SAO-銀ノ月-
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キャリバーーHappy temperature-
第九十八話
前書き
キャリバー編、開始
《エクスキャリバー》発見の知らせは、すぐさまALO中に響き渡った。邪神たちが闊歩するヨツンヘイム、そこのあるクエストのクリア報酬として渡される――という情報が流れ、プレイヤーたちはこぞってヨツンヘイムへと乗りだした。邪神たちになすすべもなくやられるプレイヤーも少なくなかったが、一部のプレイヤーは着実にエクスキャリバー入手へと歩を進めていた。
一方、旧ALOにおいて一足先に《エクスキャリバー》の場所を掴んでいたものの、ダンジョンの難易度の高さから入手はしていなかった俺たちは。ヨツンヘイムに行ったプレイヤーたちが条件を満たす前に、直接ダンジョンに乗り込むことを選んでいた。
「クラインの武器終わり! あいつ使い方荒い!」
イグドラシル・シティの一等地、リズベット武具店にて、店主の怒声が工房中に響き渡っていく。時は年末、師走も終わりを告げようとしている暇な日に、俺たちは《エクスキャリバー》が待つダンジョンアタックを予定した。
気心が知れたメンバーに出来るだけ声をかけ、パーティーをダンジョンアタックの準備――それはすなわち、レプラコーンにおいてのもう一つの戦場に他ならない。
「レコンくんの短剣、出来たよ」
「レインありがと! ほらタルケン早くする!」
「はははは、はい!」
先日知り合ったレプラコーンの少女のレイン、スリーピング・ナイツのタルケンにも協力を頼み、リズの指揮のもとメンバーの武器の手入れをしていく。それぞれ十人十色の武器たち――特にキリトやルクスの二刀、シノンの弓、クラインのカタナに、細く鋭くカスタマイズされたユウキの剣などは曲者だ。てんてこ舞いな現場に慌てるタルケンとは対照的に、レインは落ち着いて作業をこなしていた。
「リーファも案外武器使い荒いよなぁ……ところでレイン。随分慣れてるけど、どこかで店でも?」
武器使いが荒い、などと人のことは言えないことを呟きながら、レインに気になっていたことを聞く。いつもより人手が多いとで、喋ることくらいの少しの余裕はあった。
「え? ま、まあそうかな。客商売は慣れてる」
レコンの短剣の次はルクスの片手剣を手入れしているレインから、微妙に口ごもった返答が返ってくる。わざわざ問いただすような真似はしないが、こちらの不思議そうな顔がレインに伝わったらしい。
「なんで慣れてるかは秘密。ほら、レインちゃん謎の女? みたいな」
「はい、喋る余裕あるみたいだから追加ね?」
謎の女的なポーズを取っていたレインの前に、容赦なくリズの手により新たに武器の山が積まれた。パーティーメンバーたちの武器だけではなく、今のうちに片付けておかなくてはならない武器たちだ。……何せ《エクスキャリバー》発見の報のおかげで、店は随分と繁盛して嬉しい悲鳴をあげていたために。
「うぇ……ショ、ショウキの方にはないのかな?」
「……半分貰ってく」
レインの前に積まれていた武器の山から、半分と少しだけ自分の担当にしておく。レインからは『ありがと~』などといった声が聞こえるが……今、レインの山から半分貰わなければ、恐らくこちらにも追加の山が来ていただろう。
「……よし」
気合いを入れ直して純白の片手剣を掴み、鈍った刃を研ぎ機で研ぎ澄ましていく。かつてキリトのためにリズが作った、《ダークリパルザー》を思わせるそれを懐かしく思いながら、手早く終わらせて次の得物へと移っていく。
「こっち終わりました!」
「オッケー、休んでといいわよタルケン。ありがと!」
「はっい!」
随分と裏返っているタルケンの声をBGMにしながら、俺は目の前に積まれた様々な武具のことを思う。剣、槍、坤、刀、弓、杖――どれ一つとして同じ物がないそれらと、それを作り出すレプラコーンというこの種族と。
「じゃあ僕、終わらせた分運びますね」
「よろしく~」
――そして今は手元にない、新しく改造された日本刀《銀ノ月》のことを思う。レインの協力もあって改造したものだったが、店が忙しくてまだ満足に実戦で試してはいなかった。
つまりこの《エクスキャリバー》入手クエストは、俺としては、新たな日本刀《銀ノ月》を試す場であった。
