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一人のカタナ使い

作者:夏河
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SAO編 ―アインクラッド―
第二章―リンクス―
  第15話 鏡血花

 ドラゴンと言っても、その容姿は多種多様で何とも説明が難しいが、大雑把に言うと口から炎を吹き、トカゲや蛇などといった爬虫類の大きいサイズの生物のことを指す(あくまで僕の意見だが)。
 そして、今僕の目の前にいるのもドラゴンと呼べる見た目をしたモンスターだった。
 巨体を四つの足を地に着けて歩き、その身をまとう皮膚は黒く、角張っていて、まるで鏡のように光を反射している――例えるのならば、黒いダイヤモンドの鎧を身につけているようだった。さらに、前足や後ろ足の関節の部分――人間で言うと、肘や膝の部位だ――は、剣のように突出していて、見るからに危ない。背骨や尻尾、そして頭部にも輝きのある黒い剣が生えており、角のあるどっしりとしたステゴサウルスのようだ。
 こうしている間にもゆっくりと、しかし確実にドラゴン――固有名【Guardian Dragon Of Hematite】……ガーディアンドラゴン・オブ・ヘマタイトは近づいてきている。
 二本のHPゲージの上に表示されているその名前からして、間違いなくこのドラゴンが僕の探している鉱石を見つけるための鍵を握っている。僕のたてた予想は正しかったと言えるだろう。
 しかし、あの硬そうな皮膚に攻撃が通るだろうか。メイスのような打撃系が有効に見えるが、曲刀や短剣のような斬撃系は効果が薄い気がする。
 唯一の救いは動きが鈍そうなことだが、そういうタイプのモンスターは防御力が高かったり、攻撃力が高かったりするものだ。攻撃力はともかく、あの見た目からして防御力がすさまじいのは間違いないはずだ。
 となると、方法はひとつ。相手の様子を見てから情報を集めつつ、隙を見てちまちまと攻撃していくしかない。考えただけで途方もなく時間がかかる気がした。
 ソラの方を見る。龍種のモンスターを見たのははじめてだったのか、眼を輝かせながら見ていた。口許には笑みすら浮かんでいて、「すげー……」と感嘆の声を漏らしている。
 その様子を見て、思わず口許が和らぐのを感じながら、僕はソラの肩にぽん、と手を置いた。
「基本的には攻撃を避けることに専念して、ここだ! と思ったときだけ攻撃を仕掛けていってね。HPが三割以上下回ったらすぐに回復。あとはさっきも言った通り、危なくなったらすぐに逃げること。わかった?」
「わかったっ! まかせてよ!」
「うん、任したよ。――それじゃあ、いくよ……!」
 今までで一番本気のスタートダッシュを決めて、ドラゴンに正面に突っ込む。まずは僕が先陣を切る。そうしないと、ドラゴンの狙いが僕に向かないし、ソラの危険度が格段に上がるからだ。
 ドラゴンは僕をその赤い目で捉え、口を大きく開き、咆哮した。ゴブリンやコボルドとは比較することすらバカらしいほどの大音量だ。地面どころか、空間すらも揺れたような気がし、止まりそうになる足に叱咤して駆けていく。
 僕とドラゴンの距離が射程距離に入った瞬間、左手の曲刀を担ぐように構えた。ソードスキル《リーバー》の予備動作だ。
 さっきまでの駆け足とは比にならないほどのスピードで、距離を詰める。その速度のままドラゴンの右前足を斬りつける。
 単発で基本技とはいえ、ソードスキル。なのに、ドラゴンの一本目のHPゲージは一割も削れていなかった。うへぇ、これはかなり長期戦になるな……と辟易する。
 やはり、怯ませるほどのダメージ量ではなく、何事もなかったようにドラゴンが僕に向かって右前足で踏みつけようとしてくる。迫りくる前足を見ながら、技後硬直から解けたあと、素早く移動し、大きく跳ぶ。
 ズウゥゥゥン! と音が鳴り、そのあとから衝撃波が同心円上に走る。これを避けるためにジャンプしたのだ。着地と同時に再度接近する。今度は左前足を二回斬りつける。そして、また距離をとってドラゴンの出方を窺う。
 と同時にソラはどこか、と探す。すると、ドラゴンの脇腹辺りに見慣れた姿が目に入った。持っていた短剣は輝きを放っていた。
 直後、ドズッ! という音が部屋のなかで反響する。またわずかにだが、ドラゴンのHPゲージが減少する。
 やはり、レベル的なこともあり、ダメージ量は僕の方が多い。早くこの戦闘を終わらせるためには、僕が多く攻撃しないとダメなようだ。とはいえ、僕もそこまで攻撃力は高い方ではない。ドラゴンからしてみれば、僕たちの攻撃など蚊に刺された程度だろう。
 何より、ソラには攻撃を向かせない、それぐらいの心持ちでいかないければ。もし、ソラが一撃でももらってしまったのなら、多分レベル的に考えて一気に半分近く減るだろう。つまり、僕はソラよりも迫ってくる攻撃を何とかしながら、ソラよりも攻撃を与えなければいけないということだ。
 ――それなら……!
 今だ僕の方を睨み付ける鋭利な目線をしっかり受け止めて、突進する。近づいてくる僕を見ながら、ドラゴンはそのアギトを大きく開く。
 やっば……!?
