空が夕焼け色に染まり始めたかぶき町。
『スナックお登勢』の戸には『本日休業』の看板が掛けられていた。
しかし店内は点灯しており、さらに風船や色とりどりの電球が華やかに飾られていた。
「たま、遅いアルな~」
カラフルに彩られたお店の中で、神楽はウキウキしながら本日の主役を待っていた。
「お登勢さんも粋なことしますね」
装飾を終えた新八も嬉しそうな表情を浮かべる。
機械家政婦・たまの耳の裏には型番と共に製造日が刻まれており、それが今日であった。
そのことを源外から聞いたお登勢は、毎日お店に尽力している従業員のために
誕生日会を企画したのだ。新八と神楽を誘い、途中で偶然店に入って来た銀時も手伝わせパーティーの準備を今終えたところである。
あとは双葉と一緒に帰ってくるたまを待つだけだ。
「あの子は働き過ぎだからね。何だか最近調子もおかしいみたいだし、一つパァと盛り上げてやろうと思ったのさ」
カウンターで煙草を吸うお登勢がしみじみと語る。
「誕生日はソイツの何より大切な記念日さ。祝ってあげなきゃ野暮ってもんだろ」
「人生の抜け殻みたいなシワくちゃババァが学生みてェな真似するってマジキモいな」
「うるさいね。年がら年中セミの抜け殻みたいなアンタに言われたくないよ」
お登勢は白けた目でぼやく銀時の首を締めたくなった。しかしここで暴れたらせっかくの装飾が壊れてしまう。誕生日を迎えるたまのためにも、鋭く睨む程度にしておく。
すると夕暮れに照らされた店の戸に、二つの人影が浮かび上がる。
「あ、戻って来たみたいですよ」
新八の声を合図にお登勢や神楽たちは戸の前に並び、面倒くさそうな顔をしながら銀時も一緒に立って出迎える。
本日のパーティーの主役を。
そして、店の戸がガラガラと音を立てて開かれた。
「たま、おたんじょ――」
パーティーの主役は、カクカクペシャンコだった。
「たまァァァァァァ!?」
「たまさんん!なんでドット絵になってんの?なんで誕生日に生まれ変わってんのォ!?」
双葉と並ぶたまは二等身まで背がぐっと縮んでいるどころか、容姿も初期のRPGのような『ドット絵』に変化していた。
驚かすつもりが逆に度肝を抜かれ新八たちは、一気にパニックになる。
神楽が尖がり目になって速攻で双葉に突っかかった。
「おいピザ女、オマエたまに何したアルカ!」
「私は何もしていない。気づいたらこうなっていた」
「うそアル!絶対何かしたに決まってるネ!」
「嘘ではない。私は嘘が嫌いだ」
「ああごめんよ、たま!!私が無理にお前を働かせ続けたばかりに故障しちまったんだね!」
ドット絵に変わり果てたたまに泣きつくお登勢の涙声が店内に広がる。
あたふたと混乱する新八は銀時に振り向いた。たまに何が起きたのか
機械技師なら原因がわかるだろう、と。
「銀さん、今すぐ源外さんの所へ行きましょうよ!」
「……別にいいんじゃねこのままでも。前とたいして変わらねーだろ」
ドット絵化したたまを眺めながら、銀時はあっさり言った。
「変わるだろォォ!見て下さいよ右足と左足交互に振り下ろす2パターンしか絵柄ないんですよ!」
新八が指差すたまは、黙っていてもその場で足踏みをしてしまっている。というよりドット絵化してる時点で異常だが、銀時は特に気にする素振りも見せない。
「元々これくらいなのが丁度いいんだよ。そもそもお前ら若い世代はやれCGだ、やれ3Dモデリングだとリアルポリゴンにこだわりすぎだ」
「いや何言ってんですか」
「んなモンなくたって、ドット絵でも十分ゲームは楽しめっぞ」
「ちょっと待て!いつからゲームの話にすり替わった!?」
「どう表現しようが同じなんだからさ。わざわざデコボコ角ばったポリゴンで遊ぶこたァねーよ」
「それは違うぞ、兄者」
ズレた話に双葉が口を挟んだ。それに便乗して新八は話を戻そうと後に続いた。
「そうですよ銀さん。今はゲームの話してる場合じゃ……」
