大刃少女と禍風の槍
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十二節・寄り道から出会う “体術” 使い
前書き
前回の投稿から、意外と早めに投稿出来た様な……いや気の所為ですね。
では、本編をどうぞ
キリトの背中を見送る前に扉の向こうへ走り、アスナやエギルと階段を舞台にした鬼ごっこを繰り広げた後、グザは人の少なくなったボスフロアに戻ってきていた。
「……本当に売りませんよね? エギルさん、グザさん」
「だ、大丈夫だって。これからの攻略に支障が出たり、恨まれたりしたらコッチも困るからな」
苦笑いで告げるエギルの顔を見て嘘は無いと感じたからか、アスナは次にグザの方を若干眉をしかめた表情で振り向く。
何せアスナからすれば、彼が一番油断ならない。
常にヘラヘラと笑っており掴み所が無く、飄々とした雰囲気と以外にも達者な口を持つ所為で、本心が容易につかめないからだ。
「グザさん、貴方も分かってますよね?」
「ヒヒハハハ……別に密会していた所をリークされたからと言ってなぁ、妙な事してた訳じゃあるまいし、恥じるモンでもねーだろう? それともキリトの坊主へ、何か特別な感情でも抱いて足りすんのかい? 嬢ちゃん」
「何言ってるんですか。あの人とどんな関係なのか……同じパーティーだった貴方が、一番良く分かっているでしょう?」
言葉こそ幾分か冷静に告げられたが、SAO特有のオーバーな感情表現の所為で、こめかみや眉毛がピクピク動くのは抑えられなかった。
その証拠にグザの笑みが、より一層意地の悪い “ニヤ~ッ” としたモノに変わったのだから。
エギルは少しばかりハラハラした物を滲ませながら、しかし苦笑自体は止めずに成り行きを見守っている。
「……ま、安心しろや。今回の事は流石に言えねーよ。言った所で【鼠】の嬢ちゃんがバラ撒くとも思えんしねぇ……折角一時収まったのに、また変な風に蒸し返されそうだわな」
「だから教えないで下さいと言ったんですよ」
「嘘さね。仮に本当でも、どうせ恥ずかしいとかが大部分占めてて―――おっとぉ」
グザが余りに理不尽に断じ過ぎ、アスナは我慢がきかなくなったか細剣スキル【リニアー】もかくやの鉄拳を、敏捷値任せにコレでもかと繰り出しまくった。
……プレイヤースキルでは天と地の差がある為に、フェイントまで交えた本格的な拳撃も、全てニヤニヤ笑いのままに回避されてしまったが……。
尤も、アスナとてそれは充分に分かっているので、必要以上にムキになる前に拳打の押収を止めていた。
一通りのやり取りを未だ傍から眺めていたエギルは、収まったのを確認してから二人に近寄った。
「それで、御二人さん。これからどうするんだ?」
「私は一旦街に戻ります。休憩も補給もしたいですし……」
「オレちゃんはこのまま昇ってくわな。一人の方が動きやすくてねぇ」
グザがそう言うのはアスナもエギルも半分予想出来ていたか、さして驚く事も無く頷いていた。
何より彼女達よりも技量が数段上の人物だ。
キリトの様な理由もないのに一人が良い等と言う事からするに……精神の作りも少しばかり違うのかもしれない。
「まぁ、何か言われたらテケトーに言い訳しといてくれや。キリトの坊主相手に、競争心を刺激された~とかな。坊主も “ついてくるなら気を付けろ” としか言って無かったさね」
「ハハハ! 何とも子供染みた理由だな! ………………気を付けろよ?」
「大丈夫、重々わーってるのよ。お前さん等こそ、迷宮帰り道中倒れんようにな」
「当然よ。ここで消えたら頑張った意味が無いから」
ある程度簡単な言葉を交わして背を向け、アスナ及びエギルのパーティーは迷宮区のボス部屋入口へ、グザは第二層につながる階段へ、それぞれ歩きだして行く。
