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ソードアート・オンライン 瑠璃色を持つ者たち

作者:はらずし
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第十八話 ミッション開始

 
前書き

はい、続きでーす。
たぶんところどころおかしいと思います。
全体的にもそうですけどね〜

なにせちょこちょこ書いてたものですから……

ではどうぞ!

 

 








走って走って、走りきった先にようやく見えた、フィールドにおける《安全地帯》。
モンスターの侵入を拒むプレイヤーの休憩地へ着いた二人は、見つけた途端、飛び込むように逃げこんだ。

「はっ、はっ、はっ…………ここなら、もう、大丈夫だ……」

息を切らせながら、リュウヤは大の字になって寝転がった。「疲れたぁぁぁ」と言う彼はしかし、頬にえくぼを作っていた。

「…………なにがおかしいんですか?」

アスナは息を整わせてから、呆れ半分で問いかけた。
しかしリュウヤはそれに笑みをよこすだけで言及せず、「よっと」と言いながら身体をおこした。

「さ〜てと、結局ここまで連れてきちまったけど、どうすっかなぁ……」

頭をポリポリと掻きながら苦い顔をするリュウヤに、アスナは今度こそ100パーセントの疑問で首を傾げた。
そんなアスナをよそに、リュウヤは苦い顔を収めてシステム窓を開き、操作しはじめた。

するとリュウヤの手の上に首飾り(アミュレット)が出現した。その銀色に輝く装飾に見とれていると、リュウヤがそれをこちらに放り投げた。

慌てて受け取り、アスナは非難の視線を送ったが、リュウヤは意に介すことはなかった。

「それ持って、こっから先を10分くらいで走り抜けろ。そうすっとこの森抜けられっから」

かわりに飛んできたのは唐突な退去命令。
平坦な口調なれど、アスナの意思は要らないと言われているように聞こえた。

「話、聞いてやるって言っといてなんだが……すまんな」

片目を閉じ手刀を切って謝るリュウヤは快活な笑みを浮かべているが、言外に「さっさと帰ってくれ」と告げていた。

が、無論のこと、それに素直に対応するアスナでもなく。

「イヤです。あなたが帰らないならわたしも帰りません。さっきも言いましたが、なんのためにここに来たと思ってるんですか」

その意思表示として受け取ったーーー正確には投げ渡されたーーー首飾り(アミュレット)を突き出す。

「だから知らねえって……。もういいじゃん、な?諦めって肝心だよ?」

「諦めるようなことではないので、帰りません」

「強情か、お前は……」

「わたしは務めを果たそうとしているだけです」

アスナのダメ押しの一言で、リュウヤは思わず我慢していたため息をついてしまう。
空を仰ぎ、額を抑えるリュウヤ。アスナの意思が固いのは、逸らさない目線を見るだけで分かる。

頑固にも程がある、と内心で悪態をつくリュウヤは、しかしここで折れるわけにも行かない。

「お前が頑固なのはよぉ〜くわかった。ならーーー」

視線を空からアスナへ。

特に気張ることもなく。

一拍を置いてーーー言う。

「お前、『死ぬ覚悟』はあるか?」

「ーーーーーーッ!」

背中にピリッとした緊張が走る。
意図せずとして息を呑んでしまうほどに。

アスナが感じたのは恐怖やプレッシャーではない。ただの迫力である。
彼の素の口調、素の態度からもたらされる彼の地の迫力だ。

アスナは、彼のありとあらゆるすべての地盤を、一瞬だが垣間見た気がした。

「ほら、どうなの?」

単純な疑問のように聞こえる問いかけはしかし、そうであるはずがない。必ず試されているはずの問いだ。

言葉を慎重に選ぼうにも、それでは彼は納得が行かないだろうし、そもそもそんなこと彼の前では無意味だ。

だからアスナは思ったことを素直に口にした。

「……あります。これでも最前線で戦っているんですから、当然です」

少々言葉がつまったのは愛嬌としてくれるだろうか。判定を待つアスナの顔に、汗が流れた気がした。

「あ、そう。なら帰んなさい」

だが、アスナのその表情をあざ笑うかのように。
アスナの回答は不正解とでも言うように。
アスナの予想した返答を裏切るように。
リュウヤは「ばいば〜い」と手を振りながら言った。

