俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
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13.死者の望んだ戦争
どれだけ嫌な眠り方をしても、目覚める時間はいつも同じだ。
団長としての役目を果たすために、その生活は目覚めも規範となるものでなければならない。故に、例え昨日は碌に食事をとらずに眠ったとしても、朝は規定された計画に基づくように起き上がる。
昨日は自らの感情的な行動でファミリアを動揺させてしまった。彼らは同様の捌け口としてオーネストを利用したが、そもそもあれ程に動揺してしまったことがファミリアに余計な憶測を呼んだとも言える。
すべては自らの不徳が故。
昨日のような隙を見せるわけにはいかない。昨日もあの片翼の天使人形たちに見せられない面を出してしまった。いくら人形の主の魔法の効果をある程度知れたとはいえ、情報料の代償としては大きすぎたかもしれない。
とりあえず、すぐに朝食。それから鍛錬、水浴び、武器の整備、そしてそれらが終わったら疲労で眠りこけた団員たちを叩き起こす。何も変化のない訓練期間の行動だ。
昨日のことは一度忘れよう。どうせこれ以上何度も出会うことはない。
彼だってもう、こちらの顔は見たくないだろうし。
ずきり、と掌に痛みが走った。
彼に払い除けられた掌は、8年絶えず彼のことを考える度に疼き続ける。嫌なことを考えた日の朝は、特に。
『お手手、どうしたの?すごく悲しそうな顔してるよ?』
「………!?」
隣から少女の不安気な声が聞こえる。聞き覚えのある声――寝る前まで部屋にいた、あの片翼の天使人形の声だ。そちらを見やると、ベッドの隣に少し眠たそうな表情の紅髪――ドナがいた。ウォノの姿は見当たらない。
「貴方……まだ居たんだ。もう飽きて帰っちゃったかと思ってた。ウォノくんはどうしたの?」
『御主人のところに戻ったよ。もともと朝までには帰るヤクソクだったから。ウチは悪い子だから破っちゃったけど』
「そ、そう……あんまりパパに心配かけちゃだめよ?」
『え~?いいじゃん別に!ウチはリージュが寂しそうだったからここにいるのよ?シンパイする側なわけ!ならモンダイなしよっ!!』
エッへン!と胸を張って自分の正当性を主張するドナだが、その理論は完全に子供の屁理屈だ。しかし、同時に子供っぽい可愛らしさと元来の人形としての美しさが合わさって、リージュは指摘するより先に微笑ましくなった。
こんなにも可愛らしい子供が自分のために残ったと言ってくれているのだ。
なら、それでいいではないか――と。
この人形は何かの作為があるわけでも誰かに頼まれてここにいる訳ではない。様々な心の歪みや嘘、張り付けられた偽の顔を見極め続けたリージュだからこそ、彼女の心がどれほど透き通っているのかが理解できる。
体が人形だというだけで、彼女の心は間違いなく人間のそれだった。
人間――そういえば、と彼女の親となった存在のことを考える。
(無機物に意志を吹き込む………それは、神の理に触れる創造のチカラ。『人形師』の所属する【アルル・ファミリア】は工芸専門のファミリアだって聞いたことがあるけど、戦闘可能で自我を持つ上に主に背いて単独行動する自立人形なんてあり得るの……?)
もしかしたら――自分はとんでもない真実を見つけてしまったのかもしれない。
そんな思考を、彼女は無理やり頭の隅に追いやった。
数時間後、戦いの準備を終えた『エピメテウス・ファミリア』が宿の前に集合した。
「今日は22階層まで遠征する。何か、言うことはあるか?」
「攻城隊、装備品及び隊員のコンディションに異常なし。いつでも行けます」
「こちら遊撃隊、右に同じ」
「投射隊はもう待ちきれません!」
「では出発する。行先では突然変異の魔物の目撃証言もあるが、指示があるまで隊列を崩すことは許さん。――では、出発!」
誰に号令されるでもなく自然と軍靴のリズムが揃っていく。
ファミリアは終えには出さずとも、自分たちの日常――いつものリージュ・ディアマンテ団長が戻ってきたことに安堵の表情を浮かべる。今日は異物もいない。変化のない、安定した日常が戻ってきた。
ファミリアは順調に勝ち進む。
リージュの飛ばす鋭い指示に従って能動的に動く各部隊。魔物撃破による収入の回収を待ちながら、先ほどの戦いの問題点を指摘しては罵倒するように指摘し、ファミリアは震え上がりながらもそれに従う。
流石にこの階層まで来ると苦戦することも増えたが、命がけの環境が神経を研ぎ澄ませてミスを減らしていく。何もかもが順調な戦いだった。
と、思っていたが――実はそうでもなかった。
《ねぇねぇ、なんかリージュってウチらに話して来た時もだけど、オーネストと話した時もちょっと喋り方が違ったよね。何で~?》
(ちょ、ちょっと!話しかけられたらドナがいるってバレちゃうから!)
