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没ストーリー倉庫

作者:海戦型
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幻のIS小説のプロットが長すぎたが完結した。

 
 第十章

 真人の首に付けられていたチョーカー……実はそれは、ISだった。ミソラスが消える直前に全てを託したあのミソラスそっくりの少女がそれだった。真人はそれを学園の身体調査によって知った。ISの出どころはIS委員会。偶然にも「ISの形態になれない欠陥コア」があったのを真人のチョーカーに転用したものだった。確実に作動し、決して外れないチョーカーという条件をそれは満たしていたのだ。
 同時に「限界を超えた機動」の正体が「ISコアの二重起動」であったことが束によって明かされる。死の直前にミソラスはそれに気づき、チョーカーに自分の「人格」以外の全データを転送したため、今のチョーカーは実質的にミソラスを共食いした強化個体となっていた。この際にコア部分もチョーカーが6割ほど吸収し、真人はあの驚異的な戦闘能力を得ていた。

 そして、真人は不快な笑みを浮かべる束に衝撃の事実を聞かされる。

 本来ISに適応しない筈の真人がISに適応しているのは、ISが真人のボロボロの心を「保護」しようと考えたため。だからISは真人の心や体を「傷付かないように少しずつ作り変えている」という。真人はそんな訳はないと主張したが、千冬はその主張に心当たりがあった。真人は人間の死体を見るなどの衝撃的な光景を目撃して肉がトラウマになったりもしたが、既に彼はそれを克服し始めている。この事を知った時、千冬は「克服が早すぎる」と感じていた。真人自身、ミソラスを展開し始めた頃から周囲にどんどん甘くなっていく自分の事を思い出すと、完全に否定することが出来ない。
 変わっている証拠だと束は真人の腕をナイフで切りつけるが、ナイフが体を抉ったのに痛みをあまり感じない。それ所か傷が塞がっていく。傷付きにくいように、痛みが少しでも減るように。

 この日を境に真人は少しずつ自分の異常に苛まれる。

 前ならば不快とさえ思っていたことが、それほど不快に感じない。自分の関わってきた衝撃的な事件や思い出の事を咄嗟に思い出せない。すれ違いざまに針金をひっかけられるなどの嫌がらせ(割と前半からあった)も、痛みをそれほど感じなくなっていた。
 周囲は賑わしい。この学園の友達と呼べる連中とは距離が縮まり、反真人派だった癒子や腹違いの妹との接点や会話も増えていく。また、学園祭の事件で真人に庇われた上級生が掌返しで真人を褒め称えはじめたため、上級生との対立構造も風向きが変わり始めていた。客観的に見れば、人間関係は今までになかったほど円滑だった。

 だからこそ、真人は焦る。
 学園に来た頃に感じた、中学時代の友達からどんどん遠ざかっていくような感覚。政府と学園に完全管理されている状況への反撥心。怒り、苛立ち、極めて冷めた感情。「自分らしさ」。それが、パズルが崩れるようになくなっていく。自分が自分でなくなっていく。全てが順調な環境の中で、真人は次第に精神的に追い詰められていく。
 このままでは、ミソラスを送り出したあの時の涙さえ、消えてなくなってしまう。自分の所為で真耶が足に一生残る火傷を負ってしまったことも、達姫のトラウマも、全て……何に対しても恐れを知らずに突き進んできた真人は、最も確固たる意識だった「自分」が「自分」でなくなっていく事実に、とうとう恐怖した。そして、その恐怖を必死に隠そうとする。この恐怖心さえもいつか消えてしまうかもしれないと思うと、震えて眠れない日さえあった。

 そんな彼が何かを隠していると最初に気付いたのは、皮肉にもセシリアやシャルではなく彼を客観的に見つめている鈴だった。彼女は真人が嘘っぱちの感情を時々浮かべている事に気付き、それとなく彼に詰問する。当然真人は誤魔化すが、その時の彼の誤魔化し方は鈴から見て「下手」だった。
 こっそりそれを千冬に報告した鈴。千冬はその原因が束に言われていたあの事ではないかと直感した。最初は真人が傷付かないのならば結構な事だと思っていたが、千冬は真人の恐怖を知らない。だから、千冬は真人を自分の部屋に呼び出した。……盛大に散らかった自分の部屋に。
 千冬からしたら弟以外には決して見られたくはない光景だが、真人と向き合うには教師としての仮面を脱ぎ捨てなければならない。だから敢えて晒して……当然の如く猛烈な恥をかいた。余りの汚さに真人もこの空間で過ごすのが嫌だったのか勝手に片付け始め、話が始まる前に千冬は羞恥で逃げ出したくなるのであった。
 しかし改めて話を始めると、やはり真人のガードが固くて解けない。ここで焦ってはいけないと思った千冬は話を将来の事や世間話に切り替える。自分に無関係でもなかったため、真人との会話はきっちり続いた。

