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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第十一話 脆い心、幼い心

「ただいま」

「う、うん、お帰り」

 私が一応捕まっていることになっている部屋の主である小伊坂 黒鐘が玄関から帰ってくると、私は不思議と自然に挨拶をしていた。

 お帰り。

 そんな言葉を使ったのはいつ振りだろう、なんて必死に思い出さないといけないほどに。

 敵である相手にそんな言葉が出るのは、彼に対して嫌悪感を抱かなくなってきたから……かな。

 彼のことを少しずつ理解して、悪い人じゃないって思い始めているんだと思う。

 まだ彼に対してどんな表情で接していいか分からないけど、今はこれでいいと思いながら彼のもとへ向かうと、

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 彼は息を荒げ、全身を小刻みに震わせていた。

 外が冷えていた?

 ううん、生温い程度でここまで震えるほどじゃないはず。

 なのに彼は、血の気がないほどに顔面を蒼白にし、動揺しているみたいに瞳を震わせていた。

「な、なにかあったの?」

 敵にそんなことを聞くのは間違いかもしれない。

 敵なんだから、勝手に傷ついたりしたって、こちらからしたら逃げる絶好のチャンスなんだ。

 なのに、それができない。

 それほどまでに私は彼に心を許し、そして今の彼を心配してしまった。

「……あ、ああ、大丈夫だ」

 今頃になって彼は私に気づいた。

 それは視線が揺れることなく私を捉えたのが証拠で、無理に笑顔を作っているのが彼の優しさだと思ったから。

 自分の状態がどんなものでも、他人には心配させまいとするその姿は、優しいの一言だ。

 でも、知り合って間もない私にだって分かる。

「全然、大丈夫な顔じゃないよ」

「え……?」

 間の抜けたような返事をすると、洗面所に向かい、鏡で自分の顔を見た。

「……こりゃ、酷いな」

 ゆっくりと、淡々と、彼は呆れた笑いを漏らしながらそういった。

 隠し通せる自信があったんだと思う。

 それが違うとしても、彼は隠していることに慣れていて、バレないようにできていたんだと思う。

 けれど今回は、彼自身も呆れるほどのイレギュラーが起こった。

 彼の調子を狂わすほどの、何かが。

「あの……」

 彼の背後から、私は声をかける。

 鏡に映る私の表情は、心配そうな顔をしていた。

 他人には絶対に見せないはずの表情を、していた。

「何があったのか、話して」

 そんな自分の表情すら、きっと彼を許しているからこそのものだと思ったんだ。

 彼のおかげで、不思議と心が軽くなった。

 その恩返しじゃないけど、これくらいはしてあげたい。

(……て、敵に塩を送ってるわけじゃないよ?)

