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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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滲むような死と共に
  1.俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

 
前書き
なんか出来上がったので投稿してみる。
ダンまちオリ主物で転生的な何かとチート的な何かアリです。


なお、没ストーリー倉庫に投稿した分を全部消化するまで1日1話ペースの自動投稿です。ほぼあの時のまんまですが、作者コメントや一部の誤字等が修正、調整されている部分もあります。ご了承ください。 

 
 
 じゃらり、と鎖が鳴る音を聞きながら、そこに足を踏み入れる。
 足場一面が鎖で埋め尽くされたその真っ暗闇の中心に、スポットライトを当てられたように降り注ぐ明かりが、一人の人間を照らしあげた。眩しさに目を覆いながら、それを見る。

 大きな十字架と、それに纏わりつく鎖。その鎖に全身を雁字搦めに縛り付けられたそれは、よく見れば人間だった。
 動きを拘束されるように2本の槍のようなもので両足を貫かれており、足元には血溜まりが広がっている。抉れた肉は既に全ての血を出しきったとでも言わんばかりに赤黒く変色し、見る者の神経をざわつかせる痛々しい断面を晒している。

 と、鎖に絡め取られた人間が顔を上げた。
 生きているのかも怪しいほどに痩せ細り、生気を無くした虚ろな顔は、幽霊と見紛う。
 抉り取られているのか、右目があるはずの空間がぽっかりと空き、守るべき眼球を失った瞼がくぼみを作っていた。それだけではない。同じ右頬の皮膚は酷いやけどで爛れ、身体も傷だらけ。その身体はまさに死に体だった。
 助けようと声をかけようとし、ある事実に気付く。

 この顔は――自分と似ていないだろうか。

「よお、やっと気づいたか?相も変わらず呑気なようで何よりだ……」

 じゃらり、と鎖を鳴らして声を絞り出したズタボロの人間は、口角を吊りあげてくぐもった笑い声をあげる。酷く擦れていて、電波状況の悪いラジオのように聞き取りづらかった。だが、何故か何を言っているのかは理解できた。その物言いは、自分とこちらが同一人物であることが正解であると語っている気さえする。

「見ろよこの身体……ひでぇ有様じゃねえか。痛くて痛くてたまらないんだ。もう痛みを感じる事さえも疲れてしまった……」

 鎖に縛られた皮膚は紫色に変色して、その腕はまるで木の枝のようで、骨の周囲に皮が張り付いていると形容するほかにない。加えて火傷に裂傷。既に致命に至っているとさえ思えるその体でよく喋る元気があるものだ、と関心すら覚える。
 彼に巻き付く鈍色の鎖が冷たい閉塞感を放ち、死ぬことさえ許すまじとの意思を以て拘束しているかのようだった。

「なあ、生きてて楽しいかい?」

 不意に、そう質問された。

「いつだって怪我して痛い思いして、嫌われて痛い思いして……生きていたって苦しいだけじゃないか。どうせ人はいつか死ぬのに、なんでわざわざたっぷり苦しんで生きなきゃいけない?」

 人は、この世に生まれたその日に世界と生の契約を結び、死と共に満了を迎える。
 何を求められているでもなく、ただ生きろとこの世界の中に放り込む。
 終わる理由は何だろう。
 病気か、事故か、事件か、テロメアの限界か、脳細胞の限界か、精神の限界か。
 分からない。
 分からないが、終わりの瞬間は必ずやってくる。
 その瞬間、人は認識の外へと弾きだされる。

「もう、生きるのをやめないか」

 諭すような囁きだった。

「生きてたって苦しいだけだし、生きてるから死ぬことが怖くなるんだ。生きるのをやめないか。生きてるから悩まなきゃいけないし、痛みを感じなきゃいけないんだ」

 生きとし生けるものは皆、死を恐れる。
 人もまた、死を恐れる。
 だが死の恐怖を実感できない世界で生きていると、生きる事が辛くなってくる。生きている自分がどうしようもなく惨めで、自力では前にも後ろにも進めないままずるずると老いだけを重ねていく。みっともなく生にしがみつくことに嫌気がさす。
 死を恐れるあまりに勝ち取った人間の世界が、逆に死を囁くように感じる。

