからって泣いてるんだ。通信だといつも険しい顔で、厳しいこと言ってくるのに。へぇ~。ニヤニヤするのが止められない。けど今はそんな場合じゃない。

「あ、わたし行くね!」

ティファやシャマル先生と別れて、入院病棟へと早足で向かう。ルシルはきっと、あの人の病室に行ってる。そして「やっぱり・・・」ルシルがある病室から出てきたのを見た。わたしは「ルシル・・・!」大声を出さないように、でもルシルに聞こえるようにした声量で呼んだ。

「シャル・・・!?」

ビクッとしたルシル。やっぱりチーム海鳴の誰かと逢うのを避けてるみたい。ま、避けられても逢いに行くのがわたし達だけどね。ルシルは観念したように「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな」そう言って微笑んだ。

「そう思うなら、もう少し直接逢おうって行動を取ってほしいものだよ」

「すまない。普通に忙しいんだよ、調査部って。管理世界が増えるたび、新しく作られる陸士部隊や地上本部の各部署の査察を行わないといけない。明らかに人手が足りないんだよ」

そんな愚痴をもらしつつ首をコキコキ鳴らしたルシルは、「ま、与えられた役目だ。全うしないとな」そう言って、病室の扉を見た。その病室は個室で、扉脇の名札には、ゼスト・グランガイツ、って記されてる。

「騎士ゼスト・・・」

父様の友人でもあり、わたしの剣技を鍛える模擬戦の相手として何度も力を貸してくれた騎士。騎士ゼストは、あの事件から今日までずっと意識を取り戻さない。怪我の方はもう完治してる。けど目覚めない。その理由として、担当医の話だと精神的な問題だっていうことみたい。目覚めたくないから目覚めない、とのこと。

「やっぱりまだ・・・?」

「ああ。一向に目覚める気配がないとのことだ。・・・意識不明者を強制的に目覚めさせるなんて、魔法でも魔術でも存在しないからな。グランガイツ一尉の意思を信じるしかない・・・」

ルシルが改めて病室に入って行くから、わたしも続いて入る。目の前のベッドに横たわる騎士ゼストは、普通に眠っているかのような顔で、声を掛ければ起きそうなものなのに。この一般入院病棟に移されてから、わたしや父様、教会騎士団の関係者も度々お見舞いに来てる。そのたびに思う。すぐに目覚めてくれるって。だけど・・・。

「お久しぶりです、騎士ゼスト。イリスです。・・・騎士ゼスト。あなたはまだリタイアするには早いですよ。まだ、何も終わってないです。休むのは、部下の仇を捕まえてからでも遅くはないです」

「仇を捕まえる、か。仇討ちじゃないんだな・・・」

ルシルがポツリと言った。そんなルシルに、わたしは自分の考えを伝えてみる。

「どれだけ理不尽に、不条理に大切な人を奪われちゃっても、局員である以上は、ううん、人である以上は、やっぱり被疑者を殺害することは絶対に許されないって思う。たとえどんな理由があっても、人殺しだけはダメなんだ。法によって裁いて罪を償わせる。それが、わたし達の仕事だよ」

人殺しだけはやっちゃダメ。どれだけ辛くても、ソイツを殺すことで自分も罪に染まるのは悲しいことだって。それに、殺して楽にするより、何年、何十年って時間を掛けてじっくりと罪を償わせてやる方が良いって思う。

「そうか・・・」

「うん。そうだよ」

それっきり黙るルシルに「変な気を起しちゃダメだからね」釘を刺しておく。ルシルには、殺したいほどに憎んでる相手――プライソンが居る。首都防衛隊とルシルは、アイツのアジトに潜入捜査をして、そして迎撃された。
騎士ゼストは今なお意識不明、クイント准陸尉は殉職、メガーヌ准陸尉はMIAだけど、実質殉職扱い。他の隊員もみんな殉職してる。ルシルには動機がある。ここまでされて、ルシルはプライソンをただ捕まえるだけに留めるだろうか。

(ううん。ルシルならきっと大丈夫。信じよう。ルシルを・・・)

