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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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25.荒くれ者の憂鬱

 
前書き
唐突なQ&Aコーナー「学べるオッタルの知恵袋2!」

主:オッタルさんてオーネストのスキルとかアビリティ知ってたりします?
オ:やめておけ。
主:え、唐突に!?どういう意味ですかそれ?
オ:……途中で数えるのが億劫になる程にあるからだ。おそらく本人も正確には把握しておるまい。
主:えぇー……さ、参考までにどんなのがあるんですか?
オ:正確な名前は知らないが、フレイヤ様曰く既にアビリティとスキルの境が曖昧なほどあるらしく、名前を挙げると『部位破壊』『投擲』『壊癒力』『的中力』『逆襲撃』『超耐性』『調合』『神秘』『治療』『凶運』『滅拳』『破砕』『威圧』『真眼』『狩人』『察知』『増血』『覚醒』『貫通』『狂闘士』……etc……etc……。
主:もういいです。ありがとうございました……ん?『調合』……?
オ:アズライールに薬学を教え込んだのは奴だ。あいつはその気になれば何でも出来る。
主:どういうことなの……。 

 
 
 ヘファイストス・ファミリア製の最高級武具は、その質の良さと高名さゆえに非常に高価格で取引される。それこそ剣一本でもオラリオの外ではしばらく遊んで暮らせるだけの額だ。故に、そんな剣をおおっぴらに見せびらかしているのは泥棒にとって「盗んでください」と言っているようなものであり――取り上げる手は数あれど、泥棒の格好の的だった。

(……どこのどいつだか知らねぇが、そんな細身のクセに高級品ぶら下げてんのが悪いんだよ)

 男がターゲットにしたのは、金髪の冒険者。後ろ姿しか見えないが、十代後半といった風体で体は細身だ。その背にはヘファイストス製だと一目でわかる品質の高い剣が三本。おそらくは自分の物ではなく、知り合いか先輩に整備でも任されたのだろう。
 後ろから素早く引き抜いて人ごみに紛れれば、誰が盗んだのかは意外と気づかれない。こういう場合、盗まれた方が間抜けだというのがこの街の見解だ。

(へへっ……精々その剣の本当の持ち主に怒られるんだな!)

 気配を消し、歩調を合わせて背後に回り込み――その盗人は剣へと手を伸ばした。
 直後、伸ばした手が掴みとられ、想像を絶する握力に『骨ごと握り潰された』。
 錯覚――掴まれた手首から先が爆発したような激痛と共に、ぞっとするほど冷たい言葉が紡がれた。

「………薄汚い手で俺の持ち物に触るな。不愉快だ」
「あ………う、ぎゃあああああああああああああああッ!!?」

 オラリオに一人の男性の醜い断末魔が響き渡った。
 遅れて、理解する。金髪の冒険者が剣を盗もうとした男の腕を振り返りもせずに掴みとり、握力だけでへし折ったという事を。そして男が悲鳴を上げても尚振り返ることはなく、金髪の男は何事もなかったかのように歩いて去っていった。

「ああ、あっ、あぁああああ………!!」
「お、おい!大丈夫か!?」

 男は往来の真ん中で自分の腕を押さえ、夥しい脂汗をかきながら叫んでいる。その腕は手首から先が本来曲がらない筈の方向へと折れ曲がり、肌は薄紫色にうっ血している。周辺の冒険者は突然の事態に戦々恐々しながら男の周囲に集まる。

「しっかりしろ、何があったんだよ!?」
「事件か!?ギルドに報告か!?」
「ああ、気にすんな。ソイツ『狂闘士(ベルゼルガ)』に絡んで腕を折られただけだよ」
「なんだ『狂闘士』か。なら問題ないな」
「モグリかよこいつ。心配して損したわー」
「ぐあああ……あ、ええ?ちょ、待っ………!」

 男の周囲に集まった人々は興味を失ったように普段の生活に戻っていく。てっきり誰か助けてくれるものだと思っていた男は驚愕と困惑の入り混じった表情で周囲をキョロキョロするが、皆の反応は割と冷ややかだった。

