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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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12.ツインドール

 
 あれから――オーネストは18階層に到達するまで一言も喋らなかった。
 質問すれば返事くらいは返すこともあるこの男が、一言も喋らなかった。

 途中、階層主である巨人の『ゴライアス』と遭遇したが、リージュが冷気を操って巨大な氷柱を発射することで巨人はあっさりと氷像のように凍てついた。ファミリアの新人たちはその常識はずれの光景に圧倒され、「これがオラリオ最上位の一角か」と実力の差を思い知った。

 しかしオーネストはというと、こよなく愛する闘争相手を横取りされても何も言わず、どこか暗い顔で黙々と歩き続けていた。

 おかしい、とヴェルトールは思わずにはいられない。

 そもそもだ。はっきり言って、いつものオーネストならば昼には18階層に到達しているペースで突撃する。なのに今日のオーネストは随分のんびり悠々と歩いて夜くらいの時間帯に18階層に到達し、適当な木にもたれかかって眠り始めたのだ。

(何っていうか、テンションが滅茶苦茶低いんだよなぁ~………確かに上層のザコ魔物じゃ燃えないってのはあるかもしれんけど、明らかにそれ以上の何かがあんだろ、これ?)

 異変は明らかにあのリージュと顔を合わせてからだ。
 決して言葉には出さないし顔にも出さないが、あの時以来のオーネストは普段の彼に比べてちぐはぐ感が否めない。そんな微妙な感情の機微を悟れる人間でなければ彼の変化には気付きづらかっただろう。

 これはヴェルトールの個人的な感想だが――オーネストという男の粗暴とも取れる態度は、彼が自分の身を守る術だ。
 感情を見せると付け入られるから感情は殺す。妥協も然り。馴れ馴れしい態度も然り。そうやって人間的な部分を塗りつぶして、埋めて、押し込んで、溢れ出んばかりの人間性を人の形にギュウギュウに押し込んだのがオーネスト・ライアーという仮面なのだ。
 きっとその中はとても脆く、弱い。
 どんなに強固に心の城壁を築いても、心の弱さだけは守れない。

 だから、心の弱さをも強引に殺して『オーネスト』を押し通す。

 彼は、そういう男だ。

 だというのに、彼の様子はおかしくなった。
 すなわち――彼は完全に城壁に引きこもってしまったのだ。弱い自分を覆い隠すために。
 では、あいつが『オーネスト』に籠らないといけない事態とは何か。普段の彼では覆い隠せないのはどこか。現在を求め、未来をいらぬとうそぶく男が防げないもの。

 それは、過去だ。

「………オーネストがオーネストになる前……捨て去った過去。あーあ、こういうのアズなら何一つとして詮索しないから逆にオーネストが喋っちゃったりするんだろうなぁ」

 絶対とは言い切れないが、アズならきっとそれを悟った上でも上手く収めると思う。
 あの男はそういう男だ。だからこそ、たった2年でオーネストの心の城壁の上を鼻歌交じりに歩くほどには近しくなった。その不思議な人徳は不思議と他人の心を開き、『自分』という存在を剥き出しにする。

 いつか屋敷に連れ込んだ小人族の少女がこっそりアズのコートをちょろまかして匂いを嗅いでいた光景をそっと見なかったことにした優しいヴェルトールとしては、あれはそのような不思議な存在に見える。死神のくせに幼女に好かれるのは、同じく心が透き通っているからだ。……多分だが。

 一人で野宿の準備を進めているヴェルトールは、勝手に食事を済ませて眠りについた問題児を見つめる。オーネストは普段は無表情、何かがあると仏頂面、そして戦いでは殺意むき出しの獣のような表情をしている。でも、寝るときだけは子供のように安らかだった。

「今頃、夢の中のお前はどんな光景を見てるのかね………願わくば、幸せな夢であってほしいところだ」

 そう呟いて、ヴェルトールは自らの戦闘方法である自立人形(レアリア)を背負っていたカバンから出してメンテしようとし――その中身がカラになっていることに気付いた。よく見ると奥には置手紙があり、『朝には帰ります ドナとウォノより』と書いてあった。

