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ソードアート・オンライン 瑠璃色を持つ者たち

作者:はらずし
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第十九話 歪みの吐露

 
前書き
そういえば書かなきゃいけないところ
書くの忘れてたな〜

みたいな感じで書き足してるとあっという間に
時間が過ぎていきますね〜




※冒頭部分に掲載ミスがありました。
詳しくは作者のつぶやきをご確認ください。
誠に申し訳ありませんでした。

そんな十九話です、どうぞ。 

 









邂逅一閃。

リュウヤの槍が、オオカミのツメが、光をまとって唸りを上げる。

交錯する各々の武器。そしてーーー


ザシューーーーーーパリィィィィィン。


「へへっ…………俺の、勝ちだ」

貫いたのはリュウヤの槍。
オオカミのツメは一歩届かず、彼の数センチ前で止まってしまった。

HPが0になった《ザ・ベナンダンテ》は派手な音を響かせながらポリゴンと化して消えていった。

降り注ぐポリゴンの雨に打たれながら、リュウヤはアスナの元へと足を向けた。

「お疲れ〜。いま何時?」

「………11時半よ」

「ん〜、とすっとだいたい3時間くらいかぁ。キツかったなぁ」

あっはっは、と笑うリュウヤ。

つい先ほどまで死と隣あわせの戦闘をしていたにも関わらず、のんきなものだとアスナは呆れていた。

そのアスナと言えばーーー

「疲れたっつってもまだ仕事は残ってる。立てるか?」

極度の緊張感から解放されたからか、アスナは膝を折って座り込んでしまっていた。

正直こんなに疲れたのは50層のボス戦以来だ。
あれほど辛かった戦闘は他に数えるほどしかない。

けれど、それ以上にアスナの心を支配していたのは悔しさだった。

こんなにも疲労困憊だというのに、アスナ自身はなにもしていないのだ。
ただ後ろの方で、攻撃回避とカウンターを仕掛けるだけで前衛には一度たりとも出ていない。

それでも《ザ・ベナンダンテ》を倒すことができたのは、ひとえにリュウヤの戦闘技術あってのものだ。

彼のそれは、もはや畏敬などという言葉では収まらない。一周まわって呆れささえ感じる。

長時間の戦闘だというのに休憩を一切取らず、フィールドボスにも匹敵するだろう大型モンスターをほぼ独力で倒したのだ。

そして口では言っているが、彼の様子に疲労の色はあまり見えない。アスナより死のプレッシャーがあったというのに。

自分はなにもしていない。
そんな思いがアスナの四肢に力を入れさせた。

「立てます……。それで、なにをすれば?」

差し伸べられていた手は掴まず、アスナは一人で立ち上がった。

素直じゃねえなぁ、とリュウヤは苦笑しつつ、本題へと入った。

「お前はあの祭壇の上に寝てる人を連れてきてくれ」

「………それは、わたしがする必要があるんですか?」

「あるある、ありますとも。お嬢様はそんなご状態ですので私めが他のモンスターが湧出(ポップ)しないか警戒しなければいけませんし?理に適ってると思いますが?」

「分かりました。………けど、その言い方やめてください。刺しますよ」

「はいはーーーって、おっそろしいことサラッと言わないで!?本気じゃないよね、ほんとやめてね!?俺死んじゃうから!」

「ねえ聞いてる!?」と大声で騒ぐリュウヤを無視して、アスナはツカツカと階段を登りながら祭壇へと向かった。

その間、アスナはひたすら自分に言い聞かせていた。

疑問を挟むな。
思考を停止させろ。
指示されたことに従え。

今はただこの場から離れることが最優先であって、自分の余計な感情に取り合っているひまなどないのだから。

リュウヤの思考や行動の意味を考えるより先にやるべきことがあるだろうと、アスナは強く言い聞かせる。