 そう告げる直感に素直に従い、僕は足に急ブレーキをかけて方向転換しようとする。膝の関節辺りに負担がかかり、顔を歪ませてでも軌道を変えようと試みるが、ほんのわずかに反応が遅れる。
 大きく開かれた口から、すさまじい熱量が放出された。
「くっ……!」
 回避するのは間に合わない。なら、正面から受け止めるしかない。左手の武器が青い光を放つ。
 直後、ドラゴンの炎ブレスと僕のソードスキルが激しくぶつかり合った。
「ユウ兄ちゃん!」
「大丈夫……っ!」
 ソラの驚愕の混じった声に、無意識に普段よりも音量が大きくなりながら応える。
 曲刀ソードスキル《スルーイングサイズ》。
 名前の通り、武器を自分の前で旋回させ、円盾をつくる防御のための剣技。
 一メートル満たない目の前では、炎が僕を燃やさんと迫っている。剣の盾で打ち消してはいるが、炎の勢いまでは消えず、ジリジリと僕は後ずさる。高速で回転する剣を支える左腕に右手を添え、踏ん張るために両の足に力を入れる。しかし、それでも拮抗するとまではいかなかった。それでもさっきよりゆっくりと、そして着実に後退していく。
 あと、十秒もたたないうちに、ソードスキルのモーションから外れてしまい、僕は炎に飲み込まれるだろう。その前にこの火炎放射が終わればいいが、そんな保証はこれっぽっちもない。
 なら――
「ソラ! 今のうちに一番強いソードスキルを……!」
「わ、わかったっ!」
 怒鳴り声にも似た僕の叫び声にソラは応え、短剣に紅の光を灯す。次の瞬間、ドラゴンの脇腹に前よりもすさまじい斬撃音とライトエフェクトが発生した。――これで怯んでくれれば……!
 しかし、そんな僕の淡い期待は虚しく叶わなかった。炎の勢いは止むことはなかった。そして、ついに完全にソードスキルが破られる。
 ――――南無三……!
 豪炎が全身を包む。あまりの熱量のせいか、不思議と熱さは感じなかった。その場に留まることができず、壁に打ち付けられるまで吹っ飛ぶ。
「が……は……っ!」
 そのまま地面に崩れ落ちる。カラン、と音を立てて左手から曲刀が落ちた。
 強制的に肺から吐き出した空気は炎になったんじゃないか、と思うほど熱い。それを感知した瞬間に、身体中が燃え上がるように――実際に燃えているのだが――熱を感じた。フードのついた上着を始め、装備している防具が所々燃えている。耐熱性が高いから、耐久値はそんなに心配してないが、急いで無理矢理膝をつき、両手で叩いて火を払う。
 チカチカと点滅する視界の左上に表示されているHPゲージは、三割も削れていた。これでもレベルはかなり上げている方だと思っていたが、それでもこれだけ減るということは、やはりこのドラゴン、攻撃力も高い。
 いまだに発生している火傷にも似た現象を耐えながら、少しずつ起き上がる。早く動きたいのは山々なのに、僕の意思など知ったことかという風に鈍くさい。
 視線を動かしてドラゴンを見る――いや、見なくてもわかった。地響きが大きくなってきている。近づいてきているのだ、僕に止めを刺すために。
 僕の目と鼻の先まで来たときに、ようやく僕は完全に立ち上がる――といっても、両腕をだらんと力なくぶら下げている状態だが。気のせいだと思う。霞む目の前にある大きな口が、嘲笑っているように見えるのは。
 そして、その口が大きく開き。
 僕を咬み切ろうと――
「やぁああめぇえろぉおおおお――!」
 ドラゴンの咆哮に匹敵するほどの絶叫が部屋中に響いた。次いで黄緑色のライトエフェクトが激しく煌めき、今までまったく動じなかった巨体がわずかにだが揺らぐ。
 目を見開いて、その方向を見る。そこには、短剣を脇腹に突き刺している小さな少年の姿があった。
 一番気になったのは、何故ドラゴンが怯んだのか。短剣には、硬い鎧を無効化にでもするソードスキルがあるのだろうか。
「ユウ兄ちゃん! 今のうちに!」
 疑問が埋め尽くされる頭に、ソラの声が入ってきて、僕はハッと我に返る。
「わ、わかった! ありがとう!」
 手短に伝えたいことを叫び、まだ熱のこもった体を無理矢理動かし、床に落ちている曲刀を拾ってドラゴンのアギトから距離を置く。そして、用意していたポーションを取り出して一気に口内に入れる。
 曲刀も僕の体と同じように相当熱があったのだろうが、冷たい地面に少しの間放置していたおかげか、何とか、本当に何とか頑張って握れるぐらいには冷えていた。
 少しずつ増えていくHPゲージと熱い武器の迅速に確認してから守護龍を見ると、すでに僕ではなくソラの方を睨んでいた。
 これ以上ソラに負担をかけてたまるか――!
 そして、僕の方を見ていない今がチャンスだ。後ろ足まで全力で駆ける。曲刀の刀身が赤い光を放った。
 曲刀ソードスキル《ベア・ノック》。三回斬りつけたあと、柄頭でノックバックさせる曲刀ソードスキルで唯一打撃を含んだ剣技。さすがにこの巨体をノックバックさせることは叶わないが、強烈な攻撃であることに変わりはない。
 今度こそドラゴンが悲鳴をあげた。ピシッと音をたて、足を覆っていた黒い鎧にヒビが微かに入る。ここを中心に攻撃していけば、いずれ砕けて部位破壊ができるはずだ。
 そう思った次の瞬間、今まで地面に引きずられていた大木のような太さで、上部に黒い鉱山が生えている尻尾が鞭のようにしなり、僕の頭に向かって飛んでくる。上体を大きく後ろにそらし、膝を曲げて回避する。髪が風圧でなびいたのを感じてから、体を持ち上げて再度ソードスキルを同じ箇所にぶつける。さらにヒビが大きくなった。このことをソラに伝えなければ……。
「ソラー! 聞こえるー!?」
「なに?」
「うわぉう!?」
 ドラゴンの下からヘッドスライディングでひょっこり顔を出したソラに、思わずアメリカンな驚きの声が出る。何で忍者みたいに出てくるのさ!