「……さては『酷氷姫(キオネー)』に会いに行ったな?あのイタズラ人形たちめ……好奇心旺盛なのはいいけど、もうちょっと落ち着きを………落ち着きのない俺に似たんだとしたら無理かなぁ?」

 明日になっても戻らなかったら迎えに行くか――とつぶやいたヴェルトールは薪に火をつけて新鮮魔物肉を炙り始めた。………18階層では「食える魔物の肉」は冒険者御用達の食事である。理由は言わずもがな、地上への直通ルートがない18階層で販売されるものが何から何まで高すぎるからだ。

 この裏技みたいな食事方法が広まったのは……まぁ、数年前に某問題児がその方法を確立して18階層に1か月近く滞在したのが風の噂で広まったせいだったりする。



 = =



 『エピメテウス・ファミリア』の新人遠征は厳しく、精神的な脱落者を出すこともよくある。
 死人は出ないが、冒険者として未熟な心が根を上げて前線に不適格とされると、地上に戻るまでサポーターをやらされるというルールも存在する。

 夢に手が届かずに涙を呑む者が集団の中に現れたときの空気の悪さは凄まじく、しかも挫折した者もダンジョンを出るまでは集団行動しなければならないために余計に空気が悪くなる。食堂での私語は許可されているが、常に決して明るいものとは言い難い。

 しかし、今日の空気の悪さは濁りこそあれその方向性は一方のみに向けて流れていた。

「なぁ……団長、どうしちまったんだろうな。あれから宿の部屋に籠りっきりだよ」
「やっぱり『狂闘士』のせいか……?まさかアイツ、団長に手ぇ出したんじゃないだろうな!薄汚い犯罪者の分際で……!!」
「聞いたことがるぜ。あいつ、気に入った女はどこの所属であろうと奪い取って自分の屋敷に侍らせるって」
「そんな!!あんな粗野で粗暴な野蛮人にお姉さまが汚されるなんて考えたくもないわ!ああ汚らわしい!お姉さまの純潔は誰の物でもないのに!」
「あの時、先に話しかけたのは団長だった………過去に接点があったのは確かだろうな」
「あいつ、団長に声をかけられたのに無視しやがって。俺達は怒られる時と命令の時しかお声を聴けないんだぜ?何様のつもりだよッ!!」
「決まってんだろ?『オーネスト様』だよ………ありゃ、そういう男だ。世界で自分が一番エラいんだよ」

 憶測は憶測を呼び、義憤は実体を持たない悪を膨らませる。
 この場にいる全員が、団長の実力も指導力も認めている。だからあれほど厳しい指導であっても彼女に異論を唱える者はいない。そんな彼女の様子がおかしくなったのは、何か良くないことが起こったのだと思いたいのだ。

 隣の国は悪い国、隣の種族は悪い種族。根拠のないレッテルであっても、自らが正義であることを前提にすれば知りもしない相手のことを如何様にも悪く判断できる。自分は正しく、誰にも責められることはないからだ。事実が異なったとしても、彼らの間でそうならばそれでいい。

 そうやって自分が上位の存在だと思い込むことで、心理的な安定感を得る。
 子供の虐めから民族浄化まで人類があらゆる場所で覗かせるコミュニティ共通の一面。
 何らおかしなことはない。何ら恥ずべきこともない。何故なら、それが人間が知恵を得て文化を築いたことに対して負った、正当な代償なのだから。

 但し、その代償は誰もが等しく背負うわけではない。
 食堂の声を聞いてその場を離れた話題の当事者の存在に、誰も気づかなかった。

「こんなとき、そんな皆の姿が醜いと――時折思ってしまう。わたしも人間なのに、こんなのおかしいよね?」

 静かな足音でその場を通りすぎる彼女の背に、毅然とした団長の姿としての面影はない。
 当たり前に不安を感じ、当たり前に落ち込むような、どこにでもいる少女の影を差した表情。普段は彼女が城壁の奥に仕舞い込んでいる幼さと脆さは、このオラリオでは弱みになる。だから、彼女は自らに戦の才があると気づいてから、それをひた隠しにしていた。
 それでも覆いきれずに漏れた一言は、そのまま無人の廊下に消えていく――筈だった。