「な、なんで?わたしの覚悟はそんな弱いものじゃないのよ!?」

納得が行かない。全くもって理解不能。
正解も分からない。何がダメだったのか分からない。
それらが合わさって、アスナはリュウヤに食い下がった。

だが、リュウヤはそれでも良しとしない。

「ダメダメ、嬢ちゃんは帰んな。こっからは『俺』の領域だ」

「それはわたしが入ってはダメなの?おごるつもりはないけど、レベルだって技術だって申し分ないでしょう」

頑なに食い下がるアスナ。リュウヤは肩をすくめて言った。

「あのな……本気かどうかは知らんが、『死ぬ覚悟』がある奴なんて、連れてくわけにいかんだろうよ」

自分の答えが、正解とは真逆だったことに驚くアスナをおいて、「それに」とリュウヤはつけたし、

「そもそもこっから先は、たとえヒースクリフでも連れてかねえって」

「…………!?」

ふつうのことのようにリュウヤは言うが、アスナは驚嘆を禁じえなかった。
この世界において最強と名高いかの《聖騎士》すら及ぶに値しないとは、いったい……。
リュウヤの言葉に、アスナは納得するどころか疑問ばかりが増えていく。

「だから、お嬢ちゃんはおとなしくお家に帰ってな」

リュウヤはプラプラと手を払う。
邪険にされている、というわけではない。むしろアスナの身体を慮ってのことなのだろう。

しかし、しかし。

それでもアスナはこの場から引こうと思わなかった。思えなかった。
なぜだかは分からない。使命感という言葉だけで片付けるには余りにも大きすぎる感情は、今のアスナには自分ですら理解できないのだ。

ただ、今この場を、彼のとなりを離れることはいけないのだと自身の直感が訴えてくる。

だから、二重の意味で取りたくなかった手段を使うことを決めた。

「……いいえ。わたしの話を聞いてくれるまで帰りません。あなた自身が聞いてくれると言ったんです。まさか、男に二言なんてありませんよね?」

アスナ自身気づいていないが、葛藤の末の決意であることがその話す口調に如実に表れていた。
しかしアスナの瞳には確固たるものが宿っている。

だがその瞳の奥の方に隠れている不安の揺らぎを、そしてほんの少しだけ手が震えているアスナの様子にリュウヤが気づかないハズもない。

ーーーのだが、

「それもそうだな。んじゃ、俺のあとしっかりついてこいよ。ハグれても知らんからな?」

なんともあっけなく、先ほどまで頑なに帰らせようとしていた態度が霧散した。

「え?……いいんですか?」

つい、思わず、といったようにリュウヤに問うアスナを、リュウヤは肩をすくめるも笑って、

「いいわけあるかよ。でもどうせ俺の言うことなんて聞かないんだろうし、ここで時間食うのもアレだしな。
それと、よしんば帰ってくれたとしても、そのフリだけして跡をつけてきたりとかしそうだし?
なんなら最初から近くにいてくれた方が楽なんだよ、精神的にな」

リュウヤの言い分を聞きながら、アスナは違うことを考えていた。

(そっか、帰るフリするのもアリだったんだ)

と、感情に身を任せて、反論することだけに意固地になっていて冷静な判断を下せていなかった自分を反省していた。

反省は大事なことだが、リュウヤの心情的にはその反省は要らないだろう。
それは置いておいて。

内心で自分の行動の反省をしていると、リュウヤが言葉を続けた。

「ただし、条件はつけさせてもらうぜ?」

「条件?」

「そそ。条件は3つだ。
まず一つ、その首飾り(アミュレット)は装備しておくこと。
次に、戦闘時を除いて、俺の前に出ないこと。
最後に、俺の指示には従うこと。
これらの条件がのめないんなら、問答無用で帰らすからな」