「ユウ兄ちゃんがよんだから来たんだよ」
「いや、呼んだけどさ……」
 普通に返事してくれるだけでよかったんだけど……。
 こんな拍子抜けなやり取りをしている間に、ドラゴンは僕たちの方を向いて、また大きく口を開けて炎を吐き出した。
 ――同じ手を喰らうか!
 という気持ちと、
 ――もう熱いのは、こりごりだ!
 という悲鳴にも似た思いを胸に、ソラと同じ方向に走って避ける。しかし、炎はそこで終わらず、僕たちの方に動いてきた。走りながら、会話を続行する。
「ソラ! 前足と後ろ足のどれか一つに絞って攻撃して! 多分ソラがさっき使ったソードスキルで鎧を砕けると思うから!」
「うん! わかった! そういえばユウ兄ちゃん!」
「何!?」
「ソードスキルで攻撃したら、ドラゴンからこんなの出たんだけど!」
 そう言って、ソラは走りながら上着のポケットからキラキラ光るものを取り出して、僕の方に突き出してくる。曲刀を右脇に挟み、左手で受け取る。
 見た目は黒というよりも鋼灰色で、いかにも削って取り出したように不規則な六角形だ。また、削れている部分からさらさらと出ている粉末は赤い――まるで、血のように。
 タップして詳細の書かれたウインドウを表示する。《ヘマタイト・インゴット》と確かに書かれてあった――僕が探していた鉱石が、今僕の手のなかにあった。
 どうやらヘマタイト・インゴットの正体は、この龍が身を護るためにまとっていた鎧のことだったらしい。部位破壊をしていけば、もっとたくさんゲットできるかもしれない。
 そこまで考察したところで、ドラゴンの炎が止む。僕はソラにヘマタイト・インゴットを返してから、走る足を止めて曲刀を握る。
「よしっ、じゃあソラ。最初と同じように防御に専念して、もし攻撃できるなら、できる限り一ヶ所を集中的に。オーケー?」
「オッケー!」
「じゃあ、気をつけてね」
 僕はそう言って軽くソラの背中を叩いたあと、ドラゴンに向かって走り出す。曲刀の刀身を後ろに向けて持つのではなく、いつでも攻撃できるように刀身を地面に引きずりながら近づいていく。
 ドラゴンは僕の方を見て鋭く咆哮したあと、頭部に生えている鋭利な角で突き刺そうと頭突きのようにして突っ込んできた。高さが三メートルは優に越える巨体が猛烈なスピードで向かってくる。
 僕はギリギリまで引き付けてから、左腕を精一杯引き絞り、刀身に黄色の輝きを宿す。次の瞬間には、背中にジェットが付いたかのように体が高速で動いていた。
 つい最近覚えたばかりの曲刀ソードスキル《フェル・クレセント》。一秒満たない間に射程内の数メートル先まで移動しながら攻撃する突進技。その速度はリーバーよりも数段に速い。
 一筋の流星のような一撃がドラゴンの右前足に直撃する。バキャア! と粉砕音がして、ドラゴンが唸り声をあげながらバランスを崩して転倒する。龍のHPゲージは二割弱削れた。
 足元に落ちている鉱石を一つ残らず回収してから、転倒している今のうちに、と転んだことで目の前にある背中に三回連続でソードスキルを叩き込む。僕とは反対の方向からソードスキル特有のライトエフェクトが発生していた。
 さらに二つの粉砕音がなるころに、ようやくドラゴンは立ち上がる。鎧が残っているのは、あと尻尾と頭部の二ヶ所。ドラゴンのHPゲージは二本から一本になり、その最後のゲージですら八割ほどになっている。そして、僕のHPゲージは九割ほど。ソラに至っては、まだ満タンのままだ。
「グオオオォォォアアア‼」
 今まで一番大きい咆哮がなる。地面と空間が震えて、反射的に僕は顔をしかめて顔の前に両腕をやる。
「なっ……!」
 思わず目を見開く。ドラゴンの砕けた鎧の付いた背中から何かが生えてきたのだ。
 メキ……メキ……と音をたてながら、次第にそれは形を成していき――ついには二つの翼になった。そのコウモリのような翼にも鎧と同じように鉱石でコーティングされている。
 唖然とその光景を見ていると、翼は羽ばたき、その巨体が空中に持ち上がる。ドラゴンが飛ぶのと同時に部屋の天井の方にも灯りが点く。天井はかなり高く、目測だが十五メートルはあるだろう。
 守護龍は僕とソラの攻撃が届かない高所まで上昇したあと、急降下を始めた――ソラの方に向かって。
「ソラ――――!?」
 僕はいつの間にか離れた場所にいる男の子に絶叫し、駆け出していた。ソラもダイブしてくるドラゴンの方を見ながら、僕の方へ走る。だが、ドラゴンはソラを完全にターゲットにしているらしく、どれだけソラが移動しても、落ちてきながら合わせてくる。
 恐らく、あれをソラが受けたらHPゲージは八割以上減り――最悪、全損する。絶対に避けなければいけないことだ。
 それから逃れる方法は、僕にはひとつしか思い浮かばなかった。
「ソラ! はやく転移して!」
 僕の言葉に、ソラは一瞬躊躇したあと、ポケットから転移結晶を取り出して掲げる。
「転移!《シャイラル》!」
 ソラの体が青い光に包まれて転移が完了した直後、一、二秒前にソラがいた場所にドラゴンが頭から落ちる。ギリギリセーフだ。無意識に息を深く吐いていた。あとから来た風圧に両腕を交差させてガードの構えで吹き飛ばされないように堪えながら、これからのことを考える。
 アイテムストレージには、すでに十個以上鉱石が入っている。一応僕の目的は果たしたわけだ。僕もソラと同じくここから離脱しても問題はない。
 だけど、僕のゲーマーとしての魂が――意地がそれを許さなかった。というか、ここで退いたら絶対に後悔する。こんなドラゴンの情報は、攻略組の間でも噂ひとつたっていない。こいつを倒した最初のプレイヤーに、僕はなりたい。