「なあ、死のうぜ?俺もお前も、一緒に生きるのを止めよう。生から解脱し、 静寂(しじま)に沈もう。刹那と那由多が永遠に交錯する世界へと旅立とう」

 気付けば、俺の両手には一丁ずつ拳銃が握られていた。同時に、脚に鎖が絡みつく。
 鎌首をもたげる蛇のようにうねり、絡まり、万力で締め上げられるように足をぎりぎりと締め付けた。
 激痛に体を震わせるが、どういう訳か手に握った拳銃だけは離すことが出来なかった。

 これを使って、殺してくれと言う事か。

「さあ、死のう。いっしょに死のう。俺はお前で、お前は俺だ。俺が死ぬ時はお前も死ぬ時だ。一緒なら寂しくねえだろ?一緒に解放されようぜ」

 拳銃を見つめる。装填された弾丸はそれぞれ一発ずつ。
 一つはあいつに、もう一つは自分に。そういうことだろう。
 安全装置も撃鉄も、全て準備は整っていた。

 死ぬのは怖い気もするが、生きているのも辛いだけだ。
 ならいっそ――そんな彼の願いは、きっと自分の願いでもあるのかもしれない。
 トリガーに指をかけ、グリップを両手で握る締める。狙いを定め、息を吸い込み――


 引金を、引いた。


 一発は俺の脚の、もう一発はあいつの鎖めがけて。


 縛っていた鎖が、襲いくる鎖が、銃弾によってひん曲がり、砕ける。


「俺は思うんだ……『それでも人は夢を見る』。いつか今より幸せだと思える。そんな自己満足を得られる日が来るかもしれない。……なに、どうせ帰り道は一緒なんだ。死ぬまでの旅路――旅は道ずれ世は情け、だろ」
「俺を拒絶しないのか」
「しないさ」
「なのに、俺の提案を受け入れないのか」
「俺もお前に提案したのさ」

 死は避けられないから、それを認めない訳にはいかない。
 でも、死神に待ってもらう事くらいは出来るから。

 崩れ落ちる鎖を振りほどき、十字架から降ろされた俺の肩を掴んだ。両足に刺さった2本の槍はからりと音を立てて床に転がり、動かなくなったその足が出来るだけ痛まないようにおぶる。
 冷え切った体の中で、鼓動だけが確かに感じられる。
 生きてるな、って感じる。

「ちょっとしんどくはあるけどさ……ま、一緒に行ってみようぜ」
「気楽だな、お前は……いいさ。俺はお前だものな。いつまでも付き合ってやるさ。お前の影、お前の仮面――もう一人のお前として」


 暗闇の世界が、砕け散った。



 = =



 トンネルを抜けると、そこはオラリオだった。

 という冒頭で小説を書こうとしたら、親友のオーネストに「『雪国』のパクリかよ」と突っ込まれた。この冒頭を知っているだけでなく小説のタイトルまで知っているとはつくづく教養がある奴だ。俺と違って。

 俺はアズライール・チェンバレット。このオラリオではそんな名前を名乗っている。
 ちなみにアズライールというのは元は他の神に勝手につけられた仇名で、オーネスト曰く「イスラム教の死神(正確には天使)」らしい。お前なんでも知ってるなオーネスト。よく考えたらオラリオの知識の9割はお前に教えてもらった気がするぞ。

 かつて、俺はコンクリートジャングルに住まう普通の人間だった。
 といっても、普通というのはちょっと違うかもしれない。
 俺は当時心が空っぽだった。やりたいこともないし、やりたくないこともない。自分と言うものが何なのやらあやふやのまま他の人と適当に歩調を合わせて生きていた。歩く屍、とでも言うべきだったんだろう。
 そんな風に生きて、老いて、意義を見いだせずに死んでいくことが何より怖かった。夢が欲しかった。なのに自力ではどうしようも出来ず――結局、最後まで何をすればいいのやらわからないまま何かしらの災害に巻き込まれ、よく分からないまま意識が闇に落ちた。

