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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第十話 俺と、私にできること 後編

 黒鐘がベランダに向かっていった後、私は金髪の少女の肩を抱いた。

 こんな時、どんな言葉をかければいいか分からないから、こうして抱きしめることにした。

 軽く触れた時、彼女の身体がピクっと震えて強張る。

 他人の私が触れれば警戒や恐怖の反応を返すのは当然。

 だけど、このまま放っておくこともできなかった。

 それは彼女への同情だけではなく、彼女をこの精神状態へ陥らせた黒鐘が、このままでは悪役になってしまうから。

 五年前から変わらない、彼のやり方がこのままでは貫き通されてしまうから。

 それだけは嫌。

 五年前、彼に救われた私は、それを許すわけにはいかなかった。

「あの人のこと、悪く思わないで欲しい」

 耳元で囁くように、落ち着いた声音で伝える。

 それで彼女の緊張が解れれば、なんて思ったけど無駄に終わる。

 仕方ない、しかし声はちゃんと届いていると思った私は、続けて言葉を口にする。

「やり方は強引だった。 あなたを貶めるような感じだった。 でも、そうでもしないとあなたを理解することはできなかった」

「……なんの、ために?」

 ようやく来た返事はあまりにもか細い声で、ここが屋外だったら掻き消えていた。

 そう思えるような声を聴いた私は、尚も冷静に答える。

「黒鐘はあなたを捕まえることが目的じゃない。 あなたの罪を裁くつもりもない」

 そう、彼は決してそんなことはしない。

 犯罪者相手ならば容赦しなかった。

 見間違えることのないほどの悪だったら気遣いすら存在しなかった。

 彼はそういう人間だ。

「じゃ、なんで?」

 なんでこんなことするの? と、彼女は問いたいのだろう。

 必死に隠していたものを全部暴いて、丸裸にしてまで何がしたいのか。

 小伊坂 黒鐘という人間は、一体何をしようとしているのか。

「それはきっと」

 今の彼が、五年前と全く変わっていないのだとしたら。

 あの時と同じ瞳をしていた彼がしようとしていることは、ただ一つ。

「あなたを、救うつもりだから」

「――――!?」

 見開いた彼女の瞳に、一筋の光が差し込んだ。

 それは私を見ているようで違うものを見ていた瞳が、ようやく私と言う目の前の存在を捉えたものだと証明した。

 私は少しだけ安心した心境になり、更に続ける。

「彼は最初から、ジュエルシードを回収しているのはあなた個人の目的ではないことを察していた。 必ず裏で、あなたに命令した者がいると」

 これは全て、私の予想でしかない。

 彼が本当にそう考えているかなんて、彼に聞かなければ分からない。

 だけど彼なら……人の迷いすら見抜く瞳を持つ彼なら、きっと気づいてる。

 何より、裏で悲しむ相手には人一倍優しい彼ならきっと、助ける道を選んでいるはず。

「あなたからそれを聞き出し、あなたをその相手から引き離すために戦う」

「なんで、そんなこと……」

「……ホント、なんで、かな?」

 彼は、本当に不思議な人間だ。

 他人のために本気になって、

 他人のために悪役になって、

 他人のために努力して、

 そして、本当に救ってみせるのだから。

 私はふと、ベランダにいる彼の背中を見つめる。

 カーテンがかかっていないから、窓越しに彼を見ることができる。

 すると彼は、左手を強く握り締めて手すりに殴りつけた。

 そこから伝わるのは、彼の怒り。

 ああ、きっと彼は許せないでいる。

 彼女をここまで苦しめている元凶を。

 彼女をこの世界に送り、辛い日々を送らせている、その人を。

 私はまだ、彼ほどの怒りを持ち合わせていない。

 だから分からない。

 彼が必死になって助けようとする理由を。

 でも、同時にわからなくていいとも思った。
 
 なぜなら、

「黒鐘に聴けばいい。 黒鐘は、ちゃんと答えるはずだから」

 きっとこれは、私が代弁することじゃないから。

 そして私が代弁できるのはここまで。

《黒鐘、そろそろ戻ってきて》

 念話を使い、リビングにいる彼に声をかける。

《彼女、落ち着いたか?》

《自分の目で見るといい》

《……了解》

 私が念話を切ると同時に、リビングにいた黒鐘が窓を開けて戻ってきた。

 そして私はまた、聞き手に戻る。

 時刻は午後九時を回っていた。

(帰ったら怒られるかな)

