剣士さんとドラクエⅧ
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49話 奇跡
ズラリと並ぶ大きな本棚。その中にびっしりとつめ込まれた本の数々。勢い良く扉を開けたせいで舞った埃。時が止まったようなこの城で、殆どここは変わっていなかった。あの異変が起こったのは深夜。故に人もいなかったようで、茨と化した人はいなかった。
「……さて、この中からあの船についての本を探そうか……」
「虱潰しにいくしかない、か……そんな、殺生な……」
「何時までかかるんだよ、これ」
「……頭が痛いでがす」
「ごちゃごちゃ言ってないでやるわよ!」
力なく皆を促したエルトも脱力している。そりゃそうだよ、こんな、藁の山の中から針を探すみたいなことしたくないよ……あ、そこまでじゃないって?題名が船関係じゃなかったら、中身まで見る羽目になるのに、そうは言ってられないんだよ……。最初はざざっと適当に見ればいいけど、それで情報がなかったら中身まで見なきゃいけないだろ?パソコンなんてないんだし、全部手作業だよね……。
……にしても、ゼシカは威勢がいいね。有難いけど、ここに篭って勉強していたこともあるから分かるんだけどさ……最初からそんなに飛ばしてたら、気力が保たないんだけどな。
「ボクは右奥から探すよ。手分けすれば……少しは早く見つかる、よね」
「うん、じゃあ僕は手前から探すよ」
流石に図書室で魔物は出ないようだから、武装を解いて動きやすいようにする。手も、手甲を外して、手袋だけになる。よし、これで最速で探せるね。次は準備体操だよね。手首を回して、攣らないようにして、腕もちゃんと筋を伸ばして……。
「何やってるの?」
「準備体操だよ?」
「……そう」
自分でもそんなことを本を探す前にするもんじゃないとは分かってるよ。朧げながら覚えている、前世の図書室とか、図書館には行ったことがあったけど、そんなことしなかったし、してる人もいなかった、はず。だけど、気合を入れるには準備体操だよね?それはどこでも変わらない、よね?
というかね、本は嫌いじゃないんだけど……じっとするのは好きじゃないから、気合でも入れないとやる気が起きないっていうか、じっとしてると頭が痛くなるのは嫌だっていうか……。うん、そんなことをするより探さないとね。
端の本棚に歩み寄り、ざっと目を通す。うん、魔導書が固められているだけだね。攻撃魔法集とか、補助魔法入門に船のことは載っていなさそうだ。暗くて見えない下の方の本は五冊ぐらい纏めて引きずり出し、埃を払って題名を確認して本棚に戻す。以下、そればっかりエンドレス。
首が俯いてばかりいたせいで痛くなり、目が埃にやられて霞んだりしながらも数時間。私と違ってご丁寧にも一冊一冊確認して探していたエルトが声をあげた。
「これ、関係あるんじゃないかな?」
そう言って一番近くにいた私に本を差し出した。……エルトがそう言うんならそうなんだろうね。題名すら確認することなく曖昧に頷いた。もう頭が痛いし疲れちゃったんだ。ちらりと船の絵を確認したからそれでいいよ。もう何も読みたくないし、今は戦いたくもない。
「……それ読めばいいじゃない」
「うん、って、どうしたのさ?」
「疲れたから、もう限界だから……」
思わずなりふり構わず座り込んで脱力する。鼻をくすぐる埃にくしゃみして、腫れぼったく感じる目を閉じた。
「大丈夫か?」
「見ての通り、文官より武官向きなもんでね……」
「少し休んでろよ」
ククールが優しい。何時も優しいけどさ。ああ、本物のイケメンって皆優しいよね。エルトとかヤンガスも優しいもんね。ということはゼシカも優しいからここは優しい人ばっかり?陛下も姫様も素晴らしい人柄の御方だし……なるほど、私が一番のロクデナシ?
お言葉に甘えてぐでっと……する暇があったら船について調べなきゃいけないよね。皆頑張ってるんだし、私も頑張らなきゃいけないよね。
埃まみれの手袋から水筒を出して、一気に煽った。中身はそこらの小川の水だ。よし、元気が出たかな。手袋、払いたいけどここじゃできないからポケットに突っ込んだ。
「中身、どんなの?」
「……あの船、相当昔からあるみたいなんだけど……古代船らしいよ」
「古代船?へえ……」
そういえばモノトリアって古代人の末裔だったっけ。特にそれ関係の力はないけど。大昔からある割には、風化してなかったな。
「もしも、あの荒野が海になれば船が動かせるかもって」
「……それはそうだろうけどよ」
「他にはなにか書いてないのかしら?」
「奇跡でも起こらなきゃ無理だよね……他?えっと……」
奇跡、ねぇ。魔法がある世界だけど、完全に原理のない偶然の奇跡はあんまり起こらないよね。それも、あんなに広い場所が海に飲み込まれる、大規模な水没って……トロデーンの呪いよりもありえないような気がするよ。一時的に出来そうな魔術師なんて、伝説クラスの人だろうし、探すより船を建造するほうが早そうな感じ……。それはそれで難しいだろうけど。
「特に書いてない、かな」
「使えないわね……」
「他に情報になりそうな本を探すでがすよ」
「とは言ってももう夜も遅いのじゃよ……明日にするかの……?」
陛下が言葉の途中で驚かれたように消えていった。陛下の視線の先をたどると、その先には見覚えのある、扉があった。振り返って確認してみると、中庭へ続く扉が茨によって塞がれていて、茨が見事に、月の世界へと誘う扉と同じ形になっていた。
「イシュマウリさんなら……」
「行ってみるしかない、よね」
そうだ。人間には起こせない奇跡でも、願いを叶える月の精霊なら。もしかしたら……!
前の時と同じく、扉へ向かって手を伸ばしたのはエルトで、その想いに応えるように扉はまばゆく輝きながら異世界へ誘った。
後書き
こんな有り様ですが、トウカは別に脳筋で馬鹿なわけでも勉強が出来ないわけでもなくむしろ賢いのです。この状況で虱潰しに本を探すのは誰でも頭が痛そうなものです……。
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