 私は誰にでもない言い訳を心の中ですると、彼はこちらを振り向き、

「……そう、だな。 ちょっと、聴いてくれるかな?」

 意外とあっさり、彼は話してくれることになった。

 その笑顔はまだぎこちないけど、さっきよりはマシになっているようなする。


*****


「……気づけばもう、五年も前の出来事になるんだけどさ」

 ガラステーブルに対面になる形で座り、紅茶も何も入れずに俺はしゃべりだした。

 自分でも驚く程あっさりと、隠すことなくスラスラと語りだしたのは、それだけ俺の心が追い詰められていたから……なんだと思う。

 彼女は……フェイトは無言で、真剣な眼差しで俺の話しを聞いてくれるのが、どこか嬉しかった。

「俺、父さんに憧れててさ。 有名な魔導師で、かなりの実力者だったんだ。 そんな父さんに追いつきたくて、デバイスを貰った4歳の頃に武者修行を始めたんだ」

 とは言え、当時は父さんの親戚だった魔導師の下でお世話になった次いでにって感じだった。

 本格的な武者修行の最初は、雪鳴と出会った逢沢家の道場だ。

「雪鳴と出会ったのは、大人に混ざって木刀を振り回してた……いや、木刀に振り回されてた細身の女の子がいるから気になって声をかけたんだ」

 あの道場で唯一の同年代だったから、安心感が欲しかったのかもしれない。

 自分よりふた回りも大きい男性、女性の人たちに混ざる中にあった疎外感や孤独感を、雪鳴に声をかけることで消していたんだって、今なら思う。

「で、俺ってその頃からすでに見切る眼を持ってたから、スランプ気味だった雪鳴の面倒をみてたんだ」

 我ながら話題からそれ出していると自覚しつつも、話せずにはいられなかった。

 あの頃の出来事を一つ一つ、余すことなく。

「フェイトも雪鳴の身体、かなり細いと思っただろ?」

「うん。 木刀が似合わないって思った」

 戦う者同士、見た目だけでその人がどんな武器を使うかイメージができる。

 もちろんイメージだから、それを覆されることはよくあるし、むしろ相手の裏をかくために……なんてパターンは多い。

 だけど雪鳴は、こう言っては失礼だけど剣士には向いてない。

 それは才能云々以前の問題。

 体つきが、どうしても『振る』と言う動作に向いていないんだ。

 剣や刀など、刃物系の武器はどうしても振ると言う動作が必要な武器だ。

 そして素材的にどうしても重いものになるが故に、それを持つための腕、安定した振りを出すための足腰などはしっかりと鍛えて筋肉をつけないといけない。

 そういう意味で雪鳴の身体は、あまりにも細かった。

 長時間、木刀を持つほど腕力がなく、振った際に踏ん張れる足腰の筋肉もない。

 雪鳴自身、幼いながらも自覚はあっただろうけど、父が有名にして最強の剣士だった手前、弱音を素直に吐けなかった上に諦めきれなかったのだろう。

 だけど俺の眼で雪鳴の筋肉を見たとき、彼女の身体がボロボロなのに気づいたから止めた。

 向いていないことに筋肉を使っているものだから、壊れかけてたんだ。

 雪鳴の父も気づいていたし、雪鳴に注意を促していたらしいけど、頑固者の雪鳴に断られたそうだ。

「俺も父さんに憧れて武者修行をしてた身だから、気になって仕方なかった。 だから、彼女に別の道を選択させて、何とか今がある」

「別の道?」

「剣術にも色々流派、武器の種類があるからな。 細身の彼女に合う武器と戦術を身に付ける方向性に変えたんだよ」

 流石に俺も未熟だったから、図書館でたくさんの本と睨めっこしたけどと、俺は苦笑混じりに言う。

 4歳が読める漢字なんてたかがしれてるから、アマネにも助けてもらった。

 そうして俺の修行、雪鳴の修行と両方をこなしてきた。

 雪鳴の妹である柚那と出会ったのも、雪鳴の修行を手伝う中でだったのは、本当に懐かしい。

 気づけば三人で修行して、遊んで、笑いあった。

「年末年始、早めの帰省をするまでの半年間は楽しかった。 二人は優しかったし、甘えん坊だけど世話のし甲斐があってさ」

「黒鐘……そういうの、好きそう」

「ああやっぱり、そう見える?」

「うん」

 納得したようにフェイトは頷く。

 そうか、今の俺がお節介だったりフェイトの世話を楽しめそうだと思うのは、雪鳴たちのおかげか。

 俺もまた納得したように笑みをこぼす。

