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Charlotte 奈緒あふたーっス!

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卒業式
  02 策士

震えている。

僕は震えているのか?

分からない。

だが、何かを掴む手だけが温かく、優しく僕を充たしてくれる。

この温かさは知っている。

あれ、でもなんだったかな。

僕は、それすらも忘れてしまったのか?

何か、本当に大切な物だった気がするのに忘れてしまった。

待て。

これまで僕は何をして生きてきた?

分からない。

何も覚えていない。

自分が誰で、どのような存在なのか。

本当に全て…忘れてしまった。

「っは!!!」

目が覚めると同時に勢いよく上体を起こしたことに、だんだんと思考が追い付いてきて、掌を開けばぐっしょりと濡れている。

「ああ。夢…か。我ながら厨二くさい夢だった」

そう渋い顔をして呟く。

それにしてはやけにリアルな夢だった。

悪い夢程そんなものだろうと勝手に納得して引かれた布団から立ち上がろうと左手をつく。

グショッ。

左手の方から奇妙な音が耳に入る。

振り向くなという警鐘を身体中に巡らせる己の心をなんとか制してなんとか首だけを動かすことでその方向を見た。

左手にはべっとりとした赤い血が滴り、その先には大柄で髪の長い男性と、小柄な黒髪の少女が血塗れで横たわっていた。

「なんだよ、コレ。何の冗談なんだよ!!!ああああああああああああ!!!」

身体中から白銀の閃光が漏れ出す。

次の瞬間、いきなり左手を鷲掴みされ、恐怖から「崩壊」の能力の発動は収まる。

僕の左手を鷲掴みにしているのは髪の長い男で、その顔を僅かに持ち上げて髪からはみ出た右目だけで僕を睨むようにして見上げる。

「ぁっ…おい!!!なっ、何なんだよお前らはっ!!!」

「また…」

男の唇が震えるようにして動く。

聞き漏らしてしまいそうな微かな音を響かせて続きを発した。

「また…その能力で俺を殺すのか?」

コイツは何を言ってるんだ?

「お前は、俺を殺した。あの廃工場でなぁっ!!」

「っ…!!?」

不意のフラッシュバック。

眼鏡の男性に連れられ、僕は廃工場に居た。

アジア系の外人の体に乗り込むが、銃はおろか武器の類一つすら出てこない。

次の瞬間には口から光線を放つ少女が、僕の手ごと右目を切り裂いた。

タイムリープしようとしたが使えず、敵を撃退しようとするも肩口にナイフを突き立てられ、あまりの痛みに耐えきれず、僕は無意識に「崩壊」の能力を使っていた。

そして最後に僕は見た。

いや、でも僕は気絶していて見ていないはずのに何故だか見える。

兄さんがひざまづく姿。

そして下着姿になるまで剥かれた奈緒を庇って、鉄筋コンクリートに突き刺さるこの男の姿。

この男は仲間なのか?

そうだ、仲間だ。

僕はコイツを知っている。

男の名前は…

「熊耳…なのか?」

「ああ。お前が殺した『あの』熊耳さ」

身を引く僕に更に詰め寄る男の言葉は、口から溢れるようにして漏れ出す血液によって濁った物となっていた。

「助けて欲しかったのです。有宇お兄ちゃん。なんで助けてもらえなかったのでしょうか」

嘘だろ…歩未…

横たわっていた少女が顔を上げると、その顔面はひしゃげて血みどろとなり、発する言葉こそ歩未そのものだが、体の前半分はぐちゃぐちゃで原型を成していない。

「そんなわけない…だって、お前は今も元気に生きていて、さっきだって隣に…あれ…」

記憶が曖昧になっている。

さっき、僕は卒業式に…参加してたのか?

校舎が崩壊し、落ちていく歩未。

瓦礫に潰されぐちゃぐちゃになったその体を、僕が見たのかどうかすら分からないのに覚えている。

何もかも分からなくなってきた。

何が本当の記憶で、何が偽りの記憶なのか。

「あ…う、うああああああああああああああああ」

再び肉体から閃光が眩く輝く。

だが…

「うああああ…、はぁ…はぁ…。あれ…」

叫んで興奮から覚めることで異変に気付くことができた。

「崩壊の能力が…」

『当たり前さ。ここは私の世界。君が干渉することなど出来はしないのさ』

不意に声がする。

熊耳と歩未はいつの間にか消えていて、その声の元ではない。

空から降り注ぐように響くその声は続ける。

『どうだね?親しい人間から恨まれるその気分は』

「こんなところに僕を閉じ込めてどうする。何が目的だ」

狂う半規管の平衡感覚がぐるりぐるりと視界を回らせる。

そこからくる嘔吐感を耐えながら声に問うた。

声曰く

『私個人の目的はとうに忘れてしまったよ。しかし、奴等の目的は君の懐柔らしくてね。殺してもサンプルは得られるそうだが、能力自体は死んだらなくなってしまうそうじゃないか。なので私がこうやって時間をかけて君の精神を壊し、そこから我々への忠誠を誓ってもらえるよう教育を施す予定になっている』