《ヘンなの………ニンゲンっていろんな顔があるよね。フシギぃ》
その声は、リージュの私的な荷物が収められたカバンから漏れ出ている。
団長特権で持つことを許されたそれは、前線で緊急を要する事態のためにポーションや対魔物アイテムが詰められているのだが、今日はそこに一人お客さんがいた。
そう、片翼の天使人形――ドナだ。
なんと、未だに帰らず付いてきているのである。主のもとに戻らないのか、と質問しても「あっちにはウォノがいるからダイジョーブ!」という。何が大丈夫で、そして本当に大丈夫なのかが全く理解できない。
《まぁまぁ!どーせそのうちマスターが迎えに来るし、それまでイッショにいよう?》
(………どうして、見ず知らずのわたしをそこまで気に掛けるの?)
《そだねぇ~……リージュって、オーネストに似てるからかな?》
進軍の足が、一瞬だけ止まりそうになった。
どうやら足音に混ざって周囲に会話は聞こえていないようだが、一瞬肝がひやりとした冷めた。
似ている――わたしと?それは違う筈だ。彼はわたしとは違う。わたしよりずっと凄くて、本当に強くて。
そして――わたしは加害者で、彼は被害者だ。
似ているはずがない。この世に悪があるならば、それはわたしのことなのだから。
(似て、ないよ)
《似てるよぉ。だって部屋で話したリージュ、アズと二人っきりの時のオーネストにちょっと似てたモン。たまにクーキを抜いてる割れかけのフーセンみたいだね》
(それでも、似てないよ)
《イアイケンの構え、オーネストとイッショだった》
(………似てるだけだよ)
《そーやって嫌なトコ隠そうとするのも、オーネストそっくり》
(……………そろそろ魔物が出ると思うから、また今度ね)
会話を無理やり断ち切らないと、叫んでしまいそうだった。
また、振り払われた手がじくじくと痛む。その痛みを誤魔化すように『鬼走村雨』を力いっぱい握りしめ、周囲の気配を探り続ける。
「隊長……おかしくありませんか?」
不意に、遊撃隊の隊長が声をあげた。
自らの不審を悟られたかとも思ったが、この状況下でそれは考え難い。
そして、リージュは先ほどから考えている懸念と彼の持つそれが同じではないかと推測する。
「………言ってみろ」
「はっ。その、既にお気づきとは思いますが、22階層に入ってから魔物との遭遇回数が極端に落ちています。壁などから一定数湧き続ける魔物がこうも少ないとなると――」
「何かがある、と言いたいのだろう?そんな事は先刻承知だ……」
ダンジョンで予想外の事態が発生するのはよくあることだが、異常事態というのはまず起きない。ダンジョン内に存在する危機をシステム的に当然に存在するものだと考えるならば、今の事態はシステムからかけ離れた状態だとも言える。
いや、それとも――システムに反しない方法で『何か』をしている『誰か』がいる?