「・・・俺がレーゼフェアとフィヨルツェンを早く撃破していれば・・・!」

ルシルはあの日の事を今でも強く後悔して、自分を責め立てている。その負い目が晴れるのは、プライソンを逮捕できた時だけ、だと思う。申し訳なさそうに頭を下げてるルシルの頭を、「よしよし」わたしはそう言って撫でた。

「・・・なあ。俺、よしよし、なんて言われて頭を撫でられるほどもう子供じゃないぞ?」

「誕生日的には一番下じゃん。それに、頭を撫でるのはルシルの専売特許じゃないよ」

ふわふわでありながらもサラサラなルシルの髪を撫で続ける。やっと、ようやくルシルと逢えて、触れることが出来た。わたしは満足なのだ。ううん、ここで満足するのは二流だ。騎士ゼストに「また来ます」お辞儀したわたしは、ルシルの手を引いて病室を出て医務局の出口へ向かう。

「ねえ、ルシル」

「ん?」

「今日さ、わたし実家に一度帰るんだけど、夕ご飯一緒しない?」

ルシルを家に、夕ご飯に誘ってみる。でもどうせ「悪い。アイリが寮で待っていると思うから」ほら、断られた。けどここで引き下がるほどわたしは素直じゃないよ。チーム海鳴のメンバーの1人である「あ、ヴィータ? シャルだけど」に通信を繋げる。

『おう。なんか用か?』

「うん。あのさ、今日さ、アイリを八神家に連れてく予定とかってある?」

『いんや、ねぇけど。あ、でもそれもアリか。最近、連れ帰ってねぇし』

「そっか。ルシルは今日わたしの実家に寄るからさ。アイリはそっちでお願い出来ない?」

ルシルが帰る理由であるアイリをどうにかさえすれば、ルシルも断る理由が1つ減る。ルシルが、断ったはずだぞ、って視線を向けてくる。わたしが応じないと、「またな」そう言ってすたすた帰ろうとするから、「ちょい待ち」襟首をガシッと掴んで引き止めた。

「かはっ・・・!」

「あ、ごめん」

『はあ? ルシルもこっちに来れば良いじゃねぇかよ。つうか、アイツ全然帰ってこねぇし! マジなんなんだよ』

わたしからの提案に、ルシルに対して不機嫌そうに鼻を鳴らすヴィータ。チラッとルシルを見ると、すまなさそうに顔を伏せてた。今ルシルをモニターに映させると、ヴィータはどんなリアクションを取るだろう。ちょっと気になるけど、や~らない。

「ルシルには個人的にお願いがあるんだよね。来週、教会騎士団内で昇格試験があるの。わたしの夢、パラディンになるために重要な試験が。ルシルにはそのための模擬戦の相手になってもらおうかなって」

半分本音で、半分建前な理由を伝える。わたしの夢についてはチーム海鳴のみんなは知ってる。だからヴィータも『あぁ、そうなんか。そんじゃあ仕方ねぇか』って納得してくれた。みんな、わたしがパラディンになるって夢を応援してくれてるから。

「ごめんね。アイリのこと」

『気にすんなよ。てか、しっかり気張れよ。ぜってぇ勝て!』

「おうよ♪」

ヴィータと一緒に親指をグッと立て合ってニッと笑う。通信とモニターを切って、「そういうわけだからさ・・・ダメ?」ルシルに向かって手を合わせてウィンク。ルシルは少し考え込んだ後・・・

「はぁ。・・・そういう理由なら、お呼ばれさせてもらうよ。しかし夜更けに模擬戦なんて、いいのか? 明日、仕事は無いのか?」

「うん、明日は休みなんだよ。だからルシルも今日は――」

OKしてくれた。で、すぐにそう訊いてきたから、だから今日は泊まってって、そう言おうとしたんだけど「あ、ルシルって明日・・・!」ルシルの明日の予定を確認し忘れてた。もし明日、ルシルが普通に朝から仕事だったら全ての予定が総崩れだ。

