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藤崎京之介怪異譚

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last case.「永遠の想い」
  Ⅵ 同日 PM2:45



「そうか…あそこも崩れたか…。」
 俺達が大聖堂へ戻った時、既に宣仁叔父も戻っていたため、俺とメスターラー氏は修道院でのことを話した。それを聞いた宣仁叔父は深い溜め息を吐き、椅子に深く座り直した。
 あの修道院でのことは、電話でプフォルツ警部へと話してある。あの修道士以外は、全て亡くなっていることが確認されたが、それは後から来た警察が調べて分かったのだ。そこには約三十人程の遺体があったようだ。約…と言ったのは、遺体の損壊が激しく、正直DNA鑑定でもしなくては性格には解らないらしい。あの瓦礫を全て取り払ったら、一体どれ程増えるか見当もつかない…。
 俺達は第一発見者として聴取を受けはしたが、そう時間は掛からなかった。先にプフォルツ警部へと電話してあったからだろう。
 アウグスト伯父は未だここには戻ってないが、宣仁叔父と別れて一人で違う教会へと向かったと言う。宣仁叔父はいざと言うときのため、一足早く大聖堂へと戻る様に言われたそうだ。
「宣仁叔父様。これからどうすれば良いのですか?」
 俺は宣仁叔父へと問った。だが、いつもの叔父らしくなく、その時は暫く考えこんでから口を開いた。
「実はな、この大聖堂は中心になっているのだ。」
「何のですか?」
「浄化のための結界だ。」
「…?」
 宣仁叔父の言葉を聞き、俺もメスターラー氏も首を傾げた。
 この聖チェチーリア大聖堂は、幾つかの理由で増改築を繰り返して現在の形になった。ここにきてそんなことを言われてもピンとこないというのが本音だ。
 だが、その後の宣仁叔父の話しを聞くや、俺もメスターラー氏も青ざめてしまった。
「この大聖堂を中心に、周囲へペンタグラムを描く様に五つの建物が建造された。聖マタイ教会、聖ルカ修道院もその一つなのだ。過去の人々は五芒星を聖なる図形と考えていたようで、それによって土地を浄化出来ないかと考えたのだ。だが今、その二つまでもが崩れ去ったのだ。」
「少し待って下さい。そうすると…あと三つの宗教建造物が標的にされる可能性があると?」
 メスターラー氏が問うと、宣仁叔父は首を縦に振って肯定した。
 宣仁叔父曰く、残るは聖マルコ教会、聖ヨハネ大聖堂、そしてぺテロ修道院教会。この地方には他にも多くの宗教施設が存在するが、今回名前の上がっている六つの建造物が特に歴史が古い。
 この六つの建造物は、古い原始宗教の流れをくむ遺跡の上に建てられており、元からこの地方の要所だったようだ。
 それらの建造物が破壊されているということは、大きく二つのことが考えられる。
 先ず、浄化の力を損なわせることが目的というもの。これは宣仁叔父の話しからも窺えるが、建造物を破壊することで人々に恐怖や不安を抱かせることもできるため、神の威信を失墜させようとしているとも考えられる。
 第二に、古い原始宗教の復活。この地方の原始宗教は、主に自然崇拝と精霊崇拝だが、これはキリスト教の神とは相容れない。この原始宗教に人々の心が傾いたなら、悪霊共には全く好都合と言うものだ。
 だが…それだけとは到底考えられない。
 俺達がそれらのことで頭を抱えていた時、そこへ綾と奏夜が血相を変えて飛び込んできた。
「大変だ!」
「何事だ。ここは聖堂内だぞ。」
 息を切らせて入ってきた二人を宣仁叔父がなだめたが、二人はそれどころではないと言って緊急を要する事態だと言い、息を整え終わる前に口を開いた。
「聖マルコ教会が…地盤から崩れて全壊したんだ!そこへ行っていた大伯父様が!」
「兄上が!?」
 綾の言葉を聞くや、宣仁叔父は顔色を変えた。だが、入ってきたのはこれだけではなかった。立て続けに司祭が飛び込んできて、唖然としている俺達へぺテロ修道院教会が炎上していることと、聖ヨハネ大聖堂が河川の氾濫によって町ごと水没してしまったことを伝えたのだった。
「この短時間で…。」
 メスターラー氏は険しい顔つきで呟いた。宣仁叔父は固い表情で黙している。
「京兄…これって…。」
 綾は不安げに聞いてきた。その隣では奏夜が蒼い顔をしてこちらをみている。
「大丈夫さ。きっと…大丈夫。」
 俺は何とか気力を振り絞り、二人へとそう言った。それが単なる気休めにしかならないのは分かり切っていたが、綾は俺の手を握って言った。
