ヤオイとノーマル
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2部分:第二章
第二章
「これでもいいわよ」
「どっちにしろ恋をしないと駄目なのね」
「あんたもね。実際の恋をしなさい」
言葉が今度はお説教めいてきていた。くどくすらある。
「そうすれば変わるから」
「けれど私は」
「それはそれこれはこれっ」
何かさらに怒っているように見える調子であった。
「テレビの向こうに恋して想像するのもよし。けれど実際の恋もしなさい、いいわね」
「何となくわかったかしら」
「私もこれからデートだしね」
このクラスメイトは実践していた。
「ちょっと楽しんでくるわ」
「頑張ってね」
「だからあんたもなんだって」
また話が良美に戻る。
「自覚しなさい、自覚」
「ええ」
何とも頼りない調子である。しかしそれでも彼女は良美に真剣に話をしている。それははっきりとわかるものであった。クラスの男達はそのやり取りを笑いながら見ていた。
「良美ちゃんもなあ」
「素材は凄くいいんだけれどな」
これは彼等もよくわかっている。美少女とはっきり言える顔立ちに大きな胸、かなり天然だが優しい性格。ニ物も三物も与えられているとと言って過言ではない。
「あれさえなければな」
「そうだよな」
「いや、待てよ」
ここでその中の一人が声をあげた。
「あの趣味さえなければだよな」
「ああ、そうだな」
「結局のところはな」
結論はそこであった。はっきり言えば良美が付き合うには敬遠されているのはそのオタク趣味だからだ。問題はそこにしかないのだ。
「けれどあれ何て言うんだ?」
「同性愛にこだわるのか?」
「それだよ、それ」
男達は話をする。
「何て言ったかな、あれ」
「ヤオイだろ」
主に同人誌の世界で使われる言葉である。男同士の恋愛を描いた作品をこう評するのである。同人誌の世界では異常に多かったりする。
「ヤオイっていうのか、あれ」
「良美ちゃんはその中でもかなり重症みたいだな」
始終男同士や女同士のことを言っていれば誰でもそう思うのが自然だ。しかもそれだけではないのが彼女の困ったところなのだ。
「しかもレズじゃねえのか?」
「女同士にも関心が深いからか?」
「ああ」
そうした疑惑も彼女にはないわけではない。
「ひょっとしたら。いやこれは」
「ないんじゃないのか?」
こういう声も根強い。
「彼女は」
「それもそうか。ただな」
「ただ?」
「興味があるのがやばいだろ」
そういう話になるのである。少なくとも彼等から見れば同性愛に傾倒しているというのはかなり問題のある話なのである。
「とどのつまりは」
「だよなあ。本当にあれさえないとな」
「こっちからアタックするのに」
「そうだな」
ここでさっきあれさえなければいいのかと周りに聞いたメンバーがまた出て来た。
「それさえなければな」
「んっ!?小山田」
クラスメイト達はその彼に顔を向けて名前を呼んだ。
「まさか御前」
「ひょっとして」
「前から考えていたんだよ」
赤がかった髪を横に撫でつけてピアスをしている。格好だけ見ればどうにもだらしない格好に見える。だが顔つきは案外真面目そうなのが不思議な感じであった。
「声をかけようってな」
「いいのかよ、彼女で」
「あれだぜ?オタクだぜ」
「しかもヤオイで」
「だからそれだけだろ」
それでも彼はこう仲間達に言葉を返すのであった。
「それさえなければ。完璧だよな」
「まあな」
「あんな可愛い娘ってそうそういないよな」
「趣味を抜けば」
ここが重要であった。
「クラスどころか学校でも」
「最高ランクだよな」
「だからだよ」
彼はニヤリと笑った。だから狙っているのだと言わんばかりである。
「俺はやるぜ。絶対にな」
「絶対にか」
「ああ。まあ見てなって」
そうして名乗りをあげるのであった。
「この小山田信繁、絶対に彼女をゲットしてやるからな」
「まあ頑張りな。けれど相手は手強いぜ」
「手強くて結構」
どうもその程度で怯む信繁ではないようである。それどころか闘志に満ちた顔になってきていた。ニヤリとした笑いはそのままに。
「それだからこそやりがいがあるってものさ」
「そうなのか」
「ああ。そういうことさ」
それを仲間達にも告げる。
「というわけで。今から良美ちゃんに特攻するぜ」
「上手くいくかね」
「さあ」
皆これにはかなり懐疑的な顔になっていた。首を傾げてさえいる。
「何しろ相手があの良美ちゃんだしな」
「難しいよな、やっぱり」
「だからそういうのが面白いんだよ」
しかし彼は変わらない。
「わかったな。それじゃあな」
「まあ頑張れ」
「それしか言えないけれどな」
それが彼への仲間達のエールであった。余り頼りになるとは思えない類のものであった。
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