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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二十七話 ヴァンフリート4=2 (その2)

帝国暦485年 3月29日 ヴァンフリート4=2 旗艦オストファーレン

■ヘルマン・フォン・リューネブルク

「それでは司令官閣下、これより敵基地の攻略に向かいます」
「うむ。気をつけての」
「はっ」

俺は形ばかりの挨拶をしグリンメルスハウゼン提督に敬礼する。参謀長がいないなと思いつつミューゼル准将と共に艦橋をでた。オストファーレンを出ると外は攻撃軍の喧騒で物々しい雰囲気だ。そんな中にヴァレンシュタイン参謀長はぽつんと一人立っていた。

「参謀長、見送りですか」
「あれを見に来たのですよ、リューネブルク准将」
そう言って、ヴァレンシュタインは右手の方を見やった。
「対地防御システムですか? 何か不備でも有りましたか」

「いえ、小官はあれを使うのは初めてですのでどんなものかと」
「なるほど、地上戦でもなければあれは使いませんからな、無理も無い」
そう言いつつも、俺はこの男が本当は見送りに来ていることを確信していた。この男は冷徹と言っていい男だが意外に情に厚い事を俺は知っている。隣のミューゼルは判っているだろうか?

「お二人とも、余り無茶はなさらないでくださいよ」
「戦争をしているのです。難しい事を言わないでいただきたい」
「そうですね。馬鹿なことを言いました。御武運を祈ります。無事お戻りください」

ミューゼル准将の切り替えしにも、気分を害した様子も無く敬礼してきた。答礼しつつ、ミューゼル准将をチラと見る。少し頬が紅潮しているようだ。子供じみた対応に恥じらっているのか?、それともやり込めて喜んでいるのか?、どちらにしても未だ子供だ。こいつのお守りもしてくれとは参謀長も面倒な事を。

「それでは、出撃します。ミューゼル准将、こいつの準備で碌に打ち合わせも出来ておらん。開戦前に最終調整しておきたい」
「はっ」

俺はヴァレンシュタインの方を見た。微かにうなづいてくる。昨日の会話を思い出す。何故俺のことを気遣うのだ、ヴァレンシュタイン? 俺もうなづき返すと強襲揚陸艦ヴァンファーレンへ向かった。

「開戦にあたって、卿の意見を聞こうか」
「地上戦そのものは、さほど心配をしていません。彼我の戦力差は大きく、それを生かす準備も十分に整っています。ただ問題は敵の宇宙戦力が艦隊に対して上空より攻撃をかけてくることです」

「同感だな。だがその心配に対しては参謀長の打った手を信頼するほかあるまい。司令長官がこちらの用意した舞台に乗ってくれることをいのるだけだ」
「あとはどれだけ短い時間で敵基地を攻略できるかになります。欲を言えばもう少し対地攻撃をしてもらえればと。」
なるほど、出来るな確かに。

「卿の才能と識見は十八歳とは思えぬ。私が将来、栄達するような事があれば、ぜひ卿を幕僚に迎えたいものだ」
「……」
「はははは。冗談だミューゼル准将、卿が俺の下に就くような人間ではない事は判っている。第一、卿の方が俺より昇進が早かろう、違うかな」
「……」
やれやれだな。この程度の冗談でこうも動揺するとは。

「幸い、参謀長は物惜しみはされん方だ。対地攻撃にワルキューレを二百機用意してくれる」
「二百機? 百機では?」
「昨日参謀長と話す機会があってな、対地攻撃を増やしてくれと頼んだ」
「それで二百機……」

「第一次攻撃隊で百機、第二次攻撃隊で百機となる。攻撃隊の間隔は五分だ、卿に伝えておこうと思ってな。ワルキューレの敵基地到着までの所要時間は約三十五分、対地攻撃隊にはこちらから攻撃要請を出す事になっている。ミューゼル准将、卿に任せる。一気に攻略するぞ」
「はっ」

「リューネブルク閣下、地上降下地点まであと三十分です。」
「うむ。各部隊に命令。最終点検に入れ、降下用意」
「はっ。各部隊、最終点検に入れ、降下用意」
通信兵が命令を全部隊に通達する。頬を紅潮させるミューゼルを見ながら、俺は昨日の参謀長との会話を思い出していた。