「な、何でそんなに冷静なんだよ!アイツいきなり俺の腕を折ったんだぞ!?何もしてないのに!!」

 ……ここでさらりと自分の窃盗未遂を誤魔化そうとする辺り、案外逞しい男だ。しかし、周囲の目は呆れ果てた様な非常に冷ややかなものだった。

「な、なんだよその目は!俺がおかしいってのか!」
「……お前さぁ、『君子危うきに近寄らず』って言葉知ってるか?」
「そ、それくらい知ってらぁ!あぶねぇ橋だって分かってんなら態々渡んなってことだろ!?ば、馬鹿にすんなよ!」
「お前が手ぇ出した男はなぁ………その『危うき』そのものなんだよ。あいつは『狂闘士(ベルゼルガ)』だぞ?他人を平気で斬りつけるこの街で一番イカれた男なんだぞ!?腕一本で済んだことを有り難く思いやがれこのトンチキ野郎!!」
「……え?あいつが『狂闘士(ベルゼルガ)』ぁッ!?」

 『狂闘士(ベルゼルガ)』。それは、この街で最も喧嘩を売ってはいけない相手TOP3に入るほどの超危険人物。金髪金目の悪魔とさえ呼ばれるそれは、超越存在(デウスデア)たる神にさえ平然と刃を向ける本物の狂人。
 自分が手を出した相手がその『狂闘士』ことオーネストであったことを漸く理解した男は、やっと自分がどれほど愚かしい真似をしたかを理解した。オーネストと言えば今までに個人でいくつものファミリアを隷属・脅迫・壊滅させてきた経歴を持つ恐ろしい冒険者だ。一説ではそのレベルはオラリオ最強である『猛者』オッタルと同格ではないかとさえ言われている。
 つまるところ、最悪の場合は手どころか上半身と下半身が分離する可能性まであったのだ。その事実を知って尚強がれるほど男は逞しくない。

「……すいません、何でもありません。お家に帰ってポーション飲みます」
「そうしとけや。そして次からはこんな真似すんなよ?周囲に被害が出たらマジで洒落にならんからな」

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、とは言うが、男が手を出した虎は余りにも巨大すぎたようである。

「……しかし、そういえば今日の『狂闘士』はいつもの覇気がない気もするな」
「隣に『告死天使』がいねぇからいつもより気を抜いてんじゃねぇの?」
「いや、あいつら仲いいから寂しいのかも!なーんだあの化物そんな人間みたいな感情あったん――」

 直後、噂話をしていた数人の足元に大砲のような威力の投げナイフが飛来してゴバァッ!!と石畳を粉砕した。

「……ヒトノワルグチ、ヨクナイネ」
「ウン、ホントダネ」
「オーネストサンハウラオモテノナイステキナヒトデス」
(こいつら調教済みだ……)

 なお、投げナイフもヘファイストス・ファミリア製だったが流石にそれをチョロまかそうとする人は現れなかったのだが、後に通りすがりのシル・フローヴァがコイン落としたフリして鮮やかな手際で回収したという。



 = =



(いかんな……今のは俺らしくなかった。くそっ、何度経験しても『この日』だけはナイーブになる……ガキが風呂で髪を洗いたがらないのと同じ気持ちなんだろうか)

 オーネスト・ライアーは朝から憂鬱だった。
 目が覚めた直後には「たまには二度寝くらいしてもいいか」と思って二度寝をしてはアズに起こされ、朝食では「たまには味わって食べるか」と思ってゆっくり食べてみてはメリージアに「美味しくなかった?」と涙目になられ、食後に「たまには郊外に釣りにでも行くか」と釣竿を出そうとしたところでとうとうアズに止めを刺された。

