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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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2.異世界ホームステイ

 
 俺の趣味の一つに、アイテムや薬の作成がある。
 人は俺を奇才と呼ぶが、べつに奇才じゃなくて思いつきに技術が附随してるだけなのだ。
 ただ、確かに俺の発想はこのオラリオの中では浮いてるのかもしれないけど。

「いくぜヘスヘス!試作品のじゃが丸くんポーションだ!!」
「うおお……なんか食欲を根こそぎ削らんとする人工色感満載の青いじゃが丸くんでちょっと引くわぁ……」
「濃縮ポーションを混ぜて他数種類の薬剤で効果を補強したこのじゃが丸くんポーションは!なんと消化しきるまでの間じわじわと体に治癒力を与え続ける優れもの!腹持ちが良くて回復も出来るなんてステキ!」
「それって普通にポーション使った方が早いんじゃ……」

 我が盟友ヘスヘス(本名はヘスティアだ)はイマイチこのじゃが丸くんポーションの凄さが分かってないらしい。いや、まぁ彼女の言う事も間違ってないんだが。

「ヘスヘス。例えば筋肉痛っていうのは筋繊維が千切れることで起きる。つまり筋肉痛は広義では筋肉の怪我だ。他にもちょっとした打撲や力の込め過ぎによって皮膚が赤くなるのは毛細血管が破裂しているから。これも広義での傷だ」
「お、おう。この時代で筋肉痛や毛細血管の破裂というワードを正しく理解してる人って殆どいないと思うけど、確かにそうだね」
「このじゃが丸くんポーションはそういうのやかすり傷を癒して戦闘コンディションを整えるものなんだよ。簡単に言えば、これ食べると暫くの間体力の損耗が少なくなるのさ」

 普通にポーションを飲んじゃうと瞬間的に傷を回復できるけど、大抵は傷を負って疲れてるときに途切れ途切れで飲むので体の細かい部分は回復しきれてない場合が多い。効果はあるが、存分に体に行きわたらせるのが難しいのだ。
 ということを懇切丁寧に説明してもオラリオの住民は何故か理解してくれない。俺の思い描く基礎教養知識とこの世界の人間のそれがズレまくってるせいだ。神様やポーション作成の造詣の深い人ならだいたいわかってくれるけど、他は物好き以外サッパリだ。よって俺には商売っ気というものがない。

 そんな中ヘスヘスだけは俺のことを邪険に扱わずにいてくれる。
 俺の「告死天使」の渾名も悪い噂も相手にせずに、ありのままの俺を評価してくれる天使のような……あ、天使は俺か。しかも彼女は神だし。……俺、天使に見えるか?そのへん甚だ疑問だ。

 元はオーネストの知り合いってことで話が弾んだのがきっかけだったか?
 ついでに言うと、食費を切り詰めている俺はヘスヘスのバイト先の店の常連客だ。
 じゃが丸くんマジお得。一日じゃが丸くん6つで乗り切れる自分の燃費の良さを褒めてやりたい。
 ……尤もそれをやると「栄養とれ!」と怒る人が結構いるのであまり実行できないが。

 で、そんなよしみで偶に思いついたアイテムをヘスヘスに見せているのだが……。

「話は分かったけど、コレぶっちゃけ効果が分かりにくすぎて商品化しても売れないと思うなぁ」
「んーやっぱりそこが最大の問題だよなぁ。しゃーない、しばらくは毒ポーションだけ売るか……新商品って難しいなぁ」
「酷く名前がキケンな香りだけど、売れるのソレ?」
「うん。意外と好評なのよね」

 ちなみに毒ポーションは魔物を毒状態にする恐ろしいポーションである。ポーションは生物への吸収率が非常に高いので、毒を混ぜてもよく吸収してくれる。魔石に反応するよう独自の改良を加えたので人間に害はなく、特に虫系魔物には即効性が高い。麻痺タイプと継続毒タイプがあり、7層辺りから出てくる群れ魔物どもに囲まれたときのエスケープ手段としてそこそこ売れ行きは好調である。

 なお、予算削減の為に原料は全部現地調達。入れ物もポーションの入れ物工場で出来た形の悪いけど機能するのを引き取って使用してるので限りなく低予算低価格である。ポーションの調合方法が独自理論過ぎて原材料も安物ばかりなのは秘密だ。

 ちょっと前には通常ポーションと精神回復ポーションを合わせたミックスポーションを開発したのだが、何も考えずに売ろうとしたらポーション開発競争の禁忌に振れたらしく大変な目に遭ったのでお蔵入りになった。あれは泥沼の抗争だったな……。
 