 私は家で待つ家族に、僅かな怯えを感じながら目の前の話に集中する。


*****


「落ち着いたかな?」

「……」

 リビングに戻ると、金髪の少女は落ち着いた様子で俺の方を振り向く。

 先程まで霞んでいた瞳は澄んで、綺麗な赤みのある黒い瞳をしていた。

 俺の問いに無言で頷き、安堵した俺は雪鳴へ感謝の言葉を述べる。

「雪鳴、助かった」

「この借りは大きい」

「ははは、今度近くの喫茶店でなんか奢るよ」

「期待してる」

「了解」

 俺の笑みに、雪鳴は微笑で返す。

 これでも彼女からしたら最大の喜びだ。

 海鳴を見て回って良かったと思いつつ、俺は再びさっきまで座っていた場所についた。

 配置が特に変わっていないけど、カップに入っている紅茶は冷め切っているだろう。

 新しいのを入れるべきかもしれないけど、そろそろ話しを終わりにさせないといけない。

 何しろ時計の針は午後9時を指している。

 雪鳴を自宅まで送ってやらないと、この世界の管理局の人にご迷惑をかけてしまう。

 俺は金髪の少女に視線を変え、口を開く。

「話しの続きをしよう。 そして、先ほどの質問のいくつかを、また質問させてもらうよ」

 俺は彼女の返事を待たず、再度同じ質問に移る。

 先ほどよりは柔らかい口調で、なるべく聞こえやすいようにハッキリと。

 これ以上は彼女を追い込むつもりはないし、傷つけるつもりもない。

 と言うか、これ以上傷つけると隣にいる雪鳴に殺される気がしてならない。

「まずは……そうだな、君の名前を教えて欲しい」

「……」

 無言だった。

 先ほど、あれだけ彼女の真実を暴けば、諦めて全てを話すと思っていた。

 本当の執務官や捜査官は、きっと暴いて荒れている心に漬け込んだだろう。

 俺のように落ち着かせる時間なんて与えず、追い込んで追い込んで、もうだめだって所で質問しただろう。

(甘かったけど、後悔してないなんだよな……)

 雪鳴に任せたことを、後悔していない。

 落ち着いて、ちゃんと話しをしたいと思ったからだ。

 もちろん、答えたくないことは答えなくていい。

 そこは時間をかけてゆっくり聞けばいいから。

「それじゃ次の質問だけど――――」

「フェイト」

「え?」

 ポツリと。

 彼女の口から溢れるように、声を発した。

 反射的に雪鳴の方を向くと、彼女も聞こえていたようで無言で頷く。

 再び金髪の少女……フェイトに視線を向け、聞いた。

「君の名前は……フェイト?」

「うん。 フェイト・テスタロッサ」

 ハッキリと頷き、ハッキリと答えた。

 フェイト・テスタロッサ。

 それが、彼女の名前だった。

「フェイト……運命か。 綺麗な名前だな」

「え!?」

「ん?」

 突如、ドッキリでもされたかのような表情になったと思うと、顔を真っ赤に染めて両手で頬を抑え出す。

「な、なんだ?」

「い、いや……あの……き、綺麗って」

「う、うん。 綺麗な名前だって思った。 それに、最初に出会った時……ほら、街中で助けた時にも思ったんだ」

 忘れられない出会いだったから、覚えてる。

 つい先日、まだお互いにジュエルシードに関わる前に、一度街で出会っていたこと。

 あの時にも思っていた。

 ああ、なんて綺麗な子なんだろうって。

 細い身体から感じる、力強さ。

 柔らかさの中にある芯の硬さ。

 金の髪と澄んだ瞳は、素直に綺麗だと思っていた。

「あの時に、もっと話せればよかったかもな……って、どうした?」

「綺麗って……綺麗って……」

 何やら小言でブツブツ言い出したフェイトに、俺は何やら危ないものを感じる。

 え、なに、呪い?