「精密化されたポリゴンはよりリアルな実写の如きCGへ変貌する」
「え?双葉さん何言って……」
「幻想でしかなかった世界を本物にし、プレイヤーを新たな境地へ赴かせる。街を、空を、大地を、そして人を、ゲームであれだけリアルに再現したムービーは驚嘆に値する。美麗なグラフィックで構築された世界はプレイヤーの冒険心とゲームのドラマ性をかき立てるものだ。ショボすぎるドット絵ではやる気が出ない。萎える。どう想像しようと、ドット絵は所詮落書きだ」
「おい、ドット絵なめんじゃねぇぞ。そりゃ最初はパッケージのカッケェ絵と電源入れた時の勇者のチビさにガッカリしたよ。でもそれでいいんだよ、冒険してる勇者は自分なんだから外見なんざハッキリしてねェ方がァ。なのに
自分と全然違うキャラデザ見せつけられちゃ嫌気がさすね。おまけにやたら根暗なキャラ設定とかあっちゃたまったもんじゃねぇ。『生まれた意味が知りたい』とか『これが俺の物語だ』とか、主人公プレイヤーの分身のくせして別人になりすぎなんだよ!」
「馬鹿か兄者は。ゲームはゲームの登場人物によってストーリーが進行するのであって、プレイヤーは彼らの旅路をコントローラーで誘導するだけの傍観者にしかすぎない。しかし奥床しい設定が付いたキャラ達が織り成すドラマは深く考えさせられるものばかり。互いに譲れない信念を抱いた者たちの駆け引きは実に面白い。勧善懲悪の薄っぺらい物語など偽善だらけでムカつくだけだ」
近年のRPGについてマニアックに語り合う銀時と双葉。
銀時が長ったらしくグダグダ話すのは、今に始まったことではない。
しかし店内の新八たちは驚愕していた。
口を開いても一言か二言か、長くても一行程度しか話さない双葉がマシンガンのように喋りまくっている。
それは初めて目の当たりにする姿だ。
しかし銀時がいつもの調子でいるところをみると、昔からこんな面もあった女性だったのかもしれない。
無駄に意地を張り合うところはやはり銀時の妹……と思うものの、何だか目の前の光景が信じられない。双葉の急な変わり具合に口をぽかんとするしかない。
そんな呆然とする新八たちを置いて、二人のゲーム論はまだまだ続く。
「わかりやすくていいじゃねーか。魔王まで裏の裏事情あったら複雑過ぎてこっちの身がもたねーよ。なんか攻撃ボタンとか押しにくくなるし。そんな同情いらねーんだよ!!勇者は黙って世界救ってりゃいいんだ」
「自分の意見も述べず周りに言われるがまま従うだけの勇者など、ただの操り人形だ。そんな中身のない奴がなぜ世界を救うために動けるか理解できん。共感も持てぬ間にエンドロールを迎えたって何の感動もわきやしない」
「そうやって何でもかんでも理由付けしたがってるけどな、魔王が裏の裏事情抱えてよーがバトルになりゃお前ら問答無用で攻撃すんだろ。そーゆうプレイしてっから冷てェ野郎に育っちまうんだ。ダラダラ流れるムービーに踊らされてる事に気づけよ。俺らは映画が見たいのか?ドラマを楽しみたいのか?……違うだろ。ゲームがしたいんだろうがァ!!」
ビシリと双葉を指差して銀時は叫んだ。
「いいか!ゲームはやらされるモンじゃねぇやるモンなんだ。イベントもそうだが、召喚獣呼び出したり必殺技出すのにもったいぶったCGなんていらねェ!!もう長過ぎて飽き飽きすんだよ。攻撃すんのになんであんな時間掛けなきゃいけねーんだ。俺は敵を倒したいだけなのにィィィ!」
「圧倒的に迫力のある派手な演出が加わるからこそ爽快感が増す。ドット絵はピカピカ光るだけで何が起きたのかさっぱりわからん。イライラする。面白味もない」
「そこは無限の想像力を働かせて楽しめポリゴン世代!単純な線だけで描かれたダンジョンでもワクワクして探索できるぞ。グラフィックはドット!イベントは
文字のみで進行!!それで十分だろ」
