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Rの証明

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プロローグ



 彼の思い出は赤から始まる。
 其処には自分の名と同じく、轟々と燃える赤が揺れていた。草原も、家屋も、木々も、人も……赤く、赤く彩られていく。
 記憶にある彼が考えていた事は何であったのか。
 ポカンと口を開け放って、子供が泣き叫ぶ声にも、隣人が苦痛を訴える叫びにも心動かされず、ただその炎を見つめて、

――綺麗だなぁ。

 そんな事を考えていた。

 逃げて! 叫びと共に圧された背中の感触だけがやけにリアルに残っていた。
 火が回っている事にも気付かず二回で留守番をしていた自分を救う為に、母が助けに来て……落ちてきた天井に押しつぶされる前に、外へと逃がしてくれたから。
 その時は泣き叫び、助け出そうと近寄ろうとした。
 来ちゃダメ! 叫ばれて彼の脚は一瞬だけ止まった。それでも、母を放っておけるはずは無く、近付こうとした。
 どうにか近くに居た人に止められて、年の割には聡明だった彼は母が助からないと悟ってしまった。
 泣き叫んだ。何度も、何度も母を呼んだ。救えないと分かっていても、助け出そうとした。
 されども大人の力に勝てるわけが無く、あがいてもあがいても、彼はそこから動けなかった。

 燃える木材の下で、安心させるように穏やかに笑う母を見た時に、彼の心は壊れたのかもしれない。
 炎に包まれた熱さに耐えきれず張り上げられた断末魔を聞いた時に、彼の心は歪んだのかもしれない。

 母の命を燃やしているような炎が綺麗だと、思ってしまった。
 母が最期にくれた贈り物だと、思ってしまった。

 記憶が曖昧な彼は、それから数時間、自分を止めた誰かが絶対に此処を動くなよと言い残して慌てて他の人を助けに行ったから、火を見つめて過ごした事しか覚えていない。

 何も感じなかった。何も心が動かなかった。

 救援されて数日経っても、目に焼き付いた炎だけを考えて呆然と過ごしていた。
 火災の原因が人と人とが争った末に起きたのだと聞いても、なんら、心に浮かぶ感情は無かった。
 ただ一つ心が動いたのは、避難場所の隣街でポケモン達が自分になついてくれた事。何故か懐き、じゃれてきて、触れ合う内に、楽しいと素直に感じられた。自然、という大きな存在に所属する彼らだけが、炎と同化した母と同じモノだと感じていたのだろう。
 そんなある日、田舎町である為に孤児院も無く、ポケモンセンターで寝食を行っていた彼はとある光景を目にする。

――どうして戦わせるんだろう。こんなに可愛くて、暖かい子達なのに。

 繰り広げられていたのはポケモンバトルという決闘。
 膝の上で眠るポッポを撫でながら、純粋に、それまで考えた事も無かった事実に彼は頭を悩ませた。
 楽しそうに“バトルしようぜ”と言う人間たちに疑問を持った。後に、自分が戦わせたポケモン達を見て心配そうに駆け寄る人間たちが、さらに不思議だった。

 だから、彼はそれから数日後に差し出された手を取ったのかもしれない。

 コラッタが二匹、すやすやと隣で眠っていた。ポッポが膝の上であくびをしていた。自分の居場所だとでも言うように、オニスズメが頭の上で目を光らせていた。
 どれもが野生では無く、ポケモンセンターに預けられた他人のポケモンであった。主が戻ってくると彼の元を離れ、また別の、リハビリ中のポケモン達が彼の元に集っていくのが彼の日常である。

 一人の男は、なんとも面白いモノを見つけたというように、窓で哀しげに眉を寄せてバトルの様子を見つめている彼に近付いて行き声を掛けた。

「なぁ坊主。ポケモンと共に生きたいか?」
「……うん」
「そいつらが生きる世界を守りたいか?」
「……うん」
「なら、俺と一緒に世界を変えよう」
「世界を、変える?」
「ああ、そうだ。世界を俺達のモノにしてやればいい。人を支配すれば、ポケモン達だって守れるからな」

 言葉の意味を理解するには、些か彼は若すぎた。
 それでも彼にとって、その誘いは甘美な響きを持っていた。

「……バトルなんかさせなくても良くなる?」

 ふと、男の瞳に陰が差す。哀しみなのか、怒りなのか、彼には分からなかった。

「それは坊主次第だ。俺が変えた後は、坊主が変えたいように変えればいい。方法などいくらでもある」
「……おじさんの話、難しい」
「おじっ……コホン、まあ、俺と来るなら坊主が変えたい世界のカタチが見つかると思う」

 彼はじっと、膝の上に座るポッポを見つめた。恥ずかしそうに見上げてくるくりくりとした瞳に見つめられて、彼の頬が緩まる。

「分かったよおじさん。ボク、おじさんに着いて行く。ポケモンが傷つかない世界に出来るなら」

 見上げた瞳には決意の色。煌々と光り輝く瞳は、男が直視するには眩しすぎた。
 それでも目を逸らさず、男は彼の瞳を覗き込む。

「……契約成立、だな。坊主、名前は?」
「レッド」
「そうか。ほら、お前ら。レッドの門出だ、祝いを込めて見送ってやれ」

 ビシリと張りのある声で男が言うと、レッドの周りに居たポケモン達は、寂しそうな目をしながらも何故か一列に並んだ。
 おお~、と彼は素直に驚いた。どうだ、と自慢げに笑う男は子供のようだった。
 一匹一匹の頭を撫でながら、レッドは微笑みを残していく。

「バイバイ、皆!」

 最後にふりふりと手を振って向き直り、そのまま手を男に差し出した。

「おじさんはこれからボクのお友達だよね? だから握手」
「まずおじさんと言うのをやめろ。まだそんなに年は行ってない」

 手を握り返すこと無く、咎める声には不満だけがあった。レッドと話している男の方が子供のように見えるだろう。

「おっちゃん」
「それもダメだ」
「……まだ名前も聞いてないから分かんない」

 口を尖らせたレッドに、男はニッと歯を見せて笑って見せた。レッドはその笑みを不思議そうな眼差しで見つめた。

「これから一緒に暮らすんだ、友達というより家族だろう」
「家族? お母さんと同じ?」
「それも……レッド次第だ」
「また難しい。おじ……むぅ、はやく名前教えて」

 くしゃり、と頭を撫でられた。名前は教えてくれなかったが、悪い気分はしなかった。
 漸く手を繋いで貰い、そのまま引かれて、レッドはゆっくりと歩きだした男に倣って進む。二人共が何も聞かず、何も言わなかった。
 ポケモンセンターを出て少し行った所で漸く、レッドの手を離して向き直り、今度は男の方から手を差し出した。

「サカキ、俺の名前はサカキだ。これからよろしくな、レッド」
「……うんっ!」

 それがレッドの心に刻まれている、サカキとの初めての思い出であった。

 
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