しかしそれでも唯一見過ごせなかったのは、このクエストのクリア条件だ。

リュウヤの発言から察するに、先ほどのモンスターを倒すことがこのクエストの達成条件らしいが、クエストがクリアされたことを知らせるウインドウは開かれていない。

パーティーを組んでいるからには自分には知らされないことはないし、見落とすなんて以ての外だ。

ならばリュウヤが気にしていたNPCを連れて帰るのが条件なのだろうか。けど、彼は「一応二の次」という趣旨の発言をしているしーーー

と結局は思考を停止させることができずにいると、気づけばすでに階段を登りきっていた。

とりあえず寝かされているNPCを連れて行こうと祭壇へと一歩踏み出した。

下からでは見えなかったNPCの容姿は、見るからに少女といったものだ。背も小さく幼い印象を抱かせる。

見た目的には7、8歳と思われるその小柄な少女には、巫女装束のような服が着せられており、その周囲には儀式用の供物が置かれていた。

その様子を見て、アスナは相手がNPCだということを一瞬忘れかけてしまうほどに動揺した。

フィクションや神話、実際の史実でもそうだが、人身が生贄に出される時というのは、大抵幼児や少年少女、生娘といったものに絞られる。
その格好もまた、神聖なものとして白を基調とした服装で整えられることが多い。

そのセオリーを実体化させた目の前のNPCにーーー少女に、思わずアスナは口元を覆った。
まさに人身御供を想像させるこの舞台に、アスナは怒りすら感じたのだ。

なぜこんな幼い子をと。
この子はどんな思いでここにいるのかと。

見ると聞くでは全く違う。これはただの仮想物体に過ぎないと理解していても、本能がアスナの感情を刺激する。

一瞬よろめきかけた足をなんとか踏ん張ると、驚くことに、NPCの少女のまぶたがうっすらと持ち上がった。

急いで少女に駆け寄ると、その少女は虚ろな瞳をアスナへと向け、小さなくちびるを懸命に動かした。

「お………ねえ、ちゃん……、オオカミ………さん、は………?」

おそらく祭壇の前にいた《ザ・ベナンダンテ》のことだろう。アスナはそう考え笑顔で答えた。

「大丈夫。ちゃんと倒したから、もう安心してね」

NPC相手になにを言っているんだろうと自分でも不思議に思いつつそう言うと、少女はしかし笑顔を見せることはなく、反対に瞳を潤ませた。

「どうしたの?」とアスナが問いかける前に、少女が声を発した。

「それ……なら…………はや、く…………にげ……て…………きちゃう、から………はやくーーー」

いい終えると少女はすうっとまぶたを閉じた。
少女の発言の意図をうまく飲み込めないアスナは、考えるのを後にして少女を連れて降りようと少女へと手を伸ばした。

そして少女の肩に触れたその時。

「跳びのけアスナッ!!」

突如後方から叫ばれた声。
肩が跳ねて一瞬固まるが、アスナは即座に回避行動をとった。

十段弱あった階段を一気に飛び降り、リュウヤの隣へと戻ったアスナは、説明を求めようとした。

だがその必要もなく、目の前にその理由が出現していた。

「なに…………あれ…………!?」

神殿の中央からーーー具体的に言えば、その中にあった祭壇の上に寝かされていた少女の体から、禍々しい瘴気のようなものが噴出していた。

その黒い瘴気は次第に増えていき、やがて少女と神殿をも巻き込んでいく。
そしてそれは少女ののどを引き裂くような悲鳴と共に、神殿と少女を取り込んで巨大なオオカミへと姿を変えた。

オオカミと言えど、先ほどリュウヤとの闘いで消えた《ザ・ベナンダンテ》のような姿ではない。

《ザ・ベナンダンテ》は茶色の毛色を持ち、ある種一般に想像される代表的なオオカミが、二足歩行を可能にしただけのものだった。

だがいま目の前にいるモンスターは違う。
毛色は禍々しい瘴気をそのままにした黒で染め上がり、腰には布が巻かれており、右手にはその巨大な体躯に似合うだけの長槍が握られている。