 俯いている辺りがなんとも怖いんだけど。

「黒鐘」

「ん、なんだ雪鳴……って、え?」

 俺の右肩に伸びた左手。

 雪鳴の手と分かって振り向くと、雪鳴は冷たい笑みを浮かべていた。

「五年も経っても、黒鐘は変わってない」

 発せられた底冷えするような声に、俺はビクッと身体を震わせる。

(あ、あれ~? 俺、なんか悪いことしたのか?)

 全身から脂汗が流れ、引きつった笑みになり、笑みの雪鳴を見つめる。

「そうやって目の前の女の子軟派して、攻略してる」

「い、いや、別に軟派なんて痛たたたたっ!?」

 右肩にめり込むかのごとく、雪鳴の左手が握力を込めた。

(せ、雪鳴ってこんなに握力あったっけ!?)

 筋肉が付きにくいからてっきり握力は低いのかと思っていたけど、どうやら見込み違いだったらしい。

 いや、そんなことはどうでもいいんだけどさ!

「決して黒鐘が悪いわけじゃない。 けど……」

「け、けど……?」

「なんか、イライラする」

「なんかって……痛ぃたたたたたたたた!?」

 更に込められた握力に悲鳴を上げる俺。

「待って! メキって! 今メキって言ったよ!?」

「少し我慢して」

「が、我慢って!?」

「私の怒りが収まるまで」

「な、なんでさあああああ!?」

 俺の悲鳴と言うか叫び声が、天にまで昇った……ような気がした。

 その後、落ち着いた雪鳴は謝罪。

 時間も時間なので今日はこの辺で切り上げ、俺は雪鳴を自宅まで送ることにした。

 フェイトのことは、彼女のデバイスを俺が預かっているのでアマネを監視役に置いておくだけにした。

 ホント、女の子って難しいな~と思う時間だった。


*****


 九時にもなれば、商店街はコンビニやファストフード店などを除くとほとんどが閉店している時間のようで、街灯と車のライトの光に影を作りながら俺と雪鳴は夜道を歩く。

 管理局の仕事で深夜帯にだって外を歩いていたけど、こうして一般人として歩くのは気分が違う。

「なんか、悪いことしてる気分だな」

「このまま逃避行も悪くない」

「それは悪い冗談だ」

「失敬」

 俺と雪鳴は静かに笑い合う。

 薄着で歩く俺達だけど、春の夜は少し冷たい。
 
 雪鳴の要望で手を握って歩いているけど、俺の左手を温める雪鳴の左手は、汗ばんでいた。

 きっと温かいのだろう。

 五年前のように、手を握っているこの時間もまた、温かい時間だと思った。

「そこを曲がると私のうち……」

 と言い切ったようなそうでないようなのタイミングで、雪鳴は立ち止まった。

 何事かと思い、雪鳴の視線の先に注目すると、一人の少女が立っていた。

「あ……」

 俺たちの横を、一台の車が通り抜ける。

 その車のヘッドライトは、視線の先にいる少女の色や姿、そして表情を明らかにした。

 そして同時に俺の心に、ふとした懐かしさを感じさせる。

「遅くなってごめん」

 俺の隣で謝る雪鳴に、少女は声を上げながら迫る。

「お姉ちゃん、今何時だと思ってるの!? ごめんで済ましていい時間じゃないよ!」

 お姉ちゃん。

 その呼び方、その声質。

 時間が経過して少し変わっているけど、根っこは変わらない。

 思い出すには、充分な要素だった。

「もしかして君……柚那(ゆずな)か!?」

「え……」

 目の前まで迫った所で、俺は彼女……逢沢(あいざわ) 柚那(ゆずな)に声をかけた。

 紺色のロングポニーに黄色の鋭い目。

 身長的にはフェイトと同じくらいの、雪鳴と同じ細身の女の子。

 そして雪鳴とどことなく似た雰囲気は、やっぱり姉妹なんだなって思う。

 五年前、雪鳴の隣にくっついていた、か弱い女の子がいた。

 あの頃はむしろ雪鳴が強気で、柚那が内気なタイプだったはずだけど、五年が経過すると真反対になるらしい。

 なんて感慨深さを抱いていると、柚那は俺を――――殺意の籠った目で睨みつけた。

「アンタは……」

「ゆず……な?」

「馴れ馴れしく、呼ぶなっ!!」