「俺も休みだ」

「じゃあ、泊まってってよ! 母様も、一度ルシルと顔を合わせてみたいって言ってたし♪」

「・・・・」

「お呼ばれするよ、そう言ったからには今さら無しなんて言わないでよ?」

ルシルの右の袖を摘んで逃がさないようにする。ジッとルシルを見詰めること数秒。ようやく口を開いたルシルは「じゃあ、お世話になるよ」OKしてくれた。やった、って喜びそうになったけど、未だにここは医務局内。大声を出すのはマナー違反だ。そして、出たところで「よっしゃー!」ガーツポーズ。

「早く、早く! 次元港へゴーゴー!」

「あ、おい!」

ルシルの手を引いて、本局の次元航行船の発着場である次元港へ駆ける。その最中に、「プリアムス? 今日、友達1人を泊めるから、夕食1人分追加よろしく♪」フライハイト家の女中長、プリアムスに連絡しておく。

『お1人分でよろしいのですね。判りました。客室のご用意もしておきますね』

「ん、お願いね」

これでルシルの食事の件は心配なくなったから、いつ帰っても大丈夫だ。それからわたしとルシルは、ミッド北部の次元港行きの船に乗り込んだ。そして次元港に到着した後は、レールウェイを乗り継いでベルカ自治領ザンクト・オルフェン近くまで行って、バスで中央部アヴァロンと北部カムランの境界近くにあるフライハイト邸へ。

「実家だって言うのに久しぶりに帰って来たかも・・・」

目の前にそびえ立つ城――わたしの家を眺める。中学に進学してから一度制服姿を見せに帰って、父様や母様の誕生日の時にも帰ってるとは言え、もう4ヵ月近くは帰ってないかな。

「家族が居るんだ。ちゃんと大事にしないとバチが当たるぞ」

家族を亡くしてるルシルのその言葉には重みがある。だから素直に「ん。そうだよね・・・」頷いた。とにかく門の脇にあるインターホン代わりのタッチパネルに触れると、門の向こう側――家の方から、リィンゴォ~ン♪って鐘の音が鳴った。
毎度思うけど、これって結構な騒音なんだよね。ご近所さんからの苦情は今のところないけど、わたしがこの家の当主になった暁にはもう少し小さめの音に変えようかな、って思ってる。

『はい』

門扉にモニターが展開されて、「あ、プリアムス! ただいま!」映るプリアムスに向かって小さく手を振って挨拶。

『お帰りなさいませ、イリスお嬢様。ただいま門をお開けします』

お辞儀したプリアムスの映るモニターが消えて、すぐに門扉が左右に開いた。わたしは「たっだいま~!」門を潜って、「お邪魔します」ルシルは小さくお辞儀してから門を潜った。家のエントランスまでの100mっていう庭を通って、エントランスの両開きの扉の取っ手に手を掛けようとしたら、ガチャッ!と勢いよく先に開いた。

「い゛っ!?・・・づっ・・・う、く・・・おうふ・・・」

うちの玄関扉、外に向かって開くタイプの物だから、取っ手に目をやっていたことで俯いてたわたしの額に扉がゴチッ☆と当たるわけで。両手で額を押さえながらよろよろ後退。

「大丈夫か? 見せてみろ」

ルシルがそう心配してくれて、しかもそれだけじゃなくて顔を近づけてわたしの額に傷が出来てないか診てくれた。あぁ、幸せ。誰が扉を開けたのか判らないし、よくもやりやがったな、ってちょこっと頭にキてたけど、今のこの時間の為だと思えばグッジョブだって言おう。
んで、わたしに扉をぶつけたと判ったのか開けた張本人は一度扉を閉めて、今度はそぉ~っと扉を開けて、隙間から顔を出した。そしてわたしが扉から離れているのを確認した張本人が「ごめんなさい、イリス!」飛び出して来て、わたしを抱きしめた。