《ねぇリージュ、今いい?実はさ………ちょっとお知らせあるんだけど》
(………言って)
《キノウにチラっとだけど、アズっていうトモダチがさ――『22階層で魔物人間に会った』って言ってた。イミはよく分かんなかったけど》
(魔物人間?それって―――)
何のこと、と聞こうとしたリージュは、静かに足を止めて耳を澄ます。
振動だ。どこかから振動が近づいてくる。それも一つ二つではない、まるで大挙を成して押し寄せるような巨大な振動だ。
まさか――と嫌な汗が頬を伝った。
「全隊、止まれ!!攻城隊、前へ出て突の陣形で警戒!!」
「り、了解ッ!!」
「投射隊、詠唱準備!!」
「いつでもッ!!」
「遊撃隊、退路確保を!!」
「お任せあれ!!」
振動は次第に大きく、力強く、まるで不吉を呼ぶ化け物が洞穴から這い出るかのように不気味に――『エピメテウス・ファミリア』の前にその醜悪な姿を現した。
「うっ………!?なんだ、あの数は!!」
「おい、群れの真正面!!人がいるぞ!!」
「襲われて逃げてきた……ってツラじゃないわね。テイムモンスター?」
「馬鹿言うな、数が多すぎる……!!」
白い装束の何者かが引き連れるように現れた、この階層の生息魔物と微妙に一致しない存在が混ざった百鬼夜行。獰猛に唸り声をあげる異形の連隊は膨大な殺意と威圧感を撒き散らしながら真正面に迫る。
白い装束の何者かは、まるで死人のように熱のない言葉で告げ――その手を前に翳した。
「神に組する愚か者どもよ――ここで同胞に貪られるがよい」
「――『怪物進呈』だッ!!」
誰が叫んだとも知れない悲鳴染みた叫び声が、その戦いの戦端となった。
爪、牙、獲物を前にした歓喜の咆哮に立ち向かうため、戦士たちはそれぞれの武器に手をかける。
未だかつて経験したことのない『悪』との、『本気の殺し合い』を始めるために。
= =
オーネストの握る剣は、一部の例外を除いて殆どがが鍛冶神ヘファイストスお手製の最上級品だ。
耐久力も切れ味も通常の剣と比べて段違いに高く、その外装に至るまですべてが超一流の洗練された仕上がりになっている。事実、晒された刀身は一日手入れを怠ったにもかかわらず眩い煌めきを放っている。
「―――………」
その剣を静かに砥ぎ、磨いていく。
昔は安物を使っていたが、あっという間に折れて肝心な時に使い物にならないから使用をやめた。実用に耐えうるだけの剣をきっちり用意してくれる鍛冶屋は、今やこの界隈ではヘファイストス・ファミリアしかない。
シユウ・ファミリアも多少は面倒を見てくれるが、あそこは「守り」の剣は得意でも「攻め」の剣では少々よその一流に劣る。どう使っても手に馴染まなかった。
この剣に銘はない。
何故なら、これは激しすぎる戦闘スタイルに耐えられずに次々折れていく使い捨てだからだ。普通、上位の冒険者にもなると世界に唯一つの専用剣を作ってもらうことも多い。そんな中でも上位冒険者のそれと遜色のない性能を誇る剣は――それでも、オーネストにとっては使い捨てに過ぎない。
剣は心を映す鏡、脆い心で振るう剣は脆く崩れ去る。
だが、自分の剣が折れる理由はそうではない、とヘファイストスは語った。
『あなたの余りに強固すぎる意志に、剣がついていけないのよ……文字通り、身が持たないってこと』
『だから身を護る盾と鎧を持て――か?馬鹿馬鹿しい』
『真面目な話よ』
ハイポーションを使用しても尚完全には塞がらない傷を抱えてベッドに寝かされるオーネストに、眼帯の神は真剣な表情で告げた。
『いくら機動力確保のための軽量化って言っても限度があるでしょう。ガントレットに四肢を守る最低限のプロテクター、それに改造脚鎧だけなんて装備してないのと同じよ?』
『プロテクターも脚鎧も防御用じゃねえ、素手でやる時の為の武器だ。それに、その程度の軽装ならその辺にごろごろ転がってる』
『その辺に転がってる戦士ならそれでいいでしょうね。でもあなたは違う。砲弾のように敵陣に真正面から突っ込んで攻撃を真正面から浴びながら、それでも打倒せしめんと雄叫びをあげるあなたは違う。受け止めることが前提の無謀な戦いには、その無謀から身を護る鎧や盾が必要なことぐらいわかっているでしょ!?』
俺の戦い方も知らないくせに、とも思ったが、体と装備を見れば鍛冶屋には戦い方の想像がつくのだろう。俺の戦いを又聞きして情報を擦り合わせれば、後の光景は勝手に目に浮かぶ――そういうことだ。