一本ずつ指を立てながら条件を述べたリュウヤ。

その条件に、アスナはなんら抵抗を覚えることはなかった。理由はオオカミたちから逃げた時と同じだ。

素直にこくんとうなずくとリュウヤは「ならよし」と言った。

「ほんじゃあサクッと移動しようか」

時間無いし、と言いつつ、リュウヤは《安全地帯》の中央へと足を向けた。その先には、リュウヤの膝丈くらいの小さな鳥居が三つ建てられていた。

それらの一歩手前で止まると、システム窓を開き、アイテム欄をスクロール、目当てのアイテムをタッチし自分の手の上に出現させた。

「お〜い、それ装備できたならこっちこい」

アスナの手元にある首飾り(アミュレット)を指差した後、リュウヤは手招きした。
慌てずに首飾り(アミュレット)を装備して、リュウヤの元へと駆け足で近寄る。
すると、彼が手にしているものが何なのか分かった。

「これ、お札? それに……この絵はなに?」

リュウヤの持っているお札には、なんと書かれているか分からない文字と動物のような絵が描かれていた。

「ん〜?これはな、山犬の絵だよ」

「山犬?」

「そ。まあとりあえず行こうか。話は後だ」

言うとリュウヤはしゃがみ込み、お札を真ん中の鳥居に貼り付けた。

「でも行くって、どこへ?」

先ほどから疑問だったことを口にした次の瞬間、がしっと、リュウヤに腕を掴まれた。

「お祭りに、さ」

ニヤリと笑ったリュウヤの顔がアスナの瞳に映ったが早いか、視界が青い粒子によって覆い尽くされた。




その現象が転移のものと同じだと気付いた時には、見える景色が一変していた。
周囲にそびえ立っていた木々は見当たらず、地を踏む感触さえ違う。

「ここは……洞窟?」

柔らかい土から固い岩盤へと変わった地面。天をも覆う石の壁と天井。
吸い込む空気さえ、どことなく土埃の匂いが感じられた。

「その入り口ってとこかね。さ〜、探検に出発だぁ〜」

まるで緊張感のない掛け声にアスナは呆れながらも、歩き出したリュウヤの後を追う。

「あ、そうだ忘れてた。パーティー申請するけど、拒否んなよ?」

「今更ですね……。ハイ、許可しましたよ」

本当に忘れていたのか、と疑問だったが、それは置いておき、表示されたパーティー申請に《OK》ボタンを押した。

視界の左端に表示されたアスナのHPゲージを確認してウンウンとリュウヤはうなずいた。

「さ〜てと、これでだいたい大丈夫かな」

ひとり勝手に安堵しているリュウヤに、アスナはこっちはそうでもない、という恨めしい目線を送っていると、それを察したのか、話を振ってきた。

「だから君の質問にもじゃんじゃん答えれるぜ?さあドンと来い!ま、歩きながらだけどな」

カラカラと笑いつつ、言う通りリュウヤは歩みを止めない。
言われた条件の通りに前には出ず、その左斜め後ろを歩くアスナはまず最初の疑問を口にした。

「さっきのお札、山犬の絵だって言ってましたけど、何か関係あるんですか?」

と、質問したのに対し、帰ってきた返答が、

「なあ、その敬語いつんなったら取れんの?」

という、全く関係ない質問だった。

「それは……その……善処します……」

質問に質問で返さないでよ、とか思いつつ、しかし前から言われていることがーーーしかも一年くらい前からーーー直っていないことが、若干心苦しくて、少々拗ねたような返事になってしまった。

「まいっか。できればさっさと直してね?こっちがめんどうだから。んで、さっきの質問だが、答えは『関係ある』だ。山犬ってのはニホンオオカミを意味するのは知ってるだろ?」

