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【銀桜】9.たまクエ篇

作者:Karen-agsoul
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第1話「外見は髪型と目のパーツで判断できる」


 世界に巨大な情報の波が押し寄せたその日、『影』が降り立った。
 全てを黒く染めていく『影』と勇者たちの壮絶な戦いが繰り広げられた。
 だがやがて世界は闇に覆われ、勇者はたった一人になってしまった。
 それでも勇者は闘い続けた。この身に代えても己の主を護り抜く事が勇者の使命だったからだ。
 しかし孤独な勇者の戦いに、希望も未来も残されていなかった。

 だが、世界にはまだ『予言』が残されていた。

【この地に大いなる災いふりかかし時 女王の舞い災厄を揺るがし
 異界よりツマヨウジたずさえし勇者 この地を救わん】

* * *

 昼下がりの万事屋の玄関から、銀髪の兄妹が並んで出てきた。
「なんで俺がテメーのピザ買いに、わざわざ付き合わなきゃならんのかねェ」
 銀髪の兄―銀時はダルそうに頭を掻きながら外出早々愚痴をこぼした。
「カップル……いや、ペアで行くと半額になるんだ」
 銀髪の妹―双葉は無表情に宇宙最大のピザチェーン店『ピザマッド』のクーポン付きチラシをかざした。
 銀時はこういった双葉の買い物に何度も付き合わされている。二日酔いで寝ていようが宇治銀時丼を食べていようが、どんな時でもおかまいなしだ。
 他の奴と行け、と言っても双葉はうやむやな顔になるだけで結局付き合ってしまうのがお決まりになっていた。
「安心しろ、一口くらいなら分けてやる」
「人に協力させといてそりゃないんじゃないのォ。せめて半分よこせ!」
「ぜってーヤダ」
 いつものやりとりをしながら坂田兄妹は階段を下りる。
 その一番真下にポツンとしゃがむ人影があった。
「何をしている」
 双葉の声に振り返ったのはメイド風にアレンジされた和服の緑髪少女―たまであった。
 普段なら店が閉っていようと四六時中せっせと働く彼女が何もしないでいるなんて珍しい。何かあったのだろうか。
 しかし今階段に座られていると、下りる側としてはけっこう困る。
「そこにいると通れない。邪魔だ、どけ」
 嫌われてもおかしくない無神経な発言だが、たまは表情一つ変えず兄妹に道を譲った。
 カカシのように立つたまを、双葉はそのまま素通りし……銀時は自然と足を止める。
「オメーこんなトコで何してんだ?」
「お登勢様から今日一日お休みを頂きました」
「で、またここでボーとしてたってワケか」
「はい。一人でハメを外す事は難しいと思いましたので」
 一見すれば普通の少女だが、たまはある科学者に造られた機械人形(からくりメイド)である。
 人の役に立つことを生き甲斐としているがゆえに、他人のために働くことは長けているが、転じて自分の時間を過ごすことを全く知らない。
 そんな彼女が初めて『休暇』をもらった日に一緒に街を歩いたのが、銀時だった。
 そしてまた休みをもらったら一緒にハメを外したい、とたまは言っていた。
「……まさか、ずっと俺を待ってたのかよ?」
「ご迷惑でなければ、私にもっとハメの外し方を教えてください」
 真っ直ぐな瞳で頼んでくるたまに、銀時は内心やれやれと溜息をついた。
 『休暇』――もとい『心のリフレッシュ』は人に教わってどうこうなるもんじゃない。ようは自分にとって楽しいと思うことをすればいい。自分が幸せだと感じることを。
 そう促す銀時に、たまは首を横に振って答える。
「私にとっての幸せは『人の役に立つ事』です。ですが……それ以外の楽しみを見つけたいんです」
 意外な返事に銀時は目を丸くした。たまは他人のためじゃなく、自分自身のために何かをしようとしている。以前の彼女なら、そんな事をしようとも思わなかったはずだ。
 そんな喜ばしい変化に銀時がほくそ笑んでいると、凍てつくような視線が注がれてきた。
 自分だけ会話から外されているのが嫌なのか、先ほどから双葉が不満そうな目でこちらを見ている。
「………」
「銀時様。お付き合い頂けますでしょうか」
「……悪ィな。俺ちょっくら用があんだ」
 無機質の瞳の少女の依頼を、銀時は申し訳なさそうに断って
「つうわけだ。双葉あと頼むわ」
 背中を押して、妹をたまの前に出した。
「なぜ私が……」
「俺はこの前付き合ったから、今度オメー行け」
「はぁ?」
「女同士の方がハメ外しやすいだろ。女子会で盛り上がって来い」
 そう何か含んだ笑みを浮かべながら、銀時はスナック・お登勢へ入って行った。