つまり完全な人型であり、先ほどの《ザ・ベナンダンテ》をはるかに超える戦闘能力を保持しているのだ。

その者の名はーーー《ザ・ルー・ガルー》

およそただのクエストボスとは思えないほどのプレッシャーを与える敵に、リュウヤが忌々しそうに眉をひそめ舌打ちする。

「チッ………な〜る、そういうことね。やってくれたなクソッたれぇ……」

「な、なにがどうなってるの!?」

「簡潔に言えば、俺が排除したかったのはさっきのオオカミじゃなくて、こっちのオオカミだったっつうわけよ」

「じゃあどうするの?このまま戦うの?」

「アホンダラ、んなわけに行くか。こちとら長期戦で疲れてんだ。こんな状態じゃ俺ら普通に死ぬって。つうことで〜、逃げましょうか」

リュウヤがそう言った瞬間、《ザ・ルー・ガルー》が咆哮とともに槍を薙いだ。
それによって発生した風圧が、リュウヤとアスナへ襲いかかる。

その威嚇行為は、紛れもなく戦闘態勢へと移行する前段階だ。

応じて戦闘態勢を取ろうとしたアスナは、しかし隣から伸びてきた手によって警戒心が吹き飛んだ。

その手がアスナの手をギュッと握ったのだ。

「なっ…………ちょ………!?」

眼前の敵への警戒が真横の人間に移る寸前、暴挙を犯した自覚のない彼は小さく呟いた。

「俺の手、離すなよ」

その言葉と同時に三つの事象が一辺に起きた。
リュウヤの右手が閃き、《ザ・ルー・ガルー》の顔面ーーー正確には瞳で爆発が起きて、《ザ・ルー・ガルー》だけでなくリュウヤとアスナをも巻き込む煙が辺りを充満した。

視界が遮られ、どうしていいかわからないアスナは言われた通りにリュウヤの手を離さないことしかできない。

「逃げるぞっ」

そんな声とともに握られた手がぐんと引っ張られるのをアスナは感じた。
そのまま引っ張られる方向へ身を委ね、そのまま走ると、すぐに煙の外へと抜け出すことができた。

逃走経路は考えていたらしく、その足の一歩一歩に迷いは見て取れない。
しかし、

「ねえ、逃げるって言ったけど、どこまで逃げるの?」

フィールドボスなどは基本的に一定の範囲から出ないのだ。その範囲がどこまでかわからないが、その範囲を抜けさえすればいい。

その常識に従った判断は間違いではない。が、ここではそうとは限らなかった。

「残念ながら、あいつはどこまでも追ってくるぞ。範囲なんて関係ねえ。そこらのザコと一緒でタゲ外さねえと逃げれん。
まあそのタゲもボス級なだけに簡単には外れない。タチわりいにもほどがある」

肩をすくめてそういうリュウヤだが、この状況に対する焦りはないように感じる。
反対に、事実を告げられたアスナの表情は暗い。

先ほどの爆破と煙幕があっても、おそらく今もリュウヤとアスナはターゲットにされているだろう。
それに「逃げる」と言ってもここまで来た道のりに逃げ隠れできるようなところは何もない。