「母様、く、苦しい・・・!」

扉を開けた張本人、その正体はどうやら母様だったらしい。ちょっぴり涙を浮かべてる母様が「可哀想に! 赤くなっちゃって!」赤くなってるらしいわたしの額を擦る。

「(ルシルが微笑ましくわたし達を眺めてる!)ちょっ、母様! 恥ずかしいから離れて!」

「母が子を抱きしめることの何が恥ずかしいものですか!」

「だ、だって・・・!」

わたしがルシルの方を見ると母様もつられてルシルの方を見て、「まあ♪ まあまあ♪」ものすごい速さで私から離れてルシルにハグ。あのルシルですら「っ!? え・・・?」その速さに目を丸くしてる。母様って一応先代のシュベーアトパラディンだし、わたしなんかよりずっと強い。

「君がルシリオン君ね! いつもうちの娘がお世話になってます! イリスの母、マリアンネです♪ 娘ともどもよろしくね❤」

「あー、いえ。こちらこそお世話になっていますので・・・。ルシリオン・セインテストです、よろしくお願いします・・・」

「なんか不思議な子ね~! 結構がっしりした体格なのに、女の子みたいで♪ 抱き心地も良いわ~❤」

ルシルの頭に頬ずりしたり、体をぺたぺた触りまくったりしてる母様。そして『パワフルなのは構わないけど、その・・・助けてくれ、シャル』念話でわたしに助けを求めてくるルシル。どちらの意思を尊重するか。選択肢は2つ。母様のやりたいままに見守るか、ルシルからの助けに応じるか。わたしは・・・

「もう! 母様! ルシルが困ってるじゃない! 放してあげて!」

ルシルを選んだ。すると母様は「あら? やきもち? か~わい~♪」なんて、わたしをからかう始末。ここは下手に誤魔化すと要らぬ追撃を食らうから、「そう! だから放して!」ルシルを抱きしめてる母様の右腕を両手で掴んで引き離そうとするけど・・・

「(むぅ・・・! この馬鹿力ぁぁ~~~!)もぉぉ~~~!」

ビクともしない。わたしの力じゃ無理だ。母様が大人しくルシルを解放するのを待つしかない。そう思って『ごめん、ルシル』謝って、母様の右腕から両手を離した直後、「隙あり~♪」母様はわたしの肩に右腕を回して、ルシルと一緒にハグしてきた。

「っ!?」

すぐ目の前にルシルの綺麗な色と形をした唇が。ルシルは男の子だから、わたしやなのは達の身長を大きく引き離し始めてる。ちょっと前まではそんなに変わらなかったのにね。

(久しぶりにキスしたい・・・かも)

胸が高鳴る。頭の中がそれでいっぱいになる。母様の腕の中だけどちょっと背伸びしてみる。ルシルの唇と同じ高さにまで背伸びしたそんな時、「オホン!」エントランスの方から大きな咳払いが。

「マリアンネ、何をやっている・・・?」

「あら、あなた」「父様」

父様だった。ちょっと不機嫌ぽい。母様が両腕を広げたことでわたしとルシルは解放された。手櫛で乱れた髪や制服の乱れを直した後、「ただいま戻りました、父様」帰宅の挨拶をする。

「うむ。よく帰った、イリス」

あ、ちょっと機嫌が直った。そして「お久しぶりです、リヒャルト司祭。今晩はお世話になります」ルシルが挨拶すると、「う、うむ・・・」あ、またちょっと悪くなった。

『リヒャルトったら。男の子が泊まりに来るとは思ってなかったみたいで、かなり戸惑ってるわよ』

『あー、友達が泊まるってことしか言ってなかったから・・・』

『男親は娘が本当に大事だから、男の子と仲良くしてるだけで機嫌が悪くなるのよ。イリス、ルシリオン君の事が好きなんでしょ? プリアムスから聞いたわよ。彼を、夫にするって宣言していたこと。それを知ったらリヒャルト、きっと卒倒しちゃうわ♪』

『楽しそうだよね、母様・・・』

『だって楽しいんだもん♪ 娘の恋バナほど燃える話は無いわよ! しかもライバルが2人も居るのでしょ? えっと、チーム・ウミナリのハヤテ・ヤガミちゃんと、シュテルンベルクのトリシュタンちゃん。頑張ってね、イリス』