もう一度アスナが振り返った時には―――もうグザの姿は、扉の向こうに消えていた。
「さーて、こっから如何動こうかねぇ……?」
眼下に広がる大小数多に存在するテーブルマウンテンを見やり、グザはパイプを吸いつつ一人、そんな事を誰に言うでもなく呟いていた。
夕日により黄金色に染まる草原は何とも幻想的だが、グザはそんな物など全く見ていない。
―――否、正確に言うなら “見て” はいるのだが、如何も興味自体は持っていない様子だ。
一番遠くに見える迷宮区に時折視線を傾けながら、テーブルマウンテンに小高い丘や森を一つ一つゆっくり眺めていく。
……その顔は相変わらずに焼けたままで固定されており、のんびりと見回す行為に含まれているであろう真意までは窺えない。
「ふぅ~…………うーむ……」
若干おふざけが混じる思案顔で顎を撫でた後、首を一度まわして大きく息を吐いた。
「そんじゃあ、アソコにするかい」
小さく呟き、歩き出したグザの向かう先は、立ち並ぶテーブルマウンテンの中でも特に大きい中央―――ではなく、テーブルマウンテンだらけだからこそ寧ろ目立つ、右方にある小高い普通の山林地帯。
何か目的があるというよりは、単純に興味から決めた様な緊張感の無い顔で舌なめずりし、山林を目指して始めた。
そうして少しの間、肩に槍を担いで口笛を吹き、呑気に歩いていた……そんな彼の口笛をとある存在が一瞬にして止める。
「ブルルルゥゥゥ……!」
「……牛かいや」
街道を外れ歩き始めてから五分と経たず、牛の様な―――と言うよりも最早牛 “そのもの” のモンスターが草をかき分けて出現する。
グザが何の誇張も比喩も無く、余りにそのまんまな呼び方をしたのも、ある意味当然と言えた。
しかしながら幾ら牛と言えども……というより、現実でも闘牛は危険なので充分身構えるに値する的だろう。
当然ながらグザもまた、何時ものヘラヘラ笑いを絶やしこそしないだけで、槍の穂先を牛型モンスター【トレンブリング・オックス】へと向け、握りを緩くしキッチリ構えている。
「モ゛ォォォオオォ!!」
【オックス】は暫くフルルと鼻を鳴らしていたが―――――唐突に蹄で素早く地を搔いたかと思うと、正に牛と言える二度湾曲した角を傾け、グザへ突き刺さんと荒々しく突進してきた。
巨体に似合わぬ速度を叩きだし迫りくる姿は普通に恐ろしいが、ゲームだという事に慣れてしまえばプレイヤーのもの。
それどころかグザは真正面から突っ込んでいき、余裕綽々で飛び越して行く。
何の意味があるのか、無駄にバク宙三回転まで決めていた。
「シィィイッ!!」
息を鋭く吐き出しながら槍特有のリーチの長さを活かし、【オックス】の振り向き様に安全圏から刺突を喰らわせ、深追いはせずもう少し距離を取った。
そのまま再び【オックス】の突進を待ち(無駄な)宙返り捻りを決めつつ、飛び越しからのスラストを繰り返し、確実にHPを削っていく。
変化の見られない戦闘に動きがあったたのは、【オックス】のHPがレッドゾーンへ差し掛かった時だった。
「シュフルルゥ……ッ!」
何度目かも分からない突撃でお互いに距離を縮め、いざ飛び越すタイミングに入ったその瞬間―――流石にAIもパターンを学習してしまったのか、【オックス】がいきなり速度を落としてタイミングを外してきたのだ。
攻撃判定を持ったままの【オックス】へ、調子に乗って跳び上がるグザが空中から突っ込む形に―――――
「ヒヒハハハ……フェイントのつもりかい、それ?」
―――――否、グザは【オックスの】目の前で槍を構えている。
跳びあがってなどいない、ましてや地から一ミリも浮いてはいない。