死の匂いがアスナの鼻をくすぐる。
生の光が遠ざかっていくのを感じる。
走っているのに後ろへ引きずられていく感覚がある。

これじゃあ、もうーーー

「ていっ」

ペチッ、と小さな音が鳴る。それはリュウヤのデコピンがアスナの額を軽く小突いた音だった。

「ーーーいたっ……な、なにするのよ!」

「そんな顔すんなよぉ〜、ほんとに死ぬよ?」

「ほ、ほんとにって……!」

「あのな、これ一応ゲームだよ?突破口はもちろんあるってば」

死が目前に控えているような状況にも関わらず、リュウヤは子どもをからかうような口調を取り続ける。

「あんな大物と二連戦なんて普通にムリだろ〜、どう考えてもさぁ。だから逃げ道はちゃんと作られてるはずだって」

「そ、そんなものどこにーーー」

「えーっとぉ〜…………あ、あった。ほらそこ」

「え……?どこ……?」

「おし、行くぞっ!」

「どこなのーーーキャ!」

思いがけない加速にアスナは軽く悲鳴をあげたが、そんなものはおかまいなしにリュウヤはスピードを上げる。

向かう先にあったのは行きの道のりにはなかった、壁にできた空洞。
その先は見えなかったが、リュウヤはアスナを引っ張り迷いなく飛び込んだ。


そう、まるで“飛込み台から踏み切るように”。


光が見えたのは先ではなく、真下だった。

彼らが飛び込んだ先にあったのは空中。
その身を空に投げ出したのである。

「き、キャァァァァァ!!!??」

「あ、やべーーー詰んだ」

「う、ウソでしょ〜〜〜っ!?」

リュウヤは合掌しながら、

アスナは悲鳴を上げて、

ーーー空を舞った。













「あっはっは!なんとかなったなぁ〜!」

「ほ、ほんとに死ぬかと思った……」

「な、言ったろ?逃げ道はあるって」

「もう少しマシな逃げ道が欲しかったわよ!」

ドヤ顔で言うリュウヤに、アスナは本気で怒鳴り返した。
それでもリュウヤは笑うだけで、アスナの気力は空振りに終わる。

アスナが怒るのもムリはない。
宙を舞った時点で死を覚悟したリュウヤとアスナだったが、地面との距離が半分を切ったところで強制転移が起き、普通に、ノーダメージで、着地ができたのだ。

強制転移するなら初めからそうしてよっ、とアスナは心中で憤る。
これを考えたデザイナーはーーー当然茅場だろうーーー先ほどのボスとは違う意味でタチが悪いと言える。

だが、そんな心境になれるのもリュウヤとアスナが弛緩できる環境にいるということだ。
普通ならプレイヤーが大声を出したならばモンスターが押し寄せてくるのだがーーー

「けど、転移したところがまさか村だったなんて……」

「ま、十中八九インスタンスマップだろうがな」

「それでもいいわ。休めるならなんでも」

「それについちゃ、同感だなぁ……」

息を逃がしながらリュウヤはソファに寝転がった。

リュウヤとアスナは、村にあった誰もいない家屋を借りてそこで休憩を取ったのだ。
村自体は圏内の扱いではなかったが、建物内なのでシステム的に音が漏れることはまずない。モンスターに襲われることもないというわけだ。

アスナもリュウヤにならって、身体を休ませるためにソファに身を委ねた。

家に入ってすぐ火を入れた暖炉が、パチパチと音を立てる。
もう春とはいえ影に入ると少々寒いが、暖炉のおかげで部屋はポカポカと気持ちの良い気温になっている。

心地よく感じてきたアスナが船をこいでいると、そんなアスナを見て、寝転んでいたリュウヤが苦笑をもらした。

「な、なによ……」

「いやいや、《攻略の鬼》とまで言われた《閃光》様がこんなお気楽だとは思わなくてね」

ははっ、と笑いながら言うリュウヤに、実際気が抜けていたアスナはなにも言えず、羞恥を隠すように全く別の質問を返していた。

「そ、そういえば、あなたの武器のこと、教えてもらえなかったし、教えてよ」

「ああ、そういえばそうだったな」

思い出したといった顔をしながらリュウヤはストレージにしまっていた武器を取り出した。

暗いところで見ても全体的に赤かったが、やはり明るいところで見るとその赤みは一段と引き上がっている。

「これは槍の一種、《方天戟》ってやつだ。
その中でもここの………ほら、穂の下に片っぽだけ三日月状の刃があるだろ?こういうのを《方天画戟》って言うんだ。
聞いたことあるだろ?」