「……実家に帰るとさ、両親と姉さんが待ってたんだ。 姉さんは抱きついてきて、父さんと母さんは夕飯を用意して」

 姉さんは昔っから年上なのに甘えん坊で、俺が面倒を見てるような気分だった。

 父さんも母さんも、俺のほうがお兄ちゃんみたいだなんて笑って言ってた。

 だけど姉さんはすごく頭が良くて、それこそ遊び半分でデバイスを作ってしまうほどに。

 俺が4歳の誕生日、姉さんから貰ったのがアマネだったのも今では懐かしい。

「え……黒鐘のお姉さんって、何歳だったの?」

「10歳。 5歳も離れてるものだから、どっちかは連れ子なんじゃないかって疑われたこともあるよ」

「10歳でデバイスを作った人……」

「天才だったよ、姉さんは」

 当時、どれほどの大人が驚いただろうかなんて、もう覚えてない。

 姉さんの名前は、五年前であれば誰もが知っていたってほどに有名だった。

 今もデバイスを作る人たちからすれば有名なんじゃないかな。

 そんな天才な姉さんは、魔導師としても強かった。

 父さんの遺伝子を色濃く受け継いだのは、間違いなく姉さんだと思う程に強かった。

「俺が武者修行を始めた理由の一つを付け加えるとしたら、強い姉さんに対して弱い弟なんてレッテルを貼られたくなかったから……なのかもしれない」

 意地の一言に尽きると思う。

 姉さんが強くて、賢くて、皆から憧れを抱かれて。

 そんな人の弟はどうなんだって言う周囲の期待に応えたかった……のかもしれない。

「だけど本当の姉さんは甘えん坊で、面倒くさがりで、不器用で、家事とか料理が全然だめな……へっぽこ姉さんだったよ」

「ふふっ」

 そこでフェイトが笑い、俺も笑う。

 フェイトは気づいていないけど、俺に見せた笑顔で一番いい笑顔だった。

 それを言うと恥ずかしくなってしまうだろうから、俺の心にそっと隠しておくけど。

「だから帰省して抱きついてきた姉さんは、次に大泣きして俺の服汚してさ」

 予想通りだったけど、姉さんは寂しかったと言いながら泣き喚いた。

 涙と鼻水で俺の服を汚し、ぐしゃぐしゃの顔になった姉さんとともに風呂へ入る結果になった。

「そのあとは家族全員でパーティーをした」

「黒鐘が帰ってきたから?」

「いや、その日はクリスマスだったんだ」

 12月24日。

 だから正確にはクリスマスイヴ。

 丁度その時に帰ってきたから、俺の帰省パーティーよりもクリスマスのほうが大きかった。

「楽しかったよ。 半年とは言え、自分から武者修行って言い出したとは言え、やっぱり実家は……家族といる時間は、幸せだからさ」

「うん、そう……だよね」

 フェイトの返事がはっきり、噛み締めるように出されたのはきっと、彼女を今の状況に陥らせながらも彼女が母を大事に思っているからなんだと思う。

 だけど、俺とフェイトが似てる部分があるとすれば、その大切な家族が壊れてしまったということ。
 
「――――だけど、その日の夜に俺の両親は殺された」

 確信になる言葉に、フェイトは体を震わせた。

 突然だったかもしれない。

 けど、このままだとずっと脇道に逸れて、言わず終いになってしまいそうだった。

 でもフェイトに、隠さずに話したい。

 でなければ俺は、また間違えてしまうから。

 俺はフェイトに見えないテーブルの下、太ももに置いた両手を強く握り締める。 

「犯人は未だに捕まってなくて、襲われた両親は殺され、俺だけが助かった」

「それじゃ、お姉さんは?」

 フェイトが眠っていたのは姉さんの部屋。

 用意して置きながら、そこに姉さんがいない理由。

 まだ高町や雪鳴にも話していない、その理由。

「……姉さんは五年前から今まで、ずっと眠りについてる」

「え……」

 掠れるような声。

 それと同時に、フェイトの表情から血の気が引いていく。

 そしてこの記憶と現実に触れることで、俺の胸の中にあの頃の痛みが蘇る。

 胸の中にポッカリと穴が空いた感覚。

 その周囲をやけどのような痛みが襲う感覚は、慣れないな。

「色んな医者に相談したよ。 専門外の医者、他世界の医療技術、投薬や魔法による治療。 色々ためしたけど、姉さんの身体がガリガリにならないようにするのが精一杯だった」

 すぐに退院できて、唯一生還したのが、俺だった。

 なんで?