【オックス】がタイミングをズラした様にグザもまた速度を調節し、オックスのタイミング外しを “外して” きたのだ。
結果、攻撃判定へと突っ込んでいくのは【オックス】の方となり……一際力の籠った刺突で額が穿たれる。
「……――――!」
悲鳴も上げられず、【オックス】はポリゴン破片となり、己の身を四散させて中空へ消えて行った。
「そういや、下層に牛はいなかったわな……となるとあの雄牛は、此処はここが初登場なのかね」
如何でも良い事を呟いた後、獲得経験値や獲得アイテムにコルを示すメッセージに然程興味を示さず、再び小高い山林地帯を目指して歩みを進めて行く。
ボス戦後に起きる湧出変動の影響がまだ残っているからか、モンスターMobのPOP率が異様に少なく……その結果なのか、十数分後には道中それ以上特にモンスターとも出会わずに、目的地近くの麓へすんなりと到着出来ていた。
パッと見、今までの林道エリアの様な申し訳程度に容易された道も無く、荒れ放題では有るが獣道も見当たらない。
「……力付くで行ってやるか」
パイプを一旦口から放して煙を吐き、またも咥えてからグザは背の低い草を踏み越え、鬱蒼とした森の中へ足を踏み入れて行った。
現実ではさも、猛獣が木陰からヌッと姿を現しそうな森林でも、ゲームの中という環境な為に大型の虫一匹すら姿を現さない。
ただ何処からともなく猛禽の鳴き声が聞こえるのと、グザが背の高い草をかき分けて強引に進んでいく際にガサガサと鳴るぐらいで、警戒すべき目立った音は空耳ですら聞こえてこない。
相変わらず口にお気に入りであるブルーベリー色のパイプを咥え、濃い青色の煙を吹き出しながら、現実ではまず山林には不向きであろう……しかし刺青と黒肌で雰囲気的にはこの場に酷く似合う、ほぼほぼ半裸な格好でズンズン歩いて行く。
そうして道なき道を行き、邪魔な障害物を力技で除けつつ進んでいくことニ十分程。
「お、開けたねぇ」
一体何処にこんな場所があったのかと、そう疑問に思うぐらいの広さを持つ空き地がグザの目の前に現れる。
崖の傍に位置する其処は草木が一本もなく、代わりに丸く大きな岩が幾つも転がっている。
やはりと言うべきか此処も山の一つでは有るので、視線の位置を変えれば遠くにテーブルマウンテンが幾つか見えた。
其処に辿り着いたグザは小さな岩に腰かけ、景色を眺めながらゆっくりとパイプを吸い始める。
グザが居る場所はエリアの端っこではなく中央に近い部分であり、踏み込んだ瞬間に何かしらのイベントがある可能性が、この時点である程度否定出来る。
更に、どうも安全地帯の一つらしくモンスターが湧出する兆候はない。
骨折り損のくたびれ儲けかと、グザは珍しくうっとおしそうな顔で頭を掻いている。
そのまま欠伸をしつつ立ち上がると、腰に手を当て大きく仰け反った。
「……あ、居た」
そこで漸く、逆さに映るNPCらしき人影を見つけた。
岩がゴロゴロ立ち並ぶ所為で、グザからは死角になっていたらしい。
近寄ってみればそれは、古びた胴衣を着込んだ顎髭が長く堀の深い禿頭の老人で、また髭はおろか眉すら毛深く目が窺えない。
頭の上には金色の『?』マークが浮かんでおり、それがイベント発生フラグを持ったNPCを現すモノだと言うことぐらい、グザでも普通に知っていた。
何かしらのクエストを任されるのか、それともまた別の続き物なのか……偶然とはいえ折角見つけたのだし、なにより骨折り損のくたびれ儲けは御免だと、グザはそのNPCに近寄っていく。
「あ~、ちょっとスンマセン」
「む……入門希望者かの?」
行き成りそんな問いを投げかけられ、如何答えるべきか迷ったグザだが、此処は素直に頷いておく事にした。
「ああ、そうさね」
