暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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11
前書き
(´д`;)「姫様、僕の腕を引っ張ってどこへ? え? 戦場に行く? これから?」
Σ(´Д`;)「えー!?」
―――戦場は敵と味方で入り混じっていた。
傭兵達の役目はシンプルだ。
敵と見たら攻撃しろ、以上である。
ただ味方となる正規兵の装備を覚え、傭兵であると思われる装備もある程度把握する。
それ以外の兵士は敵である。
国境の境目ではなく、少しデトワーズ国内の内側に位置する傭兵の砦は、敵と見れば攻撃すればいいだけの暴力的なお仕事だ。
だが逆に言えば、そこに統率というものはない。
全周囲に味方がいるし、敵もいる。
誰が誰なのか判別する暇のない目まぐるしい戦場。
傭兵ならよくある状況だ。
こうなってしまえば互いに消耗し続ける乱戦だ。
敵が、味方が、敵兵が、傭兵が、戦場の中で入り混じって殺しを繰り広げる。
どちらかが全滅するか撤退するか、そんな泥沼な戦い続く……かのように思われた。
「オラオラオラァ! どけどけぇ!!」
ある一人の傭兵がいた。 ある一人の敵兵がいた。
『ぐべっ!?』『ぶはぁっ!?』
その二人は―――拳によって平等/無差別に“轢かれた”。
一瞬の出来事。
この乱戦の中では何が起きたのか理解する暇もなかった。
敵味方入り混じる戦場に戦車が突っ込んできたのか、と彼らは思っただろう。
しかし彼らを轢いたのは、馬ですらなかった。
「ひ、姫様ぁ!? 今、人が…人が飛ばされましたよぉ!?」
「殴り飛ばしてるんだから当たり前だろ!!」
そう、それはエルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫陛下。
彼女が振り回す“拳”が彼らを“轢いた”のだ。
信じられない光景だが…彼女の拳が当たれば、人は飛ぶ。
それこそ砂利のように、接触しただけで人が飛びまくる。
「ひえー! また人がー!?」
ムチャクチャだ、色々とブッ飛んだ光景だ。
自分は引き摺られるようにして、エルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ姫陛下に引っ張られていた。
エルザ姫は、僕と言う大の男の重量を難なく“引き回し”、戦場の中を暴れ牛の如く“轢き回し”ている。
だがむしろ、エルザ姫の所業は暴れ牛の方が可愛く見えるくらいだ。
『ぎゃあ!』『ぐべっ!』『ぎえぇ!』『ぶるぉあ!』『ぐはぁ!』『ひでぶ!』
この悲鳴の数々が聞こえるだろうか?
ちょっと哀れなくらい痛ましい悲鳴を聞かされる身にもなってほしい。
エルザ姫の拳に敵味方関係なくブッ飛ばされてるものだから、通った跡は酷い有様である。
悪く言えば無残、良く言えば悲惨。
流石にあんまりだと思って、エルザ姫をやんわりと宥めようとするものの…。
「姫様ぁ、お願いですからもうちょっとお手柔らかにー!」
「うるせぇ、黙ってろバッテン!」
…これである。
それどころか、僕の“バッテン”呼びは定着しつつあった。
僕、レヴァンテンって名前なのに…エルザ姫は“バッテン”と呼ぶ事に拘っていて取り合ってくれない。
むしろ、すれ違う人を片っ端から殴り回ってる方に忙しいくらいだった。
「おい、バッテン!」
うっ……はいはい、バッテンですよ……。
引き回されて息をつく暇がないけど、自分は姫に返事をした。
「な、なんですかぁっ…?」
「この先、敵ん所の野営地で合ってんだろ!? 今から殴りこみに行くぞ!」
なん……だと……?
待って、待って……野営地?
デトワーズ国内に造られてある防衛拠点とは違い、野営地は“他国の領土”で設営する前線拠点だ。
大体において、侵略目的で設営されてるわけだから物資も何もかも持ち運びしなければいけないが、それでもそこは“拠点”なのだ。
当然ながらそこには敵兵がわんさかいるはず。
そこに殴りこむ……? たった二人で武器も持たずに……?
「ちょ、ちょっとちょっと、そんな無茶なーーー!?」
自分はエルザ姫の提案に、嘆きの悲鳴を上げた。
「姫様ぁ! なんでそんな怖い事言い出すんですか!? ほら、砦に戻りましょう、戻るなら今の内ですよ!?」
エルザ姫がやたらと強いのはわかったけど、それでも“拠点”なのだから防御は厚いはずだ。
そんな所にたった二人で乗り込んだら、四方から袋叩きにされてやられるに決まっている―――僕が!!