 で、その先で十字架に鎖で括りつけられた俺を発見したのだ。
 俺はそこで結局生きることを選んだ。
 後になって思えば、俺は死にたかったのかもしれない。
 でも今は生と死が同梱してるのでどっちでもないのだが。

 もう一人の俺を鎖から解放すると、更に場面は変わり、何故か俺はこのオラリオにいた。
 
 2,3年ほど前の話だが、今もあの瞬間は鮮明に覚えている。
 街を行き交うコスプレイヤーに天高くそびえるバベル。
 唐突過ぎる剣と魔法の世界へのデビューだった。

 モロにファンタジーな世界に困惑しまくり、行き場所も頼れる人もゼロ。
 偶然にもオーネストが俺を助けてくれなきゃ今頃野垂れ死んでたかもしれない。
 ちなみにオーネストが俺を助けた理由は、彼も俺と同じく現代日本からここに来たクチだったから。……っていうか、多分だがそれがなければ普通に見捨てられてた気がする。きっかけって凄いね。

 とはいっても彼の場合は赤子の頃からこっちにいたらしく、日本時代の記憶をはっきり思い出したのは7、8年ほど前だそうだ。何か個体差のようなものがあるんだろうか?それともルートが違うのか?真相は謎のままだが、兎に角それ以来の付き合いだ。

 まだ夢は見れないが、昔よりは生きがいのある人生だ。御年たぶん18歳。苦しみ少なし悩み無し。
 現在ダンジョン37階層。今日も今日とて(ともがら)と、生活の為に金稼ぐ。

「そお……れぇいッ!!」

 手に持った戦闘用の鎖を全力で振り回す。
 この鎖は一種のマジックアイテム。力を入れずともその軌道はある程度俺の意思に従って、蛇のようにうねりながら魔物の身体に命中していく。横薙ぎの暴風が数十にも及ぶ魔物たちの体を抉り、削り、吹き飛ばす。

 ジャララララララッ!!と音を立てて俺の手元に戻ってきた鎖は、その破滅的な威力を存分に発揮して魔物を殲滅させた。一通り振った後に残ってるのは、魔物の残骸とドロップアイテム、それに魔石だけ。
 こんな戦い方をするものだから、俺の周囲には基本的に人が寄り付かない。寄ってきたらうっかり薙いじゃうから都合はいいのだが。

 や、俺は主にオーネストの倒した魔物のドロップ拾う係なのだ。数が多いと面倒だからこうして手伝いをするときもあるってだけだ。現にオーネストの奴は既に巨大な「迷宮の孤王(モンスターレックス)」とかいうドエライ化物相手に吶喊して血祭りに上げている。

 ダンジョンそのものに伝播する苛烈なまでの殺意。
 ドエライ魔物さえも圧倒する暴君による一方的な蹂躙が繰り広げられる。

「死ねぇッ!四肢を削ぎ落とされッ!五臓六腑を撒き散らしッ!!ただ無駄に!無為に!!お前を殺した俺への恐怖を抱いて消滅しろぉぉぉーーーッ!!!」

 周辺の魔物が助けるどころか逃走を開始し、「迷宮の孤王(モンスターレックス)」に至っては本当に四肢を削ぎ落とされながらも必死にオーネストから逃げようとしている。が、その願い虚しくオーネストはそのデカブツの背中に飛び乗って滅多刺し。両手で何度も何度も背中に剣を深く突き立てる度に、魔物の悲痛な叫び声が木霊する。

『アギャアアアアアア!?ガ、ガグゴゴゴオオオオオオオオッ!!!』
「うわぁ……ご愁傷様。往生しろよ?」

 ちなみにあの剣は別に痛めつけてるのではなく、背中から魔石を破壊するために肉を削ぎ落としているだけである。何をどう育てばあんなにエゲツナいことする人間になるのやら俺にはさっぱりわからない。その気になればあそこから魔石を両断することも出来る筈だが、もしかしたら真正ドSなのかもしれない。