「終わったよ!」
「こっちもだ」
レインとほぼ同時に担当していた分を終わらせ、店に持ち込まれたものは所定の位置へと置いていく。パーティーの仲間たちの物は、タルケンがそれぞれ持っていってくれている。
……つまり、あとは。
「……うん、上出来!」
リズが最後まで手間をかけていた武器――日本刀《銀ノ月》の手入れが終わり、ずっしりと重いそれを受け取った。様々なカスタマイズを施した結果、手入れをするにも手順とアイテムがいるようになってしまい……もはやこの刀を扱えるのは、この広いALOの中でもリズだけだろう。
漆黒に鈍く光る鞘をいつもの位置に持ってくると、日本刀《銀ノ月》を腰に差した。改造したにもかかわらず、以前とまるで変わらずしっくりとくる感覚は、流石はリズといったところか。
「よし、大丈夫だ」
「当然でしょ!」
「それなら私も、手伝ったかいがあったな。じゃあ《エクスキャリバー》入手、頑張ってね?」
最終調整を終えた日本刀《銀ノ月》を満足そうに持つ俺に、レインも笑顔を見せながら店を去ろうとする。しかし鼻高々となっていたリズが表情を変え、きょとんとした表情でレインに問いかけた。
「何言ってんの、あんたも行くのよ」
「え……えっ?」
リズの言葉は予想だにしていなかったらしく、レインの余裕しゃくしゃくな仮面が剥がれていき、素のままの疑問の声が発せられた。もちろん、レインが使っていた二刀も手入れ済みであり、てっきり俺も一緒に行くものだとばかり思っていた。
「えっ、いや、でも……私、ショウキとリズにユウキ以外はほとんど初対面だし……迷惑じゃ」
「何言ってんの。ユウキもまた会いたいって言ってたし、一人でも戦力が多い方がいいに決まってるじゃない」
何があるか分からない《エクスキャリバー》入手クエスト。キリトが難易度が高すぎて一時諦めるほどの所だ、確かに人数と戦力が多いにこしたことはない。リズの言葉に反論することも出来ず、ユウキを引き合いに出されたレインは、少しばかり言葉を失った。
「それとも、これから用事でもあるの?」
「……ない、けど……」
「ほら、ならさっさと皆に挨拶してくる!」
リズはそのまま強引に話を進め、残っていたパーティーの仲間たちの武器を持たせつつ、レインに店先の集合場所へ行くことを促す。レインは困惑した表情を見せたままだったが、《エクスキャリバー》入手クエスト自体に興味がないことはないのか、そのままパーティーの仲間たちのいる場所に歩いていく。
「……迷惑、だったかな」
「本当に迷惑なら、手入れの手伝いもしてくれないさ」
レインの足跡が聞こえなくなってから、リズがついつい漏らした弱音をフォローしながら、俺たち二人は最後の片付けに入る。その作業自体はあまり手間でもなく、さっさと終わらせ店をNPCに任せる準備を果たす。
「柄の材質ちょっと変えたけど、違和感ない?」
「……いや、すぐに慣れそうだ」
ないと言えば嘘になるが。あまりにも手に馴染まない訳ではなく、振っているうちにすぐに慣れるだろう。早ければこの《エクスキャリバー》入手クエストにでも。
「しかし……手入れぐらいもリズじゃないと出来ない、ってのは少し不便だな」
「確かにそうね。あたしから離れられないわけだし?」
手入れぐらい自分でしておきたい、という意図で呟いた言葉に、リズの軽口が飛んでくる。思ってもみなかったが、確かにこの日本刀《銀ノ月》を使う限り、リズから離れられないということになるか。
「じゃあ浮気はしないようにしないとな。この刀を使うためにも」
「ちょっと。カタナの方が先なわけ?」
リズのジトーっとした視線がこちらを見上げてくる。もっとかっこいい台詞を期待していたのかも知れないが、思い通りにならなくておあいにく様だ。そんな気持ちでもって余裕ぶって鼻で笑うと、リズから『ぐぬぬ……』といった雰囲気が伝わってくる。
「手入れの仕方、あとで教えてくれよ。一緒にやろう」
「……ええ。一緒に、ね」
……どうやら今の台詞はリズ的に合格だったらしく、少しだけ嬉しそうにしたリズを伴って、俺たちも仲間たちが待つ店内へと向かっていく。ワイワイと騒いでいる音がこちらまで聞こえてくる。
「お疲れ様」
「ああ。気の利かない助手と店主の代わりに、おもてなしありがとう」