 その日の夜、真人は夢を見る。恩を感じていた筈の義理の両親が、いつかテロに巻き込まれて泣いていた子供を息子と呼んで可愛がっている夢だ。夢の中の真人は独りぼっちになっていた。夢の中の中学時代の親友は、「先に忘れたのはお前だ」と冷酷な言葉を告げ、自分の元を去っていく。
 去っていく友人の名前が何だったか、真人はその時思い出せなかった。

 目が覚めた時は深夜。気が付けば梓沙が心配そうに顔を覗き込んでいた。相当魘されていたらしい。のほほんと同室だったころはよく魘されていたが、シャルと和解した頃には魘される事は殆ど無くなっていた。だから、「時々そう言う事はある」と言って梓沙を納得させようとした。しかし、真人の指の爪は深く掌に食い込んで出血し、唇を自分で噛み切っていたのか、その時の真人のベッドは血で汚れていたため、梓沙は納得しなかった。

 自傷行為。それは、真人が出来る最後の抵抗。もしこれさえできなくなった時、自分はいなくなる。そんな恐怖に駆られた真人は、耐えきれずに泣いて梓沙に縋りついた。そして自分がどんどん自分でなくなっていくという(束と千冬しかこの辺りの話は知らない)ことが心底恐ろしいのだという本音を喚き散らすように吐露した。「俺が、俺の中からいなくなっていく……!!怖いんだ!!このまま何もかも忘れて、俺が風原真人でさえなくなっていくのが嫌なんだ!!いなくなりたくない………誰か、助けて……ッ!!」。
 梓沙にとって、真人は強い人だった。最初は一方的に嫌っていたけど、今では兄だと呼んでもいいと思える存在だと感じていた。そんな真人が吐きだした誰よりも情けない本音を聞いた梓沙は、真人が本当は誰よりも脆くて傷付きやすい人間であることを悟る。「私、守られるんじゃなくて守らなきゃいけなかったんだ……」。梓沙は真人をきつく抱きしめる。梓沙はずっと縋るものを欲していた。母親に母親であることを縋り、真人が「悪」であることに勝手に縋り、そうでないと分かった時は真人が「兄」だと思って心のどこかで縋っていた。でも、真人だって誰かに縋りたかったんだ。

 一緒に生きて行こう。一緒にどうにかできる答えを探そう。縋るのではなくて助け合って生きよう。梓沙は自然とそう考えるようになり、兄の誰にもぶつけられなかった弱い部分を受け止めた。

 翌日、真人は梓沙と共に千冬の元に行き、自分の様子がおかしかった理由を素直に告げた。すると千冬はそれを防ぐ最も簡単な方法を提案した。「真人の内面の書き換えは、ISを展開し、辛い思いをするからISがそれに対策を立てようとすることで起きる。お前の内面と行動の自己矛盾がそれを引き起こしているんだ。ならば方法は簡単……お前が本当の意味で自分に素直に生き、そしてISに出来るだけ乗らず、テロリストの動乱にも巻き込まれないようにすればいい」。近々真人を襲撃してきたテロリストの拠点を殲滅する作戦も展開されることを告げた千冬は、真人に「もう少しの辛抱だ」と告げて抱きしめた。

 テロリストさえどうにかすれば、後は真人が一人の人間として感じる受難だけ。それに真人が素直に向き合っていれば、真人は真人のままでいられる。彼がまた真耶の時のように感情を自分だけにぶつけるような真似をしたら話は別だが、それはきっと梓沙が防いでくれる。
 この日から梓沙と真人は隣り合って歩くようになっていった。



 第11章

 その日――テロリスト「亡国機業」への総攻撃がIS委員会で決定された頃。
 それまでのように日常を送っていた真人は暇を弄ぶように「釣らない釣り」をしていた。本来ならばイベントの予定だった日付が度重なる事件のせいで中止になって休日となり、数日間の連休に変わっていた。のほほん含む生徒会組は機業との決戦準備に動き回っているようで誰もおらず、一夏と箒は政府の依頼で雑誌取材の為に出張中。シャルはリヴァイブの改修のために本国へ、鈴とラウラは本国の要請で千冬と共にテロリストとの戦いに召集されて委員会へ出頭。梓沙は政府から専用ISを貰いに行くということで真耶とともに学園を出ていた。

