女優の過ち
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3部分:第三章
第三章
そしてそのうえでもう一度釣り糸を海の中に入れようとした。しかしだ。
その時だ。彼女の、いや船の前にだ。とんでもないものが出て来た。
恐竜ではなかった。残念ながらそれではなかった。だがそれは。
まさに幻の存在だった。マネージャーがそれを見て言うのだった。
「あ、あれは!?」
「で、ですよねあれって」
「あの噂の」
「小説にもなった」
テレビ局のスタッフ達も唖然となって言う。
「白鯨じゃないですか!」
「モビーディッグ!」
「実在したなんて!」
「嘘でしょ、本当に」
マネージャーはその目を大きく見開きながら叫ぶ様にして言った。
「あんなのが出て来るなんて」
「大きいですよ、あれ」
「五十メートルありますよ」
「マッコウクジラなのに」
マッコウクジラは普通は二十メートル程だ。しかしだ。
そのマッコウクジラ、白いそれは五十メートルはあった。普通は考えられない大きさである。
それを見てだ。マネージャー達は腰を抜かさんばかりに驚いているのだ。
現地の人達もだ。大騒ぎになっている。
大急ぎで船を動かしだしてだ。それでだった。
白鯨から去ろうとする。皆シーラカンスどころではなかった。
テレビ局の面々はその中でも仕事をしている。何とかカメラを回してその白鯨を映像に撮っている、ところがその中でだった。
奈緒はだ。平気な顔でだ。その海から出ている白鯨を見ながらこう言うのだった。
「あっ、白鯨ですね」
「そうよ、白鯨よ」
「珍しいですよね」
こうだ。落ち着いた顔でマネージャーにも話す。
「白い色の鯨なんて」
「それだけ!?思うのは」
「大きいですよね」
カメラの中でだ。白鯨を見ながらだ。落ち着き払っていた。
「あんな大きい鯨っているんですね」
「だから本当にそれだけ!?」
奈緒にだ。さらに問うマネージャーだった。
「あんたあの鯨にそれだけしか思わないの」
「ですから」
本当にだ。何でもないといった調子である。
表情は穏やかですらある。本当に何でもないといった調子だ。
その顔でだ。彼女は言うのであった。
「白くて大きな鯨ですよね」
「あのね。白鯨って聞いて何とも思わないの?」
「何かって?」
「白鯨って知らないの?」
メルヴィルの代表作である。アメリカ文学の名作の一つでもある。
「あの小説」
「何ですか、それ」
これが彼女の返答だった。
「知らないですけれど」
「白鯨知らないって」
マネージャーはこのことにも唖然となった。実は奈緒はこれまでは水準レベルの知識は備えていると思っていたからである。
白鯨は誰でも知っていると思っていた。しかしなのだった。
彼女は知らないのだった。その白鯨をである。そのことに驚いた。
だが、だった。マネージャーはそれにめげずにだ。今度はこう話したのだった。
「ビッグワンって知ってる?」
「王監督の現役時代のことですか?」
「何でそこで王さんなの?」
「ソフトバンクファンですから」
こうテレビの前で落ち着いて話す。実際に彼女はソフトバンクファンである。それもダイエー時代からの古いファンであるのだ。
「ですから」
「それだと秋山さんじゃないの?」
マネージャーも話を合わせる。実は彼女もソフトバンクファンだ。ただし彼女は九州生まれだからそうであって奈緒は東京生まれだ。
「ホークスだと」
「そうなります?」
「まあ王さんもそうだけれど」
それは否定しなかった。しかしであった。
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