 僕は曲刀を構え直し、ヘマタイト・インゴットの守護龍と対峙する。
 これからの戦いは、一人ぼっちだ。だが、別に悲観することはなかった。基本的にソロの僕は一人で戦うことの方が多いのだ。慣れたものだし、いつも通りに戻っただけ。
 今、ドラゴンは落ちてきて地面に足がついている。――今なら、攻撃が届く。
 地面を強く蹴る。その勢いを乗せて鎧のついてない前足を斬りつける。鎧がなくなっても基本的な防御力は高いらしく、少しだけしか減少しない。
 ソードスキルを使えば倍以上減るんだろうが、今は僕ひとりしかいないから、そうむやみに使えない。ソードスキルを使うと、例外なく技後硬直が起こるからだ。
 だから、これからの戦法としては、ソードスキルを使うのはなるべく控える。ここぞ、というときに使う。
 ドラゴンの周りを動き回り、鎧の砕けている部分を――主に足を少しずつ、少しずつ斬りつけていく。
 しかし、向こうもただ黙って攻撃を受け続けてくれるわけじゃない。頭突きをしてきたり、尻尾を薙いできたり、炎を放射したりしてくる。それを避けたり、ソードスキルを使って何とか相殺する。とはいっても、すべての攻撃を無効化することはできない、できていない。どうしたって防御が間に合わない攻撃はあって、足元や肩に掠ったりして僕のHPゲージがじわじわ減っていく。時間が経過するほど、その頻度は少しずつ増えていった。
 いずれ、直撃を喰らうんじゃないか――という不安に近い嫌な予感が脳裏を掠める。
 そして実際、それはすぐに現実になった。
 HPゲージが残り一割を切ったドラゴンが全身をフル回転させて尻尾を地面すれすれに薙いできた。尻尾の先端が剣のように鋭く尖っていて――まるで、剣士による回転斬りのような攻撃だ。
 ここまで低い位置だと、上体を反らして避けるということは、まず不可能だ。尻尾の速度的にもソードスキルで軌道をずらすことも、叩き落とすことも厳しい。ましてや普通に武器を振ったり、受け止めたりするなんてもってのほかだ――そうなると、上に跳んで避けるしかない。
 膝をいつもより力を入れて曲げてから、上に向かって一気に解放する。現実世界だったら、一般の男子中学生ではまずあり得ない高さまでジャンプする。三メートルは跳んだんじゃないだろうか。
 このまま攻撃に転じようと、空中にいるまま右手で照準を定め、左腕を振り上げる。このまま重力も上乗せして上段斬りを叩き落とすつもりだった――しかし、現実は違った。
 尻尾を僕に向かって振ったことで終わったと思っていた回転がまだ続いていたのである。僕から見て後ろ向きになると思っていた巨体の頭部は、しっかりと僕の前に戻ってきていた。
 驚きから覚め切れなかった僕は、右腕を突き出したまま固まる。
 その隙を逃してくれるはずがなく、ドラゴンはばっくりとアギトを開き――ひとつひとつが血のような赤で薄く光るその牙で、僕の右腕を二の腕の半ばから齧りついた。
「ッつ~……っ!?」
 痛みはない。だが、不快な感覚が右肩から登ってくる。何より、自分の腕に自分とは異質のものが食い込んでいることが気持ち悪く、反射的に顔をしかめてしまう。僕のHPゲージが二割近く減少した。
 バランスを崩しながらも何とか足で着地し、右腕を取り出そうと引っ張っても微塵も動きはしない。どうにか外そうと躍起になるが、結果は一緒だった。次の行動に移ろうとした瞬間、両足が地面から離れ、台風のような風圧に叩きつけられる。ドラゴンが僕に噛みついたまま振り回し始めたからだ。
「こ……のぉ……!」
 左右に激しく揺らされながら、頑張って足を地面に着け、振られている方向とは逆の方に力を入れる。しかし、それだけでは状況は何一つ変わらなかった。
 今度は左手にある曲刀を渾身の力で地面に強く突き刺し、ブレーキを掛ける。直後、左肩が脱臼し、体が二つに千切れるかと思うほどの力が左右別々に加わり、ドラゴンの振る勢いが少しだけ弱まる。だが、完全に止まるまではいかず、ギャリリリリリィ! と悲鳴に似た音をあげる曲刀ごと振られる。
 激しく揺さぶられる視界の端で、さらにHPゲージが削られていくのを見ながら、曲刀に入れる力を強めた。すると、ピキ、という音が左手のなかからするとともに、ドラゴンの振り動かす勢いがまた幾分か減少する。
「おおおおぉぉぉぉぉ‼」
 肺の空気を出し尽くさんとばかりに咆哮しながら、さらに左腕と両の足腰に力を加える。パキ、ピキ、という不穏な音が左手のなかで発生するのを痛いほど感じながら、力を入れ続ける。足の裏は靴底がすり減ってるんじゃないかというぐらい――そして、燃えてるんじゃないかと思うほど熱い。
 HPゲージが五割を下回ったところで、ようやく停止した。足元からは煙が燻り、地面に突き刺さったまま動かされていた曲刀の刀身にはいくつものヒビが走っていた。
 僕はすぐに曲刀を地面から抜き、左腕を全力で引き絞る。破片が零れる刀身に黄色の輝きが宿った。
「これで……終わりだぁぁあああああ‼」
 叫びながら、限界までソードスキルの軌道に力を乗せる。
 光線のように鋭く煌めく切っ先が、ドラゴンの交差した牙にぶつかり、砕き尽くす。
 そして、今までで一際大きく高い咆哮を、天井に向かって放ったあと――
 ガーディアンドラゴン・オブ・ヘマタイトは、体に無数の亀裂を走らせて、盛大に四散した。