 一緒にいると騒がしいのに、いざいなくなると物足りない気がする……もやもやした感情を抱えた真人は釣りを中断してセシリアの所へ向かう。彼女だけは特に用事もなく学園に残っていたので、暇を持て余しているだろうと思った。しかし宛は外れ、セシリアは癒子たち他の生徒と談笑していた。本格的に暇を持て余した真人はふらふらと歩き――そこで見慣れない男と出くわした。
 男は重傷を負って倒れ伏しており、明らかに不審だった。しかし彼の形相は鬼気迫るものがあり、必死に何かを伝えようとしている風だった。真人はISの技術を応用した応急措置を施し、学園の人間に彼を病院へと運んでもらう。男はIS庁の人間で、何か重要な情報を持ってきているようだった。
 一抹の不安を覚える真人だが、「お前はもう動かなくてもいい。私がケリをつけて見せる」と大見得を切った千冬を信用することにして、頭の隅へ不安を追いやった。

 その日の夜、真人はセシリアから突然「明日、真人の故郷を案内してくれないか」と頼まれる。真人は変な事を言うな、と思いつつも翌日もまた暇なので了承する。了承を受けて喜ぶセシリアの姿に、真人は少しだけ男として心を揺さぶられた(途中プロットでは省いているが、真人はここまでの日常生活でもセシリアの仕草や笑顔に時々ドキッとさせられている)。

 真人は知らないことだが、セシリアは真人への愛の告白を計画していた。様々な事件や踏ん切りがつかなかったこともあって先延ばしにしていたが、一部専用機持ちには既にこの事を告げてあり、シャルや梓沙からは背中を押されてすらいた。(これまたプロットでは省いているが、セシリアが真人を恋愛対象として意識する描写は日常で散見されている)。
 のほほんのようなサポートもシャルのように近しく接することも、梓沙のように家族として傍にいる事も出来ない立場だったセシリアは、この告白に強い想いをこめていた。昼間の談笑も途中からこの告白の話になり、彼女の想いを知っていた皆からは茶化されまくっていたくらいだ。

 当日、二人はは自分が暮らしていた街をデートのようにぶらつく。途中で友達に見つかってものすごく茶化されたり、思い出したくないような思い出をポロリと漏らしたり、達姫の見舞いに行ったり……傍から見れば特別楽しい事はないように思えるが、真人もセシリアも気分的にはとても安心感があった。
 そして、ふと気が付けばセシリアと真人は二人きり。セシリアは覚悟を決め、告白しようとする――。


 しかし、告白は途中で遮られた。


 二人のISを通して、全く同時に緊急連絡が入ったのだ。その知らせは……「風原の両親宅付近で戦闘発生」。その瞬間、真人は使用を制限されていたミソラスⅡを展開して飛び立っていた。セシリアも遅れつつ、無断でISを展開してそれを追う。千冬の宣言は、無情にも破られた。
 現場では既に常駐していた自衛隊IS空挺部隊と無人機らしき機体群の戦いが勃発していた。二人は自衛隊と敵を挟撃する形で戦闘に突入しつつ、なんとか両親の元へと辿り着く。幸いなことに両親は無事だったため、二人は安堵する。だが、この瞬間に状況が一変した。周囲の無人ISが「バリア貫通兵器」を突如使用してきたのだ。国際的に違法とされるバリア貫通武装に自衛隊は次々に重傷を負って戦闘不能、若しくは死亡していく。遅れてアレーシャや簪の率いる更識部隊も到着するが、無人機の攻撃は真人たちの所に集中しているために二人は両親を安全な場所にも運べず攻撃を防ぐことで精いっぱいになる。

 このままでは守りきれないと考える真人だが、装備的に防御向きのミソラスⅡが攻勢に出るとティアーズでは両親をカバーできない。かといってセシリアが前に出たら、最悪彼女は死亡する。懊悩する真人に、セシリアが「自分が前に出る」と告げる。「ここで真人さんのご両親を守りきれなかったら、わたくしの心に一生の禍根を残します……だから、出ます」。真人は止めようとするが、セシリアは頑として聞かない。
 「無事に事を終えることが出来たら、伝えたいことがあります。ですから、わたくしの事には構わずお二人を守り通してくださいな?」。セシリアが空へ飛びだす。

 セシリアの動きはそれまでの彼女の限界を超えたものだった。マスターしていない筈のフレキシブルをフルに活用し、BT運用時の動きの鈍りを克服し、一人で真人たちを攻撃するISを次々に撃破していく。セシリアの魂の戦い――しかし、突然それは訪れた。