しかし念押しはするものの特に気にすることもなく、リュウヤは話題を戻して解説を始めてくれた。

アスナはこくんとうなずいた。

「さらに、日本じゃオオカミを祀る神社もあってな、当然それのお札もあるってわけよ」

「でもそれだけで転移するっていうのがよく分からないんですけど……」

「あれは、要は通行者みたいなもんだよ。入る人を制限するためのな」

「制限?」

「そうそう。ここは限られた人間しか立ち入れないようにしてあんだよ。無闇やたらに入ってこられると困るからだ。お前らのギルド本部とかだってそうだろ?」

問われて、確かにそうだとアスナは小さくうなずいた。

アスナの所属する《血盟騎士団》のような大ギルドでは、ギルド本部の入り口に門番がいる。それはギルドの情報を守るためであり、部外者の立ち入りを制限するためだ。

なぜかは問わずとも分かるだろう。無論のこと情報が知られれば最悪、命の危険さえ出てくるからだ。

つまりここは、それと同じで誰彼構わず入られると非常にマズイということだ。

「察しのいい娘さんで助かる。要するにここは《立入禁止区域》。入り口が鳥居なもんだから《聖域》っつってもいいかもな」

ニシシと愉快そうに笑うリュウヤ。
アスナはその発言を聞いて、神社に見立ててるのかと納得していた。

そしてアスナはふと、転移する前にリュウヤが放った一言を思い出す。

「そういえば………さっき『お祭り』って言ってましたけど、それも何か関係が?」

「もちろん。表現的にはだいぶ宜しくないとは思うんだが………そこはまあ茶目っ気ってことで、後で怒んないでね?」

「は、はぁ……?」

何が宜しくないのかさっぱり分からないアスナが生返事をしていると、曲がり角の手前でリュウヤの足が止まった。

ここまで一本道だったが、ようやく目的地へと着いたということなのだろうか。
アスナはリュウヤの表情を伺う。

すると、先ほどまでふざけていた雰囲気はいずこへと消え行き、真剣な表情が現れていた。

リュウヤは音を立てず隅から顔を出し、その先を確認したーーーかと思えば、なんの遠慮もなく舌打ちをかました。

「くそッ、ちと遅かったか………だがまだ取り返しはつくとこだな……」

ぞんざいにそう言うと、彼はどこからともなく得物を取り出した。

ボス戦などで稀に見ることができる彼の武器。名称や武器の種類は分からないことだらけだが、その形状を見て判断するに、槍の一種だろう。

穂とその少し下に片方付いている刃以外、全て緋色に染め抜かれており、柄部分にあたるだろう場所には奇妙な意匠が彫られていた。

この機にアスナは思い切って聞くことにした。

「ねえ、その武器って一体なんなの?」

「んあ?これか?答えてもいいけど……今それ聞く?」

「い、いけない!?」

「時間ないしなぁ。あとで教えてやるよ」

言うとリュウヤはキラリと緋く光るソレを肩に担いだ。

「で、早速で悪いが戦闘だ。しかもボス戦。準備はいいか?」

「は? え、ええっ?今から!?」

驚くが、できるだけ小さな声を努めた。
しかし驚愕は拭えない。転移してから一度の戦闘もなく、しゃべって歩いただけでボスに会合などあの団長ですら顔をしかめるだろう。

だがその反応は予想済みとでも言うふうに、それについてはなんの反応も示さずリュウヤは言葉を続けた。

