少年少女
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第十話
俺たちはネクロマンサーを倒し、転移結晶で村へ戻ると、NPCからクエストクリアの報酬を受けとる。
「今回は本当に助かったよ、ジンガ、シノン、ありがとう。」
キリトが頭を下げてくる。
「いや、攻略の為だ、気にするな。それに、戦闘中、キリトがボスを一人で押さえてくれていたのは大きい。本当に助かった。」
俺も頭を下げる。
「私、あんまり役に立たなかったわ。ごめんなさい。」
シノンは悔しそうに唇を噛んだ。
「そんな事は無いよ。連携して戦えたからこそ勝てた戦いだったと思う。」
キリトは屈託のない顔で言った。きっと、本心からの言葉だろう。
「俺もそう思う。シノンの攻撃が無ければ勝てなかった。今回の戦いに、シノンは必要不可欠だった。」
俺も素直に言う。シノンがいなければ、ネクロマンサーにキリトはやられていただろうからな。そうなれば、一気に形勢は悪くなっていたはずだ。
「そう・・・」
腑に落ちない様子のシノン。これはしばらく経験値稼ぎに躍起になるな。
「じゃあ、俺はこの辺りで失礼するよ。次はボス攻略で会おうぜ。」
キリトはそう言うと、転移結晶を取り出す。
「あぁ、またな。」
「・・・またね、キリト。」
俺たちは胸元で小さく手を振りながら見送る。
「転移!アルゲード!」
転移結晶の発動により、キリトが鈍い光に包まれ転移する。俺たちはキリトが完全に消えるまで手を振り続けた。
「ふぅ、終わったな。俺たちも宿とって休むか。」
「えぇ、流石に疲れたわ。」
今日はこれ以上、活動する気力は無かった。まだ夕方くらいの時間帯であったが、今日はもう、のんびり過ごしたい。
「・・・ねぇ、ジンガ。」
俺たちは65層の主街地に転移し、宿屋へと移動していた。移動中、シノンは黙り込んでおり、ようやく口を開いたのは宿屋前に着いてからだった。
「うん?何だ?」
「その、ごめんなさい。私、護られてばかりだった・・・」
シノンが俯いて呟くように言った。
「そんな事はない。」
俺はそれだけ応える。夕焼けの空が綺麗で、夕陽の赤い光がシノンの表情を隠している。
「ううん、何度も危ない場面があったわ。私は強くなりたい。うぅん、強くならなくちゃいけないの。何にも負けない位、強く・・・なのに、私はこんなにも弱い。ジンガがいなかったら、何回死んでたか分からない。」
後半、シノンの声は震えていた。
「敵に近づかれたら何も出来ない。本当に足を引っ張ってばかり・・・どうしたら、どうしたら強くなれるの?ジンガみたいに、敵をたくさん倒せる強さ。キリトみたいに、ボスと一対一で戦える強さ。どうしたら良いの・・・?」
涙を流しながら捲し立てるようにシノンが言葉を吐く。
「・・・いいか、シノン。」
俺はシノンの方を向き、ゆっくりと口を開く。
「確かに、シノンは敵に近づかれたら危険だ。防御力は低いし、HPも俺たちに比べたらずっと少ない。しかし、シノンは遠距離要員だろう?現に、俺やキリトに遠距離から有効的な攻撃をする術は無い。役割が違う。」
シノンが顔を上げる。涙が頬を伝って地面に落ちて消えていく。
「・・・適材適所ってこと?」
涙声にそう言う。
「そうだ。今回はたまたま室内での戦闘だったし、雑魚敵が多すぎる戦いだった。これがもし野外だったら?もしくは、雑魚の殆んどいないボス攻略だったら、シノンは大活躍さ。」
最後の方、外国人ばりにオーバーなリアクションをとる。わざとらし過ぎたか?
「ふふ・・・わざとらしいわね。外国人がやってるテレビショッピングみたい。」
シノンが小さく笑いながら言った。恥ずかしくなったが、笑ってもらえたから良しとしよう。
「と、とにかく、シノンは弱くなんかないし、足を引っ張ってるとか、誰も思ってなどいない。一人で何でもできる奴なんて、このアインクラッド内にはいないと思うぞ?それに、シノンは遠距離攻撃においてはSAOで最強だと思う。だから自分を弱いだなんて思う事は無いんだ。」
「・・・分かったわ。有り難う。慰めてもらっちゃったわね。」
シノンが涙を拭き、夕陽を背にして頷く。
実際、シノン以外に弓を使うプレイヤーは未確認だし、間違いなく最強なはずだ。
「それに、強くても弱くても、シノンが危険に晒されていたなら、俺はいつでも助けに行く。必ずだ。だから、安心して狙い撃て。お前の矢でお前の敵を撃ち抜けるように。」
口から勝手に言葉が出る。俺は言った後に恥ずかしくなった。
「ばっ、ばか。そんな事言われたら・・・は、恥ずかしいじゃないのよ・・・口約束だとしても、う、嬉しくなるじゃない。」
シノンと俺はお互いに視線を泳がせる。シノンの顔は夕陽のせいでよく見えなかったが、恐らくは赤くなっているだろう。そしてそれはきっと俺も同じだと思う。
「口約束何かじゃ・・・うん。その、何と言うか・・・うん。恥ずかしいな。」
しどろもどろだな。我ながら何をしているんだろうか。胸がモヤモヤするというか、緊張すると言うか。しかし、悪い気分では無かった。
「こっちが恥ずかしいわよ。ばか。」
「あぁ・・・す、すまん。」
「謝んないでよ。ばか。」
「す、すまん・・・」
「・・・ばか。」
夕暮れの宿屋前、他のプレイヤーが通りかかるまで、俺たち二人は心地良い緊張感を味わっていた。
夕日の紅い光が眩しく、暖かい。バーチャルの世界にいる事など、すっかり忘れてしまう。俺はいつまでもこの日の事を忘れはしないだろう。そう思った。
こうして【死霊使い事件】は幕を閉じた。俺の心にモヤモヤしたものを残して。
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