| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Rの証明

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第一話  彼の友達


 立ち並ぶビルの高さは土地の発展を表し、行き交う人々の服装は裕福さとセンスに溢れ、仕事にとスーツ姿で走り回る男達は今日も今日とて生活の為に。
 ヤマブキシティ。それがこの、カントーで一番発展している街の名であった。
 現在建設中のビル、“シルフカンパニー”は技術の粋を集められた高層ビルになる予定。技術者達の、技術者による、技術者の為のビル……そんな謳い文句があるとか無いとか。
 このように何処か他の街とは一線を画すヤマブキシティで一人、とてとてと歩く子供が居た。年齢は……五歳くらいであろうか。
 赤いジャケットを羽織り、ジーパンを履きこなし、これまた赤い帽子を被る姿は、中々どうして、幼いながらも様になっていた。
 ただ、彼の首さえ見なければ、であるが。
 さわさわと風に靡くカフェモカの毛並みは、良く手入れがされているのか艶やかで美しい。普段ならばピンと張っているはずの耳も、少年と共に居る安心からか愛らしく垂れ下がっている。子供のようで、まだ身体の大きさは小さい。
 すやすやと眠るそのポケモンの名前は……イーブイ。様々な進化の可能性を秘めている非常に珍しいポケモンである。
 優しく毛並みを撫でながら、その少年――レッドは街を進む。目指す場所はたった一つ。この街に来てからは毎日、“色々な勉強”の前にその場所で遊んでいた。
 黒服のガードマン二人が門の前に立つ大きな洋館。
 その少年を目に居れた二人は、仕事中の厳めしい顔さえ崩して柔和に微笑んだ。

「やぁ、レッドくん。いつもご苦労様だね」
「ははっ、今日はイーブイを肩に乗せているのか。本当に仲がいい。お嬢様がヤキモチを妬くのも分かる」

 二人はサングラスを外し、しっかりと目を合わせた。彼らの雇い主の言いつけである。レッドと話す時は目を合わせて話せ、というなんともわけの分からないモノであったが、雇われの身ならば主人の言いつけは絶対。
 ただ、直ぐに意味が分かった。何故なら……

「こんにちは、ガードマンのお兄さん。今日もご苦労さま」

 彼に太陽のような笑みを向けて貰うには、自分達の心を覗かせないとダメだからだ。
 レッドは頭の回転が速く、それでいて尚、純粋に過ぎた。
 彼らの主も相応に特殊ではあったから受け入れられたが、他の者ならば眉を顰めたであろう。
 レッドの純粋無垢な眼は他者の心をある程度見抜く。感情の動きを察知し、敵対心持つモノを貫き、狼狽えさせる。言うなれば、ポケモンのような少年であった。
 彼らでさえ最近やっと、主の言いつけで共に遊んだからこそ、こうして普通に接せられるようになった。
 一度打ち解けてしまえば早い。レッドにとっては、彼らはポケモンと同じく友達なのだ。

「今日は庭で待っておいでだよ。行っておいで」

 一人がポンポンと頭を優しく二回叩き、もう一人が小さな出入口の鉄格子を開ける。これが日常。

「いつもありがとう、じゃあ、行ってきますっ」

 ぶんぶんと手を振って駆けて行く彼。庭に脚を踏み入れた途端に、肩で眠っていたイーブイは目を覚まし、飛び降りて共に駆ける。
 その背を見送り、ガードマンの二人は満足げだった。

「お嬢様は……レッドくんと出会えて本当に良かったなぁ」
「違いない。旦那様は忙しいし、奥様からは化け物なんて言われてたんだ。心が歪んでしまう前に、あんないい子と出会えたのは……もう、運命だろうな」
「はっ、気障なセリフだな。だが、悪くない」
「そうさ、悪くない。子供の内くらい幸せに過ごすべき。そう思うだろう? 俺達みたいな奴等にとっては、な」
「……そう、だな」