「おい、オーネスト。お前なぁ……いい年こいて牛歩戦術なんてやってんじゃねえよ!とっとと装備抱えてファイさんの所に行ってこいッ!!」
「……ぎゃふん、だな」

 そう、オーネストにはダンジョン潜りから戻った翌日にやらなければいけない約束事がある。それは、ヘファイストスの所へ向きの整備と補充をしてもらいに行く事だ。しかも既に昨日の墓参りの際にヘファイストスと顔を合わせているため、向こうも既にオーネストが地上にいる事は承知済み。要件から逃げる隙がもうない。
 ヘファイストスは決して悪い相手ではない。ないのだが……ないのだが……しかして、これ以上駄々をこねて約束を違えるのはオーネストの流儀に反するのも事実。まるで上に黄金のガネーシャ像が乗っているかのように重い腰を、ゆっくり持ち上げる。

「はぁぁぁぁぁぁぁ~~~……行ってくる。明日の朝に帰るから晩飯はいらん」
「おう、いってらっしゃい。ファイさんにもよろしく言っておいてくれよな」
「どうせあの人の事だから昼メシも用意済みだろ。メリージア、弁当はいらん」
「はぁ~い。では……いってらっしゃいませクソ野郎~~~♪(※悪意0%)」
「行ってくる……」

 完全に出張に行くお父さんを見送る親子である。ただし、何故かアズがカミさんに見えるが。

 ……とまぁ、こうしてオーネストはヘファイストス・ファミリアのホームへと重い足取りで向かっているのである。
 いつからだろう、こんな子供のような駄々をこねてまで苦手な事を避けようとしたのは。過去を振り返り、今の自分と比べる。昔は……そもそも、逃げる余裕もなく理不尽が殺到してきていた。逃げるとか逃げないと考える余裕もなかった。

「まるで微温湯(ぬるまゆ)、だな……」

 ぽつりと口をついてそんな言葉が漏れる。

 オーネストの生活は、年を追うごとに楽で安定したものになっていく。8年前の自分とはまるで別物のように思えるほど、今のオーネストには不自由がない。潤沢な資金、屑に負けない力、『狂闘士』という役割(ポジション)。そして――裏切りも死別もしていない、友達。

 かつて、泥に塗れながら路地裏をかけた日々。千の夜、万の出会い。数えきれない裏切り、浮浪者狩り、強盗、陰謀、妄執、傲慢、死別、身体に刻まれた傷……それでも戦うために砥ぎ続けた牙。あの頃はまだ弱くて、誰彼かまわず噛みつき、ありもしない優しさに縋ろうとし、何度も嗚咽と共に落涙した惨めったらしい時代。
 しかし、オーネストという戦士を鍛え上げて今という瞬間を構成しているのはそれだ。痛みや苦しみを呑み込んで罪を背負い、誰かを傷付けて生き延びてきた哀れな男にとっては、それが世界だった。そこで敵を作り、敵を作られ、敵になり、飢えた狼のように暴力に狂い続けた。

 何もかもが足りなかった。
 何もかもに飢えていた。

 ――何も考えなくてよかった。

 だが、結局人間というのは過去に縛られた行動しか出来ない存在だ。
 自由を求めれば自由に縛られ、変化を求めれば変化に縛られる。
 オーネストと名を変えても、結局は『かつて』に縛られた。ヘスティアとヘファイストスの献身、時折姿を見せるかつての親友、目には見えない誰かの罪滅ぼし……折り重なる誰かとの繋がりはいつしか甘さとなり、甘さは過去と現在を矛盾させ、矛盾は妥協を呼ぶ。

 アズライールと名付けられた男が来て――それからメリージアが館に住みついて――その頃から、オーネスト・ライアーはすっかり安定してしまった。望む望まざるに関わらず、どこか緩い存在になってしまった。
 それをどこかもどかしく感じるのは、きっとオーネストという最大の嘘で塗り固めた壁の向こう側からの――

(……いや、止そう。俺はオーネスト・ライアーだ。真実を偽ろうとも、事実を偽った試しなどありはしない。目の前に事実があるならば、未来(あす)のことなど知ったことではない)

 それより問題なのはヘファイストスだ。ここ数年で猛烈に加速した甥馬鹿神のエネルギーを、最近はもういなしきれなくなっている。ある意味あれも凄まじく飢えた存在だった。……オーネストのそれとは完全に別次元の方向へ突き抜けているのだが。

