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Charlotte 奈緒あふたーっス!

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卒業式
卒業式
  01 特異点

二月の寒波を乗り越えた桜の木たちが、かつて寂しげに葉を散らした枝先からピンク色の花弁をつけ始めた今日この頃。

3月9日のことである。

『在校生代表、送辞』

生徒会長である友利奈緒のアナウンスに押されて在校生側の最前列の中心にあるパイプ椅子から腰を上げた生徒が「はい!」と明朗な返事をしてステージの方へ向かう。

僅か数段の階段を上り、教師サイド、来賓サイドに交互に深く礼をした後、綺麗に足を揃え九十度回転させて前を向き、再び一礼し、教卓台に置かれてあるマイクに向けて声を吹き込む。

『送辞。在校生代表、乙坂歩未。

卒業生の皆様、ご卒業、心からお祝い申し上げます。

皆様がこの学校に入学してから、惜しくも早く三年が過ぎました。

ご学業は勿論のこと、運動面での努力や芸術性の伸長、友人とのふれ合い等々、一所懸命にこの高校生活を有意義に過ごせたことでしょう。

少し話が逸れるのですが、私には兄がいます。

私の二つ年上の兄は皆様と同じくして、この星海学園を去ることになります。

兄とまだ中学生だった私は別の学校から転入してきました。

超進学校の日野森高校に主席入学した、とても誇らしい兄なのですが、兄の友人に聞くところによると、兄はカンニングによってその成績を取り続けていたということが分かりました』

『プッ』

マイクに生徒会長の吹き出した声が入る。

前にいる高城が肩を震わせて笑いを堪えているのが目に入る。

「記憶を失う前の僕はカンニング魔だったのか…」

指を眉間に当てて俯く僕に向かってくる多数の視線が熱い。

『それでも、私にとって兄は今も自慢の兄です』

歩未の言葉に僅かに胸を撫で下ろす。

無数の視線も歩未の話に意識を戻したようで、僕を見る者は今やごく少数となっている。

『兄は何度も私を助けてくれました。同級生から暴力を受けそうになったとき、兄は体を張って私を守ってくれました。
だから、私はそんな有宇お兄ちゃんが大好きです!』

再び僕に視線が集まる。
いい加減にしてくれ我が妹よ。

何処かから「あいつシスコンだったのか!?」とか「シスコン同盟やっふーぃ!」だとか、「シスコンブラザーズ斎藤の誕生だな」とか、火種のない会話(罵声や叫び声も混じっている)が飛び交っている。

『そんな兄ですが、一年と数ヵ月前、この学校の生徒を含めた世界中のある特定の人間を救うために長く、孤独な旅に出ていました。
そして、兄は約束通り戻って来てくれました。
ただし、帰ってきた兄は記憶喪失になっていました』