 打って変わって哀しげに表情を落とした二人。もう見えなくなった彼の背を追い掛けるように視線を庭に投げた。
 轟、と一陣の風が吹いた。彼らの黒いスーツの裾をはためかせる程の強い風だった。
 翻ったスーツの端には、赤い一文字のアルファベットが縫い付けられていた。

 レッドのイニシャルと同じ、“R”の一文字であった。



 ♢♢♢



 光の反射で深いパープルに輝く黒髪が風に靡く。少女にしては完成された上品さで紅茶を味わえば、後に零すため息だけで視線を惹きつけて放さない。
 宵の刻を思わせる深い瞳の内にあるは知性の輝きであるのか、それとも魔のモノに近い魅惑の光であろうか。
 風が吹いた。日よけの帽子が飛んでしまう程の強風。

「あ……」

 声を出してももう遅い。掴もうとした手は間に合わず、悪戯な風に攫われてしまった。
 舞い上がる白の帽子を哀しげに見つめていると、機械音が一つ。
 紅い光線が空に打ち上がる。それはこの世界で毎日のように見るありきたりな光景。
 モンスターボールから出てきたポケモンが、紅い光から一瞬でカタチを作って世界に顕現する。
 蝙蝠を思わせるそのポケモンは小さな翼をはためかせ、大きく開いた口で見事に帽子をキャッチした。
 パタパタと羽音を響かせながら降下してきたそのポケモン――ズバットは、召喚した主であるキャップを被った少年の元に近寄ると、優しく帽子をその手に落として肩に留まった。

「ん、良い子」

 愛情を持って撫でる指先に擦り寄るズバットは肩に幸せそうに鳴き声を上げる。それを見上げるイーブイは何処かふくれっつらをしてその光景を眺めているが邪魔をするつもりはないらしい。
 ジトリ……と少女は少年のことを睨んでいた。

「……遅い」
「ごめんね、朝ごはんを作って洗濯してたんだ」
「そんなの使用人に任せておけばいいでしょう?」
「ダメだよ。自分で出来ることは自分でしたいんだ。ナツメも今度一緒に料理してみる?」

 にっこりと微笑まれて、むぅっと頬を膨らませた少女はそっぽを向く。
 彼の家ならば料理や洗濯ならそれこそ家に仕えるモノがしてくれるはずなのだ。だというのにレッドは自分でなんでもやりたがる。

 家事を行うのが育ての親と接点を持つ為の口実であることは、この少女――ナツメも理解していた。
 多忙を極めている彼の親は、朝くらいしか会う時間が無いのだ。
 ナツメにはそれが少し羨ましい。

 彼女の実家は裕福であった。
 元々このヤマブキシティに暮らしている人々は富裕層が多く、彼女の家もその中の一つ。
 仕事で忙しい父と母。どちらもやり手な為か、自然とナツメとの時間は減ってくる。
 どうにか接点を持とうと思っても、幼い彼女に出来ることなどそれほど多くない。しかし、裕福である為に、レッドのように家事を手伝うということも生まれた時からしたことが無い。
 齢七歳となった今でも、全ては使用人にまかせっきりである。

 ただ、そんな彼女には一つ特殊な力があった。
 キン、と頭の中で音を鳴らす。目を瞑ったナツメは彼の頭を覗き見た。
 浮かんでくるのは……楽しそうに笑いながらハムエッグトーストを齧る壮年の男とレッドの食卓風景。
 彼女がうらやむ家族の食卓が、其処にあった。

 そう……彼女はエスパーだった。

 幼い頃に発現したその力は、手に持った朝食用のスプーンが勝手に曲がった時に気付いたモノ。
 それを目撃した母の眼は今でも忘れることは無い。化け物を見るような、そんな目。
 明日は雨が降るよ、と教えたこともあった。
 事故が起こるから今日は仕事に行かない方がいい、と伝えた日もあった。
 そして家に侵入した盗人を……超能力で脳死させたのが最後。