集合場所となっている店内に続くドアを開けると、みんなにお茶を振る舞っていたらしいアスナが出迎えてくれた。それに適当に返しながら、先にこちらに来たはずのレベルが馴染めているか、その姿を探してみる。
「ありゃ。随分もみくちゃにされてるわね」
レインの周りにいたのはユウキにシリカ、クラインにノリ。新たな友人にテンションの上がる組にもみくちゃにされており、飄々としたペースが見る陰もないが、元来明るい性格らしいレインならばすぐに馴染めるだろう。
「リズ」
結果的には下世話だったが、そんな様子を安心したように眺めていると。そちらのメンバーを、マイペースにお茶をすすりながら眺めていたシノンが、武器のチェックを早々と済ませながら歩いてきた。
「弓のオーダー、言った通りに出来てるわ。ありがとう」
「それぐらいならお安いご用よ?」
シノンからオーダーされた弓のカスタマイズは、精密射撃と射程距離に特化した――要するに、彼女があちらの世界で使っていた狙撃銃と、似たような武器にするためのカスタマイズだ。この世界の弓は魔法の存在もあって、あまり人気とは言えないのだが……
「でも、その……大丈夫?」
「欲を言うと、もうちょっと射程距離が欲しいところね」
……本人が気に入っているようなら何よりだろう。機動性のある種族が剣以上魔法以下の武器として使う、というセオリーとは真逆を行っているが、それも本人のプレイスタイル自体だ。
そのまま女子三人でかしましく話しだすリズにシノン、アスナから離れると、俺はある人物を見つけだす。やはりというべきか当然というべきか、妹とそのボーイフレンドとともに、部屋の隅っこでその真っ黒の人物は佇んでいた。
「キリト。準備は終わったし、早くみんなに号令かけたらどうだ?」
「え……俺がか?」
三人に簡単な挨拶をしながら近づいていき、キリトにそう促すと、当の本人はまるで想定外だったようにキョトンとしていた。
「だってお前、今回のパーティーリーダーだろ」
「うぐ……」
そもそも《エクスキャリバー》を扱えるのは、その武器やステータスからキリトぐらいのものであり、このパーティーを呼びかけたのもこの男だ。これから攻略する多少なりとも知っているのはキリトのため、もちろんこの大パーティーのリーダーはキリトが担っていた。
……本当ならこういうのはアスナの得意分野なのだが、ここは旦那の甲斐性の見せどころだろう。
「そうだよキリトくん。このままじゃみんな、喋ってるだけで解散しちゃうよ?」
「そうですよお兄さん!」
とりあえずリーファの言うことに同調するレコンに苦笑いしながら、キリトがげんなりとした顔をしているのに小さく笑う。我ながら器用な表情筋を持ったアバターだと思ったが、端から見たらただの変顔だったらしく、リーファから少し引いた顔をされた。
「……みんな、聞いてくれ!」
遂に観念したキリトが声を出すと、店内に所狭しと歓談していたメンバーの動きが止まる。アスナにリズ、クライン、シリカや俺にキリトの旧SAOからのメンバー。リーファやレコン、それにSAO生還者のルクスに他の世界から来たシノンに、まだよく知らないレインといった、SAOが終わってから出会ったメンバー。そして最大勢力を誇る、ユウキを初めとしたスリーピング・ナイツのメンバーたち。
「今日はこんなに集まってくれてありがとう。お礼はいつか、精神的に」
改めて見たメンバーの多さに一瞬気後れしたキリトだったが、すぐに持ち直して演説のようなものを続けていく。途中でクラインの『年明けに《霊刀カグヅチ》取りに行くの手伝えよてめー』などと言ったヤジが飛んだが、それにはまったく答えようとせず。
「あとはみんなの武器を最高の状態にしてくれた、レプラコーンのみんなに感謝して――」
当事者として悪い気はしない謝礼を終えて。長々と続く言葉ではなく、キリトらしく一言で締め切った。
「――《エクスキャリバー》、取りに行こう!」
『おう!』
……《エクスキャリバー》が鎮座する、邪神たちが住まう都市《ヨツンヘイム》は、世界樹が誇る《央都アルン》の地下にある。その地に降り立つには、アルンの東西南北にある高難易度ダンジョンのいずれかをクリアする必要があり、よしんばたどり着けたとしても……太陽の届かないその大地は妖精の翼は力を失い、桁外れの力を持った邪神に一方的にやられるだけ。
