ホテル
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11
「凶器を持っていたら尚更だ。撃ってもいい」
「結局撃つんですか?」
「ケースバイケースだ」
尾松に言い返す。
「いきなりはしなかっただろうが、さっき」
「まあここは日本ですからね」
尾松は少し悠長な言葉を口にした。
「いきなり射殺ってのは刑事ドラマだけで」
「刑事ドラマでもそうそうないぞ」
山根はそう突っ込みを入れた。顔は笑っていたが声は笑ってはいなかった。
「大昔の刑事漫画やドラマならともかくな」
「よくわからないですけれど軍用犬の名前ついた漫画とかやけに爆発ばかり起こる俳優がめったやたらに豪華なドラマのことですか?」
「何だ、知ってるのか」
かって人気のあった漫画や刑事ドラマである。実は山根はどちらも好きであった。実際にこんあことがあれば、と物騒な幻想を抱いたこともある。
「まあ名前だけですけれどね、私が知ってるのは」
「どちらも一度読むか観るといい」
「いえ、それは遠慮します」
だが尾松はそれを断った。
「何か合いそうにもないので」
「そうか、それは残念だな」
「いえ。それより」
尾松は言う。
「そろそろみたいですよ」
「ああ。出て来たらそれで終わりだな」
「はい」
通風孔から頭が出て来た。そしてその周りには。事件はこれで終わった。
事件は山根の予想通りであった。あの宗教団体が構成員の親戚であるあのホテルの従業員と結託して客を誘拐していたのだ。それまでの三件の事件は皆彼等の仕業であった。問題はその誘拐した被害者達の行く末であった。
それもはっきりした。それを知った尾松は暗澹たる思いに捉われる他なかった。
「本当にそんな話になるなんて」
「俺も実際にあたったのははじめてだ」
二人は署の刑事課の中で話をしていた。部屋の中にいるのは二人だけだ。山根は自分の席の椅子に座っている。尾松はそれの側に椅子を持って来て座っていた。
「こんなのはな」
「臓器売買、ですか」
口にするとその不気味さが余計に感じられる。
「えげつないですね」
「だが金になるのは事実だな」
「ええ」
それは認めるしかなかった。臓器売買というのはかなり金になるものなのだ。最近では薬や売春と並ぶその筋の重要な資金源になっているとさえ言われている。噂では行方不明者の幾らかはこれで消えてしまっているらしい。
「即効性の睡眠薬であっという間に眠らせて上から運び去る、ですか」
「ホテルの中のことをよく知らないと不可能だな」
「そうですね。それで三件も」
「それで四件目になるところだった」
山根は苦々しい顔でそう述べた。流石にこうした事件には彼も嫌悪感を露わにしていた。それだけおぞましい事件であるということである。
「あの連中はどうなるんですか?」
「勿論裁判にかけられる」
山根はクールな口調で応えた。応えながらその手に煙草を出してきた。
火を点ける。暫くして煙をゆっくりと吐き出した。
「規定路線だ」
「誘拐に殺人。そして死体損傷ですか」
「何人もな。まあ死刑だな」
「そうですね。しかし本当に動きが速くないとできないことでしたよね」
「ああ。それはな」
嫌な顔をしながらも頷いた。
「狭い通風孔の中を通り抜けて部屋のすぐ上まで来て」
「ガスを仕掛けて倒れたところで攫う」
「そのまま上へ連れて行く。見事な話だ」
「しかし何で臓器売買なんかしたんでしょう」
尾松はそれを疑問に思った。幾ら何でも他にあるだろうと。裏の世界でもこれに手を出すのはかなりの外道であるとされているという話だ。これは死体の汚れやそういうものを極端に嫌う日本人独特の感情から来るものであろうか。宗教観が関わっているのでそういうイメージが強いのだ。
「他に金を作る方法はあるでしょうに」
「それは簡単だな」
山根はその疑問に対して素っ気無い様子で答えた。
「簡単ですか」
「まずな。閉鎖的な宗教団体というのは自分達のことしか正しいと思わなくなる」
山根は冷淡な声でこう述べた。実際に閉鎖的な宗教団体というものは唯我独尊になり自分達以外の存在を認めようとしなくなったりするのだ。
「そこもオウムとかと一緒ですね」
「似てるというかそのままだな」
「ええ、拉致といい」
「ああいう団体は結局考えることが似てくるんだろうな」
「それであんなことをすると。嫌なものですね」
尾松もまだ嫌悪感を見せていた。消すこともできないでいたし消すつもりもなかった。
「違うのは規模でしたけれどね」
「それにしてもだ。臓器売買とはな」
「あれで金を稼いでいたんでしょうね」
「ああ、それは間違いない。実際にやっていた」
「やっぱり」
尾松は山根の言葉に顔を暗くさせた。
「その資金を元手にこっちで一旗挙げようとしていたようだな」
「人を助ける宗教家がですか!?」
尾松はそれを聞いて顔をまた顰めさせた。
「何か。順序というかやってることが滅茶苦茶なんですけれど」
「だから言っただろう?実際には自分のことしか考えていないって」
そのことをまた言う。苦い声で。
「じゃあ殺されて内臓売られた人は何なんですか?」
「異端者だ。考えるに値しない」
「それって無茶苦茶じゃないですか」
「だからカルトなんだよ」
「・・・・・・説得力ありますね」
そう答えるしかなかった。カルトという言葉が今回の事件にそこまでの説得力を与えてしまっていたのだ。そのおぞましさ故にである。
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