 母は彼女を避け、父は仕事を理由に彼女との接触を拒み、使用人達も不気味なモノを見るような目で見るだけとなった。
 テレパスも、サイコキノも、テレキネシスも……彼女を助ける為に存在しているのに全てが彼女を人から遠ざける。まるでお前は人では無いと、そう伝えるように。

 人は自分には無い力を持つモノを恐れる。故に、彼女は一人ぼっちとなっていた。
 部屋のベッドの上でケーシィ人形を抱いて過ごす毎日。人間などもう信じないと、そう思い始めた頃。そんな彼女の元に現れたのがレッドだった。

 父の取引先だという男がレッドの育ての親で、年齢も近いということで取り引き交渉の間に共に遊ぶこととなったのだ。
 正直な話、ナツメはどうせすぐにレッドも他の人間と同じように恐れるのだろうと諦観していた。だから、どうせなら拒絶される前に拒絶してやろうと思った。

 庭先でケーシィ人形を抱いて座っていた彼女の元に現れたレッドを睨みつけ、彼を能力で吹き飛ばした。
 吹き飛ばすと言っても尻もちをつかせただけだ。怪我をさせるつもりなどなかった。ただ、自分の空間に入って来るなと拒絶したのだ。

 動かない少年。止まる時間。
 ほら、どうせ人間などこの程度だ、と落胆する心。もう興味が無いと、ナツメはケーシィ人形を抱き締めてそっぽを向いた。
 しかし……彼はその時笑った。

『すごい! ねんりき!? サイコキネシス!? いいなぁ! ポケモンと同じことが出来るなんて!』

 驚いてレッドを見ると、彼は満面の笑みで立ち上がってナツメに笑い掛ける。そして……ぽん、とモンスターボールから一匹のポケモンを呼び出した。
 可愛くてふわふわした、小さな小さな友達を。

『初めまして、ボクはレッド。この子はイーブイ。ヤマブキシティでしばらく暮らすことになったんだ。よろしくね』

 ゆっくりと差し出された手をどうしていいか分からなかった。
 疑心暗鬼にかられた彼女はいつもの通り、自分を守る為にテレパスで少年の思惑を見透かそうと試みる。しかしそこには……眩いばかりの、まっさらな心しか無かった。

 そんな心を持った人間になど、出会ったことが無かったから。
 少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしくて……彼女は俯いてしまった。
 そんな彼女の手を握って、少年はまた笑う。ナツメは、その笑顔に見惚れた。

『一緒に遊ぼう? 今度はボクが得意なことを見せる番だから』



 出会いの記憶は甘い。
 しかし彼と出会って家族の冷たさを思い知らされたのも事実。
 微笑ましいその、昔はあったはずの遠い食卓風景に、ナツメの心はギシリと軋む。

 だが、ここ最近でそれも乗り越えた。
 テレパスで読んだ風景に嫉妬しつつも、目の前の少年を憎むことは出来ない。それが筋違いだと理解出来るくらい彼女は聡明で、何より彼との時間をそんなくだらない事に費やすのが嫌だった。

「……帽子」
「ん、次は飛ばされないようにね」
「うん」

 受け取り、被りなおした帽子を目深く引き下げる。
 恥ずかしそうに彼女は腰に付けた手鞄の中から取り出したモンスターボールのスイッチを押して、いつものように彼女のパートナーを呼び出した。
 紅い光と共に現れた小さなキツネのようなポケモンは、眠たげな目を擦って地面に座っていた。

「ケーシィの毛づくろいお願いね」
「うん。じゃあズバットの方は頼むね」

 仲良さげに、少年と少女は二人で地面に腰を下ろした。
 なんでもない日常の風景。友達同士の優しい時間。
 二人の間に広がる穏やかな空気は、今日もまた、誰にも邪魔されることなく続いて行く。

 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。

現状のストックはこれだけです。
文字数は五千字程度と少な目になりますが、よろしくお願い致します。

ではまた 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