 店の中へ消えてしまった銀時に突然バトンタッチされ、双葉は途方に暮れた。
 女同士と言っても、相手は機械(からくり)だ。一体何をどうしろと。
 確かにいつもお店のカウンターで顔を合わせている。しかし会話は注文をとる程度で、それ以上のやりとりはない。こうしてまじまじと話すのは、ネットゲームのハッキングの協力をしてもらった以来だ。
 もっとも、その時の記憶(データ)は双葉によって消されているので、たまにとっては今回が初めてということになるが。
 どちらにせよ、このままでは話が進みそうにない。双葉はとりあえず要望を聞いてみる。
「……お主、何かしたいことはないのか」
「1番の望みは誰かのお役に立つことです。働く事ができれば何もいりません」
「働きたいのなら働けばいいだろ。だったら店に戻れ」
「それがお登勢様から絶対にお店に入るなと。ですが夕方までには絶対戻って来い、と指示されました」
「……絶対に、ね」
 呟きながら双葉は閉店の札がかかった戸を見る。
 休暇をもらった店員が何をしようと本人の自由だ。自分が勤める店で一日中暇をつぶすのもありだろう。
 しかしお登勢がわざわざ命令してまで遠ざけたのは、たまが店に入って来られると困る理由があるからだろう。その証拠に『スナックお登勢』の中からは普段よりも話し声や物音が聞こえる。何か準備をしているのは明らかだった。
 そんな店の戸を開けて、彼女を押し戻すのは抵抗がある。それに兄に任された以上、投げ出すわけにもいかない。
「ま、お主には毎度ピザもどきを作ってもらっているからな。仕方ないから付き合ってやる」
 そう言いながら双葉はたまを連れて、かぶき町を回り始めた。

* * *

 『かぶき町』――欲望うずまく夜の街。
 しかしその活気は昼でも変わらない。日差しが降り注ぐ繁栄街をたくさんの人々が歩いており、『仕事』・『遊楽』・『闇の取引』と様々な理由を抱いて誰もがそれぞれの目的地へ向かっていた。
 そんな多くの人々が行き交うかぶき町で、双葉とたまは特に行く宛てもなくただ歩いていた。
 付き合うと言ったものの、たまの目的は『ハメを外す事』。あまりに漠然とし過ぎていて、双葉は混雑する人の波に流されていくしかなかったのだ。おまけにどちらも口数が多い方ではないため、並んで進むだけという微妙な空気が続いていた。
 そんな沈黙を破るように口を開いたのは、機械(からくり)であるたまだった。
「あの、双葉様は銀時様とどちらへ行かれるご予定だったのですか」
「ピザを……買いに行くつもりだった」
「今から行きますか」
「いや、もういい」
「そうですか」
 会話はそこで終わった。
 別に銀時と行くはずだったピザ屋に一緒に行ってもよかったが、何となくそんな気になれなくて、双葉はたまの提案を断った。そもそも機械が飲み食いできないだろとは、後から思った。
 しかし、ずっとこのままなのも相手に悪い。機械(からくり)にそんな気遣いは無用かもしれないが、双葉はこれからの事を考え始める。
 だが彼女が何か思いつくよりも早く、たまが次の質問を切り出した。
「双葉様は休日をどのように過ごしてますか」
「どのようにって……」
 単純な質問だったが、双葉は思わず言い淀んだ。
 依頼がなければ万事屋は年中休日で、兄は遊んでばかりだ。
 そんなぐうたらな兄の世話を焼いたり、金を無駄遣いしないよう見張ったり。
 そのために兄と外を出歩いたり、時々スナックで一緒に飲んだり。
 暇さえあれば、兄の隣でピザもどきを食べる。
 それが今の休日の過ごし方だ。
――………。
 改めて思い返してみると、自分は兄とよく一緒にいる。いや兄としか時間を過ごしてない。
 数ヶ月万事屋で暮らして天人や駄メガネともそれとなく会話は増えたが、兄ほどではない。
――全く、どうしようもないな。
 そんな自分が嫌になる。またいつもの自己嫌悪だ。
 けれど、他に趣味や買い物を一緒に楽しむような知人はいない。『友達』と呼べるような人間もいない。ましてや、自分の都合で記憶(データ)を消したり、他人の意見も無視するような奴を『友達』と思う人などいるわけがない。
「双葉様?」
 呼ばれて振り向くと、少し困惑したようなたまの顔があった。物思いにふけるあまり、ついほったらかしにしてしまっていた。
「すまない。適当に過ごしているよ。好きな場所に行ったりとか」
「好きな場所?」
 首を傾げて言葉を繰り返すたまに、双葉は何気なく思い浮かんだアドバイスを送った。
「ああ。好きな場所で過ごすのも楽しみの一つだからな」
 主に自分が行く所はピザ屋と――ぐらいだが、この機械(からくり)にそんな場所があるのかいささか疑問だ。
 しかし双葉の予想に反して、たまはすぐに答えてきた。
「それならあります。双葉様、一緒に来て頂けませんか」
「……別にかまわんが」
 少女の表情が少しだけ明るくなったように見えた。
 そんなたまに内心戸惑いつつも、双葉は頷いた。