 数分後、返り血で真っ赤に染まったオーネストは魔物が死んだことを確認して魔石を蹴り飛ばした。
 欲しけりゃ拾え、という意味である。この男、装備品を揃える以外に金を使わないために儲けを気にしないのだ。
 そういやアイツ昔『イシュタル・ファミリア』から戦闘娼婦を買ったことあったな。
 なんか騙されて働かされてたらしいので助けたんだと思うが、あの時も3億ヴァリスをポンと出すものだからぶったまげた。実はファミリア以上に金持ちなのかもしれない。

 まぁそれはそれとして。俺は無言で血塗れオーネストの頭にポーションをぶっかける。
 オーネストとて一応人間。苛烈な戦いの中で結構ダメージを喰らっている筈だ。が、コイツは怪我をしててもよほどひどくない限りは平気な顔して放置するタイプ。なので回復させるのは俺の役目である。
 当の本人は頭からポーションを垂れ流しつつ俺を横目でジロリと見ている。水も滴るいい男を地で行くイケメン加減だが、その分異様な威圧感を感じる。感謝されてないのかもしれない。お礼を言われたことないし。

「あ、今ので最後か……オーネスト。ポーション尽きたから帰ろうぜ?」
「そうか。俺は先に行くから勝手に帰れ」
「まぁそう言わずに。荷物もそろそろ一杯だろ?」
「知るか。俺は行く」

 ……こんなでも俺達は友達である。

 友達、の筈だよな?なんか不安になってきた。

 金髪金目の美丈夫であるオーネストは目つき鋭い系のイケメンなのだが、その実エルフより気難しくて獣より狂暴な男だ。基本的に他人に体を触らせないし、無理に触ると最悪斬撃が飛んでくる。俺は一応友達なので肩に手をかけるくらいは許してくれるが、それでも顔を顰めるくらいはする。
 それくらい気難しい男だから、俺のいう事も基本的には素直に聞いてくれないのだ。

 しかし、オーネストはここで放っておくとポーションが切れようが武器が壊れようが制圧前進を続け、最終的には階層主相手に素手で殴り合いを仕掛けている所を最前線ファミリアに止められてぼろ雑巾みたいになって強制送還されながら「邪魔しやがって」と悪態を吐く男である。
 要するに放っておくと死ぬから、どうにか地上へ連れ帰らねばならない。

「はぁ~……ったく!『死望忌願(デストルドウ)』!オーネストを縛り上げろ!」

 瞬間、俺の影から濃密なまでの『死』の予感と共に、ずるりと死神が這い出る。
 常に俺に寄り添う、俺自身の内包する側面の一つ。俺の心の分身。

『לקשור את האויב――!』

 幽世へと魂を招くような腹の底が冷える気配の主――それが『死望忌願(デストルドウ)』。
 鎖で十字架を背に縛り付けられた3M近いコートの魔人は、奇妙な文字が描かれた包帯の隙間から漏れる赤い眼光をオーネストに向け、その身体に纏った鎖を投擲した。

「テメ……ぐおおッ!?」

 こちらが本気であることに気付いたオーネストから小心者ならそれだけで死にそうな苛烈な殺意が浴びせられるが、鎖は既に彼を絡みとっていた。『死望忌願(デストルドウ)』の鎖は自慢じゃないが不壊属性に限りなく近い強度を持っている。
 いくらオーネストが強くても一度縛られれば抜け出せないものだ。

「はいオーネストの簀巻き完成~!ホラ帰るぞ?ヘファイストスさんの所で武器の整備する約束あったろうが!」
「くっ……分かったよ。自分の足で戻るからこの鎖をどかしやがれ」
「はいはい……『死望忌願(デストルドウ)』!もう離していいよ」
『זה לא היההאויב――』

 鎖から解放されたオーネストは不機嫌そうだが、一度発した言葉に嘘はつかないのがこの男のいいところ。もし帰る気ゼロなら鎖に縛られたままにらめっこが開始されるからね。
 『死望忌願』は下らない事で俺を呼び出すな、と言わんばかりに不満そうにこっちを見てそのまま俺の影に戻っていった。