「ここにはもう用は無いんだよ! つべこべ言わずに行くぞ!」
「ひぇえあぁぁああぁあ~!?」
エルザ姫は更に加速を上げて、“健脚”などと言う表現では追いつかないような速さで戦場を駈け出す。
もはや自分の足は地面に付いていなかった。
その時、自分は見た。
気付けば、周りには人が少なくなっていた。
僕らはいつのまにか戦場である場所を少し離れていて、背後には敵味方問わず立っている者がかなり激減している。
確かに、ここはもう姫様に荒らされて、もう戦う必要もないのだろう。
これはひどい。
―――。
そうこうしてる内に…野営地まで来てしまった。
というかもう目の前だった!
本当に来てしまった!
いくつもの天幕とそれを囲う柵で出来た敵側の拠点に間違いなかった。
そして、そこにはやはり多くの敵兵が詰めていて、突撃していくエルザ姫の姿を視認した。
少女が一人(+おまけ)が突っ込んでくる、という光景に敵兵も動揺して動きが鈍っていた。
その動揺の硬直の間に、エルザ姫が雄叫びをあげながら肉薄した。
「ヒャッハー!」
柵越しに弓を射る暇など与えない。
あっという間に近づいたエルザ姫は腕を絞りあげた。
「オラァ!!」
エルザ姫が繰りだした一撃は、柵を吹き飛ばした。
この時、エルザ姫が殴り飛ばした破片により、柵越しの向こうにいた敵兵達はかなり悲惨な事になった。
鎧が陥没したり、大怪我をしたり、中には柵の杭が胸に刺さってる敵兵もいた。
『あ、が……うぅ…』『痛ぇ…痛ぇよ……!』『っ……がはぁっ……!』
生々しい上に痛々しい光景だ。
本当にエルザ姫はムチャクチャである。
敵の野営地で、開幕一番でこの被害だ。
「ひ、ひえぇ~…! こ、ここまで来ちゃったよぉ……!」
僕はと言うと……この状況に開幕一番からビビっていた。
来る前からビビっていたが、今ここにいる時点で余計にビビっていた。
エルザ姫は僕を引き摺りながら柵の内側に入る。
そこでようやく緊急事態だと悟った敵兵の怒号が響いた。
「出あえっ、出あえーッ!」
ザカザカッ、と軍靴が大挙して取り囲む音が鳴る。
攻撃を仕掛けられた側が強襲をかけられて、大慌てで野営地にいる全ての兵を動員したようだ。
『くそがっ、ふざけやがって襲撃だと!?』
『囲め、囲めぇ!!』
ワラワラと天幕や物陰から湧いてくる敵兵。
武器を手に、数を頼りに、敵意を露にして八方から僕とエルザ姫を取り囲んだ。
「ひ、姫様ぁ、敵がいっぱいですよぉ…!?」
「おー、いっぱいだな」
自分とは違い、こんな状況でもエルザ姫は不遜な態度を通していた。
臆病な自分と違って、この常識というものが当てはまらないこのお姫様に肝っ玉が図太い。
「(怖い…! この状況怖いよぉ…!)」
左右に視線を見渡すが、周りが臨戦状態の敵兵だらけだ。
もはや逃げ道などどこにもなく、周りが遠巻きにいつ襲いかかってもおかしくないこの状況が怖い。
正直泣きたいけど、声一つでもあげたらどんな刺激を与えてしまうかわからないため、声を出せずにいた。
エルザ姫か、周りの敵兵か……どちらかが先に動こうか緊張感が漂う中、敵兵の中から一人、声を出した。
「エルザ・ミヒャエラ・フォン・デトワーズ……」
その男はなんかすごく恨めしい声でエルザ姫を呟いた。
囲いの中に一歩踏み出してきたのは指揮官らしき男だった。
他の敵兵よりは防具を着けていて、兜には飾りらしきものがあるから、自分の経験上あれが隊長格なのだとわかった。
その男は自分には一切視線を向けず、ただエルザ姫に向かって鋭く睨んできた。
「よくも、おめおめと顔を出せたな…!」
「誰だお前? ここの指揮官っぽいけど、会った覚えはないな」
「貴様にはなくても、こちらにはある! 砦に赴くという情報があったが、まさか本当にいるとはな…! この撲殺姫め…!」
え、なにその呼び名。 怖い。
このお姫様、そんな呼ばれ方されてるの? なにそれ怖い。
「先の戦いの屈辱…何倍にして返してやる!」
何やら向こうの方はエルザ姫…デトワーズ国に恨みっぽいものがあるようだった。
「貴様の国のせいで、我が国は……!」
女の子に対して悪意丸出しで、ギリギリと恨めしそうに睨んでいる。
ちょっと人として近寄りがたくて、自分は口を挟めなかった。
「あ~…」
だが、そんな悪意もそよ風のようにしか感じていないエルザ姫は平然と答えた。
「お前んとこ、確かアレだったろ?」
ピクリ、と隊長らしき男は反応した。
エルザ姫の態度が、この今にも怒鳴り声をあげそうな男の神経を逆撫でした。
「確か最近ウザいくらいちょっかい出してるとこの国だろ? ん?今は属国だっけか? まぁ、そっちから攻めて来て返り討ちにあったんだから、自業自得だろ」
「き、さまぁあ!! 小国のデトワーズ如きが!」
「それで、国力がゴッソリと減って弱った所を軍事国家ガレリアに脅されて、首根っこ押さえつけられたんだろ。 小国以下になるなんて、間抜けだな」
「黙れぇ!!」
ひえぇえ……煽ってる、煽っちゃってるぅ!