『そーかなー?知り合いの知り合いが、ウツクシイものをウツクシイと思える心がブンカだ!……って言ってたよ?ミニクイものをミニクイって思うのも、ニンゲンのブンカなんじゃない?』
『拙者はそのような禅問答には疎いので分からぬ。だが、分からぬからこそ人とは問答を繰り返すのではなかろうか?』
「ッ!?誰だ!?」

 咄嗟に腰に差した『村雨・御神渡』を抜こうと居合の構えを取り――利き腕の右手がすかりと空を掴む。
 ……そういえば、手入れのために武器は自室に置いてきたのだったことを思い出す。普段ならせめて予備の刀くらは持っておくのに、どうやら彼との予期せぬ再開に想像以上に心を揺さぶられていたらしい。
 だが、剣がなければ戦えない訳ではない。『絶対零度』は徒手空拳でも発動する最大の武器だ。姿の見えない敵を探りながら、腰を落として掌の力をだらりと抜いて『居合拳』の構えを取る。
 が、次の瞬間彼女が視界にとらえた相手は、あまりにも戦いと不釣り合いな二つの小さな姿だった。

『あ、ちょっとランボウしないでよ!?ウチ、イアイケンなんか食らったら割れちゃうからぁ!!』
『むむむ、暗所で突然話しかけた不躾は謝罪しよう。だが拙者たちは別段悪意あってそなたに近づいたわけではない事は理解してもらいたい』

 それは人間の子供にしても小さいにもかかわらず、子供にしては人として完成したシルエットをした70セルチほどの姿。片方は不思議な模様のハチマキで長い髪をまとめた紅色の髪の女の子……もう一人は同じ模様のリボンで髪をポニーテールにまとめた、淡蒼色の髪の男の子だった。

 二人ともまるで人形のように可愛らしく――そして、その背中にはそれぞれ片翼の天使の羽が伸びていた。寄り添うように手を取り合う姿はどこか幻想的で、リージュは異常事態にもかかわらず二人に釘付けにされた。

「え……っと、君たちは、何?」
『申し遅れました。拙者、創造主であるう゛ぇるとーる様に命を吹き込まれた自立人形(レアリア)のウォノと申すものです。以後、お見知りおきを』
『ウチはねー?ドナっていうの!!ねね、オトモダチになって?なってよ~いいじゃんよ~!』
(……………………………………………かわいい)



 ――二人を自室に招き入れたのは、果たして気まぐれなのか毒気を抜かれた所為か。

『素のリージュってアンガイフツーの喋り方なのねー。カタクルシー喋り方よりそっちの方がオンナノコっぽいよ~?』
「………女の子っぽくしてるとね。余所のファミリアとか部下に軽く見られちゃうのよ。だから女らしいのは見た目だけ。私みたいな若いヒューマンがこの街で強く生きるには、そうするしかなかったの」
『ううむ、哀しくも難しい話ですな……人は得てして外見や種族の物差しを過信しすぎると主もよく申されておりました。主も一人前になる前は「猫人間に芸術が創れるのか」とからかわれたと聞き及んでおりまする』

 可愛らしい人形二人に愚痴のような話を聞かせる今の姿は間違っても部下には見せられないなぁ、とリージュは内心で呟いた。

 落ち着いて話を聞いてみると、二人はあの『人形師』の魔法によって命を吹き込まれた自立人形だという。確かにそのような話を聞いたことはあるが、人形を使う姿を見た人間がほとんどいなかったせいでその姿は知られていないようだ。ヴェルトール自身、見せびらかすものではないとあまり他人に見せていないという。

(嘘をついている気配はない……多分、勝手に抜け出してきたというのも本当よね。彼の魔法の性質を盛大にバラしてるし、精神的には幼いんだ)