 自分の悩みと比べて比較対象があまりに馬鹿らしい。オーネストは目尻を押さえて大きなため息をついた。



 = =



 オーネストがヘファイストスの元に行きたくない理由は、主に彼女に会いたくないというどこかゲンナリした思いによるものである。しかし、実を言うとそれだけが理由という訳でもない。

 嘗てオーネストが無名だったころは、度々ヘファイストスの元を訪れる若い冒険者を、周囲は奇異の目で見こそすれヘファイストスが喜んで迎え入れていたため「弟子(ファミリア)にでもするのか?」くらいに思っていた。元々、彼の神は身元に問題があっても気に入ったら簡単に受け入れる寛容さがある為、その頃は不審に思われなかった。
 しかし、オッタルとの喧嘩以来オーネストの悪名は街に爆発的に拡散され、周囲もヘファイストスの元に訪れているのが「あの」オーネストであることに気付き始めた。そうすると当然ながら、よくない噂が瞬く間にファミリアに伝達していく。

 曰く、ヘファイストスはあの男に手籠めにされている。
 曰く、ヘファイストスは犯罪の片棒を担いでいる。
 曰く、ヘファイストスは実は年下趣味である。

 どれをとっても事実無根―― 一番下は絶対とは言い切れないが――な上に、どれもヘファイストス・ファミリアのイメージをマイナスに下げる物ばかり。これ以上オーネストが足繁くヘファイストスの元を訪ね続ければ、ファミリア内の不和、ブランドイメージの低下、更には彼の抱える余計なトラブルに関して言及される事態になりかねない。

 オーネストは自己犠牲を伴った献身が嫌いだ。だから、今まで様々な鍛冶屋と縁を切ってきた時と同じように、噂が立ったのを知った時点でヘファイストスの元に通うのを止めた。通った期間は1年以上――人生の中では最も長く続いた専属契約だった。

 ところがどっこい、通わなくなって数日後にヘスティアが館に転がり込んできた。
 曰く、「キミが工房に来ないってヘファイストスに毎晩ヤケ飲みに誘われて、ボクの肝臓はそろそろ限界だよ!!」だそうだった。とりあえず、二日酔いに効く薬を調合してあげた。
 翌日、今度はヘファイストス・ファミリアの椿・コルブランドという女が転がり込んできた。
 曰く、「主神様が『あの子が来ない~あの子が来ない~』とめそめそ嘆いて仕事をしてくれませぬ。手前の胃はもう限界であります!!」だそうだった。とりあえず、胃に効く漢方薬を調合してあげた。

 オーネストは迷惑をかけるのが嫌で身を引いたのに、何故かもっと迷惑が掛かっている。どこぞの少女向け恋愛小説でもあるまいし、ヘファイストスがそこまでオーネストを重要視しているなど予想だにしていなかった。これは今も昔もそうなのだが、どうにもオーネストは自分を重視しすぎるが故に他人の自分に対する評価をあまり考えていない節がある。今回のこれは、その性質が招いた失敗と言えるだろう。

 結果、妥協に妥協を重ねたオーネストはやむなく新たな方法でヘファイストスの元に通うことにした。

 この時間帯には完全に人通りが無くなる路地裏に入ったオーネストは、気配を探って周囲に誰もいないことを確認すると壁にもたれかかる。そして、静かに詠唱を開始した。

『己が自由の為ならば、我が身を虚偽にて染め上げよう。汝は炎を掴めるか。風を抱擁できるのか。出来ると真に思うなら――袖を掴んで真の名前を告げてみよ――』

 この時を除いて一切合財使用する気が皆無な魔法『万象変異(トランシア)』を使用し、オーネストの身体を魔力の光が包む。

「――最近、これに慣れてきた自分がいるのが気に入らん……」

 数秒後、そこにはどこかオーネストの面影がある金髪金目の美少女の姿があった。元々オーネストが細身で軽装なこともあり、服装的にも女性冒険者として不自然な所はない。いや、むしろオーネストと同じキツめの眼光のせいで妙に様になっている。他人が彼女を見ても、まさかそれが変身したオーネストだとは考えないだろう。
 『万象変異(トランシア)』はオーネストが全く習得する気が無かったのに何故か習得してしまった固有魔法だ。その効果は凄まじく、なんと変身どころか詠唱通り自分の身体を炎や風にまで変化して動き回ることが出来る。恐らくこの世に現存する最高位の変身魔法だろう。

