ホテル
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「そうだろう。まあ犠牲は出たが連中は捕まえられた」
「新聞でも大騒ぎですね」
「オウム以来とか言っているな」
「ええ、一面でね」
「しかしまあ。よく考えたものだ」
山根はあらためて感慨の言葉を述べた。
「ホテルの客を拉致するなんてな」
「で、テレビじゃ色々言っていますよ」
「何という感じだ?」
「いえ、オウムの時と同じです。インテリが色々と」
「ああ、じゃあ見る必要はないな」
山根はそれを聞いて一言で終わらせた。きっぱりとした声であった。
「あんなの見ても何にもならん」
「ですか」
「ああ。ところでだ」
「はい」
話は彼等の話になった。もうインテリのことは忘れている。というよりは山根が強引にそうさせたのだ。どうやら彼はインテリというものを信頼していないようである。
「どうだった?あの役者さん達は」
「まさかとは思いましたけれどね」
尾松はそれに応えて述べた。
「あんなところからも役者さん出せるんですね」
「いるところにはいるものなんだ」
煙草の煙を吐き出した後で答える。
「色々とな。今回のが特にそうだな」
「ええ」
「実際にな、スタントマンとかもああした場所から選ぶんだ」
「裏の事務所からですか」
「そうだ。勉強になっただろ」
少し笑って彼に言ってきた。
「ええ。ですが」
「ですが。何だ?」
「あれって本当に裏の事務所なんですか?」
「何かあるのか?」
「いえ、実はあの俳優さん達ですけれどね」
「ああ」
尾松は怪訝な顔で話をはじめた。
「子供向けの番組で顔見たことありますよ、二人共」
「そうなのか」
「敵役でしたけれどね。まさか」
「まあ普通の事務所が裏でやってるかも知れないな」
山根はその言葉に対してしれっとして述べた。
「そこは俺は知らないがな」
「裏でって」
「いつも話しているだろう?この街はな」
「一歩路地裏に入れば、ですか」
「そう、そこは別世界なんだ」
あらためて言う。
「そこでは表の人間もいるだろうさ」
「ただやってることが違うだけですか」
「この街はそうしたところだ」
何処か達観した言葉で述べる。そこには何の悪感情もなかった。ただ達観と悟りだけがあった。次第にそうした顔になってきていたのだ。
「表の人間が裏にいて、裏の下手をすると人間でないのが表で歩いている」
「表の人間も裏の世界じゃ何をしているかわからない」
「今度の事件だってそうだろう?」
山根はその達観した顔のまま言った。
「ああいった団体は本来は表の連中だ」
「はい」
「それが裏でああやっていた。そういうことだ」
「笑えませんね」
「同じなんだ、結局はな」
「結局は」
「表と裏が替わってるだけでな。一緒なんだよ」
「ええと」
話がこんがらがってきた感じがしてきたので頭の中で整理しながら答えた。
「化け物とかとですか」
「その通りだ。そういう意味で人間も化け物も一緒なんだろうな」
「やっぱりそうなりますか」
「何か嫌か!?」
すぐに尾松の顔を読み取った。見れば暗澹たるものになっていた。
「俺達と連中が一緒だと」
「やっぱりいい気はしませんよ。一緒とか言われると」
「まあそうだろうな」
「否定されないと余計に」
「聞け。聞きたければな」
「じゃあ聞きます」
ここまで来て聞かないわけにはいかなかった。尾松は彼の話を聞くことにした。
「この事件だって人がやるものじゃないな」
「そう言う人もいますね」
「常識で考えたらな。だが実際に人がやった」
そこが肝心なのであった。だからこそ尾松は語る。
「化け物がするようなことをな。逆にな」
「はい」
「俺達が今いるこの世界にも裏から出て来た連中がこっそりと暮らしている。そんなもんさ」
「この署にもいますかね」
「いるかもな」
またしれっとした感じで答えてきた。
「少なくとも俺は違うぞ」
「そうだったら今頃私は御飯でしょうかね」
「だからな。そうなるばかりでもないんだ」
「!?」
「また言うぞ」
山根は話を繰り返す。
「この街には何でもいるんだ」
「ええ」
「だからな。表でも裏でも」
「有り得ないことが起こると」
「そういうことだ。それじゃあな」
山根は煙草を消して席を立ってきた。
「署長に報告しに行くか」
「ええ。それにしても」
「何だ?」
話は最後になった。
「今度こういう事件があったら相手は何なんですかね」
「さてな」
山根はそこまではわからないといった顔を見せてきた。
「今度こそ化け物かもな」
「そうなんですか」
「わかったか。じゃあ行くぞ」
「それで化け物だったらどうなるんですか?」
それが気になってつい問うた。
「その時か」
「ええ、その時は」
「人がやったことになって終わりさ」
「・・・・・・そうなんですか」
「表に出すわけにもいかないだろ?」
扉に向かいながら言う。後には尾松がついてきている。
「だからそう処理するんだ」
「そうなんですか」
「まあ、表に出ている事件の幾つかはそれだ」
山根は平然と言う。
「わかったな」
「じゃあそれに遭わないことを祈ります」
「それが適えばいいな。じゃあ行くか」
「はい」
こうして二人は部屋を出た。後に残ったのは誰もいなかった。ただ静寂だけがそこにあった。
ホテル 完
2006・9・30
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