 黒い守護龍の体の一部だったガラスのような破片を全身に浴びながら、僕は静かに振り上げたままだった曲刀を下ろした。次いで僕から数メートル先で、鋭利な金属が空中で回転しながら落下して地面に突き刺さる――左手にある武器の刀身は、半分以上へし折れていた。
「…………ありがとう……お疲れ様……」
 天井に向かってかざした相棒に、感謝と労いの言葉をかける。次の瞬間、僕の言葉に応えるかのように爽やかな破裂音を鳴らして、僕の手元から離れていった。
 無言で左手を数回閉じたり、開いたりしたあと、表示されていたリザルトウインドウを消してから、右手を上着のポケットに突っ込んで転移結晶を取り出そうとする――が、僕の右腕も二の腕の半ばから先がなかった。ドラゴンに噛みつかれたときに完全に食われていたらしい。HPゲージの下に部位欠損アイコンが点滅していたことに今さら気づく。
 左手で少し手こずりながら、今度こそ上着の右ポケットから転移結晶を取り出す。そして、ふう、と小さく息を吐いたあと、左手をかざす。
「転移、《アルーシュ》」
 言い終えたあと、視界が真っ白に染まっていく。
 次に目を開いたときには、僕は夕焼け空の下で目を細めていた。

   *

「あいつ……今頃頑張ってるのかしらね~……」
 空が茜色に染まった頃、あたしは自分で引いた絨毯の上に座って、小さく呟いた。
 頭のなかで思い起こしているのは、数時間前に一緒に昼食をとったお得意様であり、友達の顔。
 見た目はあたしと同じぐらいの年齢に見えて、男性としては髪が長く、少しつり上がった目が大きい少年。
 だけど、その正体は、このゲームをクリアせんと日々奮闘をしているトッププレイヤーの集まり――攻略組のひとりだ。こんなに人の心を和ませるような優しい笑顔をするのに、攻略組だと知ったときは度肝を抜かれたものだ。人は見かけにはよらない、とはよくいったものだと素直に感心したのを覚えている。
 はじめて会ったのは、あたしが鍛冶屋として働きはじめて、色々とコツや要領がつかめてきたとき。まだまだ鍛冶職人としても新人のなかの新人で、お客さんが全然来なくて、売り上げがまったくなかったときだ(まあ、今もそんなに売上が良いとは言えないんだけど……)。
 誰もがあたしの作った武器たちに見向きもしなくて、落ち込む――いや、むしろイライラしていると、ひとりのプレイヤーがあたしの露店の前で足を止めた。
「い、いらっしゃいませ!」
 あたしは弾くように下がっていた頭を持ち上げて、今よりももっと未熟で下手だった接客スキルを発揮し、声を張り上げた。
 そこにいたのは、体を反らしてたじろいでいる少年だった。どうやら、いきなり出した大声にビックリしたらしい。
 あたしは「やっちゃった~!」と思い、反射的に立ち上がって頭を下げた。
「す、すみません! びっくりさせちゃって!」
「い、いえ、僕の方こそ何か、えっと……すみません!」
 お互いに気まずい沈黙が数秒ほど流れたあと、話を切り出してきたのはむこうだった。
「と、とりあえず武器を見せてもらっていいですか?」
「あ、はい! どうぞ!」
「じゃあ、遠慮なく……」
 あたしは、まるで面接を受けているような気分になりながらも、ずっと目の前のプレイヤーを見ていた。
 フードのついた革製の灰色の上着の下に、無地のシャツ。ズボンは丈が長いのか、下で折り曲げて調節をしている。見えている裏地の部分の長さから考えると、結構折り曲げていた。全体的に見て、地味だった。身につけている本人の目立ちたくないという想いがありありと伝わってくるというか……。
 そして、一番気になったのは、少年が肩に背負っている武器だった。曲刀――しかも、まだ当時武器職人初心者だったあたしからも業物だと判るほどの一振り。鞘に入って刀身は少しも見えなかったのに、これはすごい武器だと感じた。
 ぼんやりとその柄を眺めていると、
「あの、すいません」
「あ、は、はい! 何でしょうか!」
「ちょっと振ってみてもいいですか?」
「もちろん、どうぞ!」
「ありがとうございます」
 そう言って、彼は武器の柄を握りしめてから――あたしの方をちらり、と見た。そして、何故か持っていたあたしの武器を下ろす。
「えっと……これ気になります?」
「えっ!?」
 少年が親指で背中に提げている曲刀を指す。あたしは思わぬ指摘に声が出ていた。どうやら、無意識のうちにずっと見ていたらしい。
「え、え~と~……そのぉ~……っ!?」
 これといって言い訳が思い付かなかったあたしは、両手を勢いよく振りながらしどろもどろになる。
 そんなあたしを見てから、少年は小さく笑ったあと、背中の鞘から抜いて、あたしの方に差し出した。ご丁寧にあたしの方に柄を向けて、だ。
「気になるなら、どうぞ。存分に見てやってください」
「でも、そんな……」
「気にしないでいいですよ。僕も自分の使ってる武器に興味を持ってもらうのは、嬉しいですし。相手が武器職人さんなら、なおさらです」
「じゃ、じゃあ、遠慮なく……」
 両手でそれを受け取り、彼が手を離した瞬間、思いもしなかった重みが左右の腕にかかった。思わず目を開きながら、両腕に入れる力をさらに加える。何とか前につんのめるのを防ぎ、バランスを整えたところで指先でタップする。
「んなっ……!?」
 あまりの驚愕に思わず声が漏れる。あたしが見てきた武器のなかで一番の性能を持つ武器だった。名前も聞いたことがない。
 要求されている筋力値も相当高く、付与されている効果は現段階での確認されている武器のなかではピカイチだ。鞘に入っていたときには見れなかった何が素材か判断できない黒い刀身が、光を受けて刺すように鋭く輝く。
