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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四十三話 鉄の意志

 すぐに行動に移らなければならない、がその前に確認しておく必要が有る。
「軍務尚書閣下。そちらのシューマッハ中佐ですが閣下の副官ですか」
「違う。シューマッハ中佐は有能な男だ。卿の補佐をする事と私との連絡役だ」

「中佐はブラウンシュバイク公とかかわりが有りますか? フレーゲル男爵と」
「何の事ですかな、少将」
「私の勘違いならいいのですが、シューマッハ中佐がフレーゲル男爵とかかわりが有ると聞いたような気がするのですが」

気のせいじゃない。リップシュタット戦役でフレーゲル男爵の参謀だった男がシューマッハ中佐だ。後にエルウィン・ヨーゼフ二世誘拐の実行者にもなる。
「何の事だ、少将。シューマッハ中佐はブラウンシュバイク公とは何も関係ないが」
「閣下。誤解が有るようですが、小官はブラウンシュバイク公ともフレーゲル男爵とも関係有りません」

本当か? だとするとシューマッハがフレーゲルと繋がりを持つのはこれ以後ということになるが? 油断は禁物だがとりあえず信用して見るか。

■ ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

 とんでもない事になった。この国は今内乱の危機に有る、そして少将がその内乱を防ぐ帝都防衛司令官代理だなんて。さらに軍務省からの通達で帝都防衛司令官代理の職にある間、少将の階級は大将となることになった。少将は“殉職したら大将のままですかね”、“二階級特進か、死んで来いってことですかね”などと言っている。そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!
一つ間違えば少将自身も危ない事になる。私はもう逃げ出したくなった。

少将は帝都防衛司令部を新無憂宮の中、東苑の一室に設けた。東苑は政権の中枢であり謁見や会議が行なわれる場所だ。少将は先ず政府を抑えるらしい。帝都防衛司令部には続々と人が集まってくる。憲兵隊、宮中警備隊、帝都防衛司令部所属の艦隊司令官、リューネブルク少将、兵站統括部からも応援が来る。

貴族や官僚たちはなにが起きたのかと聞きに来るが、リヒテンラーデ侯が“ゴールデンバウム朝に敵意を持つものあり、宮中に対してもテロを行なう可能性が有る、そのための処置だ”と言って説明した。その後は憲兵隊が出入り口を封鎖し部外者の出入りを禁止する。

ようやく必要な人員が揃うと、少将が皆に話し始めた。
「エーリッヒ・ヴァレンシュタインです。帝都防衛司令官ラーゲル大将が病気療養のため職務の遂行が不可能となりました。よって小官が帝都防衛司令官代理として帝都の治安と安全を守る事を命じられました」

ざわめきが起きる。無理もないだろう、いかに切れ者と評価が高いとはいえ一少将が防衛司令官代理とはどういう事か、みなそう思っているに違いない。馬鹿にしている、そう思って少将に反感を持っている人間も居るだろう。
「なお、帝都防衛司令官代理の任に有る間、小官の階級は大将となります。お含み置きください」

さすがにだれも口を開く人間はいない。お互いにしきりに眼を見交わす。一部の人間は少将をじっと見ている。皆何かが起こったことを理解したのだ。ただ、何が起きたのかが判らないでいる。

「我々をここへ集めた理由をお教えいただきたい」
発言したのはリューネブルク少将だった。
「先程言ったとおりです。帝都の治安と安全を守るためです」
「?」

「皇帝陛下がお倒れになりました」
「!」
皆の視線が少将に集中する。
「御容態は芳しくありません」
「…」

「知っての通り、陛下は後継者を定めておりません」
何人かがうなづく。
「このオーディンで内乱が起こる可能性があります」
また視線が少将に集中する。そばに居る私でさえ痛いと感じるほどだ。自分たちが何故呼ばれたのか理解したのだろう。

「我々の仕事は内乱を防ぎ、帝都の安全を守る事です」
「……」
「既にリヒテンラーデ侯より通達が出ています。ゴールデンバウム朝に敵意を持つものありと。これは建前です。この建前を利用して内乱を防ぎます」
「それはどういう事ですか」
憲兵隊だろう。中年の士官が質問してきた。

「皇位継承の有資格者をテロより守る。それを名目にブラウンシュバイク、リッテンハイム両家を護衛します」
「護衛?」
中年の士官は訝しげに言って周囲を見渡す。

「憲兵隊で両家を取り囲み、いかなる意味でも人の出入りを禁じます」
「!」
「それは、監禁では」
「その通りです。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯を他の貴族から隔離することでお二方が暴発するのを防ぎます」

「しかし、貴族たちが面会を求めるでしょう。どうします」
「殺してください」
「!」
皆息を呑む。貴族を殺す!何を言ってるか判ってるの。

「皇位継承の有資格者を危険にさらす事は出来ません。貴族たちの中にテロリストの同調者が居ないとは限らないのです。テロリストの同調者として殺してください」
少将はあくまで冷静に殺す事を要求している。そして殺すだけの大義名分は用意されているのだ。周囲は皆完全に少将に気圧されている。一見すると女性にも見える少将が冷徹に殺人を要求している。