 『タケミカヅチ・ファミリア』の人のような極東特有のしゃべり方をするウォノは、思慮深く慎重な性格のようだ。右肩にだけ生えた翼に関しては、主であるヴェルトールが芸術性を持たせるために作ったもので飛べる訳ではないらしい。
 対照的に、まさに子供のような無邪気さを見せるドナは思いついたら即実行と行動的だ。頭が悪いわけではないようだが、どこかゆるくて感情に身を任せる雰囲気がある。ウォノと対になるように左肩から美しい羽根を伸ばしている。

 二人とも子供っぽい外見をしているため、それほど戦闘能力を持っているようには見えない。しかし、二人の体には若干ながら魔物の血がこびりついていた。ダメージを負ってはいないが、本当に戦っていると考えるべきだろう。

 なし崩し的に近づいてしまったが、もう二人には自分の弱さを見られているので今更隠しても意味はないだろう。それに、既にこちらも『人形師』に対しての貴重な情報を得ているのでおあいこだ。
 何より、無機物でありながら人間と同等の意思を持った人形に純粋な知的好奇心をそそられた。

(決して可愛いから口をきいた訳ではない決して可愛いから口をきいた訳ではない………よしっ)

 軽度の自己暗示と理論を用いて自己弁論という名の言い訳をしたリージュは改めて二人に向かい合う。できるだけ、優しい口調で。

「それで、二人はどうしてそのご主人様から離れてわたしの所に来たの?」
『あのね……お姉さんに会ってイライ、オーネストにゲンキがないの。あんなに落ち込んでるオーネスト、初めてなの』
『故に我らは原因を知りたくなった。おーねすと殿の様子がおかしくなったのは……りーじゅ殿と出会ってだから』

 早速、言葉に詰まった。
 それは、問題の最も触れ難い核心を突かれたから――ではない。
 ああ、他人から見てもわかるくらいに、彼は……オーネストと名乗る彼は、わたしのことを未だに恨んでいるんだと思ったから。だから彼の様子がおかしいのは、ある意味では当たり前のことでしかない。

『二人の間には何があったのだ?』
「ごめん………他人に話すようなことじゃないから教えられない、かな」
『………話したくない、の間違いじゃない?』
「ごめん………ごめんね。わたし、皆が思ってるほど立派な人じゃないの。でもその立派じゃないところを口に出すと、もっと駄目になっちゃうから」

 言葉は魔法だ。根拠もない内容で人を強くもするし、弱くもする。彼女の過去を吐露することは、自らの弱さを曝け出すことでもあることは、彼女自身が一番よく分かっていた。弱っている今、これ以上他人に隙を見せることはそれ自体が彼女にとって耐えがたい。

 もう一度、消え入るこうな声で「ごめんね」と囁いたリージュは部屋のベッドで膝を抱えてうずくまった。

「わたしは、アキくんとは違う。アキくんみたいに8年も意地張りっぱなしで平気な顔していられるほど強くなれない……どんなに名声と評価を得ても、何年経っても、心はずっとあの時のあの場所に置き去りにされて、雨水に凍えてる」

 肉体はここにある。でも、打ち込まれた楔は永遠に後ろ髪を引かれて地縛霊のようにあの場所に留まり続ける。あの時、リージュの時間は止まったのだ。子供のまま、時は無情にも彼女を大人へと導いていった。
 だから、弱い自分を守るために人の前では表情を削いだ。
 だから、弱い自分の力を鍛え上げて冒険者になった。
 だから、裏切りを恨んで秩序を尊んだ。
 だから――
 だから――

 死への恐怖は薄れた。でも、戦えば戦うほどに過ちの記憶は重く、深く、鮮明に瞼の下に蘇る。
 その光景を言葉にして語ることは、二度とないだろう。
 あの時の二人だけが知っている、別れの記憶。

『アキ……Aki……秋……う~ん、ねぇウォノ!アキクンって何?』
『人の名前だと思うが?りーじゅ殿、一つだけ教えてくれ。アキとは一体何者なのだ?』
「………それは、もうこの世にはいない人。わたしの大事な人。わたしに居合拳を教えてくれた人。わたしを――きっと永遠に赦してはくれない人」