「そうだね…京兄。」
 その声は小さかったが、何かを決意したような力強さがあった。
 しかし、その様な中に禍は容赦なく押し寄せてきたのだった。
 それは突然窓を突き破り、俺達の目の前へと姿を見せたのだ。
「何てことだ!」
 窓を突き破って侵入したものとは…ミイラの様な死体だったのだ。それがもぞもぞと動き、立ち上がろうとしていた。「京兄…!」
 綾は驚愕し、俺の腕を掴んだ。いや、綾だけでなく、この部屋へいた全ての人が驚愕していた。
 その中で唯一、宣仁叔父だけが冷静に言った。
「イエス・キリストの御名によりて命ずる!汝、その屍より出でて去り、二度と死せる者、生ける者の体に触れるべからず!」
 だが、宣仁叔父がそう言うものの、それは宣仁叔父を嘲笑うかの様に首をくるりと後ろへ回転させ、笑うかのように歯をカタカタと鳴らした。顔…と言うよりは骸骨なのだが…。
 そうしているうちに聖堂内のあちこちから声が上がり、得体の知れないものはこれだけではないらしいことが窺い知れた。
「叔父様…これは…。」
「結界が破られたせいだ。墓に横たわる遺体を、悪霊が利用しているのだ。そこにいるのは…あの盗まれたゴッドフリートの妻、ヨハンナの亡骸だ。」
 そう言われ、俺は未だ歯をカタカタ言わせているそれを見ると、干からびた皮膚に何かの跡らしきものが見て取れた。まぁ…近くまで行こうとは思わないので、飽くまでそんな風に見えるだけだが…。
 まるでホラー映画の中にでも紛れ込んだ感じだが、これは現実。映画の比ではない。だが、宣仁叔父が再びそれに聖句を紡ぐと、それはカタンと音を立てて床へと崩れ落ちた。
「全く…どうしてこうも…」
 そう言って宣仁叔父が廊下へ出ようとしたとき、宣仁叔父はふとその動きを止めた。
「どうされましたか?」
 不思議に思って宣仁叔父のところへ歩み寄ろうとした時、どこからともなく強烈な腐敗臭が漂ってきた。それは段々と強くなり、皆が身構えながらどこから臭ってきているのかを探すと、ヨハンナの遺骸が飛び込んできた窓からそれは姿を現した。
 俺と宣仁叔父はそれを見て、その見覚えある姿に目を見開いた。
「シンクレア…神父…。」
「シンクレア…って、聖アンデレ教会の失踪した神父だろ?」
 俺の呟きに奏夜が返した時、宣仁叔父がそれに向かって叫んだ。
「イエス・キリストの御名によりて命ずる!汝その屍より出でて去り、死せる者、生ける者の体に触れるべからず!」
 だが、それは怯むどころか、その溶けかけた濁った目で宣仁叔父を見、そして襲い掛かろうとした。しかしその時、開いた扉から別の声が響いた。
「真に告ぐ!神の独り子、イエス・キリストの御名によりて厳命す!汝その体より離れ、如何なるものにも触れることなし!」
 その人物はそう言うや、手にしていた何かを振った。
すると、シンクレア神父だったものは力を失い、バタリと床に倒れ伏して動くことはなくなったのだった。
「ドミニク神父!」
 そこへ現れたのは、聖アンデレ教会のドミニク神父だった。
「間に合いましたね。まさか全ての結界が破られるとは…正直思いもしませんでした。」
「どうしてここへ?教会の方は…。」
 俺は目を丸くして問った。すると彼は済まなさそうに返した。
「あちらはもうダメです。信者には家から出ないようにと厳命し、私はこちらに参りました。そろそろヴィクトール牧師も到着するはずですが…。」
「え?ミカエル教会もですか?」
「そうです。ですが宗教関連の施設だけを奴等は襲っていて、それ以外は見向きもしてませんからね。だから私もこうして来れた訳ですが。」
 まぁ…そうなのだろう。でなければ、ドミニク神父はここにいないからな…。
 だがそうすると…この地方の宗教関連の建造物は壊滅的で、大半の聖職者はいなくなっていることになる。この件で亡くなった方も多く、アウグスト伯父も恐らくは…。
 しかし、ここで落胆している場合ではないのだ。それはこの場に集まる全ての者が理解している。
 聖堂内の騒ぎは未だ収まっておらず、司祭達が右往左往しているのが分かる。だが思った程ではない。なぜなら、この大聖堂自体が強力な結界になっているからだ。それは二重三重になっており、中に入ってきた屍達はしだいに力を失っていっているようだ。
「叔父様。今、音楽を…主に声楽が出来る方は、どれ程いますか?」
「そうだな…司祭は全員歌えはするが、器楽が足りん。どうするつもりだ?」