「っつーか、『死望忌願(デストルドウ)』を出すときは詠唱しろって念を押した筈だが?」
「良いだろ別に、誰も見てないんだし」
「………まぁいい。どうせ損するのはお前だしな」
「ひでぇ」

 元々詠唱をしろと言い始めたのはオーネストなのだが、こんな時くらいはいいだろう。

 俺に寄り添う分身であり力そのもの、デストルドウ。
 俺が冒険者として死なずにやっていけるのも全面的にコイツのおかげである。
 俺の鎖も元々はコイツの鎖。他にも十字架やら鎌やら銃やら色んなビックリドッキリ技を持った俺の最終必殺技だ。出し徳ノーリスクだけど。

 デストルドウはこの世界では魔法という扱いになっているが、オーネスト曰く『それは魔法でも神の力でもない。お前の破壊的な側面が実体化して付き従っているだけだ』とのこと。つまり、某奇妙な冒険漫画や某仮面ゲームに出てくるアレに近い存在だそうだ。
 なんでこれに目覚めたのかと言われれば、やっぱりオラリオに来る前のアレだと思う。
 それにどんな意味があるのかは分からないが、案外意味なんてないのかもしれない。

「その力の本質は『人間』だ。『人間を生み出した神』から解脱しようとする力と言ってもいい。お前にその気はないだろうが、そいつは超越存在(デウスデア)に死を齎せるだけの性質を備えている。本質を理解された日には、神は己の存在をかけてお前を殺しに来るぞ」
「だから詠唱をつけて特殊なだけの固有魔法に見せかけようってんだろ?でもさ、もう2年経ったけど誰にも気づかれてないじゃん。アレ唱えるの面倒くさいし、誰も見てない時くらいイイだろ?」
「ふん………なら精々バレないようにしろよ。壁に耳あり障子に目あり……用心に越したことはない」

 なんやかんやで心配してくれているらしい。
 こいつのそういうぶっきらぼうな優しさは、不思議と分かる人には伝わってくる。
 だからこそこの偏屈冒険者は未だにオラリオで孤独になっていないのかもしれない。
 そんなことを考えながら、俺は地上まで上がっていった。



 = =



「おい、あれ……」

 ざわり、と街の空気が変容する。
 それは、街でも屈指のファミリアや冒険者が現れた際によく目にする空気の変化。
 だがその瞳に映るのは畏敬ではなく畏怖。この街の異物から離れようとするそれである。

「『狂闘士(ベルゼルガ)』と『告死天使(アズライール)』……戻ってきたのか」

 『狂闘士(ベルゼルガ)』……彼は自らをオーネストと呼ぶ。
 弱冠10歳の頃よりたった独りで、『上も下も』魔窟であるオラリオに住まう冒険者。彼は冒険者でありながら、『ファミリアに所属しない』。どの神にも決して膝をつかず、どんな脅しにも決して屈せず、暴力を掲げた者には徹底的な暴力で応対する。
 彼がレベルいくつなのか、恩恵(ファルナ)を受けているのか、親が誰で過去に何があったのか、誰も知らない。ほんの一部の人と神とのみ関わり、心優しき者も下心ある者も平等に拒絶し、死をも恐れぬ苛烈な戦いぶりは正に『狂闘士』と呼ぶに相応しい。
 彼の渾名の由来は、『凶狼(ヴァナルガンド)』の二つ名を持つ冒険者との苛烈すぎる喧嘩を見た神が名付けたものである。

 『告死天使(アズライール)』……親しき者は彼をアズと呼ぶ。
 2年前、突如この町に訪れてオーネストの隣に居座った「死神」。彼もまた、冒険者でありながらファミリアには所属していない。どの神にも笑顔で接し、困っている人には手を差し伸べるのに、彼にはいつも濃密な「死」の気配が付き纏う。
 レベル、恩恵の有無、人間関係一切不明。交友関係は人並みにあるが、人も神も彼の「死」の気配を怖れて自ら近付こうとはしない。そして戦いにおいてはその「死」の力を遺憾なく振るい、その姿は神を以てして「死神のようだ」と言わしめる。
 善良な人間性に反する生物的忌避感と底知れぬ力が故に、神は彼に「死神に近しい者」……『告死天使(アズライール)』の二つ名を送った。