「は、はぁ………三国志で有名なかの名将、呂布が愛用してた武器、でしたっけ?」

「お、なんだ、三国志いける口か!?」

「し、知りませんって!歴史の資料集にあったのをチラッと見ただけで………」

「なんだよ………、てか、チラ見だけで覚えてるとかすげえな」

引き気味に苦笑しているリュウヤを見て、このままではリアルの話になりかねないとアスナは思ったが、アスナが口出しする前にリュウヤが話を戻した。

「まあ武器の話はこれくらいでいいだろ。
さっきの話に戻るが、休める時に休まなきゃ身体っつか、心も持たねえからな。
気が抜けるのも、別に恥ずかしいことじゃないさ」

「…………そうね」

「やっぱ仮想世界(こんなとこ)でも疲労ってのは蓄積されるからなぁ。休み取っとかないと、いざって時に動けなくてうっかり死んじゃうし」

「そんなの言われなくても分かってるわよ。だからみんなちゃんと休息は取ってるわよ」

「そうだな。でもーーーお前は違うよな?」

ピクリと、肩が跳ねる。

リュウヤの声音が、ほんの僅かに変わった。

アスナは暖炉に向けていた視線をリュウヤにやると、いくらか真剣味を帯びた顔つきのリュウヤがアスナを見ていた。

その誤差にアスナが気づいたのは、敏感だったからではない。心当たりがあったからだ。

そしてリュウヤはその核心を突く。

「お前、いつから寝てない?」

「ーーーッ」

思い切り急所を穿たれた、そんな感覚がアスナの身体を襲い驚愕が身を染める。
それは、リュウヤはもちろん、誰にも話してない、誰にも知られていないはずのことだ。

そんな心情はもちろん表に出てきてしまっていて。

「そんな驚くことかぁ?見てたら普通にわかんぞ?」

なんでそんなに驚くのか分からないと言ったように寝転んだ態勢のまま、リュウヤは器用に小さく肩をすくめた。

「今日なんか特にそうだろ。剣筋にキレがなかった」

「そ、そんなことで…………」

「それに、今日のお前は情緒不安定すぎる」

「うっ…………」

「いきなり怒鳴ったり、散々喚き倒したと思ったら今度は暗い顔して黙り込んだり、ガラにもねえこと口にしたりさ。いつもの仏頂面より不気味だったぞ」

「だ、誰が仏頂面よ!」

「おぉ〜う、怖い怖い」

最後の一言にはモノ申したものの、言われてみれば確かにそんな感じだった、とアスナは思う。
リュウヤの一言一句に振り回され、制御の効きづらい感情が渦を巻いていた。
それが放出されていたのは寝不足だったからだろうかーーー

…………いつもそんな感じじゃない?

この男を相手にする時、自分が平静でいたことがあったかとアスナが自問し始めると、リュウヤがニヤリと笑みを浮かべながら、

「なにより、あの《閃光》様が男と二人で密室にいるってのに気ぃ抜いて寝そうになったりとかしてるんだ。誰だってそう思うーーーいって!?おいコラ物を投げるなってァガッ!?」