 ヘファイストスの元にオーネストが通っていることを悟られないために屋敷を出た後に一目の付かない所で別人に変身することで普通の冒険者を装う。こうしてオーネストからヘファイストスへの直通の関係を誤魔化すことが出来るのだ。
 ちなみに性別を変えているのはオーネスト本人と確実な違いを付けるため。それでも外見がオーネストに似ているのは、彼が自分を偽るのを嫌っているから性別だけを入れ替えているのが理由だ。

 女の姿になったオーネストは、そのまま路地裏を突っ切ってファミリアホームへ足を進める。
 本当なら表通りを通った方が早いのだが、この姿は周囲から見れば相当な美人らしく、ナンパなどを受けて余計に面倒なのだ。

(どいつもこいつもたかが性別が変わったくらいで食いついてきやがって……どんだけ女が好きなんだ、この街は?)

 きっと助平男の性なのだろう。オーネストには永遠に理解できないであろう感覚だ。
 ちなみに、前に一度表に出た際にはこんなことがあった。ロキとリヴェリアに偶然出くわしたのだ。女好きのロキは案の定初めて見る女に食いついた。

「その金髪と金目……そしてグンバツなスタイル!まるでアイズたんのお姉ちゃんやないか……姉妹丼かぁ、それもええなぁグヘヘヘヘヘヘヘヘ……へぐぉ!?な、何で頭を小突くねんリヴェリア!」
「ロキ、4度ほど死んでくれ。もしくはアズと一緒に旅にでも出て二度と戻って来るな」
「………もう行っていいか?付き合ってられん」

 そういえばその場にアイズはいなかったが、彼女もオーネストも金髪金目である。
 一部では本当に血が繋がっているという噂もあるのだが、アズを通してロキに彼女の両親についての探りを入れたところ「親戚の可能性もなくはないです。」だそうだ。……いいや、きっと偶然だろう。

 どうでもいい事を考えているうちに、オーネストはホームに着いた。
 時間帯の関係かそれほど人のいない受付に歩み寄り、カウンターに肘をかけて受付に声をかける。

「失礼。椿は今いるか?」
「あ、ブラスさんお久しぶりです!ちょっと待って下さいね、呼んできますからっ」
「ああ、頼むよ」

 ここではオーネストはブラスという名で椿と専属契約をした事になっている。こうすることでヘファイストスと直接繋がっていることを偽装しているのだ。周囲はブラスの素性を良く知らないが、椿の契約者ということで無碍にされることはない。

 なお、ブラスは表向き『契約冒険者(テスタメント)』と呼ばれる特殊な冒険者ということになっている。契約冒険者はいわば冒険者の傭兵であり、年間契約の代金と引き換えに即戦力を求めるファミリアへ次々に『改宗(コンバージョン)』をするレベル2以上の冒険者の俗称だ。
 特定の主神に腰を据えて仕えないため不心得者だと嫌われることもあるが、新参ファミリアでは教官やアドバイザー役として『生き残る方法』を教えてくれる。お金と同じく義と信用を重んじて悪目立ちを嫌う気質の彼らは、この街の新参ファミリアの成長を密かに支える陰の功労者とも言えるだろう。

 契約冒険者は基本的に同じファミリアに居座らないため、悪目立ちしたり大きな手柄を上げる事は極力避ける。もし自分が『あのファミリアの冒険者』と周囲に認識されると仕事に不都合だし、本人が抜けた後のファミリアにも迷惑をかけるからだ。しかも彼らの情報は基本的に神と神の間でしか行われないため、『契約冒険者』は目立たない。よって、ブラスが実は「存在しない冒険者」であっても怪しまれることはまずない。