「黙れドット絵世代!ゲームはプレイするだけなど最早時代遅れだ。裏の裏がないRPGはただボタンを押すだけの幼稚なゲームと同等だ。攻撃に派手なアクション演出、なめらかなポリゴン、美麗なムービー、そして複雑な物語があるからこそ、プレイするだけでなく『見るモノ』としても楽しめ、ゲームをよりやりこめる。一石三鳥ではないか。そんなにボタンが押したいならテトリスでもやっていろ。そして薄ぺっらいゲームしかやってないから己の思考は狭いのだと思い知れ。あと兄者、ドット絵で育った奴らの産物がポリゴンだという事を忘れるな」
「お前らそれただのゲーム談義じゃねぇか!いつまでかましてる気だァ!しかも無駄に文章長ッ!」
新八のツッコミが割りこんで、永遠と続く討論はやっと止まった。
まだまだ何か言いたげな銀時だが、双葉はたまに近づいて早々に話を次へ進める。
「こんなくだらんことをしても
埒があかん。源外の処へ行くぞ、カラクリ」
「了解しました」
たまを連れて『スナックお登勢』から出て行く双葉は、ふと後ろで足踏みをし続けるたまをチラっと見た。
円らな瞳。デジタルちっくにカクカクした動き。
――……ドット絵の方が可愛い。
散々批判しておきながら、愛嬌満ちたドット絵のたまに双葉の胸はトキめくのであった。
* * *
夕方 『からくり堂』にて。
「風邪?」
怪訝そうに双葉が呟いた。
同様に新八も頭に疑問符を浮かべながら、機械には不似合いな単語を聞き返す。
「
機械が風邪ひくってどういうことですか!?」
「正確に言えば電脳ウィルスに感染しとる」
いつになく険しい表情で源外は答えた。
突然身体がドット絵化したたまの異常を
機械技師である源外に診てもらったのだが、事態は銀時達が思っているより深刻だった。
電脳ウィルス―『獏』。
電脳空間のデータやプログラムを破壊する不正プログラムの一種で、たまのドット絵化の原因がこれである。普通なら市販のウィルスバスターを使って駆除すれば治るのだが、たまが感染したウィルスは一筋縄ではいかないものだった。
『獏』は自らが駆除されない為に宿主である
機械システムの情報を取り込んで、自身のプログラムを書き換え強化成長する最新型ウィルスだったのである。
それは寄生したシステムが高度であればある程その能力を高める特性を持つ。超科学技術で造られたたまに長く潜伏したことで、どんなワクチンもウィルスバスターでも駆除できない最強最悪のウィルスになっている――と源外は説明する。
「大方、ネットに接続して情報を取り込んだ時に感染しちまったんだろう」
「………」
「『獏』は馬鹿デカい情報に紛れて寄生するっていうからな」
「……このまま放っておいたらどうなる」
いつにも増して真剣な口調で双葉が問う。
その答えはさらに最悪を告げるものだった。
「
中身を喰いつくされれば空っぽの抜け殻。たまは魂の抜けた、ただの人形になっちまうだろうよ」
源外が推測する最悪な事態に、銀時たちは一瞬言葉を失った。
「………」
「そんな…たまさんが……」
「じーさん、たま治るヨネ?元に戻るヨネ?」
「なんとかならねぇのかよ、ジジィ」
真剣な面立ちで銀時は解決策を江戸一番の機械技師に尋ねる。
「一つだけ方法がある。だが危険な賭けになるぞ。たまにとっても、てめーらにとっても。……それでもやるか」
「当たり前アル。友達のためなら何だってするネ」
ゴーグル越しに厳しい眼で見据えてくる源外に、神楽が迷いなく返した。
「その言葉、たまのために命を賭けてもいいととっていいんだな」
さらにもう一度念を押す。
まるで彼らの覚悟を確かめるような、重々しい口調だった。
「好きに解釈しやがれ。いいから早く言えってん……」
回りくどい言い方に嫌気がさしてきた銀時は――ふと気配を感じて振り返る。
自分の真後ろで、源外の
機械人形が巨大なハンマーを振り上げていた。
「え?何コレ。何やっ――」
“ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!”