チラホラとどこかで聞いた事のある情勢が脳裏を掠めたが、お国事情は自分はよく知らない。
だが、向こうは一方的に私怨を向けている辺り、物凄く嫌な思いをしたというのが伝わってくる。
しかし…。
「ま、いっか。 用事があったから、こっちから来てやったぜ」
エルザ姫はそんな事も歯牙にもかけず、右の拳を掌で包み込んでゴキリ、と指を鳴らした。
「―――全員、ブッ飛ばす」
それが合図となった。
エルザ姫の剥き出しの戦意を目の当たりにして、隊長らしき男は怯んだ。
そのため号令をかけるのが遅れ…肉薄してきたエルザ姫に―――真っ先にぶん殴られる事となった。
「おるぁああ!!」
「っ、んばぁあ!?」
掬い上げるように、真下から叩きつける顎への一発。
首から上がもげそうな凶悪な一撃を受けた隊長らしき男は、文字通り上空へとぶっ飛ばされた。
非常識を体現したかのような光景。
それが、一方的な蹂躙の合図となった。
「そこぉ、次だぁあ!」
隊長らしき男をぶっ飛ばしたら、次の標的は取り囲んでいる敵兵だ。
エルザ姫は多勢無勢なのもお構いなしに、目に付く敵兵を滅多打ちを始めた。
飛ぶ飛ぶ。 敵兵が乱れ飛ぶ。
肉がひしゃげるような音や、鎧が砕けるような音が耳にこびりついてくる。
一息つく頃には10人単位でエルザ姫の拳に倒されていく。
「オラオラオラオラァッ!!」
「(ひえぇ~~~…!)」
おっかない事この上ない。
鎧を纏った男が見る見る内に倒されて減っていくなど、怖くて見てられないくらいである。
怖いが、この野営地を全滅させそうな勢いだ。 マジで。
あちらさんも身の危険を感じたのか、慌てて身構えて武器をエルザ姫に向けた。
もはや向こうも必死であり、数の優位を感じる余裕がなくなった表情を並べた。
「殺れぇ!」
「くそがぁあ!」
鬼気迫る雰囲気で、姫様の周りに何人もの敵兵が襲いかかる。
槍のリーチを活かし、数の差を活かし、八方からエルザ姫に攻撃を仕掛けようとした。
だが、エルザ姫はそれに怯む事なく体を翻し、ドレスが破ける事もなく刃を掻い潜った。
「しゃらくせぇ!!」
あとは、ハエを払うかのような軽さで敵兵達は拳の餌食となった。
もはやその一角は立っている者はほとんどいない。
大きく囲いを作っている敵兵が、攻めるべきか二の足を踏んでいた所を、エルザ姫の視線が向いた。
逃げるか、攻めるか、そんな迷う暇も与えずに標的にされた敵兵にエルザ姫の暴力が降りかかった。
『ぎゃー!』『うわー!』『ひぃー!』
悲鳴がいっぱい聞こえてる。
もうこれは完全に弱い者苛めだ。
エルザ姫という暴力を止める事は出来ないし、自分にはただ見ているしか出来なかった。
「…………はっ!?」
そうだった。 そう言えば自分の事を忘れていた。
エルザ姫のメチャクチャさに置いてけぼりになっていたが、今の自分も結構ピンチである。
あそこでエルザ姫が囲いという囲いをボッコボコにしているけど、全体的な視点で見れば僕はまだ野営地のド真ん中でボサッと突っ立ってるだけである。
ヤバイ……!
エルザ姫があそこで暴れてるから敵兵の注目を集めているけど…今、僕の状況は依然としてヤバイ。
僕…剣一つも持ってない無防備な状態で。
野営地のど真ん中で。
敵兵に囲まれてる状況で。
―――置き去りにされてる!?