 無人機がやっと目減りしてきたその時に、セシリアの頭部に凶弾が突き刺さった。

 自衛隊内の裏切り者による発砲だった。

 更識部隊が一気に攻勢を仕掛けて速やかに無人機を無力化するなか、真人は咄嗟に両親の元を離れて落ちてくるセシリアに手を伸ばした。弾丸はセシリアの右目を貫いていた。ダメージで痙攣しながらも、セシリアは真人の両親の安否を確認する。両親は、更識に保護されて無事だった。それを知ったセシリアは、弾丸に抉れた顔から血を流しながら「よかった」と呟いて意識を失った。

 戦場となった住宅街に、真人の悲鳴が木霊した。
 彼女が伝えたいことは、聞けず仕舞いだった。

 自衛隊内の裏切り者は捕えられた。家族を人質に取られて犯行に及んだ、家族の為にはやるしかなかったと彼女は泣いていた。――後日、彼女の両親や兄弟は既に全員が何者かによって殺害されていることが確認された。裏切り者はその事実を知った途端に狂ったように嗤いだし、その場で舌を噛み切って死亡した。



 最終章

 セシリアは重体だが、死んではいなかった。ISがバリア貫通弾の対策プログラムを不完全ながら構築していたため、ダメージは脳まで達してはいなかった。ただ、潰れた右目だけはもう二度と戻らないだろうと医者は言った。セシリアの身体は、白式がそうだったようにブルー・ティアーズが全力で護っている。
 それを唯見ている事しか出来ない真人の元に、一夏と箒、シャル、そして梓沙と真耶が訪れる。他のメンバーも遠距離映像通信で一堂に会した。

 風原とセシリアが戦っていた頃、IS委員会を含む先進各国の重要機関に無人ISの一斉攻撃が起き、世界は一夜にして混沌とした状況に突入していたそうだ。テロリスト襲撃の計画が漏れていたとしか思えないタイミングでの攻撃……そして、条約違反のバリア貫通兵器の容赦ない使用。各国は腕利きのIS操縦者が次々に死亡、重傷を負っており、テロリスト決戦用の戦力が半分以下にまで減らされていた。

 敵の本部は、IS委員会発足によって実質的な存在意義を失ったジュネーヴの「国際連合本部」。更に、先日真人が助けたIS庁の人間はスパイとして敵地に入り込んでいたことが判明し、指揮官クラスや無人機の構造的欠点や行動パターンなどの貴重な情報を手に入っている。
 最早是非もない。IS委員会の上層部が壊滅した今、各国は専用機持ちも戦場に投下し、全指揮権を千冬に回す事を決定していた。もう不要な犠牲をなくすには全てをかけてテロリストを壊滅させるしかない。千冬は生徒には日本で防衛に回るように指示し、自分は「暮桜」で出撃して敵を全滅させると宣言する。
 生徒を護ると言いながら、真人は戦いに巻き込まれてセシリアはこの様。千冬は口先だけの自分にもう我慢がならなかった。鈴、ラウラは本国の要望で作戦参加を免れないが、それでも千冬は守ると決めていた。例え自分が死するとも――だ。

 また、千冬はもう手段は選んでいられないと束に連絡を取り、「万が一の時の為に学園の防衛を任せる」という禁断の方法まで使う。文字通り千冬の全力だった。

 一夏、箒、真人、梓沙、シャル……そして更識からアレーシャと簪……真耶を含む教師数名も学園に残り、千冬は高速輸送機に乗ってジュネーヴへと飛び立つ。だが、これだけの用意をしてもなお、運命は千冬を嘲笑った。梓沙の元に、彼女の母親を亡国機業が預かったことを伝える犯行声明が届いたのだ。

 しかも、その母親を日本近海の孤島に作られた基地に運び込んだことまで報告しての、明らかな挑発・陽動行為。しかし、梓沙はそれを知った瞬間に周囲の静止を振り切ってISで出撃する。顔所にとっては、縁が切れたも同然であろうとやはり母親なのだ。学園余情組がそんな彼女を助けるために出撃するまで、時間はかからなかった。
 遅れて束の無人機部隊が出現してテロリストの無人機と戦闘に入る。あくまで「学園の防衛」のために――クロエの『黒鍵』も出撃するが、彼女に任されたのは「一夏と箒さえ無事なら後はいい」というものだった。


 その頃、ジュネーブでは既に戦闘が始まり、千冬は鬼神の如き実力でテロリストを圧倒してゆく。鈴とラウラも戦闘に参加しながら戦いの勝利を確信していた。日本で何が起きているかは、伝わっていなかった。