「本当に良いのかのぉ……修行の道は長くも、険しいのだが?」
「大丈夫だわな」
「フォフォフォ、気概のある青年じゃ。ならば良いじゃろう」
そう老人が言い放った途端頭上の『?』は『!』マークへと変わり、グザの視界左端にクエスト受領ログが現れ更新された事を告げる。
「御主にやってもらうのは、ここ等一帯に転がるがっとるその岩を砕く事じゃ……ただし―――」
言いきる前に老人の姿が夢幻の如く掻き消えたかと思うと、唐突に疾風が吹きすさびグザの横を通り抜けて行く。
「うおっ?」
「己の肉体一つで割ってもらおう……つまり、コレは無用の長物じゃ」
何時の間にやら老人は後方に移動しており、その手にはグザの相棒であるレア物の両手槍が握られていた。
現実ならいざ知らず……此処はゲームの中。
横を掠め通るのではなく、本当にワープして自然と手から武器が離れる設定には、流石にグザも抗えない。
「この試練を徒手空拳で果たし切り、岩を見事割った時……お主は我が秘技たる『体術』を授かるじゃろう」
「へぇ……体術かい」
恐らくそれはスキルの一種なのだろう。それぐらいなら、幾らこの手のゲームに疎いグザとて理解出来た。
スキルの名前からして、動作そのものに補正が掛るのか、それとも武器無しで攻撃できるのか……この二つが妥当なところだろう。
さてどの岩を割ってやろうか、とグザが辺りを見回し始める。
だが老人NPCの話はまだ終わっておらず、ピンと指を一つ立てて最後の忠告らしき言葉を発した。
「最後に一つ……この岩を割るまで山を降りることは罷りならんぞ? その為の誓いを立てて貰おう」
「誓い? ……ってノワッ!」
珍しく声を上げてグザが驚いた理由――――それは老人が何処からともなく筆を取り出し、行き成り高速でグザの顔に墨を塗りたくったからだった。
その所為でグザの顔には鼠の様な、余りにも不格好な黒線が幾本も書かれてしまう。
……しまっているのだが、元からある刺青の所為で精々 “何か単調なのが増えた” ぐらいしか分からず、大して変っていなかった。
初見であろうとなかろうと、違和感すら感じないだろう。
ある意味グザはラッキーなのかもしれない。
「その証は岩を割り、修業を終えるまで決して消える事はない。心してかかるが良い……我が弟子よ」
(言うのがおっそいねぇ……)
それ以上何もいわなくなった老人NPCに、グザは苦笑い顔で内心文句を言いながらも、首を一回ゴキリと回し鳴らして三度辺りを見回し、そうして見付けた適当な大きめの岩に近寄った。
まず手の甲で二度叩いてみれば、確かにかなり硬いが《破壊不能オブジェクト》よりはマシだと言える硬度だ。
元より素手で叩き割る事が目的のクエストなのだし、余りに理不尽すぎる選択はそも寄越さないだろう。
「ふーむ」
其処からグザは構えを取り、勢いよく殴り付け―――る事をせず、何故か岩を軽く打ち始める。
当てる箇所を規則正しく少しづつずらしながら、時に飛び上がり、時に屈み込み、しつこく岩を何度も殴打する。
そんな作業を延々繰り返し、もし第三者が見ていたのならばいい加減文句が飛ぶであろう頃。
漸くその無駄に手数が多く、時にアクロバティックな攻撃をピタリと止めて、グザは顎に手を当てつつ思案し始めた。
「そんじゃあ……始めるかい」
きっかり十秒経った後。
有名な像である“考える人”にも似たポーズを、緩慢な動作で解いて行く。
そして両手をだらりと下げ、直立姿勢には程遠い猫背で立ち、爪先立ちをしたり止めたりを繰り返す―――
「ヒヒハハハハハハァァァァアアアァァッッ!!!」
―――それが幻だったのだと言わんばかりに、グザは派手に奇声を上げつつ暴れ始めた。