 あたしは視線を持ち上げて、通る人の邪魔にならないように配慮しながら、あたしの作った武器を軽く振っている目の前の少年を再び見る。
 ――いったい何者なのだろうか。こんな武器を持って、しかもそれを扱うだなんて。
 そんなあたしの向ける目線に気づかずに、少年は小さく息を吐いたあと、刀身の方を持ってあたしに返してくる。
「ありがとうございました」
「どうも、あたしの方もお返しします。ありがとうございました」
「いえいえ。……それで、あの、言いにくいんですけど、お願いがあるんですが……」
「な、何ですか……?」
 所在なさげに右手を後頭部にやりながら、目線を逸らしている向こうの反応を見て、あたしは小さく首をかしげる。
 数秒後、少年は意を決したように息をついてから、今までよりも少し大きな声で言った。
「ぼ、僕に武器を作ってくれませんか?」
 これが、少年――ユウとの出会いだった。

 それから武器職人とお客という関係が続き、お互いに敬語がとれて友達と呼べる関係になり、今に至る。
 そして今日。カタナスキルを会得した、とテンションが上がってあたしにユウが伝えてきた。
 これまでずっとカタナスキルが欲しい欲しい、と何度も愚痴るように言っていたから、それがどれだけ嬉しいのかはわかってるつもりだ。
 そして、そのはじめて使うカタナを作る相手に、あたしを選んでくれたのだ。あたしも全力で応えたいと強く思った。
 だから、少しだけ無茶な要求をしてしまった。素材を調達するのは本当はあたしの領分なのだが、いまだ一度も出回っていない素材は、実際に取りに行くしかない。
 だけど、あたしは今まで数百、数千回ハンマーを振ることはあれど、武器を振ったことは片手で足りるほどだ。それで、あたしの代わりにユウに取りに行ってもらったというわけだ。申しわけない、と思う気持ちは通常価格から差し引かせてもらおう。
「そろそろ、店じまいにしますか……」
 結局夕方には誰も来なかったことに、少しだけ残念な気分になりながら、品物として絨毯の上に出していた武器をストレージの中にしまっていく。
 立ち上がり、大きく伸びをして、あたしの後ろにある携行炉をストレージにしまい終わったあと、駆け足が聞こえたかと思うと、後ろから数時間前に聞いた声が聞こえた。
「――――え、えっと、まだやってるかな? リズ」

   *

 息が上がりながら、エプロンの紐が結ばれている背中に声をかける。ゆっくりとこちらを振り向く。そばかすのついた僕よりも少しだけ幼く見える可愛らしい顔にある目は、少しだけ見開いていた。そして、そのしたの小さい口からは、大きなため息が吐かれる。
「……本当に夕方に来るとは思わなかったわ……」
「有言実行ってやつだよ」
「それで、もう取ってきたの?」
「うん。そりゃあもうしっかりとね。いやー、なかなか大変だったよ」
 左手でメインウインドウを操作し、さっき採ってきたばっかりの鉱石を実体化させる。街に入ったことで元に戻った右手の中にある夕日に反射して輝くのは、件のヘマタイト・インゴットだ。
「はいこれ」
「お疲れ様。ごめんなさい、本当はあたしが行かなきゃいけなかったんだけど……」
「昼にも言ったかもしれないけど、そんなの気にしないでいいって。僕の武器作ってもらうんだから、僕が材料採ってくるのは当然なんだし。……それで、どう? 作ってくれないかな」
「もちろんよ。ただ……」
「ただ?」
「携行炉をもう直しちゃったから、これからここで作るのはちょっと厳しいのよね~……」
「え……」
 絶望が僕に降りかかる。そんな……あんなに頑張ったのに……嘘だろ……。
 僕の顔を見て、リズが「やば」というような顔をする。あれ、やばい。視界が霞んできた。
「だ、だから、あたしが今拠点にしてる宿屋で作るから、あんたも来なさい! ほらっ、男の子がそんな簡単に泣かないの!」
「……う、うん。ごめん」
 目元をゴシゴシと乱暴に拭って、鉱石をストレージに戻す。ここで使わないなら持ってたって邪魔なだけだ。
「じゃあ、早く行こう!  早く行って早く作ろう!」
「ちょっと待ちなさいよ。こっちも色々と片付けなきゃいけないものがあるの。そこでおとなしく待ってなさい」
「はーい」
 リズが作業に戻っていくのを見てから、僕はフレンド欄を表示させた。そして、ソラの名前にタップする。表示されている場所からして、どうやら今は街か村のなかにいるらしい。あらためてソラがこの世界にまだいることに安心する。
 メッセージ機能を使って、ソラに伝えるべきことを綴っていく。ソラの安否確認、そして僕自身の安否、明日の待ち合わせ時間と場所を指定してから、ざっと誤字脱字がないか見直したあとに送信。
 一分ほどたつと返信が返ってきた。小学生らしい単調な文で、僕の言葉への返事が書かれてあった。明日の待ち合わせで向こうも問題ないらしい。
 確認し終わる頃には、リズの片付けも終わったようで、軽く肩を回しながら僕の方に近づいてくる。
「お待たせ。悪いわね、待たせちゃって」
「いや、いいよ。僕はカタナ作ってもらえればいいからね」
「はいはい、わかってるわよ。それじゃあ、行きましょうか」
 そう言ったリズが歩いていく。僕はウインドウを閉じてから、リズのとなりを歩き始めた。
「そう言えばユウ、あんた、使ってた《雨雲》はどうしたのよ」
「あー……うん。壊れちゃった」
「はあ!? あれって、あのときのあたしが持てる限りのかなり上質な素材で作ったんだけど! それを壊したの!?」