 が。

「ブラスさんってお肌綺麗ですよね。髪もサラサラだし……特別な美容法とかあったりするんですか!?」
「さぁな。心掛けているのは溜まったストレスをその場で発散するくらいだ」
「おお……!確かにストレスは美容の大敵ですよね!うぅん、今度ショッピングにでも行こーっと!」

 ……このように、女になった弊害かよく話しかけられる。騒ぎを起こさないように可能な限り大人しくしているオーネストだが、オーネストから傲慢さや自分勝手さを引いてしまうとある物が残ってしまう。
 それは――外見的な魅力とミステリアスな雰囲気だ。
 元々オーネストは外見だけならオラリオでも指折りの美丈夫として知られている。それがブラスとして化けている現在はむしろ普段の危険な雰囲気が減少して、普段以上にその外見的魅力が際立っているのだ。
 今日もブラスの元に、叶わぬ恋心を掲げた哀れな男がやってくる。

「ブラスさん!こ、ここっこっ……」
「コケコッコーか?随分とお寝坊な朝の合図だな」
「いえ鶏のモノマネではなくてですね!こ、今晩お食事でもどうかと……っ!」
「おいテメェ抜け駆けしてんじゃねぇ!!」
「アンタみたいなムッサイ男にブラスさんが振り向くわけないじゃない!生まれ変わって出直しなさいよ!!」
「あーっ!!てめッ、言うに事欠いてなんてこと言いやがる!男は逞しくてナンボだろうが!」
「………暇なのか物好きなのか、或いは両方か?客を口説いている暇があったら鉄を打ってろよ」
「何をおっしゃるブラスさん!鉄も恋も熱いうちに打たねば完成されんのですよ!」
「上手いことを言う……と言いたいところだが、俺の心に火をつけるには熱が足りないな。そんな調子では仕事も女も仕損じるぞ?」

 どちらにしろお前の追いかけている『ブラスさん』は幻影でしかないのだがな――と内心で呟いて、ブラスは意味深な――他人から見れば官能的なまでに艶めかしい笑みを浮かべた。

(………ブラスさん、やっぱ美人だよな)
(ああ。あの妖艶な笑みと大人っぽい雰囲気が堪らんな……!)
(ブラスさん、ブラスさん……うっ、……ふう)
(あたし女だけど、ブラスさんになら抱かれていい……)

 ちなみにブラスは前に冗談半分で「俺の接吻が欲しいのか……?」と言いながら唇を指で撫でながら妖艶に微笑み、その場の男女問わず全員の鼻血を噴かせるという事件を起こしたことがある。それ以来本人的には自重しているつもりなのだが、無意識にエロスが漏れているようだ。

 ……願わくば、彼らが永遠に真実に辿り着かない事を願うばかりである。
  
 

 
後書き
今回はとてもほのぼのした話でしたね。以下、ちょいと長いけど解説です。

オーネストの女バージョンである「ブラス」とは「真鍮(黄銅)」の意。自分の金髪金目を揶揄しつつ、金のようなイイコじゃないという皮肉を込めた名前です。名前を考えたオーネストの捻くれ具合が分かります。

契約冒険者(テスタメント)』は勝手な妄想です。原作にはありませんけど、こういう存在がいてもおかしくないなと思って作りました。テスタメントとは聖なる契約という意味なので、家族(ファミリア)になることと違うニュアンスを持たせています。

ちなみにオーネストには『気位(カリスマ)』というアビリティがあります。作者の勝手な妄想では『気位』はフィンやいつぞやのリージュとかが持っているイメージですが、こいつには『人気者補正』みたいなのがかかります。オーネストの場合は『威圧』のスキルとぶつかり合って効果があまり発揮されてないという感じです。
なお、ブラスの時は性別の関係で『威圧』の効果が下がって『気位』が優越します。ヘファイストス・ファミリアの皆さんが鼻血を噴いたのはその『気位』プラス、オーネストが『冗談半分』という非常に珍しい悪戯心で態とエロく演じたからです。……その破壊力は本人の予想を大幅に上回っていたようですが。 
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