誰かが唾を飲んだのだろう。ゴクリという音が部屋に響く。ビロードに包まれた鋼鉄の手、私の頭の中にそんなイメージが浮かぶ。そして少将は今ビロードを脱ぎ捨てようとしている。鋼鉄の爪を振るうために。

「しかし、殺すのはいくらなんでも」
「中途半端に逮捕などすればかえって厄介です。相手に付け込む余地を与えるだけでしょう。殺してください」
「ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が面会を望んだら?」

怯えているような声の問いだった。答えはわかっている、私だけじゃない、皆判っているだろう、聞きたくない。
「殺してください」
「しかし、それは」
「我々の任務は、皇位継承の有資格者をテロより守ることです。我々が守るのは皇帝陛下の御血筋の方のみ。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯は両家の当主であって陛下の御血筋の方ではない。ためらう必要は有りません」

少将の言動には寸分の揺るぎも無い。少将を敵に回したくない。ここまで冷徹な人を敵に回して生き残れる人が居るのだろうか?
「どうしても出来ないというのであれば、ここに連れてきてください。小官がヴァルハラへ送って差し上げます」
「!」

鉄の意志だ。この少年の怖さは二つある。一つは並外れた智謀、もう一つはこの鉄の意志。この二つがエーリッヒ・ヴァレンシュタインを形作っている。軍務尚書が彼を選んだのは間違っていない。彼以外にこの危機を打開できる人間が居るとは思えない。

「このオーディンで内乱が起きれば死者は何千、何万という数になるでしょう。そして必ず内乱は帝国全土に広まる。そうなれば被害がどれほどになるのか…、想像もつきません。我々はそれを防がねばならないのです。そのためなら野心に狂った愚か者などなんのためらいもなく殺せます」
「!」

「小官は大将閣下の指示に従います。装甲擲弾兵第二十一師団への御命令をいただきたい」
リューネブルク少将だ。周囲の視線がリューネブルク少将に集中する。しかしリューネブルク少将は微動だにせず、ヴァレンシュタイン少将を見ている。

「装甲擲弾兵第二十一師団は東苑と南苑の間に部隊を展開してください」
「宮中の警備ですか?」
「いえ、そちらは宮中警備隊にお願いする予定です。第二十一師団は戦略予備とします。万一、暴発した貴族が出た場合にはためらうことなく殲滅してください」

「承知した」
殲滅、リューネブルク少将はその言葉にもまったく動じる事はなかった。むしろ周囲のほうが慌てている。皆決断を迫られているのだ。

「憲兵隊はブラウンシュバイク、リッテンハイム両家を護衛すればよろしいのですね」
声を上げたのはまだ若い士官だった。
「キスリング中佐、控えろ」
「勝手に発言するな」
キスリング中佐というのが彼の名前らしい。中佐の発言を周囲が咎めている。

「では、内乱が起こるのを黙って見ていますか?」
「そんな事はいっておらん」
「憲兵隊に選択肢は二つしかありません。内乱が起こるのを黙って見ているか、それとも防ぐために尽力するかです。小官としては、大将閣下の指示に従い内乱を防ぐべきだと考えています」
「……」

「サイオキシン麻薬の一件で大将閣下の力量は我ら憲兵隊が一番知るところではありませんか。ためらう必要はないでしょう」
周囲がしぶしぶうなずく。わかっているのだ、少将に従うしかない事は。ただ、感情が納得しきれないでいるだけだ。

「では、これより準備にかかります」
「キスリング中佐、夜間の巡回もお願いします」
「承知しました」

結局憲兵隊が動いた事が決め手となった。後は次々に少将の指示を仰ぎだす。全ての指示を出し終わるとリューネブルク少将がやってきた。
「ヴァレンシュタイン大将閣下ですか、なかなかよい響きですな」
「二階級特進ですからね。死ぬ気でやれ、そんなところでしょう」
この二人はまるで緊張感を感じさせない。どこかで楽しんでるんじゃないだろうか?

「どの程度、大将閣下でいられるのですか?」
「そうですね、陛下の御病状が回復するか、ミュッケンベルガー元帥がお戻りになるまでです」
「となると長くても一ヵ月半ですか?」
「そうですね。出来ればもっと短くなって欲しいですが」
「その可能性は?」
リューネブルク少将が声を潜める。

「……判りません」
ヴァレンシュタイン少将は首を振った。
「長くなる可能性も有るでしょう、遠征軍は大丈夫ですかな」
「…多分としか答えられません。戦場では何が有るか判りませんから」
「その場合、状況は最悪といってよろしいが、策は有りますか?」

「…有りますよ。覚悟もあります」
二人の視線が交錯した。しばらくじっと見詰め合う。
「……なるほど。後は閣下の運次第ですな、楽しみにしております」
そう言うとリューネブルク少将は司令部を出て行った。おそらく第二十一師団を呼ぶのだろう。

ヴァレンシュタイン少将は策も有る、覚悟も有ると言っていた。リューネブルク少将は後は運次第、楽しみだといっている。二人は一体何を言っているのだろう。リューネブルク少将はヴァレンシュタイン少将の目に何を読み取ったのだろう…。


 
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