グリーブ状の防具を付けている事を利用し、まずはフロントキック2連発打ってすぐに引き戻し、一瞬の溜めから重い蹴撃を放つ。
間髪置かずに、右回し蹴りからソバットを繋げる素早い二連撃。
そのまま飛び上がると縦一回転してネリチャギで岩を打ち据え、脚を大きく開いて座り込む。
身体を曲げて地面に手を付きコマの如くスピンしつつ、脚を打ち込みながら立ち上がる。
更に、すぐさま下からローキックが跳ねあがって……と、視認する間もなく小刻みな上下中段のトリプルキックが炸裂した。
「ッハアァァアアァアアァァァツ!!」
叫びつつ何時の間にか引き戻されていた脚を再度突き出し、それが命中するや否やもう一つの足でも蹴り、岩をジャンプ台代わりに後方へ跳び退さってから―――地を蹴り突撃。
ドラゴンキックばりの飛び蹴りと大岩がぶつかった瞬間、放たれたその威力からか仮想空間の空気すら震え、着地と同時に繰り出される肘打ちがまたも強烈な音を立てた。
―――グザは止まらない。
前に押し出す様な裏拳、打ち下ろす手の甲、鋭さを持つアッパーカットの三連撃から、威力重視のバックハンドブロー。
続く左蹴りは振り切られずに止まり、踵で強かに岩を蹴り付ける。
トドメとばかりに繰り出されるは、相手を穿ち、捩じり込むような前蹴りだった。
「ッ……キヒヒハアァァァ!!!」
だが、攻撃はまだ終わりを見せなかった。
ジャンプを使って岩へと接近し、膝と肘を同時に打ち込んで追加に肘で殴り上げ、肘鉄から右ストレートをお見舞い。
掌底を行いながら距離を調節して……ニヤッと笑い、サマーソルトキックから逆立ち。
両手で体を支える。
腕力で身体を回しつつ繰り出される連続蹴りは宛らブレイクダンスの様で、着く手を変えながら腰ごと脚を回す “トーマスフレア” から、逆立ちしつつ脚を広げて派手にスピンする “エアートラックス” に続け、またトーマスフレアに戻して滅多矢鱈と打ち据えまくった。
「リイィィィィイイィ―――ッアアァァアアア!!」
最後に殺せなかった勢いを、身体を九十度傾けつつ開脚したまま回転する “ウィンドミル” での連撃を加えて粗方落とし―――――腕力で跳躍して右足で思いっきり一撃を叩き込む。
インパクトの瞬間にまたも空気がビリビリ震え、グザ自身も後方へと飛び、少々乱暴に着地した。
「ん~……お、罅入っとるねぇ……こりゃイケそうだわな」
この間、僅か “二十秒弱” 。
一見滅茶苦茶に見えるグザの体術だが、全て岩の尤も脆い部分を捉えており、手慣れた動作で速さもかなりのモノだった為か、岩へはもう既に小さいが罅が入っている。
先の謎の軽い乱打は、どうも岩の弱所を調べるためのモノだったようだ。
―――が、今行われた大暴れはどうも興が乗ったからやっただけらしく、やり過ぎたかと頭を掻いている。
誰にも見られてはいなかったのだ……其処だけは幸いと言えるだろう。
「―――? …………!? ??」
「ア、アガガ……アガ、アガガガ……!?」
訂正。
“二名” には見られていた。
疑問符を浮かべて立ち竦む片方は、ニ時間程前に分かれたばかりの片手剣士キリト。
大口を開けている砂色フードのもう片方は、今一番頼れる情報屋と名高い『鼠』のアルゴ。
グザの大暴れを見てしまった彼等は表情も態度にも驚愕を隠そうとせず、そして何を言えばいいのかどうしたらいいのか判別が付かないか、その場から動こうともしない。
ゲーム的観点から言って……別にグザが常人離れした動きをしていようが、その点に関して言えば別におかしくなどない。
ステータス数値が上昇すればするほど補正が掛るのがこの世界なのだし、必殺技足る『ソードスキル』もある。
即ち、誰でも神速や剛力を持ち得る事が出来る世界なのだから。
が―――プレイヤーの補正の抜いた “技術面での動作” に関しては話が別。