そして《エクスキャリバー》は、その上空に設えられたダンジョンに設置されており、通常ならば飛行出来ない以上入手は出来ない。優れたケットシーならば、ワイバーンを使うことで飛行は出来るだろうが、そんなことをすれば邪神たちの格好のエサになるだけだ。
よって《ヨツンヘイム》という地は、向かうだけでも一筋縄でも行けず、たどり着けたとしても地獄と同義だった。しかも今は《エクスキャリバー》入手クエストによって、多数のプレイヤーがひしめき合っており、いつも以上に危険地帯となっている。
「俺がリーファなら、ここに交通料設けて商売するね」
光る苔だけが照明の薄暗い階段を下りながら、キリトはそんなことを呟いていた。もちろん件の高難易度ダンジョンではなく、《ヨツンヘイム》上空に繋がる隠し通路のようなものだった。もちろんこの階段を抜けて《ヨツンヘイム》上空にたどり着いても、飛行手段がない以上あとは落下するしかないわけだが。
「キリトくん? もしトンキーをそんな風に使ったら、ほんっとに怒るんだからね!」
「ごめんごめん」
しかし俺たちには《ヨツンヘイム》に住まう邪神の友人、このフィールドを我が物顔で飛行出来るトンキーがいる。友人を金儲けに利用されかねないリーファが警告すると、キリトも本気ではなかったのだろう、すぐに謝り返す。
「ボク、ヨツンヘイム行ったことなかったから楽しみだよ! レインは行ったことある?」
最近は新アインクラッドを活動拠点にしていたからか、スリーピング・ナイツの面々は《ヨツンヘイム》には行ったことはないらしく。各々が期待に胸を躍らせていたが、特にユウキは《エクスキャリバー》入手クエストというよりは、《ヨツンヘイム》という場所にワクワクしていた。
「アイテム欲しくて潜ってたことあるよ。綺麗な場所なんだけど……ね」
「……リズ、潜るって」
「ずっとそこで戦ってた、みたいな意味よ」
レインの言葉の意味が分からず隣のリズに聞いたが、あのヨツンヘイムでしばらく戦っていたということか。まだレインの腕前は未知数だが、それは随分と期待できそうで。キラリと柄に仕舞われた、レインの腰に提げられた『二刀』が光る。
「でもあんたも二刀流? 変わった使い方するのが三人もいるもんねぇ」
「だとよ元祖」
ノリの的確な言葉に、キリトにルクス、レインの三人が苦笑いをしながら顔を見合わせる。その中でもルクスの二刀流はキリトの自己流コピーと呼べるものであり、クラインのヤジの通りに元祖と言えなくもない。
「…………」
二刀流メンバーへの質問攻めに会話の流れが変わり、改めてメンバーを見てみると。大量のメンバーだからこそ、このALOにいる種族のほとんどが揃っていた。このALOにおける大抵の場合は、戦闘に不向きと言われるレプラコーンがいなかったりがほとんどだが、ここにいないのは……
「プーカ、か……」
音楽妖精《プーカ》。専用スキルの呪歌や楽器の扱いに定評がある種族だが、俺たちにゲーム内で披露するほど音楽の心得がある者はおらず。……アスナ辺りは出来そうだが。
もちろんALOという世界全体で見てもそう多くはなく、あまり我らが鍛冶屋にも来る客でもない――いや、つい最近、一人のプーカが来ていたか。
歌姫と科学者という二つの顔を持つ天才少女、セブン。何故彼女がALOに来ていたかは分からないが、また何かが起きるような予感がして――
「着いたー!」
先頭を歩いていたユウキの声で考えを中断し、さっと思考が現実へと引き戻されていく。微妙に長い階段を下り終えると、そこに広がっているのは一面全てが氷の世界――初めてこの《ヨツンヘイム》に来たメンバーから、その幻想的な光景に思わず感嘆の声が漏れていく。
その間に妖精となっていたユイを肩に乗せたリーファが、落ちるギリギリまで近づくと、《ヨツンヘイム》中に響き渡らんというような声をあげる――それに気づいた俺とリズは、お互いにさっと耳をふさぐ。
「トンキー――!」
「トンキーさーん!」
そんな近くにいたレコンの鼓膜を破壊しかねない大声が功を労したのか、《ヨツンヘイム》の天空から友人がその姿を現した。象水母型邪神のトンキーは、久しぶりの再会を喜ぶようにリーファに近づいていた。
「うわっ!」