「目的は僕の持つ全能力ということか…」

胸にこみ上げる熱いものを今は抑える。何故なら、分からないことがもう一つだけあるからだ。

「僕は世界中の能力を、発生前の段階であるキャリアも含めて全て奪った。なのに何故、お前はこんな世界を創る能力を持っているんだ」

『ふっ、ふははははははは』

今にも嘔吐しそうな表情の僕を見てか、その声は高らかに笑い、そしてそれに返じる。

『これからてなづけられるお前には言っても仕方ないことだ。だが、私も人に話す機会を求めていたというのもまた事実。いいだろう。君がまだ人である今のうちに話してやろう』

その声は一つ間を置くと、非常に愉快そうに語り始めた。

『私が彼等に出会ったのは五年ほど前だった。彼等は私をまず、科学者側のチームとして迎え入れてくれた』

まず、僕を捕らえた奴等は科学者だったという情報を抜き取る。

声続けて曰く

『しかし、研究が進み、我々大人たちが能力を発祥させるアンプルが完成した。私は自らその人体実験第一号に買って出たのだ』

次に、奴の能力は科学者による技術の進歩だということが分かった。

ここで疑問が一つ浮上したのでソイツを投げかける。

「その技術開発はどこから得たものだ」

相も変わらず淡々と声は語る。

『シャーロット彗星の破片。あの破片から得た情報を、我々は進化させることに成功した。どうだ、凄いだろう?これこそ我々が産み出した全能!ふははははははは』

再びその声はけたたましく笑う。

対して僕は…

「はは、ははははは!!!!」

『?何が可笑しい。ついに気でも狂ったか』

声は己の愚かさに気付かない。

僕に全ての情報を与えるというその愚鈍さに。

堪えていた熱いもの。

それは可笑しさだ。

「演技」の能力で気分悪そうにしていたが、そんなものは嘘八百。

実際は「正常」の能力で全てを日常と変わらぬ状態に保っていたのだ。

「ほんと、アンタ相当にバカだなぁ…ははははは!!!」

『私がバカだと?この天才科学者の私をバカだと呼ぶ貴様は何様のつもりだ!!』

荒々しく叫ぶ声に対して僕は至って冷静に答えてやる。

「アンタは全て話してくれた。ま、催眠能力で無理矢理吐かすこともできたけど、面倒なことしなくてよくなったから助かったよ。あー、それと僕はもうこの世界に用はないから潰すね」

『貴様ァ!!よくもこの私に恥をかかせてくれたな!だが、この世界は私だけの世界。私以外には解くことは出来ない。ザマァみろ!』

「はっ。君から貴様に呼び方が変わるなんて、よほど焦ってるんだろうなぁ、三下ァ。聞いて呆れるとはこのことだな。僕が何も対策していないとでも思っていたのか?」

『どど、どういうことだ』

舌が上手く回っていないその声は、おもちゃを無くして泣き出してしまいそうな幼児のように、最早威厳の欠片も存在してはいなかった。

「やれやれ。やっぱりバカには説明が必要らしい。いいさ、教えてやる。僕に何をしても無駄だってことをさぁ」

その言葉と同時に世界はひび割れて崩壊する。

『なっ、何が起こっているというのだ!?この世界では崩壊の能力は内側から使えないんだぞ!!ま、まさか…』

「ははははは。ああ、そうさ。僕が神!全知全能の唯一の存在!お前なんかが僕の人生に影響を及ぼすなんてあってはならないんだ。今から存在ごと消してあげるよ」

僕はその老人に向けて片手を差し出し、ガチャガチャのハンドルをひねるように拳を握った腕を回す。

百と八十度回転した腕の先には老人の姿は残ってはいなかった。

崩壊する真っ赤な世界の下で僕は空を仰いで、ただの一言だけ呟く。

「さよなら…熊耳さん」

有宇は「転移」の能力によりフシュッという音を立てて一瞬でこの場所から消失した。

紅の空に入った亀裂が大きくなり、バリバリバリバリガシャーン!!!というガラスを砕いたようなスペクタクルを伴ってその世界は眩く輝き、白銀の閃光と共に消失した。 
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