■旗艦オストファーレン 参謀長室 十八時間前

 ワルキューレの増援要請は思いのほか簡単に通った。反対する参謀たちをヴァレンシュタインが説得してくれたようだ。参謀長室で二人で寛ぎながら、コーヒーを飲む。参謀長はココアだ。なるほど甘口というのは嘘ではないか……。

「参謀長よろしいのですかな。ワルキューレの件は」
「構いません。ヴァンフリート4はガス帯やその影響で通信波が通りにくい状況にあります。ワルキューレを使うのは危険でしょう」
「なるほど。統制が取れませんか?」

「ええ。それならむしろ対地攻撃に振り向けたほうが良いでしょう。一刻でも早く基地攻略を終了し全艦で敵を待ち受ける」
「敵は来ますか」
「……敵基地はかなり以前に作られた物のようです。何のために作ったと思いますか?」
「……補給基地、ですかな」
「小官もそう思います。だとすると見殺しは無いでしょう」

 妙な事になった。宇宙艦隊から避けられて此処へ来たのに、よりによって補給基地か。これは嫌でも戦闘に巻き込まれるな。ミュッケンベルガーの渋面が思い出される。それにしてもこの男、此処への退避が決まった段階で地上戦のことを俺に聞いていたな。偶然か?

「ミューゼル准将はいかがですか?」
「よくやっていますな。皇帝の寵姫の弟という事で出世したのかとも思いましたが、それだけではなさそうです。俺の幕僚に欲しいくらいだ」

「それは止めたほうがいいでしょう。彼は他者の下に就く男ではない。それだけの能力も意思も覇気も有る。今は皇帝の寵姫の弟という事で過小評価されていますが、いずれ皆、彼の元にひれ伏すか、彼と敵対して滅びるかを選択する事になると思います」
「ほう、参謀長もですか」

「小官など相手にもならんでしょうし、もともと敵対する意思もありません」
……確かにミューゼルには能力も意思も覇気も有る。しかし、底が見えないのはこの男だろう。この戦いでミュッケンベルガーをコケにするような事ばかりやっているが、勝っているから文句も言えん。ただの秀才参謀にできる事じゃない。この男一体何者だ?、何を望んでいる?

「参謀長、では何故俺の下にミューゼル准将をつけたのです?」
「勝つためです。それと軍の人事では納得のいかない人事など幾らでもあります。不満を抱くなとは言いません。しかし不満を露にするようでは彼のためにならないでしょう。我慢する事も覚えていただかないと」

「参謀長は意外に辛口ですな」
「小官は甘口です」
またこの会話だ。俺たちは思わず顔を見合わせて笑い出した。

「リューネブルク准将、一つ忠告をしてもよろしいですか」
「なんですかな」
「最前線で自ら戦うのは止めていただきたい」
「……白兵戦をするなと? それはどういうことです?」

「此処は最前線です。となると敵も最精鋭を用意しているでしょう」
「……ローゼンリッターですか」
「はい。彼らとは直接戦って欲しくないのです」
「俺が負けると」

「さあ、どうでしょう。ただ必要以上に恨みを買う事は無いと思います。意地で殺し合いなどするべきではない」
「それは命令ですか」
「……命令だと言えば止めてもらえますか」
参ったな。こんな風に心配されるなど亡命して以来初めてだ、無碍に断れん。

「判りました。約束は出来ませんが、留意しましょう」
「失礼な事を申し上げました。お許しください」

全く失礼な男だ。俺など気にかけても何の得にもなるまいに。しかし、こうも心配されては死ぬ事も出来ないか…。帝国に亡命して三年、飼い殺しだ。このまま朽ち果てるなら、いっそとも思ったが……。この男に賭けてみようか? まて俺はいったい何を賭けるのだ? 未来? 命? 運命? 馬鹿な、俺は何を考えている。 

■強襲揚陸艦ヴァンファーレン

「リューネブルク閣下、地上降下地点まであと十分です。」
副官の声が俺を現実に呼び戻した。
「うむ。ミューゼル准将、卿の働きに期待させてもらうが、よろしいか」
「卿を失望させる事が無いよう努力しよう、リューネブルク准将」

なるほど他者の下に就く男ではないか。
外にはワルキューレが護衛として五十機付いている。ヴァレンシュタインは俺達の援護のために最善を尽くしてくれた。俺たちが勝つためではなく、俺たちが生き残るために。あの男に賭けてみよう、何を賭けるのかは後で考えればいい。そのうち見えてくるものも有るだろう。だから、先ずはこの戦いに生き残ろうではないか。



 
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