『もちろん! ていうか、早くルシルと父様をどうにかしないと・・・!』

父様からのキツ目の視線を受けるルシルが可哀想になってきた。

「『そうね!』・・・ささ。いつまでも外に居ないで、家の内に入りましょう! ルシリオン君、改めていらっしゃい!」

そうしてわたし達はエントランスホールに入って、「お帰りなさいませ、お嬢さま。いらっしゃいませ、ルシリオン様」女中たちから挨拶を受ける。わたしは、義理の姉にあたる双子のルーツィエとルーツィアに「夕ご飯まであとどれくらい?」って確認。

「「いつでもご用意できるよ」」

双子らしく声がハモる。でももう準備が出来てるんなら、今から模擬戦は出来ないか。しょうがないって諦めて、「父様たちは先にどうぞ。わたし、着替えてきます」父様たちに、先にダイニングへ行っていてくれるように伝えてから、わたしは自室へ。
そこで局の制服から普段着のワンピースに着替え、「お待たせしました」ダイニングに入って、すでにテーブル席に着いてる父様と母様、そしてルシルに挨拶。ダイニングテーブルは全長5mほどの長テーブルで、上座の両側に父様と母様が座ってるんだけど・・・

「ちょっと母様! なんでルシルの隣に座ってるの!?」

母様のすぐ隣にルシルが座ってた。普通こういう場合、母様は父様の隣で、いま母様が座ってる席にわたしが着くべきじゃないの?

「だってぇ~」

「だってぇ~、じゃないよ! 母様は父様の隣! で、わたしがルシルの隣! それで良いじゃない!」

「イリスがこわ~い♪ うふふ~♪」

良い歳した母様が甘ったるい声でルシルの左肩に両手を置いてもたれ掛ったから、「もう、母様!」わたしはプンスカだよ。見てよ、母様。父様の機嫌が急降下だよ。それ以上のスキンシップは父様の胃にダメージが行くし、それに何よりルシルの心証が悪くなっちゃうよ。

「イリス。私の隣で良いじゃないか」

「嫌! 父様の隣じゃなくてルシルの隣が良いの!」

「っ!! そ・・・そうか・・・。私の隣は嫌か・・・。これがかの有名な反抗期・・・」イジイジ

「こらぁ~、イリス。お父さん、ヘコんでいじけちゃったじゃないの~」

「元はと言えば、母様の所為だからね!」

今日1日でどれだけ怒鳴ればいいんだろ、わたし。とまぁ、そんなこんなで、わたしはルシルを家に招くことが出来たんだけど、もうストレスで胃が痛むよホント。ルシルにもなんかゴメンねって謝りたくなる晩餐だったけど、美味しかったし、楽しかったよ、って言ってくれたことには最大限の感謝をしたいって思った。

「――それじゃあ、1戦、よろしくお願いします!」

「ああ! 行くぞ、シャル!」

そして、夕ご飯の後に2時間の休憩を挟んだわたしとルシルは、闘技場で模擬戦を行った。ていうかさ・・・

「頑張れ~! ルシリオンく~ん!」

「ちょっ! 娘の応援をするべきじゃない!?」

母様には困ったものだよ。トホホ・・・。
 
 

 
後書き
ボン・ジュール。ボン・ソワール。
想定以上に文字数が増えてしまいましたイリス回。当初は、ルシル対イリス、イリス対マリアンネ、あと風呂場や就寝時での一悶着を入れる予定でしたが、マリアンネの性格からしてどんな一悶着が起きるか、皆さんなら想像出来ると思い、カットカットカットォー!です。
で、何気に今話のイリスは、ラストエピソードに関わってくる重要な布石――セリフを口にしています。どれがそうなのか、その答え合わせはラストエピソードにて、です。

次話からはそうですね・・・。エリオやキャロ、ティーダやティアナ、ヴァイスとその妹ラグナ達の話を、なのは達を交えて書いてくつもりです。

あ、堕天使エグリゴリの残り4機のイラストを投稿しました。
次は、フェンリル、Ep.0のヒロイン・エリーゼ、終極テルミナスでありアルテルミナス、嫉妬バージョンのレヴィヤタン、妹バージョンのレヴィでありリヴィアの5枚の内、どれかを省いたイラストを3、4枚を投稿予定。
 
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