 その問いに答える言葉があるとすれば、『運が良かった』としか言い様がない。

 運良く両親ほど深い傷ではなく、姉さんほど重症にならずに済んだ……それだけのことだった。

「俺が海鳴に来たのは、長期休暇が目的だったんだ。 俺たち一家をこんな目に遭わせた犯人の捜索、それの代償に管理局で働いていたから、疲労回復や、学生らしい生活を送ること。 そして、今も眠りについてる姉さんの側にいること。 姉さんが起きたとき、いち早く駆けつけられるように」

 結局のところ、それが一番大きな理由だった。

 姉さんが心配で、姉さんがまだ生きてるってことを実感してくて、姉さんの側にいたくて。

 そんな甘えたい感情が、俺をこの世界に送ったのかもしれない。

 艦長から休暇を貰わずとも、俺は結局こうしていたんじゃないかなって、今はそう思う。

「そう、だったんだ……」

「うん、そういうことがあったんだ」

 言い終えて、俺は壁に取り付けられた時計を確認する。

 時刻はすでに日付を跨いで朝の四時。

 なるほど、通りで眠いわけだ。

 どのみちフェイトの監視も含めて学校は休む予定だったし、明日からは土日だから一日休んだって構わないだろう。

「ありがとな、わざわざ話を聞いてくれて」

 本来であれば話すべき相手ではない。

 フェイトだって、自分が聞いていい相手でないことくらいわかってただろう。

 けど、彼女なりの気遣いに甘えてしまった。

 今までの俺らしからぬ行為に、俺自身が驚いてる。

(相当キテるんだな、俺……)

 さっきの、柚那の言葉があまりにも俺の胸を抉った。

――――『アンタは絶対に許さない。 ずっとお姉ちゃんを苦しめた、アンタだけは!!』

 柚那の怒りの意味を、俺はすぐに理解した。

 だけど、雪鳴が苦しんでいたってことを、今更理解した。

 もっと早く気づければ、こんなことにはならなかったのだろう。

 柚那を怒らせ、雪鳴を苦しめることもなかった。

「後悔先に立たず、か」

「え?」

「あ……いや、その……ね」

 考えていたことが口に漏れてしまい、フェイトに気にされた俺は、これも言葉にしようと思って話す。

 さっきまでのことを。

「実は雪鳴の妹の、柚那って子に再会してね」

「喧嘩でもしたの?」

「正解……かな」

 マジな殺意を飛ばされていた辺り、喧嘩なんて生易しいものじゃないとは思うけど、間違ってはいないような気がした。

 所詮、俺たちの中で起こることなんて大人からしたら喧嘩の一言で済まされるのだから。

 だけど……いや、だからこそ。

「ちゃんと、謝りたいんだよな」

 子供は、悪いことをしたらすぐにちゃんと謝る。

 そんな当たり前のことをできないと、大人になったら謝ることのできない大人になってしまう。

 父さんと母さんから教えられた、当たり前のこと。

 だけど俺はさっき、その当たり前のことができなかった。

 この胸にある後悔や痛みの原因は、きっとそこなのだろう。

 フェイトに話しているうちにそう思えた。

「ありがとう、フェイト」

「え?」

「君のおかげで、大事なことに気づけた」

「大事な……こと?」

「うん」

 俺は窓から差し込みだした日差しを見つめながら――――

「やっぱりみんな、俺にとって大事な人たちなんだってことを」

 決意に満ちた笑みで、そういった。 
 

 
後書き
どうも、IKAです。

今回の話しは、黒鐘の弱い部分を明かすお話でした。

その中で心を開き始めるフェイトの姿も描いてみた……と思います。

子供っぽいような、大人っぽいような、どこか中途半端な感じがむしろ人間味がある感じがするんですが、そこを目標に描いてもどうしても大人よりになってしまうのは文才のなさですかね~。

そしてちょとちょこと伏線を張っているので、回収しながら物語を進めていこうと思います。

では次回、早めに投稿できるように頑張ります!
 
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