「〜〜〜〜〜っ!」

リュウヤが寝そべっているのをいいことに、アスナは手当たり次第に近くにあったものを全力で放り投げる。
投げるものがなくなるとリュウヤから距離を置いた。

「へ、変態!スケベ!チカン!」

「口より先に手が出るとは、さすがですね……」

アスナの猛攻から解放されたリュウヤはソファから首を落としうなだれながらそう言った。

「ま、それはそれとして」と言いつつ、リュウヤは起き上がってソファに座りなおす。

「なんで寝ようとしないんだ?寝れない理由でもあんのか?」

「そ、それは………」

「い〜からいいから、お兄さんに話してみそ」

優しく微笑みかけてくるリュウヤ。
つい数時間前にも聞いた同じセリフを聞いた。
けれど不思議なことに、その時とは違って不快感はなく、気づけば口を開いていた。

「…………別に、眠れないわけじゃないんです」

視線はどこを見るわけでもなく、両手を組んで、ぽつり、ぽつりとーーー

「………ちゃんと眠りにはつけるんです。けど………数時間くらいたってから眼が覚めるんです」

「……なんで?」

「夢を、見るんですよね。その夢の中でわたしは追われてるんです。でも追ってくるものーーーあれは人なのかな、その正体は分かんないんですけど、複数の人が追いかけてくるんです。
ソレから逃げようとして、走って走って、とにかく走って。でも急に動けなくなるんです。まるで道が塞がれたみたいに。
それでも逃げようとするんですけど、追ってくる人の手がこっちに伸びてきて………。
その手に触れられる瞬間に目が覚めるんです。もう一回寝ようとしても、息切れとか、動悸で胸が苦しくて寝れなくて………気づいたら朝、みたいな……」

話しているうちに、だんだんと夢の感覚が寒気のように出てきて、アスナは小さく自分の身体を抱きしめていた。
視線もいつの間にか床へと向けられていた。

すると、突然視界を覆うなにかがふわりと被せられた。なにかと思い触れてみると、それは毛布だった。

そう気づいて、毛布をかけたであろう本人のリュウヤに視線を向けると、リュウヤが口を開いた。

「で、それが堅苦しくなったお前とどう繋がんの?」

「………え?」

「え、じゃねえよ。なんか繋がってんでしょ?ほら、言ってみぃ」

先に毛布のお礼を言うべきかどうか迷ったものの、急かされるままにアスナは答えることにした。

「最初………一層であの人ーーーキリトくんとあった時からしばらくはそんな夢見なかったの。
でもキリトくんが下層に行ってるって知ってから、なんかおかしくなっちゃって………。
一緒にクリア目指して頑張ってるんだって思ってたのに………この人は違うんだって、結局本気でここから出たいわけじゃないんだって思ったら、もう……わけがわからなくなっちゃって……………」

これは誰にも話したことのない話だ。
加えて、感情はあったもののこれまで言葉にすらしなかったものを初めて口にした。
吐き出た言葉は今の感情に的確なものではないかもしれない。それでもーーー。