この神にはいつも心配ばかりをかけている、のだろう。いつもいつも、こんな自殺者紛いのくそがきのために時間を割いて剣を精錬しているのだ。代金も馬鹿にならないだろうに、一度も料金を請求してきたこともなければ金も受け取らなかった。
それに負い目があるのかと言われれば違う。自らの戦い方にも生き方にも一片の曇りもない。
ただ、オーネストはヘファイストスを知っていて、ヘファイストスはオーネスト『と名乗る前』を知っている。だから、特別な感情は拭えなかった。何も信じないとあの日の夜にのたまったくせに、愚かしいことだ。
内心で自嘲しながら、オーネストは首を横に振った。
『堅牢な鎧も盾もデッドウェイトだ。下層の魔物の速度に対応できなくなる』
『それは、貴方が下層の魔物と戦えるほど強くないからよ――気付いているんでしょう?自分が想像以上に脆い存在だって』
『そっちこそ、気付いてるんだろ。鎧だの盾だの、そんな装備が俺に馴染まないであろうことを』
『………そう、ね』
鍛冶の神は、燃えるように赤い髪を弱弱しく揺らして悲しそうに瞼を閉じた。
一度、彼女から『不壊属性』の剣を手渡された。
驚くほど手に馴染まなかったので、生まれて初めて装備を彼女に突き返した。
彼女はどこかそれを予想していたように『やっぱりか』と一言漏らし、そのまま剣を抱えて工房へ戻ってしまった。今になって思えば、守りの究極系である『不壊属性』との根本的な相性の悪さに気付きつつも、あれで身を守ってほしかったのかもしれない。
彼女のそれは、あの時と同じ目だ。分かっていても、問わずにはいられない者の目だ。
『………戦いは向いていない、って言っても貴方はダンジョンに行くのでしょうね』
『ああ、そうだ』
『………ごめんなさい』
『なんでアンタが謝る』
『………そう、ね』
そして彼女はいつもこう続けるのだ――それでも私は心配なの、と。
――あれだから、俺はあの人が苦手なんだ。
そう内心でぼやきながら、オーネストは剣の手入れを終えた。
ヘファイストスはこちらが戦いを止めないだろうと分かっていて尚、それでもこちらを止めようとする。それは『あの人』の遺した言葉のためであり、かつてあの人の家に足を運んで遊んだ『誰か』の面影であり、そして彼女自身が生来持ち合わせる直観の導き出した『彼は戦うべきではない』という確信があるからだ。
ヘスティアはまだいい。炉の神とは帰るべき場所の神だ。だから彼女は招き入れることはあっても、去る者の後ろ髪を引くことはしない。彼女もまたヘファイストスと同じではあるが、結論が微妙に異なっている。
ヘファイストスの答えが『諦めない』ならば、ヘスティアの答えは『次を待つ』だった。次とは、今までにない変化のきっかけ。北風と太陽で例えるならば太陽に近いが、訪れるかどうかもわからない未来を待っている。
ふと、自分がとりとめもなく昔ばかりを掘り返していることに気付き、うんざりした様にため息を漏らす。
(………あいつと会った所為か、余計なことばかり考える)
あいつと出会うといつもそうだ。嫌なことばかり思い出して、機嫌が悪くなる。あいつの言葉一つに、行動一つに、ひどいもどかしさを感じる。なのに現実はどうだ、それを吐露しなければ止めようともしない半端な自分がいる。
(俺は………俺は、オーネスト・ライアーだ。偽りの中でも曲げられない意志を貫き通す存在だ。なのに――俺は過去と未来のどちらに生きているんだ?過去が現在を作ったのに、何故過去から現在を切り離す事に躊躇う)
そういえば――ともう一度過去を振り返ると、そこには2年前に現れたもう一人の異端者がへらへら笑っていた。あいつと出会った頃も、多かれ少なかれ似たようなことで思い悩んでいたような気がする。なのに、あれが隣にいる時の俺はそんなことを考えていなかった。
今、俺の近くにいるのはヴェルトールとウォノだ。あいつではない。
その事実に、オーネストは内心で小さな落胆を感じずにはいられなかった。
あいつなら――俺に「答え」を教えてくれたのかもしれないのに。
「―――………?」
思考を一気に現実に引き戻したのは――微かに鼻腔を突く嗅ぎ慣れた臭いだった。
これは植物系の魔物特有の青臭く埃っぽい異臭。この階層では決して嗅ぐ機会のない筈のものだ。臭いの元を確認してみると――ちょうど奥の階層へ続く階段の方向から凄まじいスピードで気配が近づいている。
一瞬敵かとも思ったが、その気配には覚えがある。
「おい、ヴェルトール。やんちゃ姫が戻ってきたらしいぞ」
「んがぁ~……ぐごぉ~……ふごっ、…………………………」