 ちなみに俺は金に困ってる訳じゃない。
 ただ、オーネストと付き合ってると敵を作りやすいのであんまり贅沢な生活が出来ないし、俺自身贅沢な生活は庶民感覚の所為で怖くてしたくない。よって最低限の生活費と冒険の準備費を削った残りの金のうち、半分を貯金に。残り半分を趣味のアイテム作成に。そして余った金とアイテムの売り上げははいらないからスラムの人達や金に困ってる人たちにポンと手渡ししている。

「というわけで今回余ったお金ヘスヘスにあげる」
「お、おおおお……!?前々から思っていたけどキミはお金の価値を軽視しすぎじゃないか!?これ100万ヴァリス以上あるだろ!?」
「300万ヴァリス♪」
「やっぱりキミおかしいよっ!!」

 ヘスヘスの手にぽんと金貨袋を手渡すと、余りの重さにフラフラしていた。彼女はファミリアがいないので貧乏な神なのだ。本人に言ったら傷つくから言わないけど。いずれファミリアが出来た時の為に持ってて困る物じゃないだろう。

「まったく……そんなにポンポンお金を動かすから『金を受け取ると死後の魂を持って行かれる』なんて根も葉もない噂をたてられるんだよ。………念の為聞くけどマジじゃないよね?」
「俺人間なんだってば。神じゃあるまいし、そんなこと出来ないよ」
「食べて良い?」
「え?」
「え?」

 気が付いたら、金髪美少女が物珍しそうにじゃが丸くんポーションを見つめていた。
 ……あ、ロキたんの所の子だ。アイズちゃんだったと思う。あのボーイッシュな神が随分猫かわいがりしていたのを覚えている。彼女にも若干ながら向死欲動を感じたが、最近は全然感じない気がする。
 しかし、そんなこっちの無遠慮な視線をスルーしてる彼女の瞳はじゃが丸くんポーションに釘付けだ。

「食べて良い?」
「ああ、別にいいけど……味は普通のじゃが丸くんよりちょっと苦いと思うよ?」
「分かってても気になるのが、人のサガ」

 彼女はためらいなくじゃが丸くんを頬張り、一言「革命的」と呟いた。
 じゃが丸くんの風味を損なわずにあのマズイポーションの苦味を残すという絶妙な味に関する評価だったらしい。ポーションの効果もあることを伝えると「……革命的!」と驚いていた。良いリアクションをする子だ。



 = =



 ヘスティアには、自分のファミリア以外にも気がかりなことがある。
 それは、【ゴースト・ファミリア】と呼ばれる実体のないファミリアのことだ。
 正確には、そのファミリアの中心にいる青年――オーネストのことを見守っている。

 彼女は、この街でオーネストが『オーネストを名乗る前』を知っている数少ない人物の一人だ。
 そして、彼が『オーネストになることを止められなかった』人物でもある。
 彼の親でさえ知らなかった『知らない筈の記憶』さえ知っている。

 ヘスティアは彼の親に、彼を見守ってくれと頼まれていた。
 彼女の盟友ヘファイストスもまた、同じことを頼まれている。
 ヘスティアは今にも崩れそうな彼の心を、そしてヘファイストスが戦いへ明け暮れる彼の身体を――
それぞれの出来る方法で何とか支えていた。不幸中の幸いか、彼もオーネストになる前から面倒を見てもらったことがある二人の神のいう事なら多少は聞いてくれた。

 それでも、ダンジョン内に踏み込んでいく彼を止める事だけは叶わなかった。
 破滅願望――彼には間違いなくそれがある。
 自らの身を自らの手で壊すような身を焦がす衝動を、彼女は一時的に和らげることしか出来なかった。

 そんな日々が続いて、彼がどんどん手の届かないダンジョン奥地へ向かい始めた頃――アズライールが突然街に現れた。

 死へ向かうオーネストと、死そのものを司るようなアズ。似た性質に相反する性格をしているような二人だったが、不思議と距離は縮まっていった。それは同時にオーネストという男の圧倒的な拒絶意志の緩和にも成功していた。