今まで止めていたものが、ダムが決壊するかのように溢れ出し、濁流となって流れていく。
だからなのか、アスナは途中から涙が出てきそうになった。

抑えることを忘れた歯止めの効かない感情の吐露。答えにならない答えに、リュウヤは納得したように“苦笑”した。

「あ〜………つまりあれか。原因は俺にもあるのか……」

ポリポリと頭をかきながら、リュウヤは珍しく“予想外”というような表情を見せた。

あまり見ないーーーというか片手の指で数えるほどしか見たことのないリュウヤのその表情に、アスナは負の感情が一瞬吹き飛ぶほどに驚いた。

こっちに飛び火するとは思わなかったなぁ、などとぼやくリュウヤは頭をかく手を止めて軽く頭を下げた。

「つうことで、すまん。それについては俺にも非がある。謝る」

だがな、と下げた頭をゆっくり上げつつ、叱られた子どものような顔でリュウヤは続けた。

「言い訳………になるんだけどさ、聞いてくれ。あいつにも………俺にも、必要なステップだったんだ。詳しくは話せないが、それだけはわかってほしい」

最後の一言に込められた真摯さ。
それは彼の目にもありありと映っていて、紛れもなく「彼の言葉」だった。

アスナは無言で、けれど納得も理解もしたという意味を込めてこくんと小さくうなずいた。
するとリュウヤはにこやかに笑って、

「ありがとな」

と、本当に珍しく直接対面で礼を述べた。
だがそれが恥ずかしかったのかすぐにいつもの調子に戻り、

「お、な〜んか落ち着いてきたんじゃない?これは完全に俺のおかげだよな!」

「ち、違うわよ!」

とっさに反論してしまったが、言われてみれば先ほどよりは気分が楽になっている。

リュウヤの意外な言動や、それに含まれたアスナに対する真摯な姿勢に気を取られたこともあって、荒れ狂った心にはいつの間にか晴れ間が見え始めていた。

「ま、ちっとは回復してきたみたいだし、ちょっと言わせてほしいことがあるんだが」

いいか?と目線で訴えられ、アスナは少しおののいたものの続きを促した。

「お前さっき寝れないって言ってたろ?それ、どうにかできる方法を教えてやる」

「…………本当に?」

「ああ、本当だとも。効果は俺の折り紙付きだ。今から言うことさえ聞いてりゃ寝れるはずだぜ」

ぐっ、と親指を立てドヤ顔を決めてくるリュウヤほどうさんくさいものはないのだが、それを言うと怒られそうなのでアスナは黙ってーーーしかし疑惑の目を持ってーーー続きを聞いた。

「これはな、人類が発明した至高の技術の一つでな?あらゆる人類がそれにすがってしまうという、麻薬以上に依存性のある代物だ」

最もらしいことを言うリュウヤの大げさな口調と芝居にアスナの疑いは深まる一方だ。

「………それは何ですか?」

「よくぞ聞いてくれた。これぞ至高、これぞ高尚!
それすなわちーーー《OHIRUNE》!!」

「却下です」

「即答!?」

やけに驚くリュウヤに、何もわかってないというようにアスナは小さくため息をこぼした。

「あのですね、これでも忙しいんですよ、わたし。やらなきゃいけないことがたくさんあるんです。そんな時間あるわけないでしょう?」

要約すれば「あんたバカァ?」という文句を突きつけたのだが、リュウヤは応えることなく、むしろ笑って返答した。

「って言う割にはこんなとこについてくる時間はあるようですけど?」

「こ、これは仕事の一環ですっ!」

「まだその設定引きずってんの?俺、それさっき説明したじゃん。別に荒らしてるわけじゃないって。
あとそろそろ意地張んのやめようね?そういうところ治さないからこんなことになってるんだよ?気づいてる?」

「うぅ〜〜〜!」

揚げ足を取られ、さらにそれを原因に追い詰められ頬を膨らませることしかできないアスナのかわいらしい声が響く。
リュウヤはその様子を見てカラカラと笑う。

「おっもしれぇなぁお前。見てて飽きない」

「褒められてる気がしないんですけど!」

「褒めてる褒めてる」

憤慨するアスナを、片手をひらひらさせながら諌めると、リュウヤの笑みが少し苦いものに変わっていた。

「………まあお前が忙しいのは俺の責任でもあるからなぁ。迷惑かけてることは謝るよ」

「??? なんのこと?」

「……いや………なんでもない。ーーー話戻すけど、ようはお前、時間がないから俺の案が受け入れられないって言うんだろ?」

発言の意図も分からず、聞いてもはぐらかされてしまったのが引っかかるが、アスナは今はそれを頭の隅に追いやった。

「そういうこと………になるかな」

「なら時間さえ作れればいいんだろ?なら俺が作ってやる」

「え、えぇ?確かに時間が空けばお昼寝もできるかもしれないですけど、そうなってもわたし攻略に出かけると思うんですけど………。それにまず、どうやってわたしの時間を作るんですか?」

「そこはほら、企業秘密よ。だが確実に時間は作れる。
そこから先はーーーま、昼寝はしなくていいさ。お前が思うままじっくり羽を伸ばせ。それは最低条件だ。
羽を伸ばすことが攻略することなら止めはしない。あまりオススメはしないけどな」