「っ!?」

 咆哮。

 口から放たれたそれは、なぜか俺の体を吹き飛ばすほどの力が込められており、油断していた俺は地面に引きずるような音を立てながら飛ばされる。

「ぐっ……!?」

「黒鐘!?」

「お姉ちゃんはこっち!」

 心配そうな表情で俺のもとへ向かおうとした雪鳴の右手首を、柚那が掴んで離さない。

 俺は仰向けの状態から立ち上がり、混乱した思考を落ち着かせるために聞く。

「柚那、なんの真似だ?」

「それはこっちのセリフだ!」

「っ!?」

 怒声と共に空間が僅かに揺れ、それが俺を吹き飛ばしたものだと思ったために横へ飛んだ。

 結果、その予想は正解だった。

 揺れは後ろにあった無人の自転車を遠くへ吹き飛ばしていったのだ。

 という事は、彼女は魔力を用いた攻撃をしてきてる。

 なぜ?

 その問いに、彼女は声に魔力を乗せながら答える。

「アンタはアタシを……何より、お姉ちゃんを悲しませた!」

「くっ!」

 息つく間もない、声の弾丸。

 だが、放たれ続けるうちにそれが声の弾丸ではなく、口から出される呼吸……つまり『風』の弾丸であることを見切る。
 
 いわゆる空気砲。

 彼女は魔力を乗せ、空気の弾丸として放っていたんだ。

 俺は何度も回避を繰り返しながら言葉を返す。

「俺が、何をしたって?」

「勝手にいなくなっただろ!」

「ぐ……ぁっ!?」

 回避できないほどの大きな空気砲の直撃。

 俺は直撃を覚悟していたが故に吹き飛ばさないよう、足に魔力を込めて踏ん張る。

 が、そのあまりの威力に足が地面を削りながら後ろに下がっていく。

 空気砲が止まった所で俺は、息を荒げながら膝をつく。

 五年前の柚那から想像できないほどの魔力量、そして魔力の質。

 そこから放たれる高威力の攻撃。

 驚き、混乱、激痛。

 様々な状況が俺の力を奪っていく。

「五年前、勝手にいなくなってから、お姉ちゃんはずっと悲しんでたんだ。 アンタのせいで! アンタが、ずっとお姉ちゃんを苦しめたんだ!」

 今度の言葉には、魔力がない。

 だから届くのは声と、悲しみと怒りの感情だった。

 暗くてはっきりとは見えないけど、柚那が泣いているのも分かる。

 だけど、俺は言葉が見つからず、ただただ黙って聞いていることしかできなかった。

「なのになに食わぬ顔で現れて……一体何様のつもり!?」

 まだ、きっと言いたいことはあったのだろう。

 けれど俺たちの騒動に気づいた街の人たちがこちらに迫ってきた。

 このまま見つかれば、俺達はただでは済まない。

 柚那は雪鳴を無理やり引っ張りながら、夜の街に去っていく。

「アンタは絶対に許さない。 ずっとお姉ちゃんを苦しめた、アンタだけは!!」

 そう言い残した背中は、まだそう遠くないはずだ。

 なのに俺には、ひどく遠く感じた。

 やがて、その背中が完全に見えなくなった時に、ふと過ぎったのは柚那に引っ張られた雪鳴の表情。

 あれは申し訳なさそうな、だけどこれ以上言葉の見つからないような……そんな表情。

 きっと柚那の言葉に間違いがなかったのだろう。

「……くそっ」

 心に伸し掛る、重くて黒い何か。

 迫る野次馬から逃れるように、建物を壁伝いに屋上へ駆け上がり、屋根から屋上へ飛びながら移動した。

 逃げながら、逃げられない現実を目の前に――――

「くっそぉおおおお!!!」

 自分のしてきた間違いに気づかされ、その怒りを吐き出した。 
 

 
後書き
どうも、IKAです。

今回から新キャラ、逢沢 雪鳴の妹である柚那ちゃんの登場です。

いきなり敵意むき出しですが、決して性格が悪い子ではない……と思う。

うん、性格が悪い女苦手なんで。

小伊坂「性格のいい女しか書けないもんな」

YES!!

小伊坂「悪役女って書けます?」

……どうしよ。

小伊坂「ある意味問題だよな」 
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