……十二分に気持ちは分かるが、トンキーの姿を見たタルケンの情けない悲鳴が響く。俺にリズ……ついでにレコンも恐らく、トンキーと友人になったところに居合わせていなければ、きっと同じリアクションを取っていただろう。
「シリカ、準備いいか? ……シリカ?」
「あ、ははいキリトさん! 大丈夫です!」
《ヨツンヘイム》の美しさから、トンキーのショックで言葉を失っていた一人であるシリカも、何とかキリトの一言で自分を取り戻す。シリカはポケットから、ピナより遥かに小さな竜――まさしくポケットサイズの竜を取り出すと、その竜についていたテープを剥がす。
「今日はよろしく頼みますね!」
すると、ポケットサイズだった竜はみるみると大きくなり、最終的にはトンキーとほぼ同じサイズまで成長する。ダンジョンに侵入出来ないモンスター用の、テイムモンスターを小型化させるケットシーのスキルということらしい。地上から飛竜を使えばいい的だが、ここは既に上空。トンキーがいれば攻撃してこないタイプの、トンキーの仲間たちのタイプ以外はいないため、安全にメンバーを運ぶことが出来る。
「トンキーもシリカのこれも人数制限があるから、別れて乗ってくれ」
キリトはそう言い残すと、よっからせとトンキーに乗っていく……本当ならみんな、我先にとシリカの飛竜に乗ろうとするところだが、それはとても笑顔でトンキーに乗っているリーファに、トンキーを気持ち悪がっているようで悪い気持ちとなる。各々が良心の呵責に耐えられなくなっていると、シリカとピナは運転手として飛竜に乗り込んでいき――メンバーの非難の視線を浴びる。
「あ、アスナはさ! どっちに乗るの?」
その空気に耐えられなくなったユウキが、無理に明るく振る舞いながらアスナへと問いかける。しかし既にトンキーを見慣れていたアスナは、当然のようにユウキにトドメを差した。
「もちろんトンキーの方よ? キリトくんにリーファちゃんも、もう乗ってるし」
ここでアスナが飛竜と言ってくれれば――じゃあボクもアスナと一緒! ――などと言って飛竜の方に乗れたのだが。……なんて、ユウキがそう考えているかは分からないが、確かに言えることは、いつになくユウキが悩んでいることだった。
「……うん、女は度胸だ! ボクもトンキーの方に乗るよ!」
「じゃあヒーラーが被ってはいけませんし、私はあっちですね」
「シウネーが行くならあたしも~」
「じゃあオレも」
「えぇ!?」
スリーピング・ナイツの半数がリーダーと逆の選択肢を選び、さっさとシリカの飛竜に乗り込んでいく。ショックそうな表情を隠しきれないユウキの視線が捉えた先は、トンキーを見て立ち尽くしていたレインにタルケンだった。
「レインにタルケンはこっち乗るよね?」
「あ……う、うん」
「あ……はい」
知らず知らずのうちに、ユウキから発せられた圧力に二人は屈していた。そんな様子を見物しながら、俺とリズはもちろんトンキーの方へと乗り込んでいた。見た目はともかく、苦楽を共にし苦境を救ってくれた友人である。
「じゃあ僕も、そっちでいいですかねぇ」
スリーピング・ナイツで唯一残っていたテッチが、相変わらずマイペースな様子でそう告げたが、それをキリトが申し訳なさそうに制止した。
「あー……悪い。トンキーは九人が限界なんだ。残りはシリカの飛竜に乗ってくれるか?」
「それは残念。まあ、遅かったから仕方ないです。またの機会に」
そんなキリトの言葉にふと気になって、トンキーに乗っている人物を数えてみる。妖精となっているユイはともかくとして――俺にリズ、リーファ、キリト、アスナに、ユウキとレインとタルケン。八人しかいないと思っていたが、知らない間にリーファの斜め後ろにレコンが生えていた。恐るべし。
「いやーっ! オレもトンキー坊に乗りたかったんだがよー! 残念だなぁオイ!」
白々しくそう叫びながら、クラインがシリカの飛竜へと乗っていく。残っていたシノンにルクスもあちらに乗り込み、これで全員が《エクスキャリバー》が待つダンジョンへと赴ける。
「よし、トンキー。行くよ!」
リーファの号令の下、トンキーとシリカの飛竜が大きく風を轟かせながら飛翔する。確か《エクスキャリバー》があるダンジョンまでには少し距離があり、しばし雄大な空中を臨む旅――と思っていたのだが。
クラインの発言を皮切りに、そういう訳にはいかなくなった。
「オイ……何をやってるんだ、あいつらはよ」