オマケに此処はまだ第二層。更に素手スキルの会得者など、当然ながらまだ存在しない。
正確さと速さから生まれる破壊力に、スキル補正無しで其れを不格好にならず、いっそ滑らかに行って見せるプレイヤースキル。
改めて目撃したキリトも、百聞は一見に如かずで目の当たりにしたアルゴも……その化け物ぶりに開いた口が塞がらなくなっていた。
「ん? おぉキリトの坊主に……そっちはアルゴの嬢ちゃんか。どうした? こんな所で」
グザが自分から声を掛け、漸く二人は我に返る。
「グ、グザ……お前今、《体術》取得クエストの最中なのか?」
「あぁよ、あっちに髭面の爺ちゃんが居るから話聞いてきな」
言いながらグザは少々左腕を高めに掲げると、岩を二回連続で殴って見せる。
引き攣った笑みを浮かべるキリトの様子からして、グザが口にした通り理解は出来ているだろうが、それでも一応素手で岩を割ろうとしている事を教える為だ。
「じゃ、じゃあ言ってくる」
アルゴをその場に置いて、グザの指差した方へ歩いて行くキリトを二人して見送った後、アルゴが未だ驚きの抜けない声色で話しかけてきた。
「……ホント、百聞は一見に如かずとは良く言うもんだネ。あんな事するにハ……現実でもブレイクダンスや格闘技やってなきゃ、まず無理だと思うけどナァ?」
「ヒヒハハハ……そりゃどうかねぇ? 持って生まれた才能かもしれんわな」
アルゴとて、たったコレだけやり取りで情報を聞きだせるとは到底思っておらず、しかしこれ以上質問を続けても同じような返答が返ってくるだけと悟ったか、それとも今の所は引き下がると言う示しなのか、肩をすくめて薄笑いを浮かべる。
されどまだ話したい事はあるのか、代わりの話題を持ち出してくる。
「そういえバ……アンタはこのクエストをどうやって知ったんダ? 攻略本には乗せてなかった筈だし、まだ出してすらいないんだガ」
「何の意図もねーやね。所謂、偶々って奴なのよ」
「ヘェ、運良くカ」
此処で嘘をつくメリットもないからとグザは素直に答え、アルゴもまた同じ考えなのか詮索はせず頷いた。
「オイラの見立てだとこの《体術》スキルは『素手で攻撃できるようになる』スキルだと思うんダ。さっきみたいな事が出来るならピッタリのスキルかモナ」
「そりゃーどうかねぇ?」
会話の途中途中で岩へ向け裏拳やストレートパンチの打ち込みを挟み、後ろ回し蹴りなども決め、何時の間に咥え直したブルーベリー色のパイプから煙を吹かしつつ、意味深長な笑みで彼女の言葉に答える。
何が言いたいのか理解できなかったのか首を傾げるアルゴへ、グザはコレもまた秘匿する事でもないからと説明した。
「【ソードスキル】は便利っちゃあ便利だがね、半自動的に身体を動かす性質上『元々覚えている型からは外れる』のよ。技後硬直もあるし……ダメージ無くともスピードを確保できるんなら自分で打った方が速ぇわな」
「ニャハハハ、言われてみればそうだナ。当たり前のことほど咄嗟には思いつかないもんダネ」
その後も罅をもう入れた事に驚いたり感心したり、アルゴの齎す豆知識にお互いニヒルにニヤッと笑いながら、タメになる事まじえて会話を交わす。
「ぬぅおわああぁぁぁあああぁぁ!?」
「お、どうやら墨塗られたみたいやね」
「アンタはそれほど変わってないけどナー。はてさてキー坊はどうなっているのヤラ」
アルゴが実に嫌らしい笑みを浮かべて言い終えたのと同時、キリトが言葉にならない叫び声をあげながら、岩の影よりグザ達の元へ駆け寄ってくる。
二人共々彼の顔を見て一瞬 “ピクッ” と肩を震わせるが、グザは煙を吐き出しながら何時ものヘラヘラ顔に戻り、アルゴはフードを深く被って若干下を向いた。