 二人の人形はアキくんという名前の意味が分からずに首を傾げていた。
 その様子は可愛らしくもあったが、今のリージュにとってはそれ以上の価値を持ちえなかった。



 = =



『――せやっ!!』

 パァンッ!!と鋭い音を立てて、鞭のようにしなやかな拳は目にも留まらぬ速度で虫を叩き落した。

『すごーい!ねえねえアキくん、今の何?魔法!?』
『そんなんじゃないよ~……今のは居合拳っていうんだ!パパが教えてくれたんだ!』
『流石アキくんだよ!アキくんのパパって団長なんでしょ!?その団長の技がもう使えるんだもん!!』
『えへへへ……まぁ、『母さん』はあんまりいい顔しなかったけどね。習得するためにパパから居合拳いっぱい食らってあちこちアザが出来たからさ。やっぱ『母さん』は戦いはあんまり好きじゃないんだよなー』

 自慢げだった少年の表情は一瞬陰りを見せ、しかしすぐにいつもの笑顔を見せた。
 家族が戦いを生業にしていない少女はそれでも少年が羨ましく、ついついねだってしまう。

『ねぇ、アキくん……その技、わたしにも教えてよ!!』
『え……?リージュがこれやるの?』
『うん!その……できれば顔は止めて欲しいけど、パパとママを「お前らなんか全然戦えないから使えない」って虐める人がいてね……わたしまでよわっちいって馬鹿にしてくるの!だからちょっとでも強く見せたいの!』
『う~ん……分かった、教える!でもリージュを殴るのは嫌だから動きだけね?上手く教えられないかもしれないけど………』
『いいよそんなの!アキくんが教えてくれるんならそれだけでも嬉しいもん!』

 少年は、そんな少女の笑みにたじろいで頬を朱に染め、それを誤魔化すように声を張り上げた。

『……へ、変なの!俺には何言ってるか全然わかんなねぇや!えっと……ああ!そういえばさ!うちのファミリアでも同じように居合拳を覚えようとした人がいたんだけどさ――』

 仲睦まじい二人の子供は、太陽が傾いて街に影が差すまで夢中でおしゃべりをしたり、時々技の練習をして遊んでいた。彼らのほかには、その頃のオラリオで同世代の子供がいなかった。だから喧嘩をしても用事があっても、遊ぶ相手はいつも同じだった。時々大人も遊びに付き合ってくれるが、定期的に来るのはぶくぶくに太ったギルドのエルフくらいだった。

 ファミリア同士が子供を授かるというのは、この街ではとても難しいことだった。
 子供を授かった女は当然ながら一時的に冒険者を続けられなくなるし、子育てを考えるならば更に続かなくなる。それどころか、男と共にファミリアを脱退して田舎に帰ることだってないわけではない。おまけにファミリアの子はそのファミリアの主神の子であるため親と揉めるし、他のファミリアとの間に子を授かれば更なる泥沼が待っている。
 儲けを気にするにしても子の将来を憂うにしても、誰かにとって都合が悪い。子の誕生を素直に祝福するようなファミリアとは、それほど裕福なファミリアとも言える。

 オラリオという街は、子供にとってそれほど寛容ではないのだ。

 そんな中でも、わたしたちはとても仲の良い友達だった。
 来る日も来る日も遊びほうけて、自慢話や嬉しかったことは全て共有した。

『へへっ!昨日パパがこんなに大きい竜の角を持って帰ったんだ!すごいだろ!』
『ほんと~?すごいなぁ……うちのパパとママはいっつもホームでゴハン作ったりお掃除したりで冒険なんかしないんだよ?何で?って聞いたら、「あなたが産まれたから」だって!変なのっ!』
『………そっか。それはそれで、いい事だと思うよ。だって、いつだって甘えられるじゃないか。うちのパパは、忙しくてあんまり会えなから……』
『そういうものかな?』
『そうだよ』
『そうなのかなぁ~?』
『きっとそうだよ!』