* * *

 空き地で町の子供たちが曇り顔でたたずんでいた。
 特に嫌な事があったわけじゃない。ただ退屈だったのだ。
 みんなで遊んでいたお店のゲーム機も壊れてしまい、他の遊びも飽きてしまった。
 つまらない。
「ああ!お姉ちゃんだ!」
 遠くを指差す一人の男の子の嬉しそうな声が飛ぶ。
 すると空き地の子供たちははしゃいで緑髪の少女に駆け寄った。


 さっきの暗い空気はどこへやら。
 子供たちのにぎやかな声と楽しそうな顔が空き地いっぱいに広がる。
「お姉ちゃん遊ぼ!」
「またモグラ叩きごっごやろう!」
「グルグルして~」
「僕と遊ぼうよ~」
「皆様、一緒に遊びましょう」
 そう言ってたまはワラワラと集まって来た町の子供たちに微笑んだ。
 にぎやかな声はいっそう騒がしくなり、それにつれてたまの口元も緩んでいく。
 そして飛びついて来る男の子や女の子を抱えて、楽しそうに子供たちとはしゃぐたまは満面の笑みを浮かべた。
 それは機械(からくり)とは思えない、普通の少女と変わらない、とても純粋な笑顔だった。
 人知れず双葉は暖かい笑みを浮かべる彼女に驚いていた。
 それまで人形のように凍った表情しか見たことがなかったからだ。
 一瞬、別人かと思った。



「双葉様も一緒に遊びましょう」
 にこやかに笑うたまに手を握られ、呆然としていた双葉は子供たちの輪の中に入った。
 そこには、彼女の好きな『笑顔』がたくさん溢れていた。
 ただ言うまでもなく、双葉は社交的な性格じゃない。
 子供とふれ合うのは慣れていない。
 自然と無表情にとげとげしい言動をとってしまう。
 しかし双葉の無愛想な態度は照れ隠しにしか見られず、無邪気な子供たちは彼女とも親しげに遊んできた。
 そりゃ彼女の冷徹な眼に怯えてしまう子もいたが、そこは気立ての良いたまがフォローしてくれた。
 子供たちの笑顔に囲まれてゆくうちに、双葉の口元もほんの少しだけ緩んだ。
 そうしてゆっくりと流れていた一日は、あっという間に過ぎて行った。