 何よりも大きかったのが、アズは力づくでオーネストを説得するだけの強さがあったことだ。
 オーネストを拘束するまでなら腕利き数名がいれば何とかなる。だが、彼はそこからの抵抗や苛烈なまでの意志の強さが凄まじい。彼の気迫は魂を燃やすような烈火だ。場の空気と言うものを、彼は暴食者のように喰らい尽くし、気迫だけで他者を圧倒する。その迫力たるや、神気に迫らんばかりの勢いなのだ。
 そんな彼の敵意や拒絶意志を真正面から受けたうえで、それでも「ハイハイ意地張るのはそのへんにしようね」と鎖で縛って引き摺って連れて帰ることが、アズには出来た。
 彼を心配する者たちは、彼の登場に随分胃の負担を減らされたものだ。


 ただ、ヘスティアは未だに彼という人物を図りかねていた。

 彼は死を想起させるような濃密な気配に反して、その性格は欲がなく善良。いや、完全な善という訳ではないが、ともかくオーネストと比べると月とすっぽんの違いがあるほど人格差があるのだ。

 例えばオーネストは目の前に邪魔な人間がいると警告も無しに蹴り飛ばして「俺の道を遮るんじゃねえよゴミが」とか言っちゃう男だが、アズはその結果突き飛ばされた相手を助け起こしてオーネストの代わりに謝罪してくれる男だ。
 基本的に真摯な紳士。しかしそれは人間的な特徴が表に出にくい模範的な態度とも言える。それなりに好奇心が旺盛で町を歩き回る姿をよく目撃されるが、肝心の『芯』の部分が見えてこない。渇望とか憧れとか、そういう「欲動」のようなものが薄い。

 一度本人に聞いたことがある。君は何を求めて生きてるのか、と。
 そのとき彼は、あっけらかんとこう答えた。

『夢だね。自分でやりたいことが見つからないんで、それを見つけたくて生きるのさ』
『それと、オーネストと一緒にいるのは関係があるのかい?』
『うーんどうだろ……その辺は俺にも分かんないなぁ』

 つまるところ、彼の求めるものは彼自身にもよく分からない。
 そして、これからどうなるのかも全然分からない。
 結論は、どういう人物なのか分からないということだった。

「悪い子じゃないってのは分かるんだけどなぁ~………」

 バイト帰りにヘスティアはちらっとその場所を見た。
 かつて、とある神がファミリアの本部としていた古ぼけた屋敷――今はオーネストの根城で、その知り合いがたむろするアウトローの本拠地となった場所を。



 = =



 『狂闘士』と『告死天使』の帰りを待っていたのは、健康的な黒い肌の女性だった。
 彼女は二人の帰り着いた姿を確認すると、弾ける笑みで駆け寄る。

「お帰りなさいませクソ野郎ども!あったかいごはんをご用意してますよ?どうせ栄養偏った外食で済ませようと思ってたんだろーからとっととタダメシお楽しみくださいませ~!!」

 念のために言っておくと、彼女は別に怒っている訳じゃない。むしろ喜んでる方だ。
 それでもこんなことを言ってしまうのは、単に彼女が壊滅的な敬語下手だからに過ぎない。

「もぉ滅茶苦茶だなその敬語。罵倒言語と奇跡的にハイブリッドしてんだけど。無理して使わなくていいんじゃない?」
「イエイエ!お二人は糞溜まりの底でもがいてたアタシを圧倒的暴力と権力で曲がりなりにも助けてくれたいい意味でのデンジャラスパッパラパーですから!なんとか敬語をマスターして恩返ししてぇ所存です!!」

 敬語が混ざってるせいで失礼度合いが3割増しだが彼女はこれでも一生懸命である。
 なお、オーネストは無言で彼女の横を通り過ぎて料理に勝手に手を伸ばそうとしてた別の人物を蹴っ飛ばしていた。

「俺の飯に手ぇ出してんじゃねえ」
「グヘェェェーーー!!スイヤセンッしたァァァーーー!!」
「懲りないなぁヴェルトールも………」

 まず、最初の褐色ガールはアマゾネスのメリージアだ。年齢は俺より少し幼いくらいか。

 出会ったきっかけは……1年半くらい前にとあるファミリアに襲撃を受けた際、その報復としてオーネストがギルド破壊に乗り出した際に出会った。なんでもアマゾネスであるにも拘らず生まれつき体が弱くて捨てられた上に、人身売買業者に捕まったらしい。
 その辺の事情は知らないが、戦闘能力の高さが自慢のアマゾネスは「調教」とやらをするのが難しくて、下衆な好事家に需要があったらしい。細かい事情など知りたくもないが、そのような事情があって彼女は随分碌でもない目に遭ってきたらしい。底での彼女は地下室に閉じ込められて「何か」されてたようだ。