「(ヤバイ……この状況、結構ヤバイ)」
今は周りの視線はエルザ姫に向いている。
だがもし…敵兵が意識がこっち向いたら…孤立した僕は逃げ場もなく狙われてしまう……!
サァ~、と血の気が引いていくのがわかる。
どうしよう。
エルザ姫が多勢相手に苛めているけど、ヘタすると今この瞬間にも自分は多勢に苛められる事になる。
武器も無いんだからまともに戦う事なんて出来ない。
じゃあ、あそこでエルザ姫みたいに拳で立ち向かうか?
どこの世界の常識か知らないけど……あんなの無理! 素手で武器持ちを相手に、バッタバッタとなぎ倒すなんて普通出来ないから!!
「……っ…!」
僕は体が震えながら、視線を向けられていないか周りを窺う。
誰にも自分に注意がいってないのを確認する。
そして、自分はなるべく目立たないようにそ~っと、そ~っとその場で身を低くした。
「(どこか…どこか隠れる所を…)」
身を低くしても、ほんのちょっぴりだけ目立たなくしただけだ。
今自分に視線が向けられていないのが極めて稀な状況なのである。
いつ誰が僕に気付いてもおかしくないし、どこか物陰になるような所を探さないと……。
どこか隠れる所が無いか辺りを見回す。
出来ればこの囲いから逃げられる所……は無くもないが、敵兵の近くを通るため怖くて行けなかった。
だが、それでもこのままでいるのも落ち付かなくて、悪あがきのようにキョロキョロと視線を彷徨わせた。
その時だ―――。
敵兵が何人も固まって集団となっている所を見つけた。
何かを中心にして、数人で運んでいるかのように見える。
その敵兵達の身体の間を縫って、“ソレ”が何なのかチラリと見えた。
あれは…要塞を攻める時に使われたのを見た事がある。
大砲だ。
黒々とした太い鉄の筒。
その重さを支える車輪付きの砲身台。
その二点だけの特徴ですぐに思い出した。
確か、火薬と言われる火の力を使って、重い鉄球を押し出して飛ばす兵器。
木材の柵は勿論の事、石を積み上げて出来た壁でも薄ければ破壊して貫通が可能。
“あれは凄い威力だったなぁ”、と印象に残っている。
「あ…」
大砲を中心に固まってる敵兵達の中で、一人松明を持った男がいた。
その男は、砲身に火を近づけて着火しようとしているのが見えた。
大砲の使い方などよく知らないけど。
あの動作が大砲がその力を発揮させるための動作なのだと何となくわかった。
その筒先が狙い定める先には……エルザ姫がいた。
「あ、危ないーーー!!!」
自分は咄嗟にそう叫んで、気付いた時には飛び出していた。
あれってすごく痛かったんだから、砲弾が女の子の体に当たったらいけない。
そして、考えるよりも先に体が勝手に動いた。
エルザ姫と大砲の間に体を割り込ませ―――直後、大砲が唸りを上げた。
「ぐぼほおぉぉおッ!?」
ドカァアン!と轟音が聞こえた、黒煙と炸裂した火が見えた。
その瞬間、飛び出してきた丸い塊が自分の腹部に直撃し、強烈な衝撃が体を通り過ぎた。
これが攻城兵器と言われる大砲の力……。
僕がかつて喰らった時のよりも、大砲との距離が遥かに近いせいか……。
「(すごく、痛い……!)」
自分の体が宙に浮いて、後ろへと押されていく。
腹部に直撃した砲弾は、僕を巻き込んでゴロゴロと転がった。
その威力と勢いを殺されて、エルザ姫の手前の所で僕もろとも地面に転がった。
そこでようやく止まった。
「(んおぉぉ……止まったけど…い、痛いよぉ…)」
お腹がすごく痛い。
内臓がペシャンコになったかと思えるような苦痛。
痛みのあまり、全身がバッキバキに軋むような感覚に呻く。
砲弾と一緒に転がってきた僕を見下ろす姫の顔が視界に入った。
ああ、どうやら無事のようだ。
やっぱり大砲とかさ…女の子に当たるべきじゃないよね……こんなに痛いし。
「バッテン―――」
姫様が、僕を見て、僕を呼んだ。
だから、僕の名前はバッテンじゃ―――あ……ダメだ…これ、意識堕ちる。
エルザ姫は僕を呼んだが、現在進行形で意識が沈みつつある僕は、そこから先の言葉は届かなくなっていた。
そしてそのまま、ストン―――と自分は意識を落とした。
後書き
■軍事国家ガレリア
軍事国家と言うだけあって、軍事力で侵略した領土がいっぱいの大国。
現在進行形で戦を繰り広げてて、バッテンも傭兵として加わった事もある。
国名は「王権」のラテン語読みで「レガリア」から。
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