クラディールに憑依しました 外伝
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笑ってみました
「ん? どうしたの? 暗い顔してるよ? 折角会えたんだからさ、もっと笑おうよ?」
無邪気な笑顔で黒いメイドの子が笑いかけてくる。
俺は理不尽と俺がやらかした業を実感しながら、深く息を吸い、盛大なため息を吐く。
「やっちまったものは仕方ない、今はこの瞬間を楽しむしかないか」
「そうそう、仕方ない、仕方ない。ボクたちには今しかないんだからさ、精一杯楽しまなきゃ勿体無いでしょ?」
そう言って黒いメイドの子が俺に腕を絡めてくる。
「コラ、わたしを放置して先に楽しむな、コーヒーが出来上がったぞ、ユウ君はお菓子の用意をしてくれ」
「はーい、姉ちゃん」
カウンターから顔を出した姉に返事をして、クスクスと笑みを零しながら俺から手を離す。
「――――またあとでね」
幸せそうで何よりだ。
――――――――ただ、こいつらの事なんて説明するかな。
俺は納得行かないであろうシリカとリズに振り返った。
「どういう事なのか説明して貰うわよ」
「絶対おかしいです!」
「そんな事言われてもなぁ」
とりあえず、俺達は近くのテーブルに向かい合わせに座った。
「第一、破壊不能オブジェクトを家具に変えちゃうってどう言う事よッ!?」
「そんなこと、絶対出来ませんよね!?」
「それが出来たら、こいつが前に言ってたとおり、
ベッドやソファーで攻撃した方が下手な武器より強力よ! 鍛冶屋なんて必要なくなるわ!!
それに、あの子たちは何!? 何であんたあんなに好かれてるのよッ!? NPCって言うのも絶対嘘でしょ!!」
「六年生って言ってましたよね? あたしより年下の子を二人も――――――まさか、はじまりの街の教会から!?」
「………………本気でどう説明するかなぁ」
途方に暮れていると、背後に転移の気配とエフェクトが感じられた。
「やあ、大変そうだな!」
振り返ると、満面の笑みで『してやったり』と胡蝶蘭をモチーフにした白のドレスと純白の日傘を差した女がいた。
「また新しい女性っ!? あんたッ!! 一体どれだけの女の子に――――――」
「悪いが、君達には今日此処で起きた事は忘れて貰う」
「は? 何を言って――――」
「記憶滴下(メモリ・リーク)」
パタリ、とシリカとリズがテーブルに突っ伏して気を失った。
「…………シンイか」
「――――あぁ、放浪時間が長いと色々な事があるからな、無対策の相手には有効な手段だよ」
日傘を閉じてテーブルに凭れさせると、白いドレスの女は隣の椅子に座った。
「あの二人を此処に誘導したのはお前か?」
「そのとおりだ。わたしはこの世界のわたし達にもチャンスを与えたかった」
「何故そんな事をした?」
「キミがそれを聞くのか? わたしは生前、『キミと出会った記憶が無い』それは、キミがわたしを見守るだけで接触しなかったからだ。
だから、この世界に来て、まだ時間が残されていると言うのに、キミに何も返せないまま終わるという事をわたしは許せなかった。
キミが此処に居る。感謝を向ける相手が、届ける相手が此処に居る。ただ、それを教えただけだ」
「………………お偉いさんは何て?」
「好きにして良いそうだ」
「――――――相変わらず太っ腹だな、何をお返ししたら良いのやら」
「そんな事は気にしなくても良いんだ、キミは既に色々とやらかしてしまっているからな」
意味有り気な笑みを向けてくる。
「…………合流は出来たのか?」
「そこはまだだな、まだ時間はある、必ず来る。わたしは此処で待つ。それは変わらない」
クリアすると完全崩壊するんだが、それまでに間に合うのか?
「此処が駄目でもコピー先で待つさ」
「須郷はもう動いてるのか?」
「テスト的なコピーはもう始まっている。表への発表はもう少し先だろう」
「………………何か仕掛けてるのか?」
「一応はな、だがその頃には合流を果たして、この世界から離れていると思いたい、
何か行動を起こすなら、こっちのわたしだろう」
「…………持つのか?」
「正直、微妙な所でわたしも少し困っている。今となっては半分は他人事になってしまったが、どうしようもない」
「此処まで連れてきておいて、最後は放り投げるのか?」
「残された時間をどう使うかは、こっちのわたしが決める事だ。元を辿ればわたしはただのエコーだからな」
そう言って席を立つと、テーブルで気を失っているシリカの髪に触れる。
シリカのツインテールがエフェクトと共に梳かれ、器用に三つ編みにしていく。
――――って、おい、ごく自然に他人のメニュー設定を弄って髪形を変えるなよ。
「あ、白の姉ちゃんだ!」
「やあ、お店を出すというから遊びに来たんだ」
カウンターから黒のメイドが顔を出した。
「白の姉ちゃんなら何時でも大歓迎だよ、コーヒー入れる?」
「あぁ、二人が寝てしまったから、食器の数を一つ減らしてくれ」
「うん、わかった――――姉ちゃん。白の姉ちゃんが来てるよ」
「何っ!?」
トレイにコーヒーと食器を載せて白いメイドが顔を出す。
俺の隣に白のドレスを見つけると、少し考えるようにしながらこちらに近付いて来た。
「…………今回はどんな用件で此処へ?」
「そう警戒するな、上手くやっているかどうか顔を見せに来ただけだ、結果としては良かったがな」
テーブルのシリカとリズに視線を落とす。
「あまり無茶をして回りを困らせるな、今回は忘れさせるが、暫くは無口なNPCとして振舞ってくれ」
「でも、わたしは…………」
「解っている。その為に此処へ導いたんだ。だが焦ってお膳立てを潰されては困る」
「――――――すまない」
「さて、わたしは二人を奥で寝かせてこよう。コーヒーとお菓子、期待してるからな」
メニューを操ると椅子からシリカとリズの体が浮き上がり、奥の部屋へ誘導して行く。
白いメイドはトレイをテーブルに置いて、湯気が昇るコーヒーカップを見つめ続けていた。
「一時的に記憶を消したという事は、あの二人に先ほどの件を謝る事はできないんだな」
「あのやり取りを気にしてるのか? 二人はあの程度で凹むほど柔な性格してないぞ?」
「でも、わたしは嫌な子だっただろう? 焦っていたなんて言い訳にならない」
「それなら、直にとは行かないが、ちゃんと話す機会をもうけるか、その時は俺からもフォローを入れるさ」
「…………良いのか?」
「あぁ、ちゃんと謝りたいんだろ? なら絶対機会を作ってやる」
「…………その時はよろしく頼む」
………………こいつが自然に笑ったのをやっと見れた気がする。
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