『むおっ!?主様の呼吸が止まった……これが噂の呼吸法、『武故級将郷軍』か!?」
「それは呼吸法でも何でもねぇよ……起きろオラァッ!!」
「げばふぅッ!?ねねね寝込みを襲うとは卑怯ナリよっ!?」
「何キャラだてめぇは……」
思いっきり横っ腹を蹴り飛ばしてみると、ヴェルトールは見事に呼吸を再開しつつ意識を覚醒させた。この男に思いやりは不要である。何故なら思いやることが面倒だし、する義理も理由もないからだ。
小さなうめき声をあげながら体を起こすヴェルトールだったが、その体に次なる試練が迫っていることに不幸にも彼は気づかなかった。――彼の体に、件のお姫様ことドナの空を切り裂く頭突きが迫っていたのである。
「んマスタぁぁぁぁ~~~~~~ッ!!!」
「おぶぼばぁッ!?馬鹿な、オーネストに蹴られた場所にピンポイントロケット頭突きダトォッ!?モウヤメルンダッ、俺のレバーが持たないから!!」
「そんなこと言ってるバアイじゃないの!!ヘンタイなの!!」
「変態………人形フェチの変質者か?」
「あ、ゴメン!タイヘンのマチガイだった!!……とっ、ともかくリージュ達がタイヘンなのよ!!」
焦るあまり大変な間違いをしてしまったドナの慌てぶりに何事かと驚くヴェルトールだったが、次の瞬間に顔色が変わる。
「リージュ達が『ぱすぱれーど』とかいうのに巻き込まれてタイヘンなの!!なんかスッゴい沢山のマモノとかブンレツするマモノがいーっぱい押し寄せて逃げられなくなってるの!!なんか白いヘンな人も暴れてるし………お願い、助けに行くのを手伝ってよマスター!!オーネストもお願い、リージュを助けてッ!!」
「―――………」
また、リージュの名を聞いた。
緊急事態に対する戦意が薄れるのを感じる。
同時に、心の中にある形のないわだかまりが膨張するのも、また同じように感じた。
今、わだかまりが増えたのは何故だろう。あいつを助けたくないから増えたのか、助けたいから増えたのか――助けたい?この、俺が?違う、そんなのはオーネストのやることではないし、考えることでもない。
自分で自分が観測できなくなっていくように、頭の中が揺らぐ。
俺は気に入らないものをたたきつぶす存在で、救う存在ではない。
俺の流儀に反する。
俺のやらないことだ。
そう、分かっているのに。
なのに俺の心が揺れるのは、何故だ。
こんなとき、アズライールならどう考えるだろうか――
(いや、よそう。………くそっ、あいつのことを考えたら逆に頭が醒めちまった。『告死天使』は頭にぶっかける冷水替わりにもなるらしい)
一緒に行動しなくたってあれは人を助けるつもりらしい。
そんな冗談を自分で皮肉りつつも、小さく感謝した。
俺の行動は俺が自分で決める。分からないことを他人に聞くのは無知で自我の希薄な存在がやることだ。今、ここでオーネスト・ライアーという男の取る行動を他人に委ねるなどという発想そのものが、俺自身が下らないことに拘泥して真実を見失っていることに他ならない。
真実の見えない時に行動するのならば、どう判断する。
答えは決まっている。分かり切っている。もともと、究極の判断基準は『それ』だろう。
「………ヴェルトール、行くぞ」
「おうよ!ここで助けたらあっちのファミリアの女の子にモテモテの救世主になれるかもしれんからな!気合入るぜぇ~!!」
「…………………」
「ああちょっと!?いくら付き合うのが馬鹿らしいからって罵倒すらなしで勝手に行っちゃうのはヒドイんじゃない!?」
ドナとウォノを荷物袋に格納したヴェルトールの情けない声を背中に受けながら、オーネストは静かに、自分に言い聞かせるように囁いた。
「俺は、俺のやりたいときに俺のやりたいことをやる。何物にも邪魔はさせないし、邪魔する奴は踏み潰す。俺は――俺がこんなにもおかしくなる理由を知るために、原因を調べる。そして――俺の調べものに手を出す奴は例え神であっても決して許さない」
今、この瞬間。
孤立無援の『エピメテウス・ファミリア』の元に、この街で最も凶暴な援軍が進撃を開始した。
後書き
つまりそう、オーネストはツンデレなのです。
そういえばこの小説、連日ランキングに載ってる割には別に点が入ってる訳でもないんですよね。ランキングの選考基準変わったんでしょうか?それとも上位と下位の差が両極端になりつつあるのか……。
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