 敵はまるで梓沙だけ受け入れるように彼女を素通りさせ、残りの全員を妨害する。一夏は若かりし日の千冬を彷彿とさせる実力で次々に敵を斬り落とし、真耶も全力装備で砲撃。シャルと真人も新調したラファールとリミッター解除のミソラスⅡで大暴れして突き進むが、そこに最強の敵が立ち塞がる。

 それは、幾度となく立ちはだかったあの偽真耶だ。

 偽真耶は瞬く間に『黒鍵』を撃墜。その気迫は今までの比ではない。アレーシャと簪が攻撃を仕掛けるも、捨て身の接近攻撃で瞬く間に2機を撃墜する。ミサイルが顔面に直撃しても瞬き一つしない胆力と圧倒的な攻撃力。このまままともに戦ったら勝てない――そう感じた真人は賭けに出る。それは、どうしてかずっとこちらの身を案じていた偽真耶にだけ通じる方法。
 「俺と一騎打ちしろ。俺が勝ったら通してもらうが、俺が負けたらアンタの好きにしろ」。偽真耶は、迷わずそれに乗ってきた。彼女は今日、何があってもここで真人を捕まえる気なのだと周辺は確信した。真人と偽真耶は戦いの場を島の近くへ移していく。

 一方、他のメンツは真人を助けに行こうとするが、無人機の凄まじい攻撃に下手な動きが取れなくなって追跡できない。そんな中、シャルは一か八か、ガーデン・カーテンによる強制突破で先に梓沙を助けに向かう作戦を敢行する。束の無人機が一夏と箒だけを守護するように戦うなか、友達を助けに飛ぶことも出来ない歯がゆさに一夏は「畜生」と何度も怒声を上げ、自分の無力さを悔いた。

 真人と偽真耶の戦いは、まさに人類の限界を超えた決戦だった。限界を超えたIS能力で戦う真人に対し、偽真耶は限界を超えた精神力と身体能力だけで押し込む。戦いの余波で周辺が抉れても、偽真耶は倒れないどころか真人に更に大きなダメージを――致命傷だけは与えないように――ぶつけ続けた。
 だが、真人も倒れない。ミソラスの死を目の当たりにしたあの時、真人は「前に進む」と誓ったのだ。そのために、もう一人の相棒が力を受けついだ。

 土壇場の土壇場で、ミソラスⅡはセカンドシフトを起こし、押されていた状況がひっくり返る。
 だが、もう死んでもおかしくないほどの攻撃を叩きこんだにもかかわらず偽真耶はまだ倒れない。
 二人の戦いはさらに激化し、とうとう企業の基地の上層をぶち抜いて内部に突入した。

 最後の最後の最後――激化した戦いのなかで真人は卑怯な手を使った。次の一撃を喰らえば確実に戦闘不能にされる。そんな状況で、真人は「自分の展開しているバリアを解除した」。偽真耶の攻撃が当たれば真人は死ぬ。通常なら考えられないことだ。しかし、偽真耶はそれに気付いた瞬間、無理やり攻撃の軌道を変化させて真人に当たらぬよう体勢を崩した。その決定的な隙に、真人は自らの持つありったけの攻撃を叩きこむ。

 今度こそ、偽真耶は倒れた。

 擬態が少しずつ溶けていく中で、真人は偽真耶に質問する。

「アンタは、結局……俺の何だったんだよ」。その質問に、偽真耶は口を開きく。

「むかーしむかし……あるテロリストの女が心臓を患い、戦えなくなりました」。「テロリストの仲間は、その女を助けるために代わりの心臓を探し……理論上拒絶反応が起きない心臓をやっとの思いで発見します」。「心臓移植は成功……代わりに心臓を抜き取られた女は死にました」。「しかし、その頃から女テロリストの夢に同じ子供が何度も現れるようになります」。「僕を嫌いにならないで……僕を愛して……子供を産む事の出来ない体だったテロリストは、いつの間にかその少年が自分の息子であるような錯覚を覚え始めました」。「そしてある日、女はその夢に出る人物が、前の心臓の持ち主の子供であることを知りました……」。「その頃から、テロリストは血で汚れきった手で、それでもその子に『親として』何かできないかと………」

