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赤い帽子

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1部分:第一章


第一章

                   赤い帽子
 スコットランドグラスゴー近辺の街。この街は今スコットランドはおろかイギリス中の注目を浴びていた。本来ならば然程知られることのないこの街がだ。
「まるでビートルズが生まれたみたいだな」
 街の老人は今のこの街の有名なことをこう皮肉めいて語る。実際に今この街には観光客がひっきりなしに訪れてあれこれと動き回っている。
 ところがこの観光客が問題なのだ。この街には特に観光になるようなものはない。スコットランドと言えばネス湖だのそこに棲むと言われている謎の怪獣だのが言われているが実際のところこの街にはそうした話もない。街に怪獣が出ればそれだけで大騒ぎだがそんなこともないのだ。
 では何故有名なのか。ビートルズがいるわけでもネッシーがいるわけでもない。例えて言うならばジェヴォダンの野獣が出て来たのである。よりによって一番出て欲しくはないものがだ。
「今日もまた一人だ」
 警察署で署長がしかめっ面で周りの者に述べていた。
「また一人。これで」
「十人ですな」
 白髪頭で痩せた身体の副署長が署長に答えた。彼も非常に面白くなさそうな顔をしている。彼等は今署内に設けた捜査室において話をしていた。そう、今この街は連続殺人事件で有名なのだ。
「今度は頭を叩き割られています」
「また斧でか」
「はい、その通りです」
 副署長はあらためて署長に述べた。それを聞いた署長の顔にある黒い口髭が不満げに震えた。不愉快であるのがそれだけではっきりとわかる。
「一撃だったようです」
「即死だったということか」
「事件現場は血で染まっていました」
 副署長は事件現場においても言及する。
「いつも通り血の海でした」
「それで被害者は」
「マデリーン=アッテンボロー」
 女性であるらしい。
「年齢は二十二歳、大学生でした」
「若いな。悲しい話だ」
「はい。彼氏とのデートの帰りだったそうです。その帰り道に」
「頭を斧でか。完全に猟奇殺人事件だな」
「しかも連続です」
 副署長はまた言う。
「これで十人。立て続けにです」
「忌々しい。何が楽しくて人を殺していくのか」
 署長は口をへの字にさせ腕を組んだ。そのうえで忌々しげに言うのであった。
「どうみても同じ犯人だな」
「事件で使われている断面を見れば」
 被害者はどれも鋭利で重い刃物で切られている。だからこれは間違いがなかった。
「そうとしか思えません」
「斧でか。快楽殺人か?」
「あまり考えたくはないですが」
 副署長の顔が曇る。昔から殺したいから殺すという異常な心理の人間はいるものだが実際にそれに関わると暗鬱な気持ちになさらざるを得ない。この時の彼等がまさにそれであった。
「おそらくは。そうではないかと」
「証拠もないのだな」
「それだけです」
 斧で切られたということだけであった。
「斧ということ以外には」
「それではだ。その斧を調べよう」
 署長は腕を組んだままこう提案してきた。
「それで何かわかる筈だが。もう調べたか?」
「はい」
 ここでそれまで黙っていた署長と副署長以外のスタッフのうちの一人が応えてきた。黒に近いダークブラウンの髪を丁寧に後ろに撫でつけやや痩せた整った顔を持つ若い男であった。その目からは灰色の二つの光を放っている。白い理系の研究服をスーツの上から着ている。
「斧については調べ終えました」
「そうか」
 署長はそれを聞いてまずは頷いた。
「それで何かわかったか?」
「かなり古い斧です」
 彼は斧についてこう答えてきた。低いバリトンの声であった。
「それも中世の頃の」
「中世の!?」
 それを聞いて署長だけでなく他の面々も思わず顔を顰めさせた。
「中世の斧か」
「はい、被害者の傷口に付着していた錆等を調べるとそうでした」
「そうなのか。何か余計にわからなくなったな」
 署長はそこまで聞いて首を捻った。
「中世の斧か」
「しかもです」
 白衣の男はさらに言う。
「その斧には別のものも付着していました」
「ほう」
 署長も副署長もそれを聞いて思わず声をあげた。新たな証拠かと期待したのである。
「それは一体何かね」
「血です」
 白衣の男はこう二人に答えた。
「血か」
「その数は尋常なものではありませんでした」
 彼はそう二人だけでなく周りにいるほかのスタッフにも語った。
「十人ではききません」
「何っ!?」
「では他にも発見されていない犠牲者がいるのか」
 二人も周りもそれを聞いて気色ばむ。だが彼が語るのは彼等のその危惧をさらに上回るものであった。
「千人、もっといくでしょうか」
「それはないだろう」
「幾ら何でも」
 誰もがそれを聞いて一笑に伏そうとする。しかし彼の言葉はそれを許さなかった。
「それがですね」
「そこにも何かあるのか」
「あります。その血ですが」
 彼は話しはじめた。それは驚くべきことであった。
「千年前のものからはじまっています」
「千年前のものからか」
「はい、それだけ長い間使われてきたものです」
 そう述べる。署長達はそれを聞いてあらためて顔を顰めさせた。
「しかも人を殺める為だけに」
「そうして千人か。千年で」
「長い間使われなかった時期もあります」
 彼は続いてこう述べた。
「百年程度ですが。それは最近までです」
「それではだ」
 署長はここまで聞いて彼にまた問うた。
「この辺りからか。また使われだしたのは」
「そうです。しかも力の入れ加減によって」
 また話される。その内容にしても奇怪なものであった。
「わかったことですが全て同じ者によるものです」
「話がわからないな」
 副署長はここまで聞いて首を捻るしかなかった。彼にしてみれば今聞いていることはまるで幻想の世界の中での話であったのだ。
「千年前から同じ人間によって殺されたというのか。しかも千人も」
「傷跡はそう教えています」
 白衣の男はここでも冷静であった。まるで事実を全てそのまま受け入れているかのようであった。
「そのように」
「同じ者の犯行というのは信じられない」
 署長はここでそれは否定した。それだけはとても信じられなかったのだ。
「しかしだ」
「はい」
 白衣の男はそれに応える。
「千人の犠牲者が千年の間あったというのは信じよう。だとすると」
「何か得体の知れない話になってきましたね」
 副署長はそう言ってまた眉を顰めさせた。
「まさかとは思いますが古くから残っているカルト教団か何かでは」
「その可能性は否定出来ない。一度よく調べてみるか」
「それですが」
 白衣の男がまた名乗り出てきた。
「私にお任せさせて頂きたいのですが」
「君が何がいるのか調べるというのか」
「その通りです」
 署長に対して静かに述べる。
「それで御願いします」
「どうされますか、署長」
 副署長は彼が名乗り出たのを見て彼に問うた。
「ここは彼に任せますか?それとも」
「一つ聞きたい」
 署長はここで怪訝な顔でまずは白衣の男に問うのであった。
 
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