「気持ちは分かるが安心しろ。前衛は俺だ。お前は後衛で隙みて攻撃してくれればいいから」

「じゃ、じゃあなにか策はあるのね?」

その端的な指示に少し不安を覚えたアスナはリュウヤに問いかけた。

が、しかし。

その期待を裏切るかのように、リュウヤはそっと目を伏せた。

「え……?ねえちょっと待って。まさかノープラン……?」

「だ、だ〜い丈夫だって。心配すんな、死にやしねえよ……………………きっと」

「最後にボソッと怖いこと言わないでよ!?その前も最低ラインは超えないだけで危険には変わりないんでしょう!?ーーーそうだ、情報は?なにかないの?」

「人型のオオカミ、ツメとかみ砕き、シッポに足による物理攻撃、変形アリと特殊攻撃アリ……かな?」

「なんでそんな自信なさ気に言うのよ!?」

「ええいっ、つべこべ言うなっ!見た目だけで類推しろとかムチャなんだよ!戦闘してる際に判断しろ!OK!?」

「もうムチャクチャじゃないっ!」

「うるせえっ!なんならここで隠れてりゃいいだろ!?」

「そんなわけにいかないでしょう!?行くわよっ、見殺しになんてしたくないものっ」

「くそっ、『戦闘に不安を与えたアスナを置いていく作戦』は失敗か……!」

「あなたこの状況下でよくそんなこと言えたわね……!?」

今までの流れが意図されたものだと知って、アスナは本格的にキレる一歩手前まで来ていた。

人がせっかく心配してるのに……っ! と思いながら腰に吊るされたレイピアに手をかけそうになっていると、リュウヤが真剣な顔つきに戻った。

「まあぶっちゃけ、本当に情報はないんだよね。だからぶっつけ本番ってことで、アスナ、後衛よろしく。ーーー行くぞ」

本当に何も情報はないのね、とアスナが嘆息したと同時に、リュウヤは曲がり角を出て行っていた。

一歩遅れてアスナもリュウヤに追随する形で出て行ってみると、そこに広がる光景に一瞬言葉を失った。
そして理解する。リュウヤが「お祭り」と言った真の意味を。

「これ……祭壇……!?」

円形に形づくられた広場。
中央にはリュウヤの言った通りの、いかにも二足歩行します感が漂う人型のオオカミがあぐらをかいてプレッシャーを与えるように鎮座していた。

その名は《ザ・ベナンダンテ》。
定冠詞がついているので、ボスなのは明らかだ。
ごくり、とアスナはのどを鳴らす。

しかし、アスナたちはまだアウトレンジにいるのだろう。五メートルはゆうに超えるであろう怪物はその瞳を閉じたまま微動だにしない。

けれどアスナの視線はそちらではなく、その奥に吸い寄せられた。
まるで神殿のような建造物に。

それは、一言で表すならば白亜の殿堂。

三段の段階状に作られた土台に、荘厳な意匠が施された天井を支えるシンプルな柱が四柱。
その真中には台座が置かれていた。

そしてその全てが白に覆われ、正に《聖域》と呼ぶにふさわしい神聖さが伝わってくる。

しかし、台座の上に寝かされているあるものを見て、その周りに飾られているものを見て、アスナの第一印象は瞬時に、ガラガラと音を立てて崩れ去った。

この状況はつまりーーー

「お察しの通り、《生贄》が差し出されてんだよ。あのクソ野郎にな」

アスナの思考を読み取ったかのようにセリフを吐き捨てたリュウヤは、その射抜くような目線を神殿の前に佇むモンスターへと送っていた。

そう、だからリュウヤは焦っていた。時間を気にしていた。