「噂じゃ『告死天使』は『狂闘士』の魂の収穫を待ってるって話だ」
「どっちも人の皮を被ったバケモンだろうが」
「折角ダンジョンに潜ったって聞いてたのに……そのまま二人纏めて野垂れ死ねばよかったのよ」
「バカ、聞かれたら殺されるぞ……!」

 ある者は嫌悪感を露わにし、ある者は見る事さえ憚る。
 ファミリアに所属しないが故にレベルの報告義務もなければ、活動指針もありはしない。
 野放しになった狂犬――秩序を失った天使――そして、彼の周囲で活動する顔も知らない冒険者や神々。それらの集合体を、人々は実体のないファミリア――【ゴースト・ファミリア】と呼ぶ。

「相変わらず俺ら珍獣扱いだな」
「料金ふんだくるか?」
「やめろ。お前が料金徴収なんてヤクザより怖えぇよ。とっとと『お家』に帰って休もうぜ?どうせ今日も暇な奴が何人か屯してんだろ」
「フン、自分のファミリアも放り出したヒマ人共め。よくもまぁ人の家に来るものだ」
(その暇人の首魁が何を言うか………)

 そして、この二人がその【ゴースト・ファミリア】の中心にいる事は……もはや言うまでもないことだ。

「あ、アイテムと魔石の換金どうしよっか」
「金が欲しいならいってきたらどうだ?俺は要らん」
「宵越しの金は持たないってか?」
「馬鹿言え、使い途がないだけだ。それに……宵を越す必要が俺達にあるのか?」

 オーネストにしては珍しく、にやりと含みのある笑みを浮かべた。
 こいつなりのジョークなんだろう。オーネストがジョークを言う相手は、それなりに気に入ってる奴だけだ。素直じゃねえの、と内心で苦笑いしながら同意する。

「それは確かに。金にも困ってなけりゃ未来を渇望してもいない。俺達はそういう人種だよな」
「そうだ……俺たちに未来(あす)は要らねぇ」
「だな。俺達に未来(あす)は要らねぇ」

 未来など要らない。何故なら、今日に後悔はないのだから。
  
 

 
後書き
アズライール・チェンバレット
愛称あずにゃん。放課後は紅茶を飲みつつギターの練習をして蒼の魔導書を探すブルー・コスモス盟主(※嘘です)。死望忌願(デストルドウ)のモチーフはペルソナシリーズに出てくる「刈り取る者」です。

オーネスト・ライアー
直訳すると「正直者の嘘つき」。言うまでもなく偽名である。
色々と過去にあって荒みまくっているが、アズとの出会いで相当柔らかくなっている。

オーネスト全盛期の武勇伝
・1日5人は冒険者をボコる。最高記録は1日57人(ファミリア一つまるごと)。
・フレイヤの魅了に抵抗するどころかガチギレして最終的にオッタルと殴り合い。
・↑で負けて全治1週間の大怪我をしたが、その代わり人類で初めてオッタルの耳を引き千切った。
・ファミリア一個をまるごと脅迫して舎弟に。
・ギルドの出頭要請を5年間無視してとうとう指名手配になるも、皆オーネストを怖がって近づかず。
・敵対ファミリアに奇襲を仕掛けられたので、仕掛けてきた奴全員に拷問。
・その後仕掛けてきたファミリアに散発的な単独奇襲を続け、一か月かけてじわじわなぶり殺し。
・『豊饒の女主人』のミアと見解の相違から殴り合いの大喧嘩をして大変なことに。
・後に肉体疲労による味覚障害が判明して周囲による強制療養が決定するも、ガン無視。
・その後一週間に渡って鬼ごっこを繰り広げ、バベル頂上でアズとの一騎打ちにまでもつれ込む。
・↑なお、この場所になった理由はオーネストのフレイヤに対する全力の嫌がらせの模様。
etc……etc…… 
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