* * *

「またね~お姉ちゃんたち~」
「また遊んでね~」
「バイバ~イ」
 夕暮れを背に子供たちは大きく手を振って、双葉とたまに別れを告げた。
 母親が作って待ってる夕飯が待ち遠しいのか、走って帰る姿も元気一杯だ。二人は子供たちが見えなくなるまで見送った。
 そろそろ約束の時間が近づいてきたので、双葉も『スナックお登勢』へ足を向ける。
「『娘に笑顔を』」
 唐突に呟かれた言葉に眉をひそめて振り返る。もう純粋な笑顔は消えた――普段の無感情な顔に戻ったたまが、淡々と言葉を紡ぎ続けてきた。
「私の破棄されたデータの中に残っていた言葉です。ですがいつ、どこで、誰が言っていたのかは記録されていません」
 子供たちと初めて遊んだ日。
 モグラ叩きで喜ぶ子供たちの笑顔を見た時――ふっとこの言葉が沸き上がった。
 本当に『言葉』だけが自分の中に浮かんできた。
 かなり古いデータの欠片のようだったが、これといって思い当たることがない。
 何度か捜索してみたものの、それに繋がる記録(メモリー)は見つからなかった。
「だから分かりません。なぜこの言葉が残っていたのか。どうして急に復元されたのか。全く解明できません。今日までお登勢様や銀時様たちと過ごした事はすべて覚えているのに」
「覚えていない事だってあるだろ」
「え?」
「なんでもない。それで」
 どこか自嘲気味に奇妙な事を呟いた双葉は、さっそうに話題を戻す。
 少し気になったが、たまは促されるまま答えることにした。
「……そのことを考えるたびに、ここが痛むんです」
 たまは物憂げに自身の胸に手を当てる。
 この言葉は、無知だった頃の自分に存在した『侍』という言葉と同じ暖かさを感じる。
 とても優しさに溢れていて、誰かが誰かのために贈った言葉……のような気がする。
 なのに、憶えていないなんて悪いように思えて仕方ない。
「……双葉様、私は失くしてはいけないデータを損失してしまったのでしょうか?」
「さぁな。私にふるな。そんなの知らん」
 双葉は冷たく言い放った。
 だが彼女の返答は正しいと、たまは思う。
 自分でも知らない事を他人が知ってるはずがない。聞かれたって答えられないだろう。
 しかしそう思っていた矢先、おもむろに双葉の口が動いた。
「だが記憶は残るものだ。それが大切な記憶なら、尚更な」
 改めて双葉はじっと見返してきた。
「その言葉には、何かしらの『想い』がこめられているんじゃないのか」
 双葉に言われて、たまは気になっていたもう一つの『違和感』を口にした。
「時々自分の中に『誰か』がいるような気がします。皆様が笑うと、『その方』はとても嬉しそうな表情(かお)をなさるんです」
「その者が笑っていると」
「はい」
 思考回路とは別の所で喜んでいる気持ちがある。
 身体の奥底に存在する自分じゃない全く別のモノ。
 それを『魂』といっていいのか分からない。
 けれどたまは頷いて、もう一度確かめるように言葉を繰り返す。
「『娘に笑顔を』―― 誰かは不明ですが、もしかしたら私は今までずっとそのために稼働していたのかもしれムせゾ」
 急におかしくなった口調に双葉は顔をしかめた。
 心なしか、たまの声から雑音(ノイズ)も聞こえたような。
「どうした?」
「すみません。少々バグが発生したようです。気になさらないで下さい」
「そうか。……で、お主はどうなんだ」
「?」
「その者は笑っているとして、お主自身はどうなんだ」
 まっすぐに自分の瞳を見てくる双葉に、しばし間を置いてたまは答えた。
「……私が働いていなくても皆様は笑っていて、私はそれを嬉しく思いマす」
 これは『誰か』から来るものじゃない、自分自身の気持ちだ。
 どうしてか分からないが、素直にそう思う。
 でも――
機械(からくり)は働いて皆さんの役に立たねば意味がない存在なノに……最近は今日のように過ごすのモ悪くないと思ってしまいます」
 それはあってはならないことだ。
 自分にあるのは人の為に生まれ、人の為に終わりを迎える役目だけ。
 だから自分の時間を過ごすなんて、こんなの機械(からくり)の生き方に反している。
「おかしいですよね……」
「恥じているのか」
 思い悩むように呟くたまに、双葉の冷淡な眼が向けられる。
 だがそれは罵倒でも軽蔑するでもない。まるで意志を問いかけるような瞳に見えた。
「……いいえ」
 たまはゆっくり首を振って、微笑を浮かべた。
「私がソうしても皆様が笑顔で過ごせるナら、一緒に楽しみたイです。私は『その方』だけでなく、お登勢様や銀時様たちモ笑っテいて欲しいと……笑顔でいて欲しいと思います」
「なら、お主がしたいようにすればいい。働くだけが全てじゃないからな」
 素っ気なく言うが……双葉は悟っていた。
 どうしてたまがそう望むのか、そう考えるのかを。
 なぜなら双葉も、『笑顔』の傍にいたいと望んでいるからだ。
 たまがなぜ造られたのか、過去に何があったのか、双葉は何も知らない。
 けれど、これだけは分かる。
 たまは己を見出しつつある。
 他の誰でもない己を見出して、世界を広げようとしている。その一歩を踏み出そうとしている。
 新しい一歩はどこへ向かうのか、行き先もわからない。
 まさに闇の中の探索だ。それは不安で、とても勇気がいる。
 だが彼女にならできるだろうと、双葉は思う。
 機械(からくり)にはないはずの、『笑顔』を大切に想う感情を持っているのなら――



=つづく= 
 
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