「あ、アルゴ!? あの老人素手で岩を割れとか言って来たんだが!?」
……どうやらグザが素手で岩を割ろうとしていた事を、物好きで無謀な記録に挑戦していると判断していたらしく、キリトの声には隠せそうにもない悲痛な物が混じっている。
「そりゃあ【体術】だからナー。武器使っちゃったら話にならないヨ」
「で、でもグザの奴は簡単にやってたし、本当はそこそこいける硬さなんじゃ―――」
「ざんねんしょーう、グザの奴が簡単そうにやってるだけサ……つまりその岩、《鬼》ダヨ?」
言われてからキリトは確かめるべくか、希望の含まれた表情で拳を思い切り岩に叩きつけ―――SAOのシステム仕様上、対して痛みなど走らない筈なのに、思わずと言った感じで目を見開き歯を食いしばる。
表情は既に、一気に絶望へ染まっていた。
その絶望感漂う硬度たるや、顔を緩慢な動作で傾けてグザの方を「信じられない……!?」と言いたげな顔で見る程らしかった。
グザは彼の表情を見た瞬間にニヤ~ッと笑む。
そこから、ワンツーパンチからジャンピングバックキック、勢いに乗せてハイキックを打ち込んで見せる。
……何処からどう見たって岩が柔らかいか、簡単にやれる対象であるようにしか見えない。
最後にグザの岩をキリトが叩いてみて何も変わらない事を再確認し―――顔が唖然5割と怒り2割り、『理不尽ここに極まる』と言わんばかりの色3割に染まる。
が……しかし其処で何か別の事を思い出して、アルゴに詰め寄った。
「さっき教えて貰うの止めた “オヒゲの理由” ってまさか……!?」
「その通りだキー坊。オイラもベータ時代に挑戦したけどどうしてもクリアできなくて、そのまま活動を続けたら……何時の間にやら《鼠》の名前が振れ回っちゃってた訳サ」
「だから本製品版でもその立ち位置を貫いてっ――――――そ、そうと知っていたらこんな所には……!」
「何言ってんだいとくしたゾ? キー坊は。《エクストラスキル》と《お髭の理由》をどちらも手に入れたんだからナァ」
「う、うれしくねぇ……!」
ベータ時代の情報を普通に出したアルゴでは有ったが、恐らくもう己がテスターだと知れ渡っている事とコレぐらいなら教えても害がないと言う事で、対して口を噤む事無く言いきったのだろう。
彼女が《鼠》と呼ばれる理由こそ分かったものの、その対価はキリトにとっては余りにも大きすぎた。
実に不安そうな顔で、二人に問い掛けてきた。
「な、なあグザ、アルゴ……俺の顔どうなってる? 格好良かったり、グザみたいな奴だったらまだマシかも……」
「ン~……一言で言うなら、そうだナ―――まんま、 “キリえもん” ダナ!」
「……ブフッ」
キリトはアルゴにズバリ言われてしまい、そのただ両頬三本づつ太めの黒い線を頬に塗ったくっただけの、テキトーでいて実に間抜けな顔を情けなく歪ませた。
あんまりにも可哀そうな仕上がりなのに、ハの字眉という追加の止めを刺された二人は―――もう堪えていた笑いの衝動を我慢できず、息ぴったりのタイミングで一気に吐き出した。
「ニャーハハハハハハハ! ニャーハハハハハッ!!」
「ヒヒヒ、ヒヒハハハハハハ! ヒヒヒヒヒヒハハハァ!!」
「ち……ちっくしょぉぉぉおっ!?」
夕日が沈みかけ青と赤のコントラストを描く光の下、キリトの悲哀たっぷりの咆哮が轟き、グザとアルゴの高らかな笑い声が良く響いていた。
後書き
グザの戦術ですが……キックがもう古今東西、割と何でもありですね。
こうやって格闘術を組み合わせたり、描写するのが楽しいのって、もしや自分だけでしょうか……?
んな訳ないかー(白目)
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