 そこで言葉を切った偽真耶は、とても優しい声で囁く。

「一目見た時、『この子は私の愛する子だ』って……そんな訳ないのは知ってるよ。知ってるけど……それでも愛してた。大好きだよ、真ちゃん――」

 臓器移植によって、前の臓器の持ち主の嗜好や記憶が受け継がれるという話を、真人は思い出した。だとしたらこの女に心臓を奉げる事になった人物は、自分の――。
 「アンタは人殺しのテロリストで、気味が悪くて、厄介で最悪な女だったよ。――だから、そんな女を今でも信頼してる俺は、どうしようもない大馬鹿なんだろうな……」。偽真耶の顔を確かめることなく、真人はその場を後にする。記憶の片隅に微かに残る嘗ての母親の愛と偽真耶を重ね、大粒の涙を流しながら。

 もしも母親であることの条件が「子を愛すること」ならば、彼女は肉親よりも母親に相応しかった。


 その頃、梓沙は母親を助けるために基地の中を誘導されるように飛翔し続け、ある場所に辿り着く。そこには二つのガラス越しの部屋と、ひとつのレバー。部屋の一つには自分が助けようと頑張った母親の姿。そしてもう一つの部屋の中には……親友の癒子たち数名の友達。何故ここに、と思わず問いかけると、学園襲撃前に無人ISによって強制的にIS内に取り込まれ、ここまで運ばれたと言う。母親の方はとにかく暴れながら助けを求めており、梓沙は一先ずガラスを斬ろうとする。

 しかし、ガラスだと思っていたそれはISの絶対防御のバリアで、梓沙では突破できない。一夏の零落白夜なら突破できると思いついた梓沙だったが、そこで帰り道が突然閉鎖され、何者かの陽気な声が部屋に響く。ピエロ気取りの不快な声は、レバーを右に倒せば右(癒子達の部屋)は助かり、左に倒せば左(母親の部屋)が助かると言う。しかもこの部屋は何度も使われたらしく、『以前の映像』をご丁寧にモニタに、しかも敢えて梓沙ではなく中の人間に見せつける。母親は真っ青な顔色を更に蒼くして梓沙に助けを求め、親友たちは余りに残酷な光景にその場で嘔吐しながら死にたくない泣き叫ぶ。

 別の道から真人も駆けつけるが、バリアはどうアプローチしても盤石。更に基地は守りを捨てて外のISと戦っており一夏はとてもではないが部屋までたどり着けない。そしてもう一つの零落白夜は千冬の手にある。陽気で不快な声は、選ばなければどちらの部屋も潰すと告げて梓沙にレバーを引くことを強要する。

 親友を見殺しにするか、母親を見殺しにするか。そんな選択肢、誰だって選べるはずがない。選べないと分かっていてこの選択を強要しているのだ。そしてこの声の主こそが恐らくは亡国機業の首魁。つまり、殺す事にためらいを感じないサイコパス。
 こうなると真人にもどうにもできない。最悪、二部屋とも最初から殺す気かも知れない。母親の懇願と親友の叫びが交互に飛び交う中、梓沙は悲鳴を上げながらレバーを掴み……どちらにも倒せなかった。

『ホホウ!それが君の答えという訳だ!オーケイガール、じゃあ君はどっちの部屋も見殺しってことで――!!』
「なーに迷ってんだか。ほいっと」

 どこからともなく現れた束が、梓沙の手に自分の手を重ねてレバーを左に倒した。

 親友たちの部屋のバリアが解除され、中に素早く侵入した真人が全員を外に連れ出す。同時にごりごりと音を立てて梓沙の母親がいる部屋の天井が下に降りてきた。そのまま押し潰す気である。束に倒されたレバーを呆然と見つめた梓沙は、やっと何が起きたのかを理解して必死に母親に手を伸ばそうとするが、何をどうしてもバリアが突破できない。真人もどうにかしようとするが、憎たらしいほどに全ては無駄だった。
 梓沙の母親はとうとう懇願をやめて「あんな男とヤったから!!」「アンタみたいなのが生まれたから!!」「アンタの所為で何もかもメチャクチャよ!!ゴミクズのアンタなんて!!」と耳を塞ぎたくなるありとあらゆる罵詈雑言を漏らしながら壁にゆっくりと潰されて人間の物とは思えない悲鳴を上げた。そして、ごちゃり、と完全にプレスされて死亡した。真人は咄嗟に梓沙を抱いての視界を覆うが、それは梓沙の心を壊すには十分な現実だった。

 束は正直自分の気に入った人間しか護る気はなかったが、まともに千冬に頼られたのが嬉しいのと生徒が何人か避難所から消えている事に気付いてここまでやってきたという。そして、レバーを押して生徒を『助けた』。部屋のシステムが原始的すぎて彼女にも乗っ取れなかったので、片方を見捨てるのは必然だった。と、本人はへらへら笑いながら説明する。