ことあるごとに「時間」という言葉を口にし、曲がり角でこの光景を先に見ていた彼がイラついたように舌打ちをした理由がこれだ。

生贄にされた人を救うこと。

彼の目的はつまりこれに尽きるということだ。

確かにアスナも生贄が捧げられているという事実を知ったらリュウヤのように焦って、なんとかして助けたいと思っただろう。

けれど、アスナにはそこまでの思いは、感情は生み出されることはなかった。

なぜなら、

「でもアレってーーーNPCよね?」

アスナが焦るのであれば、その生贄が《プレイヤー》だった場合のみだ。

《プレイヤー》ならば前述の通り彼女も焦ったであろう。
だが台座の上に、まるで供物のように着飾らされているのは《NPC》だ。

つい先日、攻略会議でキリトと口論になった時と同じだ。命を賭けるほどもない。
むしろ、“あんなもの”に命を賭けるくらいなら、階層ボスとの戦闘で果てることを選ぶ。

アスナはそういった意味を込めてリュウヤに聞いた。
しかしリュウヤは軽く首を振って、やんわりと笑いながら、

「NPCであっても、一つの命さ。ま、そこらへんの事情はあとでじっくり議論しようぜ。今はあいつを殺さねえと」

幼子の失態をたしなめるように言うリュウヤだが、アスナの言いたいことがイマイチ伝わってない気がする。

戦闘などしなくてもいいではないかと言いたかったのだがーーーそれをリュウヤがようやく察したのか、モンスターへの視線は逸らさず、苦笑しながら答えた。

「ん〜、なに勘違いしてっか知らねえけど、俺の一番の目的はアレの排除だからな?」

「人命救助をないがしろにするつもりなんざねえけど」と付け加えながら、それ以上の質問は受け付けないと、背中で語ってきた。

とりあえず、納得はしないが戦闘態勢へと移行する。指示に従うことが同行の条件だからだ。

アスナが戦闘態勢を取ったことを確認したリュウヤは、腕を弓のように引き絞り、その手に持つ武器をーーー

「フっっっ!!」

「!?!?」

ーーー投げた。

それはしかし、ただの投擲ではない。
光をまとって、すなわち《ソードスキル》としての効果を以って彼我の距離を貫いていく。

そして訪れた《ザ・ベナンダンテ》への刺突音は、アクティブになったケモノの雄叫びと共に響きわたった。

それが戦闘開始の合図となった。

「なに……あれ…………!?」

見たことのないソードスキルに唖然とするアスナ。《投剣》のソードスキルと言われても、使用武器からその威力まで、その範囲を逸脱している。

普通ならば、使うのはピックなどの小武器で、牽制くらいの威力しかないのだ。
だがどうだろう、彼が使ったソードスキルは、単発重攻撃のソードスキルに勝るとも劣らない威力を保持していた。

そしてアスナが最も唖然としたーーーというか呆れたのが、

(なんで使う武器をいきなり投げ捨ててるのよっ!)

どう見ても彼が普段使っているだろう得物を、戦闘開始の初っぱなで手放したのだ。

だがリュウヤも考え無しに、唯一とも言っていい攻撃手段を手放したわけではない。

大オオカミが重い腰を上げたと同時に、彼はスタートダッシュを切っていた。
高レベルかつ敏捷よりのステータスを持つアスナでさえ、目をみはるほどの速度で距離を殺したリュウヤは、彼の足元でひざを曲げ、胸部に突き刺さったままの得物を引き抜く。