「この中央大聖堂は叔父様にお任せしますが、出来ればオラトリオ位の大曲が欲しいところです。ですが状況が状況ですので…。」
 俺がそこまで言った時、不意に部屋へと一人の男性が入ってきた。
「いやぁ、あんなもん見たのは久しぶりじゃ。」
 男性…と言ってもかなりのご高齢で、その男性を見るなりドミニク神父が口を開いた。
「ヴィクトール牧師、よく御無事で。」
「あんなもん、敵にもならんわい。ありゃ子供騙しじゃから、これからが本場と言えるの。」
「子供騙し…ですか?」
 話を聞くと、どうやらヴィクトール牧師は以前にも似たような体験をしたようだ。どんな体験かは聞く気がしないが…。
「あれは人そのものに傷をつけられん。単に人間をパニックに陥れるためのパフォーマンスじゃな。」
 ヴィクトール牧師がそう話した時、外から再び一体の屍が入ってきたため、ヴィクトール牧師はそれに向かって言い放った。
「速やかに立ち去れ!」
 その一言で、それはただの屍となって床に転がったのだった。
 この人物は信仰心が強いのだろうと思う。伊達に歳をとっている訳ではないようだ。
「さて、来て早々申し訳ないが、他の牧師達も二十人ほど一緒なんじゃ。今は人形共を払わせておるが、暫くしたら集まるじゃろう。何かの役に立つかの?」
 ヴィクトール牧師がそう言うや、ドミニク神父もそれに続けて言った。
「そうそう。私の教区に連なる教会からも十二人来ます。それぞれ音楽は何かしら習得しておりますので、是非お手伝いさせて頂きたい。」
 あぁ…それを早く言って欲しかった…。いや、そんなことを考えてる場合じゃないな。
 二人が言った人数とこの大聖堂にいる司祭達を合わせると、約六十人にはなる。オラトリオも演奏出来る人数にはなったが、器楽奏者がどれだけいるかが問題…。
「何か問題でもおありかな?」
 考え込む俺に、ヴィクトール牧師が問った。すると、ヴィクトール牧師は笑みを見せて言った。
「復活祭オラトリオをやるのか。確か…トランペットもティンパニも、この大聖堂にはあったはず。奏者であれば、これから来る牧師が演奏出来る。何ら問題ない。木管じゃったら、ドミニク神父、お前さんの連れにいたじゃろ?」
「はい。オーボエ、フルート、リコーダー、ファゴット、あとはそれらに関わる楽器も操れる者達が七人。弦楽が少々厳しいですが…。」
 ヴィクトール牧師とドミニク神父がそう言うと、今度は宣仁叔父が口を開いた。
「弦楽であれば、ここの司祭等が得意としとる。まぁ、管弦楽器は大半揃えてあるゆえ、楽器の心配はない。後はどう人員を組むかだな。」
 宣仁叔父がそう言うと、皆が俺へと視線を向けた。
 暫く考えていると、扉の前に多くの聖職者が集まってきた。ヴィクトール牧師とドミニク神父の仲間だ。
 俺はそこで人数を確認し、各楽器群を分けて並んでもらった。皆一様に不思議そうな表情をしていたが、ヴィクトール牧師もドミニク神父も俺に従うよう言ってくれたため、それは難なく遂行出来た。
「京兄、僕も遣るよ。フルートなら持ってきてるし、讃美歌もよく演奏してたから。」
「綾、お前は…」
「大丈夫だよ。僕も藤崎家の一員だし、僕だけこんな部屋で一人なんて嫌だもん。奏夜兄は?」
 綾に言われ、奏夜は苦笑混じりに言った。
「俺だってこんなとこに一人はゴメンだね。確か西の礼拝堂にチェンバロがあったろ?俺はそこで演奏する。楽譜はあるんだろ?」
 奏夜は振り返って宣仁叔父に聞いた。
「大抵はある。」
 宣仁叔父はそう一言だけ答えた。
 その後、俺は人員を各部屋へ振り分け、基本は復活祭の音楽であることと、開始は四時からだと告げて散会させた。
 部屋と廊下に溢れていた人々は、それぞれの役割を果たすために散らばった。全員がここに集まっていたということは、あの屍共は一掃されたと言うこと。だが…これからが本番なのだ。
「叔父様、お願いします。」
 最後に残っていた宣仁叔父に、俺はそう声を掛けた。
「分かっている。お前は…待つのだな?」
「はい。」
 俺がそう返すと、宣仁叔父は静かに頷き、そして部屋を出ていったのだった。
 そして、日の陰り始めたその部屋には、俺一人だけが残された。床には未だ屍が転がり、紅い夕陽に染まっていた。そこから落ちる影は色濃く、何故かそれが心の闇の様に感じた。
 だが…彼らには悪いが、今はそこで我慢していてほしい。
 俺はただ、待たなくてはならないからだ…。



 
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