銀時に振り下ろされたハンマーの下から、血が激しく飛散する。
時間が凍る。
しかし肌に跳ねついた赤い液体が、即座に双葉の声を揺るがす。
「兄者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
双葉の絶叫が轟き、新八と神楽の悲鳴も『からくり堂』を駆け巡る。
ハンマーの下に広がるのは深紅の液体。
さっきまでそこにいたのは銀時。
確かに命をかけるとは言ったが……。
双葉は怒りのまま源外に飛びついた。
「貴様ァァァ!兄者に何を!」
「待って下さい双葉さん!!」
呼び止められて、双葉は後ろを向いた。
新八と神楽がハンマーでくぼんだ地面を見つめいた。双葉も近寄って同じように注目した。
そこには頭にタンコブができた、小さな小さな銀時が倒れていた。
「イテテ……おわぁ!オメーらなんでデカくなってんだ!?」
起き上がるなり、銀時は目の前の巨大な新八達に驚いた。
「それはこっちのセリフですよ。なんで銀さんちっちゃくなってんですか!?」
「はぁ?どういうこ……っておい双葉!何やってんだコノヤロー!」
妖精みたいに小さくなった銀時を、そこら辺にあった枝でチョンチョン突っつく双葉。
相変わらず無表情であるが気のせいか、その頬はどこか赤く嬉しそう。
一方で訳が分からない新八と神楽は、銀時を小さくした張本人に振り返る。
「げ、源外さんなんですかコレェェェ。なんで銀さんこんなちっちゃっく……」
「『打ち出の大槌Z 503型』。打ちつけた対象物に超電磁波を送り、何やかんやで細胞を縮小し対象物を小さくする俺作超科学兵器だ」
自慢げに説明する源外の隣で、また『打ち出の大槌Z』をゆっくりと振り上げる機械人形。
迫りくる危機にギョッと冷汗を垂らす新八と神楽。
ちなみに双葉は銀時をイジくるのに夢中で気づいていない。
「違いますよね。まさかソレ僕らにも…」
「やめろォォ!これ以上罪を重ねるなァァ!一体何のためにこんなことするんだヨォォ!」
「決まってんだろ……ウィルスを駆除するためさ」
ニヤリと笑う源外のゴーグルがキラリと光り、ハンマーが容赦なく振り下ろされた。
それぞれ頭に大きなタンコブを一個――なぜか新八は二個――のせて一寸法師みたく小さくなった銀時達に、源外は今後の計画を説明し始めた。
「お前たちはこれからたまの体内に入り、内側から直接治療行為を始めウィルスを駆除してもらう。名付けて『一寸法師計画』じゃ」
何のひねりもないまんま過ぎる計画名を堂々と口にしてから、源外は懐からある物を取り出した。
「
獏と戦う時はコレを使え」
「これは何ですか?」
「俺が開発したウィルス駆除専用武器だ」
そうして人数分差し出されたのは、食後の歯に詰まった食べカスを取るのによく使う木製針である。
「ただのツマヨウジじゃねェか!ジジィ、これお前が一寸法師ごっこやりたいだけだろーが!」
「見てくれに騙されるな。ただのツマヨウジと思うなよ、銀の字」
銀時のツッコミに不敵に笑うと、源外は暴れる一寸法師たちをお椀の中に投げこんで、たまの口元へ寄せる。
「ほれ四の五の言ってねぇで行くぞ」
「源外殿」
投げこむ寸前、艶のある低い声に呼び止められ、源外は目線をお椀に落とす。
「なんだ?銀の嬢ちゃん」
「ウィルス感染はネット接続が原因だったな」
周りが小言をもらしてる中で、双葉だけはやけに冷静に腕を組んで出陣を待っていた。
潔い身の構え方だが、頭にできたタンコブが間抜けでどうも緊迫感に欠ける。
それは別として、改めて事件の発端を確認してくる双葉に源外は頷いて答えた。
「ああ。しかしそんな馬鹿デカい情報を取り込んだ覚えはねェんだが……」
「そうか」
何かを納得するように呟く双葉だが、源外にはまだ引っかかることがあった。
事務仕事の為にたまの回路をネットに繋げることは何度かあり、その度にウィルスが寄生しないようチェックしていた……にも関わらず、たまは感染した。
単にウィルスを見落としてしまっただけなのか、あるいは――
「とにかく後はまかせた。健闘を祈る」
考えていても仕方ないと割り切って、源外はお椀ごと口の中へ放り投げた。
こうして、たまの運命は銀時達に託された。
=つづく=