辺りがざわつく。

僕のクラスの人間はそれ知っていたがその他は違う。

こうなることは目に見えているはずなのに、何がしたいんだ…歩未。

『その、ある特定の人間とは…』

歩未の口が滑らかに動いていく。

それを言ってどうする、と口を開きかけたがもう遅かった。

奈緒も何が起こっているのか理解出来ておらず、硬直しているのが視界の隅に映った。

『特殊能力者、アンユージュアルアビリィティプレイヤーの存在です』

歩未の言葉にざわついていた館内が静まり返る。

そして僕と歩未を生徒達が交互に見ているのが頭を抱え、俯いていても分かる。

「歩未は何がしたいんだ…仕方ない」

僕はそう呟いて一つ深呼吸してから拳を握り、己の体を宙へと浮かすイメージをした。

イマジネーション通り体はまっすぐふわりと舞い上がり、僕より後ろに座っている生徒や保護者の視線が釘付けになっているの痛いほど感じる。

その中の一人が声を上げて驚くと、僕より前に座る生徒たちも気付いて僕を見上げる。

「有宇が、飛んでる…」
「ワイヤーの仕掛けとか無かったよね!?」

我がクラスメイトの驚愕する声が耳に届く。

僕は歩未のもとへとゆっくり飛び、斜め四十五度た降下しながら歩未を訝しむ(いぶかしむ)。

「何がしたいのかな」

『来てくれるって思ってたからです!』

「そうじゃなくて…」

『これから特殊能力が実在するということを兄に証明してもらいます』

「な、何言ってるのさ…って…」

僕に重ねて言う歩未の手は少しだけ震えていた。

「歩未…?」

「少し付き合って欲しいのです」

冷や汗を流しながらにへらと笑う歩未は、普段の歩未を装うようで、それは僕が歩未を信じるのには充分だった。

「分かった」

そう言うと歩未は頷き、再びマイクに向き直る。

『先程の飛行能力に加え、兄はあらゆる特殊能力をその体に宿しています』

歩未は一端言葉を切り大きく息を吸う。

生徒やその保護者達は、何を見せられるのかという考えに唖然として口を大きく開いている者、ワクワクして目を輝かせている者、式の頭から寝ている者など様々である。

『例えば念動力』

そう言って一歩下がる歩未は僕にウインクを飛ばす。

これが能力を使えという合図なのだろう。

それに従って僕は念じる。

まずはこの教卓台を僕の頭上辺りに持ち上げると、その瞬間に「おおー!」と歓声が上がる。

そしてそれを元の位置に下ろすと、いつの間にかマイクを教卓台から奪っていた歩未が嬉しそうに声を張る。

「どなたか信じられない方はいませんか?
兄にその人を空中まで持ち上げて頂こうと思うのですが」

全員が好奇心でウズウズしているのを感じるが、恐怖もあってか、ウチのクラスの連中も合わせて十数人程が挙手している。

またウインクをする歩未。

僕は深く溜め息をつき、十数人を一度に持ち上げるとゆっくり浮遊させ、速度十キロ程度で宙を同心円状にくるくると回転させる。

ワイヤーなどが付いているトリックならば酷く絡まっていただろう。

たっぷり一分程の空中散歩をさせた後に元の位置にそれぞれ戻す。(これには旅の終盤に手にいれた僕の完全記憶能力がはたらいている)

『他に、信じられない方はいらっしゃいますか?』

先程宙に浮いた生徒達とその表情を見て、これを疑う者はもういないだろうと僕は踏んでいた。

だが、答えは否だった。

保護者席の方で老人が一人手を挙げているのが僕と歩未の目に留まる。

座っていても分かる高身長で、体躯はひょろ長く痩せこけていて、(僕の能力の一つの虫眼鏡目で)近くで見ると静脈が浮き出ている腕を挙げている。

おおよそ70後半である見た目がそんなにも関わらず、老人の挙がっている腕は力強く、生気に溢れている。

『はい、そこのお爺さん!是非ステージまで来てもらえるでしょうか?』

不思議な感情を抱かせる老人を歩未が呼ぶと、老人は席を立ち微笑みながらこちらへゆっくりと歩いてくる。

とても感じのいい年寄りなのだが、なんだか不気味だと思うのは僕が彼に対して警戒しているからなのだろうか。

念のため頭の中をテレパス能力で覗いてみたが、能力への興味の言葉と感情しか覗けなかったので、とりあえず僕の警戒するところは単なる妹への思いからくる取り越し苦労といったところだろう。

和服を羽織っている老人の表情は気持ち悪いくらいに穏やかで、また、その歩調は一歩一歩時を止め、そしてその一歩のみが時を刻む唯一の存在であるかのように錯覚させる。

なんなんだ、この気持ち悪い感覚。

何もないのに、この老人からはヤバい匂いしかしない。

本当に俗世の人間なのかと疑ってしまう程に。

タァン。

タァーン。

タァン。

タァーン。

「久しぶりだね。乙坂有宇くん」

「はっ…」

気付いた時には老人は既に僕の目の前に立っていて、上から僕を見下ろしながら僕を呼ぶ。

たまらず背中に大量に冷たい汗がだくだくと流れて行く。

「あなたは…一体何者なんですか?」

「私か?私は…」

口から出た言葉はそこで打ち切られ、老人は意識を失ったように、その首は急にカクンと落ちる。

そして…

再び老人が顔を上げたとき、その目は爛々と赤く、燃えるように輝いていた。

充血してるだとか、太陽に反射して見えた錯覚だとかではなく、その目が光源になっているような鮮やかな赤い光を放っている。

「くっ…」

驚愕すると同時に反射的に目を瞑りながらバックステップで飛び退く。

その暇がなかったとはいえ、他人を見捨て、自分と歩未だけに能力の一つである防御壁(バリア)を張りながら。 
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