「うっ、ごめん……大事に使ってたんだけど、どうしても酷使させ過ぎちゃって。でも、あれがなかったら、たぶん僕は鉱石ゲットできなかったと思う。本当に助かったよ。――最後までいいやつだったよ、あいつはさ……」
「良い話風にして、誤魔化すんじゃない!」
「ごめんなさい! でも、本当にあれは仕方のないことだったんです! 許してください!」
「はあ……もういいわよ。ユウの助けになったんなら、それでいいわ。――さあ、着いたわよ」
 そう言われて、僕は目の前にある建物に目をやる。
 リズの言っていた宿屋は、かなりシンプルな造りだった。三階建てのレンガ荘で、これと言った特徴は今のところ見当たらない。何でこんな場所を選んだんだろう、と思いながらリズと一緒に中へ入る。
 なかは外から見て思ったよりも広く、奥にカウンターがあって、そこにはふっくらとしたおばさんのNPCが立っていた。リズはカウンターまで行き、おばさんに話しかける。
「すみません、奥のを使いたいんですけど」
 リズの言葉に、おばさんは快くうなずいたあと、カウンターに入るための扉を開けた。僕は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、リズの後ろを歩く。
 カウンターのなかに入り、奥にあった通路を進んでいくと、ひとつの部屋にたどり着いた。リズがその扉を開けてなかに入る。僕もそれに続いた。
 そこには、大きな炉や回転式の砥石など武器職人のための設備が十分に整っていた。なるほど、だからリズはここを拠点にしたのか。彼女の他にここに止まっている人たちも、きっと武器職人なのだろう。
 新鮮な光景に、僕はキョロキョロと辺りを見渡していると、炉の近くで鍛冶用のハンマーを握ったリズがおかしそうに笑いながら言った。
「そんなに珍しい?」
「うん。今まで何回もリズに武器を研いでもらったり、作ってもらったりしてたけど、その現場を見たことはほとんどなかったからね」
「そう言えば、そうだったわね」
「ねぇ、邪魔にならないならでいいんだけど、武器を作るところを間近で見てもいいかな?」
「別にいいけど、そんなに面白くはないと思うよ?」
「そんなことないよ、きっと。僕からしたらだけど」
 それにこんな現場に立ち会う機会は、そうそうないだろう。是非見たい。
 リズは色々とセッティングしてから、腰に手をあてた。
「――よし、準備完了。じゃあ、ユウ。頼んでた鉱石、もう一回出してくれる?」
「うん、わかったよ」
 ウインドウを操作して、もう一度鉱石を取り出す。そして、リズにしっかりと手渡した。
「……きれいねぇ」
「そうだね。アクセサリーに使ってもいいんじゃないかな」
 そんなことを話しながら、リズが炉のなかに優しく鉱石を投下した。
 作業が始まった、と思い、僕は話を続けようとしていた口を閉じる。
 少し時間がたってから、リズが慣れた手つきで炉から十分に焼けてオレンジ色に光る鉱石を取りだし、台の上に置く。炉から出るかなりの熱気に、僕は思わず汗が出そうになる。だが、そんなことは気にならないほど、僕は目の前の光景に目を奪われていた。
 リズはハンマーを強く握り直したあと、大きく振りかぶって鉱石を叩いた。カーン! という澄んだ音がして、火花が盛大に飛び散る。
 そこから先は、素人の僕にはわからない――鍛冶屋と鉱石だけの世界だった。一定の間隔で鉱石を無言で叩くリズの顔には、さっきまでの女の子らしい笑顔は一切消えていた。完全に鍛冶屋の――武器職人の顔だった。
 鉱石が叩かれる度に、その輝きは増していった。何回、何十回、何百回と叩かれていく。鍛えられていく。
 そして、カーン! と一際高く鳴り響いたあと、鉱石が今までで一番強く輝いた。あまりの眩しさに僕は思わず目を細め、その光景を固唾を飲んで見守る。
 細長いダイヤのような形をしていた鉱石は、徐々にその形を変形させ、細く延びていく。不思議な光景だった。やがて、刀身と思われる部分、鍔と思われる部分、柄と思われる部分がそれぞれ形を成していく。
 数秒後、その光景に終わりが訪れ、鉱石があった場所に一本のカタナが顕現した。
 僕は立ち上がることすら忘れて、そのカタナから目が離せなくなる。
 刀身の峰の部分は鉱石のとき同様に黒く、刃の部分は鏡のように見事な銀色で輝いている。そして見る角度を変えると、わずかに刃は光を反射して、赤く見える。鉱石の性質を完璧に受け継いでいた。その下に伸びる鍔も鈍い金色に輝いている。こんなにきれいで美しいカタナは、はじめて見た。
「さ、完成よ。名前は《鏡血花(きょうけっか)》だって。はじめて見るカタナね。……手で持ってみて」
 ハンマーを置いて汗を拭うリズの言葉を聞いて、僕はゆっくりと立ち上がり、カタナの柄を両手で掴む。
 片手武器の曲刀に慣れていたからだろう、思っていたよりも重かった。しかし、決して嫌な重さではない。むしろ頼もしい重量で、好ましい重さだった。
 リズから少し離れて数回振る。重いはずなのに、振るときは自然と軽かった。これならすぐに手に馴染むだろう。
 僕はついに我慢できなくなり、口許がひどくにやける。想像していた以上の出来だった。満足しかない。不満なんてあるはずがなかった。
「ありがとう、リズ。僕、リズに頼んでよかったよ」
 僕の言葉に、リズは嬉しそうに笑う。つられて僕も笑う。
「そう、ならよかったわ。大事にしなさいよね。あと、欠かさずに研ぐこと。わかった?」
「うん!」
「よろしい。はい鞘」