どうやらリュウヤが伝えたいのは、「とりあえず休め」ということらしい。

ーーー“休む”なんてこと、考えたことがなかった………

ずっとーーーずっと動いてきた。
一刻も早く《この世界》から出たくて。
無意味に、残酷に過ぎていく時間を敵に回して、広がる現実との穴を埋めたくて仕方がなくて。

だから攻略に挑んだ。なりふり構わなかった。
睡眠さえ邪魔だと思って、寝られないのは好都合だと言わんばかりに自分の状態を見て見ぬ振りをして。

だから、だからーーー

「………少し、考えておきます」

さして興味があるわけではなかった。
今の生活の質を向上させられるかも知れないという打算的な考えだった。
だから、そう答えたはずだ。

けど、本心は違った。

それを認めれば、今まで自分が取ってきた行動がまるで滑稽のように思えてしまうから。
そう簡単に自分の中にある信念を曲げられない。
たとえそれが歪だったとしても……。

ーーー今は、まだ……。

「ま、それでこそ………だよな」

言って、リュウヤの見せた笑みはアスナの言葉を額面通りに受け取ったものか、それとも本心を見抜いてのものなのかは分からなかった。

「じゃあとりあえず頭の片隅にでも留めておいてくれーーーつって終わるわけにも行かねえんだなコレが」

だが、“なにかを企んでいる”ということだけは分かった。
アスナは少々身構えながらリュウヤの発言を待つ。
その態度をリュウヤは苦笑して対応した。

「そんな変なことしねえよ。ちょっとマッサージするだけだ」

言うとリュウヤは立ち上がり、アスナの前で片膝をついた。

「ほら、足出してみ」

「……………」

「なんでそんな変態を見るような目で見るの?お兄さん泣くよ?別に素足出せなんて言ってないじゃん?普通に足を出してって頼んでんの」

「………なにをするんですか」

「だぁかぁら、マッサージだっつってんでしょこのおバカ。戦うときに疲労溜まってると困るの、わかる?」

「別に疲労なんて溜まってません!」と言えたらどれだけ良かったか。けど今のアスナはどの口を開けてもその言葉は言えなかった。

女性の脚を触るなど、と反論してもいいのだが、戦闘に支障が出るというリュウヤの文句がアスナの矜持を脅かす。

最後の抵抗として最大限イヤな顔を前面に押し出しながら、アスナは渋々両足をリュウヤの前に出した。

「ホントはくつ脱いでもらった方がいいんだけどなぁ〜」

チラっチラっ。

「………脱げばいいんでしょう」

「ありがとうございます、お嬢様」

「だからそれやめてって言ってるでしょ」

「へいへいスンマセンね」

そっけなく返された謝罪に納得いかない様子のアスナだったが、それを無視してリュウヤはマッサージを始めた。

痛み全般や肩こりなどの血流の悪さが招く症状などは全て再現されていないこの世界で、マッサージなど何の意味があるのかとアスナは思っていたのだが、

(…………あっ………気持ちいい………)

ふくらはぎや足首、足裏までを丁寧に優しくほぐすように指圧を加えられていて、痛みがない分妙に気持ちいいのだ。

無言でマッサージを続けるリュウヤに、気持ちよくて力が抜けているアスナ。

その状態が数分続いたが、不意にその静寂をリュウヤが破った。

「気持ち良さそうでなによりだが、ここで一つお知らせだ」

何かと思い、アスナは身を預けていた背もたれから起き上がろうとする。

しかしなぜか身体全体が重く、力が入らない。

「ああ、心配すんな。何かしたっちゃしたんだけど、拘束とかそういうんじゃねえから」

アスナが症状を自覚した瞬間浮かんだ危惧をすぐに否定するとリュウヤは立ち上がりにこりと笑みを浮かべた。

「俺がしたのはちょっとした細工みたいなもんだ。すぐに起き上がれるようになるから安心しな」

言っているリュウヤの声が、顔の輪郭が、段々とぼやけ始める。

「そろそろ、かな………。じゃ、最後に一言」

薄れゆく意識の中、アスナはリュウヤの最後の言葉を聞く。

「Good night 良い夢を」











 
 

 
後書き
自分で書いといてアレですが、
なんかむりやりすぎると思うんですよね、この回。

ハチャメチャっていうか、展開が早い。

そこは自分の文章力、語彙力の問題なんですけどw

さて、次でラストかな?


 
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