 ただ、出会った時の彼女の眼は「悲劇のヒロイン」なんてものでなく、どっちかというとこの世への憎悪と自由への渇望に飢えている様子だった。そんな彼女を見て何を思ったのか、オーネストはメリージアを解放した。ファミリアは止めるも何も壊滅状態だったので何も言わなかった。


『テメェ、もう自由だよ。何所でも好きな所へ消えやがれ』
『憐みのつもりかよ、気障野郎!?こんな所で惨めにいたぶられるアタシを、つまらない憐みで!!』
『うるせぇ。俺は、クソみてぇな野郎どもがいるばかりに我を通すことも許されねぇ奴がいるって現実が気に喰わねぇだけだ』


 オーネストが言ったのはそれだけだった。その後メリージアが何を言っても無視して神を脅し、「次に俺の機嫌を損ねたらお前から――を削ぎ落とす」とだけ告げて帰っていった。竜巻とヤクザが融合したような男である。メリージアは当然の如く放置。しょうがないので俺は彼女の世話がてら知り合いの店にかくまってもらうことにした。
 ところが、一か月後に彼女は店を辞めて自身を冒険者登録したうえでウチの屋敷に乗り込んできた。


『今日からこの薄汚ねぇ屋敷でメイドとして働くことにした!!』
『帰れ。ここは俺の家だ』
『じゃあ勝手に働くことにした!結局お前らに助けてもらったし!?借りを返さねぇのはあたし自身が気にくわねぇ!!』
『……………勝手にしろ、物好きが』


 世にも珍しいアマゾネスメイドの爆誕である。

 以来、彼女は屋敷に住みついて家政婦の如く働いているのである。但し、単純作業に飽きると他のメンツと遊びだしたりしているが……まぁ金払って雇ってる訳でもないし、留守が長いこの屋敷を管理してくれてるんだから文句を言うのはお門違いだろう。

「ねえねえメリージアちゃん。この親友に蹴っ飛ばされた哀れな男に……食い物恵んじゃくれないかね?」
「テメェみてぇなキモッチワリィ屑に食わせる飯なんぞ残飯しかねェよ。大体テメェは飯に困るほど貧乏じゃねぇだろうが?」
「うおーい俺には雑敬語さえ使ってくれねぇのかーい!?」
「尊敬してねぇから使い必要マイナス100%だし。あと床に這いつくばって頼むフリしてパンツ覗こうとするんじゃねぇよッ!!」
「オゥフ!?何故ばれた!!」

 メリージアの美脚がヴェルトールの頭に垂直に蹴り落とされ、ゴリッと嫌な音がした。
 ちなみにヴェルトールはキャットピープルである。
 『戦闘傀儡(マリオネイト)』という極めて特殊な魔法を持つこいつは、これでもアルル・ファミリアとかいうファミリアの副団長らしい。だがファミリアが退屈すぎて詰らないからとしょっちゅう遊びに来ては食い物を摘まもうとする困った奴だ。若干のMっ気と構ってちゃん気質があるせいか、蹴っ飛ばされるまでがコミュニケーションになってる節がある。

「やれやれ、いいからご飯始めようや。ヴェルトールには期限切れかけの食材でも上げておけばいいじゃん?」
「ふん!アズ様の優しさにつけこんで精々おこぼれを喰らうんだな!」
「………頂きます」
「おう、頂ます」
「じゃ、アタシもイタダキマース!」

 結局4人で食卓を囲む。ちなみにこの食卓、俺達がダンジョンに夜通し籠る関係で固定メンバーはメリージアしかいない。後は入れ代わり立ち代わり、この屋敷を防衛できる誰かが勝手に入り込んでくつろいでいたりする。

「なぁなぁオーネスト様。アタシのお食事どんな味しやがりますか?」
「美味い」
「味覚障害の再発はないみたいだな」
「あー、凄かったなアレ。ミアのカカァが出した料理に『雑巾の味がする』ってポロッと漏らすまで味覚が消えてるとか誰も気付かなかったぜ」

 それと、この屋敷に集う奴等の会話は大抵がオーネストに関わる話だったりするので、アズは内心『オーネストファンクラブ』と呼んでいたりする。この男、変なカリスマがあるのだ。
 ゴースト・ファミリアは不吉を隠れ蓑にした秘密基地。
 ここには、未来(あす)を求めない愚者たちが集う。
  
 

 
後書き
この物語、どっちかというとオーネストが主人公のような気がします。
というのも、アズに比べてオーネストはいろいろ抱え過ぎなので。 
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