 放ってくる鞘を受け取り、カタナをなかにしまい、腰に差す。
「じゃあ、お金を払わないとね。いくら?」
「お金はいらないわ。これは、あたしからのプレゼントってことにしといて。カタナスキル、おめでとうユウ」
「でも、やっぱり悪いよ。こんなに良いのをタダでもらうなんて……」
「いいのよ。でも、次からはちゃんと払ってもらうからね」
「そ、それは当然だよ! やっぱり何か……あ、そうだ!」
 僕はストレージのなかに入っていたそれをほとんど実体化させた。すると、両手で何とか抱えられるぐらいの量が出てくる。今腰にあるカタナの元となった鉱石――ヘマタイト・インゴットだ。
 リズはそれを見て、驚きの声をあげる。
 僕は何とかこぼさないように持ちながら、
「これ全部あげる」
「あんた、そんなに持って帰ってきたの!?」
「うん。僕もこんなに採ってくる予定じゃなかったんだけど、採れちゃった……」
 震える左手でウインドウを操作し、リズにトレードを申し込む。
「これだけあったら、強い武器たくさん作れるんじゃないかな。まだこの鉱石は世間に出回ってないと思うし、すぐに注目が集まると思うよ」
「でも、そんなの、それこそ悪いわよ。売ってお金にしたりした方がいいんじゃない?」
「お金ならどうせすぐに貯まるし、そんなのにするぐらいなら欲しい人にあげるよ。まあ、リズがいらないって言うんなら容赦なく売るけどさ」
「ぐっ……」
 リズは押し黙った。やはり、何やかんや言って欲しいらしい。アルゴ曰く、今武器職人のなかでは話題の鉱石らしいし、リズが欲しくないわけがないのだ。
 目の前の少女は数秒間しっかりと悩んだあと、
「……ほ、本当にいいの?」
「もちろん」
「なら、ありがたくもらうわ。ありがとう、ユウ」
「こちらこそ。……じゃあ、多分またすぐに顔出すと思うから。ありがとね、リズ」
 トレードを完了してから、僕は部屋から出ようと扉に向かって歩く。そして、ドアノブに手をかけた瞬間――
「――ねぇ、ユウ」
 不意に背中から話しかけられた。僕は後ろを振り向く。そこには少しだけ下を見てから、真剣な顔持ちをして僕の方を見るリズの姿があった。
「何?」
「はじめてあたしたちが会ったときのこと、覚えてる?」
「うん、もちろん」
「あのね、こういうの聞いたら変かもしれないんだけど……」
「うん」
「何で、あのときあたしに武器を作ってって頼んだの? あのときのあたしは……今よりもまだまだ鍛冶屋として未熟だった。攻略組のユウなら、他に腕の良い鍛冶屋を知ってたはずでしょう? ……どうして?」
「…………」
 僕は、何も言わずにリズを見る。いつもしっかりもので、面倒見が良い女の子、というイメージしかなかった僕は、正直リズがそんなことを考えてるなんて考えもしなかった。今のリズは、いつもの彼女とは少し違って見えた。
 少しだけ目を伏せて、はじめてあったときのことを思い出す――あのときのリズの顔、そして彼女の作った武器を思い出す。そして、もう一度リズに向き直る。
「確かにリズの言う通り、攻略組のなかで有名な鍛冶屋はいたし、知ってはいたよ。……だけど、僕の求める鍛冶屋じゃなかったんだ。自分の実力に溺れて、自慢するように見せつけるだけの武器。そんなのばかりだった。だから、僕は他に鍛冶屋を探すことにしたんだよ」
「…………」
 リズは静かに僕の言葉を聞いている。
 攻略組にも鍛冶屋は確かに存在した。だが、三層の攻略時期ぐらいに鍛冶屋による悪質な武器の盗難があったのだ。別にその鍛冶屋について別に悪く言うつもりはない。話を聞く限りだと、首謀者は彼ではなかったらしいし。
 僕が思ったのは、攻略組の人をターゲットにしている鍛冶屋は自分の武器を盗むんじゃないか、ということだ。その事件以降、僕は攻略組に付いてくる人たちに対して、警戒心を抱くようになった。
 それらから逃れると言う意味でも、僕は他に鍛冶屋を探したのだ。
「それから適当に街中を歩いていたら、ふと目についた武器があったんだ。その武器は、確かに性能は僕の想定するものより少し低かったけど、何というか作った人の気持ちっていうか、魂を感じたんだよね」
 そう、一目でわかった。ここにある武器は他のところの武器とは違う、と。完全に感覚だから、なんとも説明しにくいが……。
「それが、あたしのだった……?」
「うん。これを作った人になら安心できる――そう思ったから、頼んだんだよ」
 実際、リズに渡して正解だった。
 はじめて作ってもらった武器も、その次の武器も、さらに次の武器も、前の相棒だった《ブレード・オブ・ニムバス》も、そして新しく相棒になったこの《鏡血花》も僕の予想以上のものを作ってくれた。これからもずっとお願いしたい、と心の底から思っている。
 多分他の人には伝わりにくいと思ったが、精一杯頑張って、自分の持てる限りの語彙力で言葉にした。
 リズは僕の言葉を聞いて、
「そっか……そうなんだ。――ありがとう、ユウ」
 嬉しそうに、そばかすのある頬を少し赤く染めて笑った。 
 

 
後書き
 読んでくださってありがとうございます。お疲れさまでした。
 いつも通りの量で書こうと思ったんですが、気づいたら過去最長になってしまいました(笑)。自分でもビックリです。

 さて、次の話は、攻略組のなかでのユウを書く予定です。この章になって名前しか出なかった彼らがついに出るかも……!?
 お楽しみに! 
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