 わたしたちは、とても仲の良い友達だった。
 これからも、永遠に仲良しだと信じていた。

 友達――だったのに。



 絆とは、かくも脆く崩れ易いものなりけるか。



『裏切ったな………俺を裏切ったな!!俺を通してファミリアの内情を探って……タイミングを図ってたんだろ!!俺と「あいつ」の関係が崩壊するタイミングをせせら笑いながら待ってたんだろッ!!』

 違うの。わたしはそんなつもりでいつもお喋りしてたんじゃないの。
 ちょっとでも一緒にいたかったから、だから話題が欲しくて――神様にいわれるままに聞いただけなの。それがあんなにも悍ましい結末を導き出すと知っていれば、止めたにきまってるのに。

 でも、全ては言い訳。
 どのような過程を経ようが結果は一つしか残らなかった。
 残酷で、どうしようもなくて、血に塗れた最悪の結末だけがこの世に残った。

『お前が!お前のせいで全部奪われたんだよ!!俺が苦しんでた時にお前が何をしてたって!?人が魔物の餌になって芋虫みたいにダンジョンを這っていたときに、お前が何をしてくれた!?言ってみろよ………裏切り者じゃないって言うんなら!!』

 ご飯も喉を通らずに夜の街を駆けて助けを求めに行き、ギルド以外には門前払いを喰らい、必死で伝える事だけ伝えて、体力が尽きて寝かせられて――そして目を覚ましたら、わたしは取り返しのつかないことをしていた。
 善意と悪意、相反するはずの歯車が全て噛み合ったせいで発生した皺寄せは、守ろうとしたはずの友達にすべて降り注いだ。

 どうしようも、なかった。

『俺に二度と近づくな!!俺に一生口をきくな!!そうさ………間違いだったんだ!!最初から、人を信じることが間違ってたんだよッ!!馬鹿馬鹿しいお友達ごっこはもう満足しただろう!?なら、今日で終わりだッ!!』

 待って、と手を伸ばした。
 その手が届かないと、一生後悔するという確信があった。
 自らが愚かしい過ちを犯したことは子供心に分かっていても、それでも、隣に座って笑っているあなたが好きだったのは本当だったから。

『――俺に触るな!!』

 バチッ、と伸ばした手が振り払われる。
 貴方の、初めての明確な拒絶。
 初めての――決定的な――貴方とわたしの、心の乖離。

『裏切り者が気安く触るな!!信じない……俺はもう何も信じない。神も悪魔も法律も、絶対に信じるものか。俺は何一つ失ってないんだ。最初から全ては幻想……人も、立場も、心も、幻想なんだ……』

 何を言っていいのかも分からないまま、それでも物別れになるのが嫌で。
 違うの、違うの、と壊れた蓄音機のように何度も繰り返しながら。
 呼び止めて、無視されて。
 掴もうとして、振りほどかれて。
 それでも縋って、蹴り飛ばされて。

 大雨の降りしきる中、魔石灯に照らされるびしょぬれの彼の横顔が裏路地に消えていくのを、私は路上で倒れたまま、見送るしかなかった。彼の顔を伝う液体が雨水だったのか、それとも別の物だったのかは分からないまま、私は慟哭した。

 自分が守ろうとしたものを自分の手で全て崩した、悔やんでも悔やみきれない後悔が胸を押し潰す。
 大好きだった人を、自分の行動によって引き離してしまった愚かさが喉を絞める。
 邪悪なる毒蛇に呪われるように、後悔は心に消えない傷を負った。

 でも、本当に呪われたのは――わたしではなく。
 わたし以上に傷を負って苦しんでいるのは――わたしではない。

 あなたはもう聞いてくれないのかもしれないけど。
 今でもわたしは、未練たらしくあなたと仲直りする幻想のような未来を求めている。
  
 

 
後書き
このストーリー1話で回収する予定だったんですが、もしかしたら3話じゃなくて4話かかるかもしれません。こんなんじゃカルピス文字書きとか呼ばれちゃうよ……。 
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