と同時にそのまま上昇、モンスターの全長よりはるか上まで跳んだリュウヤは重力落下の勢いも加えて、そのオオカミ頭へと、ライトエフェクトをまとった得物を振り抜いた。

「だぁらぁぁァっ!!」

狙い違わず頭部へと直撃。そのおかげで敵はスタンし、その時間でリュウヤはアスナの位置へと戻った。

「ふぅ、まずは挨拶ってとこかな」

いい仕事したー、とか晴れやかな笑顔で言い放つリュウヤに、アスナはもちろん猛抗議した。

「あなたね!?もう少し安全とか計画性ってものはないの!?」

「んなこと考えてるヒマなんかないんだよ。ほら来るぞ。お前は余波に備えてろ。それ以外は俺が指示するまで待機。OK?」

「〜〜〜っ!、了……解っ!」

しかしさらっと受け流されたアスナは、リュウヤの平静の声に従うしかなかった。

アスナは敵のHPバーをちらりと確認する。
先ほどの攻撃でどれだけダメージが通ったのか……。

マックス三本あるゲージの一番上、長さにしてほんのわずか、見えるか見えないかくらいの空白ができているだけで、たいした攻撃にはなっていない。

「アスナ、来るぞっ」

リュウヤの一言で瞬時に意識を切り替え、いつでも動けるような体勢を取る。

二足で立ち上がるオオカミの狙いはやはりリュウヤだ。彼を睨みつけ、爪を尖らせ腕を振りかぶった。

リュウヤはその場から動かない。迎撃するつもりなのか。
そんなことはお構い無しに振るわれた五本の爪がリュウヤを襲いかかる。

だがそれは空振りに終わった。彼がいたはずの場所にはすでに影もなく、彼自身は敵の懐へと潜り込んでいたのだ。

しかしそう簡単に敵が攻撃を許すはずがない。
大オオカミはその巨体に見合わない身軽な動きで、リュウヤめがけて足を蹴り上げた。

それに驚くこともなく、空中で捌こうとするリュウヤだが、得物の防御壁を超えてダメージが通る。

威力で吹き飛ばされたリュウヤは着地する寸前で体勢を立て直し、距離を離すこともなくまたもや距離を縮めにかかった。

バカな獲物を見る眼で、大オオカミはリュウヤの接近を待ち構える。そして狙いの位置を通り過ぎる直前、そこめがけて鋭利な爪をふるった。

だがその一撃をリュウヤは川の流れのように受け流し、再度懐へと接近、三連撃の突き技ソードスキルを発動させた。

「ヴヴヴゥゥゥ!!」という唸り声が広場を響かせる中、リュウヤは危険を冒さずバックステップを踏んで距離を取る。
リュウヤはヒットアンドアウェイの戦法で攻めるつもりなのだ。

「くっそ、メンドクセェーーーなァッ!」

吠えながら、しかし後退することもなく果敢に攻めいるリュウヤを、アスナは冷や冷やしながら見ていた。

先ほど、リュウヤのガードを抜けて通ったダメージ。その一撃は彼のHPゲージを赤く染めるラインのギリギリを越えない場所を踏んでいたのだ。

いくら戦闘回復(バトルヒーリング)スキルがあるからといっても、あれではただの自殺行為だ。

なんとかして止めなければ、そう思うアスナはーーー何もできなかった。

「アスナッ、そこどいてろ、くるぞ!」

「ーーーッ!」

リュウヤの忠告後すぐにとんできたオオカミのツメ攻撃を、アスナは危うく躱した。
同時にカウンターを仕掛けるが、空を切るだけに終わり、ダメージは与えられなかった。

「ナイス判断!だがムリするなよアスナ!」

指示通り、追撃しようと構えていたレイピアを下げ待機の構えを見せる。

それを確認したリュウヤは、アスナへ攻撃したことによってガラ空きになったオオカミの背中を、ライトエフェクトをまとって刺し穿った。

重攻撃の一撃だったが、そう簡単に二度もスタンしてくれることもなく。
オオカミの唸り声と空気を切り裂く音をたずさえて、その凶暴なツメがリュウヤへと迫った。

空中を狙われたリュウヤだったが、上体を反らすことによってなんとかことなきを得る。

「くぅ〜!、野郎めぇ……やるなコンチクショウが」

着地と同時にバックステップでオオカミの二撃目の蹴りを回避すると、リュウヤはそう言った。

言ったーーー笑いながら。

楽しそうにーーー笑いながら。

(…………理解できない)

なぜ楽しそうなのか。
なぜ楽しいのか。
なぜ笑っていられるのか
なぜ笑えるのか。

なぜ、なぜーーー

「アスナ、集中を欠くなっ!死にたいのか!?」

「ーーーは、はい!」

「それは死にたいのか、注意への返事かどっちなの!?」

「返事に決まってるでしょ!?察しなさいよ!」

とぼけたリュウヤの発言に少々の憤りを孕んだ怒号を飛ばしながらも、アスナは思考を止めることはできなかった。

(なんでそんなに余裕があるの…………?)

疑問と原因不明のイラ立ちを抱えるアスナ。

そんなことはつゆ知らず、リュウヤは吠える。

「さァーーー続きだ!」





 
 

 
後書き

ちょっと多いかなぁ……?
って思うんですけどどうでしょうか?
分けたほうが良かったですかね?

いつもよりボリューミーですが、
まだ続きますのでお付き合いをば……

にしてもアスナの扱い難しいなぁ………w

 
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