戯れに《ヨツンヘイム》の地上を眺めていたクラインが最初にその発言に気づき、ジュンがこちらにもそれを知らせてくれた。地上で起きていた――プレイヤーと人型邪神による、トンキーの幼生体と同種の邪神が狩られているという様を。
プレイヤーと邪神が協力しているという事実もさることながら、それはまるで虐殺でもしているかのようで――トンキーが仲間の死を悼む鳴き声を響かせる。最初から直接《エクスキャリバー》を狙っていた俺たちは、まるで地上の《エクスキャリバー》入手クエストのことを聞いてはいなかったが、邪神と協力して邪神を狩るというクエストだったとは。
「ね……ねぇ! アレ!」
多かれ少なかれメンバーは皆、どこかこのクエストに異様な雰囲気を感じていると、リズがさらにその不確定要素に気づく。俺たちの進行上に巨大な影が現れたかと思えば、その影は巨大な女性に――女神のような風貌の女性に変わっていた。
「――待っていました。我が眷族と友情を育みし者たちよ」
「我が眷族……トンキーのことか?」
キリトが呟いた言葉にコクリと頷いた。そのNPCらしからぬ反応に一同が呆気に取られていると、その女神は粛々と語りだした。それを簡単にまとめると――
彼女の名は《湖の女王》ウルズ。トンキーたちの種族の邪神の主であり、地上を闊歩する巨大な邪神たちとは敵対関係にあるらしい。その地上の邪神――《霜の巨人族》が一大作戦を始め、トンキーたちを滅亡させてそのまま地上――央都アルンに攻め込むつもりらしい。
つまり、地上にいるプレイヤーは騙されて《霜の巨人族》の手助けをしているとのことで、クリア報酬も《エクスキャリバー》の偽物である《カリバーン》であるだろう、とウルズは語る。
「あなたたちには、あの《霜の巨人王》スリュムを倒していただきたいのです……」
央都アルンへの進行を止めるには、《エクスキャリバー》があるダンジョンのボス、《霜の巨人王》スリュムを倒す必要があり――俺たちが敗北すれば《霜の巨人族》は地上に侵攻し、邪神たちが地上でも暴れ出すとのことだった。
「おいおい……」
随分と事態が思ってみてもいなかったことに進んでおり、ついついそんなセリフが口から勝手に出てしまう。さらにウルズは言葉を続けようとしたが、突如としてその顔が苦悶の表情に歪んだ。
「どうした!?」
「ス、リュ……ム――」
そう言い残すとウルズは、またもや巨大な影となって消えてしまう。今までウルズがいた場所はもはや何も残っておらず――いや、代わりに。
『――羽虫めが』
――その『声』が。
「きゃぁぁぁ!」
「シリカ!?」
突如としてシリカたちが乗っていた飛竜に赤い雷が落ち、コントロールを失ってシリカたちが乗った飛竜は雲の向こうに消えていく。トンキーの上に乗っていた俺たちに、同じ考えが共有された。
すなわち、ウルズが語っていた敵――スリュムの攻撃だと。
「ッ! トンキー、避けて!」
空気がバチバチと鳴った音に反応し、リーファがトンキーに警告するが間に合わない。トンキーもまた赤い雷を落とされ、コントロールを失って滑空していく。巨大な風圧に何とか耐えながら巨大な雲を抜けると、そこには《エクスキャリバー》があるダンジョン――しかし力を失ったトンキーでは、そこにたどり着くことは出来ず。
「ひゃっ……わぁぁぁぁぁぁ!」
「レイン!」
そして風圧に耐えられなくなったレインが、遂にトンキーから手を離してしまい、風に引き離され消えていってしまう。飛翔することの出来ないこの大地では、あとは落下することしか出来ない……が、自分から飛び出したユウキがレインの手を掴む。
「しっかり掴まってて!」
「う、うん……」
確かに太陽の光がない場所での飛翔は不可能だが、ユウキの種族であるインプには一定時間の飛行が可能だった。レインの手を掴んで飛翔するユウキが、ダンジョンがある方向へと消えていく。
「俺たちもいくぞ!」
「……ええ!」
残ったメンバーに呼びかける。トンキーが最後の力を振り絞って滑空し、可能な限り《エクスキャリバー》が待つダンジョンへと近づいていき――
「飛び降りろ!」
――キリトの声とともに、遂に《エクスキャリバー》を巡るクエストが開始された。
後書き
オイヨイヨ!
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