「それにしてもその子も馬鹿だよね。老い先短い上に生産性の低いゴミ女を一人より、将来の展望がないわけでもない凡人を何人か生かした方が『効率がいい』のに。それとも増えすぎた人類を減らす方にするのか迷ったのかな?束さんには訳ワカメだよ」

 もう失神寸前まで追い詰められて言葉が届かない癒子たちと、呆然自失で何も聞こえていない梓沙を抱きながら、真人は束という人間が心底嫌いになった。
 束は、この部屋以外の基地システムを全部掌握していたが、首魁だけはまだ見つけられていない事を語り、戦闘不能な梓沙たちをおつきのゴーレムに運ばせてその場を去った。真人はその背中にIS拳銃の照準を突きつけるほどに束が憎らしかったが、『非効率』なのでやめた。

 一方、突入したシャルはその首魁である『ピエロ気取り』と対面していた。そいつは30歳程度の女だった。シャルはその顔に見覚えがあった。あれは確か、父親に無理やり付き合わされたパーティで顔を見ただった国連の幹部格。束が動いたことで全てを覆されたのか、やけになって喚くような口調で彼女は勝手に喋る。

 それまで国連のしょうもない役職に就く人間だったこと。IS委員会の所為で人員が激減した国連の中で高い地位に付き、コネクションを得たこと。貧しい国に分配されたISを「研究補助」の名目で手に入れ、IS委員会が国家間競争を激化させる中で警戒の薄かった国連側からのアプローチで『亡国機業』を作ったこと。

 女尊男卑社会は愉快だったそうだ。そして自分が出世して他人を追い越し、自分の指先で極秘裏に世界を動かせることが快楽になったそうだ。後は快楽を欲するままに後進国や途上国を支配してビッグマネーをかき集め、今度は国連と委員会の立場を逆転させようとしていたらしい。
 彼女は支配する気はない。遊んで快楽を得たいだけだ。そんな中でも特に学園を壊したくて仕方なかった。自分たちは中立で安全だと思っている世間知らずの連中を殺してみたい。一夏のような理想ばかり語る男を絶望に染めてやりたい。血縁だけで学園に入った梓沙の心を壊してやりたい。そうして、自分が優位に立ちたい。

 唯一、偽真耶だけは組織を壊す可能性があったために彼女の要望だけは取り入れながら、荒くれ者やはみ出し者、廃棄品に死にぞこないを首輪つきのIS操縦者として使役し、ゆくゆくは束を屈服させるつもりまであった。
 しかし、分不相応な欲望は身を滅ぼす。シャルは今もどこかで敗北を認めていないこの女が「偶然高い地位についた愚か者」であると告げ、彼女を激昂させる。女は結局、『歴史に名を残す事件』とやらに名を刻んで脚光を浴びたいだけのような、薄っぺらい女だったのだ。そんな女が武器を手に入れてはしゃいでいただけなのだ。

 シャルは女の愚かさを指摘しながらも、ISを展開した女と戦う。だが、基地内の遮蔽物の多い環境が災いしてシャルは右手にバリア貫通弾を受けて出血してしまう。彼女はパイロットとして決して強くはなかったが、今この状況で確実に敵に勝つための戦術だけは完成していた。
 このままでは勝つ前に死ぬと考えたシャルは、ある作戦を取る。それは、捨て身のトラップ。

 シャルのグレネードで視界を奪われた女はシャルの姿を探し、ISの姿を捕えて発砲する。だが、弾丸が命中したのは『操縦者がおらずに待機しているIS』で、シャルがいない。そのシャルは――外の無人機が使用していたバリア貫通弾の搭載された武器を生身で持って照準を合わせていた。
 女がそれに気付いて発砲すると同時に、シャルも発砲。シャルの弾丸は女の太ももを大きく抉り飛ばし、女の弾丸はシャルの負傷した右手を粉々にした。シャルのダメージは致命傷だったが、女は戦士ではないために自分の足の出血にパニックになり撤退。シャルは弾丸を受けながらも一応機能しているデュノア社特製ISに這って行き、ISの機能で応急処置をした。

 間もなくして、真人が女の逃げた方角から来る。「シャル、お前……っ!!」。「大丈夫、戦闘は無理だけど……っ、しばらくは持つよ……」「………一緒に来い。脱出するぞ」。「………ねぇ、真人。ここに来る途中で……誰か、見なかった?」。「………知らないな」。

