銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第二十八話 ヴァンフリート4=2 (その3)
「参謀長、攻撃部隊からワルキューレの攻撃要請がありました」
「直ちに攻撃隊を出してください」
俺は通信兵に答えると、グリンメルスハウゼンの元に向かった。
「提督、攻撃隊よりワルキューレの攻撃要請がありました」
「そうか、リューネブルク准将はもう攻撃を始めたのかの」
「いえ、リューネブルク准将たちの攻撃はワルキューレの攻撃終了後になります」
「そうか…」
「おそらく、准将たちの攻撃は早くとも四十五分後になるでしょう」
「うむ」
俺が自席に戻るとミュラーが話かけてきた。
「酷いな。何も判っていない」
「……ま、そうだね……。上は大丈夫かな?」
「警戒態勢を厳にしろとは言ってある」
「ミュッケンベルガー元帥は未だ来ないか……」
「ああ、心配かい」
「うん。こちらに対して意地になってなければいいんだが」
「意地か。厄介だな……。ワルキューレから攻撃開始の連絡が入ったら、上の艦隊と総司令部に連絡しようと思うんだが?」
「そうだね。敵基地からは救援要請が出るはずだ。もう一度総司令部に連絡しよう」
「どちらが早く来るかだな」
「ミュッケンベルガー元帥が来てくれるなら、上空の艦隊は降ろしてもいい」
「降ろすのか?」
「ヴァンフリート4は大軍を動かせる場所じゃない。ミュッケンベルガー元帥に譲るよ。その方が元帥も喜ぶだろう、艦隊戦が出来るってね。その上で全艦隊で敵の後方に出る」
「なるほど。そのほうがいいな」
俺達の運命はミュッケンベルガーが何時来るかにかかっていた。そして敵基地の攻略がどれだけ早く終わるかに。
■ナイトハルト・ミュラー
司令部内は眼に見えない緊張に包まれている。ワルキューレの第一次攻撃隊がもうすぐ敵基地に攻撃を開始するだろう。皆その連絡を待っている。
「ワルキューレ、第一次攻撃隊より連絡。これより攻撃す」
通信兵の声に緊張がさらに高まる。艦橋は痛いほどに静かだ。
「第一次攻撃隊より連絡。攻撃成功、敵基地に対し甚大なる被害を与えたものと認む」
”ウォー”、”よし”、”いける”等の声が上がる。
「ワルキューレ、第二次攻撃隊より連絡。これより攻撃す」
その声にまた艦橋は静まりかえる。みな互いに顔を見合わせるだけだ。エーリッヒはじっと一点を見詰めている。
「第二次攻撃隊より連絡。攻撃成功、敵基地に対し甚大なる被害を与えたものと認む、敵基地からの反撃はいずれも散発的なものに終始せり」
再び歓声が上がる。散発的なものか…、敵基地は組織的な反撃が出来なくなっている。上出来だ!
「通信兵。リューネブルク准将に連絡、第三次攻撃隊の必要有りや無しや」
「はっ」
エーリッヒの発言に皆が固まる。この上まだ攻撃を? そんな視線を交わしている。エーリッヒは微動だにしない。周囲の戸惑いを感じていないはずはない、しかしエーリッヒはリューネブルクからの回答を待っている。
「リューネブルク准将より連絡。第三次攻撃隊の必要無し、これより攻撃す」
その声に三度歓声が上がった。
「ナイトハルト、ワルキューレは上手く行ったみたいだ。上の艦隊と総司令部に連絡を頼む」
「わかった」
なるほど、エーリッヒは上空からの戦果確認だけでなく地上からの戦果確認も取ろうとしたのか。相変わらずやる事に隙がない。今のエーリッヒは貪欲なまでに勝利を求めている。いや参謀とは、軍人とはそう有るべきだろう、戦果に対し一喜一憂しているようでは戦局を制御できない。作戦立案能力、軍人としての姿勢、俺の及ぶところではない。この男を敵に回す反乱軍に同情したくなってきた。
「クーン少佐、ワルキューレが戻り次第、武装を宇宙空間用に切り替えるように手配してください」
「はっ」
「エーリッヒ、ヴァンフリート4でワルキューレを使うのか?」
「いや、念のためだよ。ナイトハルト」
そう言うとエーリッヒはまた黙考し始めた……。
■ゲルハルト・ヴィットマン
艦橋内は喧騒に満ちていた。皆がそれぞれ指示を出し、確認をとっている。リューネブルク准将は順調に攻撃を進めているようだ。時折入る交信からそれが判る。交信が入るたびに歓声が上がる。でも大佐だけはその中に入っていない。一人静かに考え込んでいる。そしてそんな大佐をミュラー中佐が時折気遣わしげに見ている。さっきからずっとそうだ。きっとミュッケンベルガー元帥の艦隊が来ないのが心配なんだろう。
「大佐、ココアはいかがですか。皆さんも飲み物はどうでしょう」
思わず声をかけていた。大佐はちょっと驚いたようだった。でも
「そうだね。せっかくだからなにかもらいましょうか」
と周りに声をかけてくれた。
周囲からコーヒーという声が上がる。人数を数えると大佐が
「私にはココアを。ゲルハルト、大丈夫だよ、心配は要らない。ミュッケンベルガー元帥はきっと来る」
といってくれた。回りも皆頷いている。そう、大丈夫だ。
■エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
やれやれだ。ゲルハルトに心配されるなんて、余程不安そうな表情をしていたのかな。ミュラーも時折こちらを見ている。俺は感情が顔に出やすいようだ、気をつけないと。
「上空の援護部隊より連絡。宇宙艦隊がヴァンフリート4=2に接近中です」
ようやく来たか。
「反乱軍が接近している兆候はないか確認してくれ」
「エーリッヒ、反乱軍が来ていなければ援護部隊を降ろすのか」
「そのほうがいいと思うんだが、卿はどう思う」
「同感だ」
「集結場所は敵基地の方にしようと思うんだが」
「なるほど、敵への威圧か」
「それも有るが、戦闘終結後の収容を少しでも早くしたい」
「そうだな、その方がいいだろう」
俺は周りを見渡す。他の参謀もうなずいている。問題は無い。
「反乱軍が接近している兆候はありません」
「提督、援護部隊を降ろそうと思います、それと合流地点を敵基地の近くにしたいと思うのですが」
「大丈夫かの」
「ミュッケンベルガー元帥がおられます。問題ありません。それに地上部隊は優勢に攻撃を進めています」
「わかった」
「上空の援護部隊に降下命令を出してくれ、降下地点は強襲揚陸艦のある場所を連絡、それから総司令部にグリンメルスハウゼン艦隊は地上基地の制圧に全力を尽くすと連絡してくれ」
「はっ」
「全艦隊に命令。対地、対空迎撃システムの撤去、並びに発進準備」
「総司令部より了解とのことです」
「上空の援護部隊、降下を開始します」
勝った。ビュコックやボロディンが来襲してもこの状態ではミュッケンベルガーと正面からぶつかるしかない。ヴァンフリート4は大軍の展開には適さない場所だ。後は機をみて敵の後方に回り込めば敵は撤退するだろう。ミュッケンベルガーは消化不良かもしれないがそんな事は知った事か! 問題は敵基地の攻略だ、急いでくれよリューネブルク。ヴァンフリートなんて訳のわからんところはもうたくさんだ!
敵機動部隊がヴァンフリート4にやってきたのはそれから四時間後、地上攻撃部隊が基地破壊の目的を果たす一時間前のことだった……。
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