 真人のISには鮮血に濡れたIS拳銃が握られていたが、シャルはそれを見て納得した。

「世界に名を残す大犯罪者の正体は、分からず仕舞いってことだね」
「ああ。この先に女の死体があったとしても、それが主犯かどうかなど分かるまい……」

 そのまま誰にも見向きされず、忘却の彼方に融けてなくなる。相応しいと言えば相応しい末路だろう。ISによって罪悪感などを抑制されている真人の記憶からも、彼女はやがて不要な存在として忘却させられるだろう。シャルも自分の腕をもぎ取った相手の事を、永く覚える気はなかった。
 二人は基地を脱出し、IS学園でもジュネーヴ決戦も犠牲者を最小限に抑えて、世界最悪の同時多発テロは幕を閉じた。その当事者に消えない傷を残しながら。

 なお、亡国機業は幹部格一人行方不明、死者一名、残りは全員が逮捕された。ジュネーヴを捨てて学園に攻撃を仕掛けたものの、最終的には束の介入で奇跡的大勝利と世間に報道されたが、同時にISを使用したテロについて様々な問題が世界各国から噴出し、IS至上社会を根本から見直すことが求められる結果となった。
 死亡した一人に関しては何も情報が無かったため末端の何者かと判断され、調査を主導した更識の報告で「流れ弾で死亡」と判断された。首謀者の行方はその後30年に渡って続くも、最終的には迷宮入りしたという。



 3年後――。


 一夏は学園を卒業し、箒と共に国家の枠組みを越えたIS犯罪取り締まり機関を発足するために国内で精力的な活動をしていた。3年前に全てを守りきれなかった彼は、最強ではなく「皆で救う」という答えに辿り着いたようだった。箒はそんな彼の最初の賛同者として――また公私両方のパートナーとして常に共に行動している。

 鈴は恋に破れてすっぱり一夏を諦め、母国へ戻っていた。そしてびっくりするほど早く新しい恋の相手を見つけて猛アタックしているらしい。ただ、一夏の新機関発足に関しては志を共にしており、今はその組織を立ち上げるための勉強中のようだ。

 ラウラはドイツ軍に本格復帰後、後輩の育成に心血を注いで軍内部の味方を増やし、更なる出世を続けている。『人間らしさ』を大切にする彼女は人権意識の強いドイツでも高く評価されることになる。尚、彼女もまた一夏の理想の賛同者である。

 更識では、当主の使命を全うしきれなかったことを悔いた楯無が楯無の名をアレーシャに譲ろうとしたりと色々起きたが、現在は二人の二重体勢によって組織を強化している最中である。後にこれが楯無黄金時代の始まりを告げることになるのは、もっと後になってからの事。

 梓沙は――母親が目の前で死んだショックから1年立ち直れずに留年したものの、友達や真人の精力的な手助けによってなんとか生活できるレベルに回復し、現在はなんと飛び級して1年分の遅れを取り戻し、卒業した。今も時折トラウマに苦しめられているが、支えてくれる人がいる限り彼女は前に進むだろう。今は風原家の新たな養子となっている。

 真耶は後に「後世でも同じテロが起きても戦えるように」と鬼教官に変貌し、名コーチとしてエース級のIS操縦者を数多輩出することになる。逆に千冬は大きな発言権を殆ど投げ出して教師としての職務に集中し、生徒と向き合う事を誰より大事にする優しい教師になった。なお、二人とも前より余計にモテるようになったらしい……。

 シャルは、腕を失った後にデュノア社で開発された最新型バイオ義手のテスターとなり、父親と共に全国放送に出演。その場で「ありがとう、父さん!おかげで貴方の鉄面皮を心置きなくぶん殴れるよ!!」と言いながら義手の鉄拳をお見舞し、奥歯を4本ほど折るという史上まれにみる放送事故を起こした。その後も彼女は破天荒な生活を送り、国民に注目され続けたという。

 そしてセシリアは――今はセシリア・K(Kazahara)・オルコットを名乗って、生活の半分以上を日本で過ごしているという。

 今、真人は男性IS操縦者のしがらみから解放されて、一人の女を愛する普通の男として過ごしている。IS関連の職務には着いているが、昔のように彼の首にチョーカーはついていない。

 無位無官――彼は多くの人々の協力を得て、やっと元いるべき地位に戻っていた。
 過去を乗り越え、前に進み、時には人を傷付けながら過ごした末に辿り着いた、平和。

 その平和を二度と喪うまいと、真人は誓った。
  
 

 
後書き
完結。
ちなみにこれをトゥルーエンドとするならば、他にもいろいろエンディングがありました。
後は余ったエンドと雑談を適当にやっつけて終わりです。 
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